7 剣聖は優しいおじさんのようです
セフィロ嬢は、かなり使えるようです。
2人の攻防は続いていたが、ゾリゲン団長は途中で口角が吊り上がる時があり、この試合を楽しんでいるのは間違いない。対するセフィロ嬢は、打つのも防ぐのも必死で体力の限界が確実に近づいていることが分かる。もうアクロバット的な動きの防御をする程の体力もなく、魔力纏も薄くなっていることから、身体強化の効果も時間切れが近づいてきているのだろう。
私は、じっと2人の動きを見ていた時、ゾリゲン団長の剣筋に少しだけ個癖を見つけた。それは、相手の左面を打つ時に一瞬だが、剣先が少しだけ下がるのだ。その下がり洟が打つチャンスだ。じっと2人の動きを見る。いくらチャンスでもセフィロ嬢に打つチャンスがなければ、打ち込むことなど出来るわけがない。じっとお互いの動きを見続ける。
まだだ。
まだだ。
まだだ。
セフィロ嬢が、少し下がって、ショートソードの先を相手の目の高さに合わせた。ゾリゲン団長が、セフィロ嬢の左面をバックラーごと打ち据えようとして、僅かに剣先が下がり始めた。
今だ。『ベン!』
大きな声で、『面』と叫んだが、残念なことに『ベン』としか言えない。それでもハッとした2人は、気を逃さず、これから打ち込もうとして起りの最中のゾリゲン団長の兜を、セフィロ嬢のショートソードが襲いかかる。あわや一本という時、一瞬、ゾリゲン団長の姿がブレるとともに、30センチほど移動したゾリゲン団長の素晴らしい飛び込み面がセフィロ嬢の兜に打ち下ろされた。
コツン!
ゾリゲン団長のロングソードが、軽い音を立ててセフィロ嬢の面を奪った。勝負ありだ。鍛錬場の中にいた騎士達から歓声が上がる。団長が勝ったからの喜びの歓声ではなく、素晴らしい試合を見せて貰った2人への感動と感謝の歓声だった。
試合後、ゾリゲン団長がニコニコしながら、
「いやあ、久しぶりに面白い試合ができたよ。まさか奥の手まで使うとは思わなかったよ。」
「あの最後に見せた、『瞬間移動』ですか?」
「ああ、あれは『瞬動』と言って、空間移動とは違うものなんだ。魔力を使っての身体強化に近いかな。ただし呪文詠唱も魔力操作もない一瞬の発現なんだ。まあ、基本は素早い足捌きかな。」
え?そんな重要情報というか、奥義を簡単に披露していいの。まあ、人間の動体視力や反射神経にも限界がある訳だから、瞬間的に移動したように見せることは物理的には可能だろう。しかし、可能であるということと、できるということは別である。ゾリゲン団長は、ある意味、限界を突破した人外の存在なのだろう。
「それよりも、試合中、いいタイミングでフレデリック坊ちゃんが『ベン』って叫んだけど、聞こえていたか?」
「はい、フレちゃんは、木刀代わりのワンドを振るときは、打ち下ろすときに『ベン!』と気合を入れるみたいなのです。どうも、何かの気合見たいです。」
「はあ、そうか。とにかく、あの気合の時に打ち込まれたらかなり厳しいのは間違いないね。でも、まさかね。」
はい、その、まさかです。ゾリゲン団長の動きがしっかり見えていた私としては、身体さえしっかり出来上がっていれば、ゾリゲン団長に勝つチャンスがあったかもしれないと思えるのだ。でも、そのためには、これから長い年月の鍛錬を続けなければならないだろう。しかし、当面の私の目標ができた。この王国の7剣聖全員と剣を交わし勝つという。
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兄達の剣術の稽古については、ジョルジュ兄の稽古は、これから本格的にするので、セフィロ嬢が私の稽古の後で、ジョルジュ兄を連れて屋外訓練場で個別に指導することになった。ちい兄は、当面、剣術の稽古はお預けとなったようだ。あれから、泣いて母に頼み込んだみたいで、まあ、あれだけ怖がっていたのでは稽古にならないだろう。ちい兄は、武芸ではなく音楽か絵画の道で頑張ればよいと思う。
私は、相変わらず看取り稽古だが、あの日から晴れた日は屋外訓練場、雨の日は屋内道場で、騎士の方々の稽古を見るという稽古になった。それではセフィロ嬢はいらないのではと思ったが、セフィロ嬢には騎士達から地稽古の申し込みが殺到して、やめさせるわけには行かなくなったようだ。稽古が終わってから、飲み会のお誘いとか花束のプレゼントがあるのは、私には関係ないことなので無視している。
ゾリゲン団長は、毎回、私のところへ来て、いろいろな型を見せてくれる。私が、じっと注目していると、
「この子は、面白い子だよな。ほかの子供とは違い、こんなに小さいのに剣術が大好きみたいだ。一体、何が面白いんだろうか。」
と、面白がっている。騎士さん達の話では、ゾリゲン団長は元近衛騎士団の副団長だったそうだ。実力では王国一と噂されていたが、どこかの公爵の次男がそこそこに剣を使えるということで剣聖を名乗り、近衛騎士団長になったとのことだった。その団長は、どうもゾリゲン団長とはそりが合わず、結局、父からランカスター侯爵領騎士団の団長のポストを勧められて、今のように王都の侯爵邸で勤務することになったらしい。当然、領地の騎士隊もゾリゲン団長の指揮下なので、年に何度か領地騎士隊の訓練をしているが、隊務は、優秀な副官が領地に常駐しているので、そんな勤務でも十分らしいのだ。
最近でこそあまり発生しないが、隣接する貴族との境界争いや名誉と誇りをかけての争い、街道を中心とした魔物の討伐、盗賊や野盗の捕縛や殲滅など領地騎士隊の任務は幅広い。また、領内には領都であるランカスター市の他に2市4町8村13郷があり、ランカスター市は王都を除くとアスラン王国内で最大の都市だそうだ。全ての市町村に騎士隊を常駐させる訳にも行かないので、交通の要になるところとか、主要街道で他の領地と接している町などに派遣しているが、慢性的な騎士不足らしいのだ。緊急の場合は、冒険者や傭兵などを臨時に契約して急場を凌いでいるが、限りある予算では限界があるわけだ。最も効果的なのは騎士一人一人のレベルを高めて総合的な戦闘能力を高めることなのだが、これはゾリゲン団長1人の力では限界があり、新しい戦力の補充が望まれるのだ。
私も戦力の一助になりたいのだが、最低でも後10年は待って貰いたい。そんな中、ゾリゲン団長に実力を認められたセフィロ嬢は、我が騎士隊への新規入隊候補の最右翼なのである。しかし問題点が幾つかある。それはセフィロ嬢が、グラバー東部辺境伯家の3女であるということだ。グラバー辺境伯とは良好な関係を結んでいるが、流石に我が騎士団において騎士をするのは駄目だろう。ゾルゲン団長の話では、副官として王都騎士隊の騎士隊長を任せたいとのことだった。あ、今の王都騎士隊長は剣術バカなので、隊務が滞りまくっているとのことだそうだ。
後、給与の面でも問題がある。近衛騎士団の団員の給与は我が領地騎士隊の一般隊員の倍の給料らしいのだ。
この国の通貨は、全て貨幣で金本位制が基本だ。金貨1枚の重さは、10グラム位あり、単位は100,000ジェルとなっている。親子4人の一般家庭で月の生活費が25万ジェル程度だとの事なので、凡そ1ジェル=1円となるのかも知らない。最低単位の1ジェルは鉄製の小粒で耐久性はあまりないようだ。
鉄貨は、5ジェル、10ジェルとあり50ジェル貨は、表面が薬品処理されてピカピカしている。
次は銅貨で、最低単位は100ジェルだ。500ジェル銅貨は、表面が金色に処理されているが、黄金の金色ではなく赤っぽい金色なので間違える事はない。1000ジェル貨は銀貨だが、銅が混じっているため、1枚15グラム程度だが銀は50%しか含まれていないそうだ。5000ジェルは純銀製だが1枚50グラムと銀地金相当の金額となっている。
10000ジェル大銀貨は、100グラム位あるので、持ち歩くのに少し不便だ。そこで、10000ジェル銀貨を大商会の発行する兌換証券と交換できる。ただ大商会といえども全ての市町村に支店が置けないので、旅行などの場合には、どこで交換できるかあらかじめ調べておく必要があるようだ。
金貨は1枚100,000ジェルで金の含有量は約10グラム、後は大金貨が100グラム100万ジェルでそれ以上の高額貨幣は白金貨や大白金貨となるが一般的ではないようだ。
そして近衛騎士団の一般兵士の給料は月に40万ジェル以上で、役職手当がつくと50万ジェル以上にもなるそうだ。貴族の子女にとっては大した事はないだろうが、その給与ベースで大勢の兵士を雇うのは如何に優良な領地を持っていてもなかなか困難だろう。
まあ、現有の兵力で出来ることをするしかないということでセフィロ嬢を採用するのは諦めるしかないだろう。
そう言えば、セフィロ嬢には恋人がいるのだろうか。その線で押してゆくのもありかも知れない。たとえばゾリゲン団長とセフィロ嬢が結婚して夫婦2人で我が騎士団を運営してもらうのだ。あ、ゾリゲン団長は、何処かの子爵の次男とか言っていたような。それではセフィロ嬢のような上級貴族の息女との結婚は難しいだろう。
セフィロ嬢と家格の合う相手となると最低でも伯爵家の子息となるし、普通の貴族は、自分の娘を自分と同格かそれ以上の家格の家に嫁に出すものだ。ジョルジュ兄の母君みたいに公爵家から侯爵家への降嫁は、それ以上の家格は王族しかないので仕方のないことらしいのだ。
兎に角、そんなわけでセフィロ嬢がゾリゲン団長と結婚するなどないみたいだ。あ、もっと肝心なことを忘れていた。ゾリゲン団長は今年で34歳、既に結婚しているのではないだろうか?
今回は、アスラン王国の貨幣制度について記載しました。
【通貨単位一覧】
1ジェル=1円
鉄の小粒==1ジェル
鉄貨=5ジェルと10ジェル
プルーフ鉄貨=50ジェル
銅貨=100ジェル
金メッキ銅貨=500ジェル
銀貨(15グラム50%)=1000ジェル
純銀貨(50グラム)=5000ジェル
大銀貨(100グラム)=10,000ジェル
金貨(10グラム)=100,000ジェル
大金貨(100グラム)=100万ジェル
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