9 騎士さん達も優しいようです
初めての対人戦闘です。剣道の修練は役に立つのでしょうか。
我がランカスター家王都屋敷の屋外鍛錬場は、縦80m横40m位の広さで、10名位の騎士さん達が訓練しても余裕の広さがある。最近、朝食後の素振りの後に模擬人形への打ち込みを練習するようになってから、良く鍛錬場に顔を出して練習をするようになった。スザンヌさんは入り口付近のベンチに腰を掛けてみているだけだ。私は騎士さん達の稽古の邪魔にならないように気をつけてはいるが、どうしても目立ってしまうようだ。
何回か打ち込みをしたところで、年配といっても30前位の騎士さんが近づいて来た。手には、ロングソードの木刀を持っている。どうやら稽古をつけてくれるようだ。
「坊ちゃん、1人で打ち込みだけをしていてもつまんねえだろ。どうよ、俺と稽古してみるか?」
その騎士さんの横柄な態度に、向こうにいたスザンヌさんが顔色を変えていた。私は、額の汗を拭いながら、
「お願いできまちゅか?」
と応えて、ニコッと笑ってあげた。幼児の笑顔にドキッとした騎士さんは、少しドギマギしていたようだった。
さあ、初めての対人稽古だ。別に勝つ必要などない。相手の動きに応じた技が出せれば良いのだ。私は、相手と一足一刀の間合いからやや離れた遠間の位置に立ち、しゃがみ込みながら青眼に構えて蹲踞をする。相手の騎士さんは、私が木刀を構えてしゃがんでしまった事に吃驚していたが、慌てて片手剣の基本形に木刀を構えた。当然、左手には木製の円盾を構えている。
私は、ゆっくりと立ち上がり、大きく左足を前に出して上段に構えた。小さい私の胴や小手を狙うためには、かなり下を狙って打たなければならず、物理的にも無理があるので、コチラとしては面打ちに注意すれば良いだろう。
相手は、如何にも力を抜いてますと言う感じでゆっくりと面を打ってくる。その面を、上段に構えた木刀で応じると同時に相手の太ももを狙って斜め袈裟斬りに切り下ろす。相手は、直ぐに左から打ってきた私の木刀を払ったが、払われた勢いのまま右回転して相手の右腿に打ち込んでいく。相手が更に払おうと木刀を横に薙いで来たが、私は大きく一歩下がって相手の木刀の間合いを外す。
私は、木刀を大きく振りかぶって相手の盾目がけて打ち込んでいく。当然、相手は軽く受け止めようと盾を前面にして待ち構えている。その盾に『コツン』と木刀を当てたのはフェインントで、そのまま木刀を返して相手の右脛に木刀をスッと当ててから、相手の左脇をすり抜けた。体格が大きれば抜き胴だが、私の場合は抜き脛だ。
相手の脇を通り過ぎて十分な間合いを確保してから相手と正対し、
「シュネ(脛)でちゅ。シュネ1本でちゅ。」
と言った。いつの間にか互いの撃ち合いをやめていた他の棋士達から大きな拍手が湧き上がった。相手の騎士さんは、木刀を収め私に一礼して
「いやあ、坊ちゃん、素晴らしい打ち込みだ。2歳の子供に剣術が出来るかと馬鹿にしていたけど、吃驚したよ。おっと、俺はこの屋敷の警備を任されている『ルッツ』と言うもんだ。平民出なんでこんな喋り方しか出来ねえが、よろしくな。」
「フレデリック、フレでもいいでちゅ。」
「存じています。フレデリック様。」
「フレデリック、ちゃまはいらない。」
「よーし、じゃあ、フレデリックちゃま?もう少しやろうか。」
ルッツさんは、ランカスター家騎士団の副団長で、この屋敷の警備を任されている王都騎士隊の隊長をしている人だった。ゾリゲンさんの言っていた剣術バカってこの人のことだったんだ。ルッツさんの剣は、剛剣と言うか力強さが半端なく、幾度か私の木刀が宙を飛んでいった。ルッツさんも、打ち込む瞬間、魔力が腕から迸るが、木刀にまとわりつく事はないので、無駄に使ってしまっているのかも知れない。きっと木刀に魔力を纏わせるのは普通は出来ないのかも知れない。他の騎士達は、刃体が金属製の模擬刀を使っており、何人かは薄っすらと魔力を纏わせているのが見える。魔力の色が白っぽいので無属性の魔力なのだろう。
何合か打ち合っていると、ルッツさんが木刀を下ろし、
「フレデリック様、面白い歩き方ですよね。それって独学ですか?」
私の足捌きについて聞いてきた。彼の『様』付けは直らないようだ。
「これ、自然に出来たの。チカラが偏らないから。」
前世で習得したなんて言える訳がない。この世界では、片手剣が主流なので、盾を前に出す半身になって構えるのが基本だ。足捌きも『歩み足』つまり左右の足を前後に出す普通の歩き方に似ている。剣道の『歩み足』よりも普通の歩き方に近い感じだ。剣の打ち込みよりも『体捌き』に重点を置いているからだろう。
剣道の足捌きは、『摺り足』が基本だ。摺り足で『送り足』、『開き足
』、『継ぎ足』、『歩み足』と使い分けている。この足捌きが自然にできるようになることが剣道の初歩と言えるだろう。
こうして、午前中の剣の鍛錬は、素振り、人形への打ち込み、ルッツさん(時々ゾリゲンさん)との打ち合いと、物凄く濃い鍛錬になってしまった。
◆
次の年の夏、3歳7か月となり、身体もだいぶ出来てきた。身長は100センチ位、体重も16キロ位となり筋肉量もそれなりに増えているようだ。そのためか、最近木刀が軽く感じられるようになってきた。軽い木刀を幾ら振っても鍛錬にはならないので、ルッツさんに頼んで新しい木刀を作ってもらう事にした。
重さは2斤(1200グラム)、長さは80センチで先太の素振り用の木刀だ。型の稽古やルッツさんとの打ち合いには、今までの木刀を使っているが、盾にガンガン打ち込んでいるので、幾ら堅い紫檀製と言えども大分ボロくなってきた。そのことはセフィロ嬢も気になるらしく、しきりに自分がいない時に何をしているのか聞いてくるが、ルッツさんと稽古しているのは内緒にしているので、人形への打ち込みとだけ答えておいたが、疑いのジト目を躱すことは難しい。仕方がないので、正直に答えることにした。
「実は、午前中は、素振り、打ち込みのほかに副隊長のルッツさんと打ち合いの稽古をしています。木刀で盾を叩いたり、お互いに木刀を打ち当てたりしているので、ぼろぼろになってしまいました。」
さすがに4歳近くになったので、話し方も赤ちゃん言葉は卒業だ。でも、元が40近くのおっさんなので、話し方や内容が子供らしくないのは仕方がないだろう。まあ、貴族の息子ということで勘弁してもらおう。セフィロ嬢は、自分用の木刀を持って、私と打ち合い稽古をするようだ。
最近、ジョルジュ兄は、セフィロ嬢から教わるのはやめて、騎士団の方たちと模擬剣での稽古をしている。まあ、もう9歳なので普通に稽古はできるだろう。来年の春には、一旦領地に行って、領内の運営について学ぶらしい。
そんなことより、セフィロ嬢との打ち合い稽古だ。どうしようか。ルッツさんの時は、思いっきり前世で会得した技を使っていたが、セフィロ嬢にはそうはいかないだろう。ここはやはり、3歳児らしく思い切りよく伸び伸びと木刀を振り回そう。
お互いに、正面に向き合い、木刀を青眼で構える。セフィロ嬢も盾は持っていないが、右半身片手剣で構えた。さあ、打ち込んでいこう。大きく振りかぶって、セフィロ嬢の面を打つように振り下ろしながら前に飛び込む。
「メーン!」
当然、セフィロ嬢に当たるわけもなく、セフィロ嬢が軽く私の木刀を払ってよけた。そのまま私はセフィロ嬢の左横をすり抜け、ある程度離れたところで、クルリと左半回転する。それから、また木刀を振りかぶって
「メーン!」
と打ち込んでいく。この単純な動作を10回程しただろうか。わざとハアハアしながら、
「もっと、やります。」
こうして、30分程、単純な面の打ち込みをした段階で、稽古は中止となった。セフィロ嬢は、途中からニコニコ笑いながら応じていたが、きっと幼児の剣術などこんなものだろうし、教えがいがあるとでも思っているのだろう。ただ、遠くで見ているルッツさん、ニヤニヤしているの、やめてもらいませんか。
結局、セフィロ嬢が知り合いの武具屋さんに木刀の特注を頼むことになり、私も一緒に頼みに行くことになった。スザンヌさんが母上の許可をもらってくれたのだ。貴族の子女は、5歳になるまでは原則、屋敷から外には出ないらしい。誘拐等が普通に発生するこの世界で、物事の判断のつかない幼児を街に出すことは犯罪被害者になる可能性が極めて高いようだ。というわけで、晴れて街に出ることができるのは、非常にうれしい。もちろん、セフィロ嬢と私の二人だけということはなく、スザンヌさんとルッツさん、それと大きな身体の騎士さん4人が同行することになった。
3日後、セフィロ嬢が屋敷に来てから、私とセフィロ嬢、ルッツさん、スザンヌさんの3人が馬車に乗る。随行の騎士さん達は徒歩だ。今日のセフィロ嬢は、白色の近衛騎士団の正式装備を着装している。ルッツさんも、青銅色の軽鎧を着装しているが、胸にランカスター家の紋章である、剣と獅子のマークが描かれている。いつもの無精ひげもきれいにそられているし、何故か汗臭くない。きっと女性と同乗するので、気を使ったのだろう。ガサツなルッツさんにしては珍しいことだと思ってしまった。
武道具屋さんは、王都の北側の職人街にあり、店そのものはそれほど大きなものではなかった。ただし、入り口の脇には『近衛騎士団御用達』という看板が掲げられており、ある程度の技術と格式がある店だろうと思われた。入り口の上には『ドワンゴ武道具店』とあり、ドワンゴさんと言う人がオーナーなのだろう。
中に入ると、あらゆる武器、防具が並べられており、手前が武器の陳列棚、奥が防具の陳列棚となっており、その奥の扉の向こうは何か特別な部屋のようだった。セフィロ嬢が奥のカウンターの女性店員に挨拶をすると、奥の扉を開けて誰かを呼んでいる。
「若旦那、若旦那。近衛騎士団の方が来られたよ。ランカスター様のとこのお話だよ、きっと。」
うん、対応するのは若旦那と呼ばれる人らしい。ドアから出てきたのは、ズングリムックリしたドワーフの青年だった。まあ、髭もじゃだが、顔のしわがなく艶々しているから若いのだろう。私は、初めて見るドワーフ族の人をまじまじと見つめてしまった。
「坊ちゃん、ドワーフを見るのは初めてですかい。まあ、貴族街にはいないと思いやすが。」
私は、あまり見つめて失礼になってはいけないと、慌てて視線をずらしてしまった。
「この前、お屋敷から使いが来たと思いますが、ランカスター侯爵家の3男であるフレデリック様が、素振り用の木刀が欲しいそうです。それと稽古用の木刀と模擬剣もお願いできますか。」
え、模擬剣?そんな話は聞いてないのですが。でも、いよいよ模擬剣とはいえ金属製の剣が持てるのか。すごく嬉しい。ものすごく嬉しい。
ルッツさんは、フレデリックの良き指導者となります。また、護衛任務もほとんどルッツさんがやっています。
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