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一枚の写真から、物語が始動する
「退院、おめでとう。」
「はい、ありがとうございます、先生。」
ベージュ色の壁、車椅子やストレッチャーが通りやすいように広く設計された廊下、開けられた扉の傍、ベッドの上での闘病生活を終えて、笑顔で退院する少女に言葉をかける主治医であろう男性と、それを近くで見守る少女の母親。それはまるで医療ドラマのエピソードのラストシーンのような空間で………
「あ、蠍ヶ谷君、今日もかい?」
「………えぇ、亀川先生。」
僕にとっては、つい八つ当たりで舌打ちをして、皮肉をぶつけたくなるような、そんなどす黒い心で胸焼けしそうな、いやな光景だった。
「すみません………失礼します。」
「あっ、その………」
「いいんです。それより、彼女にお祝いしてあげてください。」
そういってその場を足早に離れる。そうでもしないと、お前は運がよくて良かったなだとか、闘病が終われば、現実での辛い生活が待っているだとか、自分でも当てつけとしか思えないような、そんな言葉を吐き掛けてしまいそうで、とにかく急いで去っていく。528号室。尋ね人がいる病室へ。
「………ここか。」
病室の前に立つときに、僕、蠍ヶ谷孔麻はいつも立ち止まる。それは純粋に覚悟が決まらないからだったり、今のように、嫌なことがありそんな顔で彼女の部屋に入りたくない時だったり、あるいはもっとほかの理由だったりする。とにかくいつも、頭や心を整理するのに時間がかかる。
「すぅー………はぁー………。」
深呼吸。心を落ち着かせ、覚悟を決めてその場に挑む。扉を開ければ、そこに彼女がいる。
「おはよう、シズ。今日も来たよ。」
患者用の衣服を来て、呼吸器をつけた少女。心電図モニターが機械的な音を鳴らすだけで彼女は何も言わない。4年前から、彼女はずっと、目を覚まさない。
「503号室の女性、今日退院するみたいだった。偶然見かけてね。」
この語り掛けもシズ……志都宮秤には、きっと聞こえていない。ずっと眠っている彼女に声をかけても、何も返ってこない。
「シズ………君がこの病院の外に出られる日は、一体いつになるんだろうね………」
そんな日は一生来ないかもしれない。いや、来ない可能性が限りなく高い。このような状態で眠り続ける人間が目覚める確率は、1年間を過ぎると大きく下がってしまう。それでも僕は、小さい頃一緒に遊んだように、シズの病室に訪れては声をかけている。
「………雨が降ってきたね。」
2、3個ここ最近の出来事を彼女のベットの隣に座って話していると、ぽつぽつと窓をたたく音がして、雨が降ってきた。こういう日の雨を見ると、少しばかりナーバスな気分になる。いきなり彼女の容体が急変して、死ぬんじゃないかという何の根拠もない恐れが膨れ上がるような…………
「………ごめん、今日はもう帰るよ。」
こういった弱い自分は見せたくない。そんな思いで、足早に病室を出た。そのまま病院を出て、鞄に入れていた折りたたみ傘をさして、そのころにはずいぶんと強くなった雨の中を歩いていくなかで、頭の中にあるネガティブな意見は大きくなっていく。いくら声をかけても彼女が目覚めることはない。そんな夢物語、漫画でもめったに起こらないような奇跡は、こんなところでは起こらない。いくら泣いても、誤っても、彼女はもう、目覚めない。
病院では、シズのような重症患者が多くいる。植物状態のほかにも末期癌やらなにやら、人を死に至らしめる病気というのは多い。そしてその多い病気一つ一つにつき何人も、それらの病気にかかっている人たちがいて…………今日も、そも病気や重傷、貧困なんかの死因に負けた人間が世界のどこかで死んでいる。そして、シズがその敗者の列に加わるの日は、もしかしたら近いのかもしれない。
「僕のせいで………」
こんな風に自分を責めて彼女が喜ぶわけがない。こんなものは所詮自己満足、自分で自分を責めて、それで罰を受けた気になってメンタルケアを行う、ある種の自己防衛だ。それに気づいて、また自分が嫌になる。そんな不毛な思考を頭の中で繰り返している時だった。
「蠍ヶ谷孔麻、で合ってるな?」
「………誰だ?」
いきなり背後から、声をかけられた。それに気づいて振り返れば、そこにいたのは、フードのついた青いレインコートで顔を隠した人物だった。顔は隠れていて見えず、夕暮れの雨の中ということもあって、どこか不気味な雰囲気を感じる。そんな男(推定)は僕の質問に答えず、そのまま近づいて、信じられないような事を伝えてきた。
「志都宮秤の意識が目覚めないのは、彼女の意識が別の世界にあるせいだ。」
「は?」
驚き、困惑、様々な疑問。シズの意識は別世界にあるなんていう荒唐無稽な話もそうだが、なぜ僕やシズの名前を調べたのか、それがまず一番の問題点だ。だがそれを指摘しようと思った矢先、
「論より証拠だ。これを見ろ。」
「ッ!?」
近づいてきた男がそう言って押しつけてきたのは、一枚の写真だった。何かのゲームも画面のスクリーンショットを現像したものと思える写真だった。SFチックなロボットのパーツと思えるものと写っているその写真の中央にいる人物の顔は、間違いなくシズだった。ベットの上の無表情とは違う、記憶時焼き付いたあの頃と変わらない、表情があるシズの姿だった。
「どういうことだ!?なんで彼女がここに!」
「アーマナイト・サバイバーズ。そいつはそこにいる。」
その男から写真をひったくり、声を挙げて問い詰めるが、それにこたえることはなく、ゲームのタイトルであろうその言葉を言って、そのまま背を向けて去っていく。追いかけようとしたが唐突に奴は走り出し、曲がり角を5つ程曲がったところで見失ってしまった。
「アーマナイト・サバイバース」
彼が言っていたその電脳世界の名前を復唱する。そこに彼女がいるのなら、面と向かって、また話せる機会があるのなら、僕は………
「例えそこがどんな地獄でも、僕は君に会いに行く。」
SAOのフェアリィ・ダンス編みたいな感じだけどパクリって言われないように頑張ってオリジナリティを出していきたいです。