6 兄達が遊びに来たようです
フレデリックの二人の兄は、離れた部屋で暮らしているようです。
剣の稽古を始めてから3か月が経ち、私も1歳7か月となった。体力もかなり付いたように感じるが、それよりも何故か魔力が大幅に増えた気がする。夜、寝る前に魔力をコントロールして体外に放出し、床に置いた木刀を浮かして遊びながら全ての魔力を使い果たしているが、翌朝には満タンになっているような気がする。平素は体内で生成されて体外に放出しようとしている魔力を体内に閉じ込めているのだが、そうすると体内の魔力タンクが、僅かばかり押し広げられるようなのだ。計測器がないのでハッキリは分からないが、ほんの少しだけ広がっている気がする。でも、それ以上の魔力は体内をグルグル回っていて気持ちが悪いので、誰にも分からないレベルで身体強化をしたり、重い壺を数ミリ浮かしたままで維持するなどで無駄に消費している。セフィロ嬢のように、平素から体に纏っていれば、そんなことをしなくても良いのだろうが、毎日の日常生活も鍛錬の場と考え、魔力纏いは極力避けるようにしている。まあ、生来の貧乏性、もったいない病が発現しているだけだが。
◆
今日の稽古の時、2人の兄、ジョルジュ兄とちい兄(グレンベル兄)がやって来た。腰には、体の大きさに合わせた模擬刀を提げている。この世界では、剣を腰の帯に差す風習はなく、提げ紐でベルトに吊り下げるのが一般的だ。模擬刀とは言え、それなりに立派なので羨ましくなるが、まあ、乳児に模擬刀を預けたら、そりゃあ危ないですよね。
ジョルジュ兄が、セフィロ嬢に挨拶をする。
「ご機嫌よう。私はジョルジュ。一番最初に義母上に挨拶に来られた時以来ですね。本日から、セフィロ嬢の剣の指導を受けることになりました。宜しくお願いします。」
なんて立派な挨拶なんだろう。さすが7歳児、身体付きも7歳にしては大きいししっかりしているようだ。
「グ、グレンベル。」
顔を真っ赤にして、小さな声で自分の名前を言うのに精一杯という感じだ。しっかりしろ。ちい兄。
「ご丁寧なご挨拶、ありがとうございます。お二人のお稽古のことは、お母上のカトリーヌ様から聞いております。でも、流石にこの部屋で3人の稽古は無理ですね。えーと、スザンヌ様、本日からお3人の稽古は屋外鍛錬場か道場で行ってよろしいですか。」
「はい、奥様からも聞いておりますが、警備の騎士達が非番で稽古をしているかもしれませんので、ぶつからないようにお気をつけください。」
「分かりました。それではお二人は屋外鍛錬場に移動してください。スザンヌ様はフレデリック様をお連れ願います。さあ、フレちゃん、今日のお稽古はおんもでちゅよ。大丈夫でちゅかー♪」
セフィロ嬢の突然の赤ちゃん言葉に、顔を引き攣らせる兄達2人だった。
初めての屋外鍛錬場だ。季節は初秋。訓練にはちょうど良い季節だ。鍛錬場では、10名位の騎士達が剣の稽古をしている。皆、模擬刀とバックラー(円盾)で、お互いに打ち合っている。昔見たローマ時代の格闘場での試合みたいだ。兄達2人は、その迫力に後ずさってしまっている。
私は、鍛錬場の隅に置かれているベンチに座らされ、見取り稽古だ。2人は、模擬刀の構え方から素振りの仕方まで教えてもらっている。ジョルジュ兄は、誰かに習っていたのか、すぐに出来たようだが、ちい兄は、全くの初めてのようで、剣の握り方で苦労しているようだ。すぐそばで、騎士達の剣の打ち付合う音や気合を入れる声でもう涙目になっている。この迫力、4際の幼児には厳しいかも知れない。
私は、5組それぞれの撃ち合いを見て大いに参考になっている。若手同士の撃ち合いでは、力任せに剣を振るい、相手はそれを剣や盾で防いでいるが、力勝負だけで、技も何もない。あれでは街の力自慢に負けてしまうだろう。魔力感知で、お互いの魔力の流れを見て見るが、打ち付ける時に魔力が無駄に飛散しているだけで、全く活用していない。まあ、あれが一般人のレベルなのだろう。
それでも一組だけ、注目する組があった。それは年配、と言っても30そこそこだが、その騎士と若い騎士の打ち合いなのだが、年配の騎士の動きが素晴らしい。無駄がなく、打つべきところでしっかりと打ち込んでいる。他の騎士達が盾に打ち込んでも『ドガン!』と言う音がするが、彼の剣だけは澄んだ綺麗な金属音がするのだ。魔力も、打ち込む瞬間に輝きを増しているところから、魔力を打突に乗せていて、一瞬だけ威力を増しているようだ。
数合打ち合った後、突然、若い騎士の方が剣を下ろし、
「団長、勘弁してくださいよ。もう、盾を持つ左手がバカになってしまいましたよ。」
兜の隙間から滝のような汗をかいている若い隊員が降参をしている。
「お前、だらしが無さすぎる。そんな事で、ご領主様やご領地をお守りできると思っているのか?」
「そんなことを言ったって、アスラン王国7剣聖の一人であるゾリゲン様と打ち合える騎士なんて、そうそういるわけないじゃ無いですか。」
「この、根性なしが。」
ゾリゲンと言われた騎士は、どうやら、父であるランカスター侯爵が王と屋敷と領地を守るために編成した、私兵騎士団の団長らしい。それよりも若い騎士が呼んでいた『王国7剣聖』と言う言葉が気になる。おそらく剣の達人の中でも選ばれた7人をそう呼んでいるのだろう。いつか手合わせをしたいものだが、私が一角の剣士になるには、後20年はかかるだろう。それまで、その7剣聖が現役でいてくれたら良いのだが。
「そうだ。そこのお嬢ちゃん、少し稽古に付き合ってくれないか。」
「へ?わ、わ、私ですか?私が、剣聖様と?無理、む、無理です。」
「そんな事ないだろう。騎士学校では1番で卒業だと聞いているぞ。」
「あ、そ、それは女子の中では1番と言うか、後、学科と魔法の成績がですね。」
セフィロ嬢、そんな小さな声では聞こえませんよ。
「まあ、いいじゃねえか。たまには思いっきり剣を振るって、ストレスを解消したらいい。」
「はあ!それでは、仕方がありません。ご指導、宜しくお願いします。」
鍛錬場にいた皆は、大きな輪を作って二人を囲む。誰かが鍛錬場の外に走り出した。この練習と言うか試合を他の騎士達に教えに行ったのだろう。
後で知ったのだが、セフィロ嬢のことは、屋敷の騎士団の中では話題になっていたらしい。いくら赤ん坊とは言え、領主様のご子息に剣術を指導するのに、何故、わざわざ近衛騎士団から人選しなければならないのかと。でも、その理由なんて明確だろう。汗臭くガサツな騎士達に教わるよりも、若く可愛い女の子から教わった方が100倍もいいに決まっている。それに、いかにも豪傑という風貌のゾリゲン団長が私の部屋に入って来たら、ベティの乳が止まってしまう可能性だってある訳だから。バブウ!
稽古は、試合形式。相手を怪我させなければ、何をしても良いというルールだ。ゾリゲン団長は、ロングソード、セフィロ嬢はショートソードにバックラーという装備だ。ジョルジュ兄はワクワク顔、ちい兄は顔面蒼白になっている。
審判は、若いが眼光鋭い騎士がするようだ。先ほどの練習でも良い動きが目立っていた騎士だ。審判の『始め!』の号令で練習試合が始まった。同時に、セフィロ嬢が何やらブツブツ唱えている。
「地の精霊よ。我にその力を分け与えよ。身体強化。」
普通の人には聞き取れないだろうが、魔力感知ができるようになってから、意識さえすれば小さな音でも拾えるようになった私は、ハッキリと聞こえた。身体強化の詠唱だ。同時に、セフィロ嬢の纏っていた魔力が白色から薄緑色に変化した。あれが地属性の魔力カラーなのだろう。対するゾリゲン団長の魔力カラーは白色のまま、特に変化はない。きっと素のままで戦うのだろう。
セフィロ嬢が先に動いた。姿勢を低くして、ショートソードを右後ろに隠したままゾリゲン団長に接近する。素晴らしく速い。おそらく身体強化でも敏捷性を大幅に向上させているのだろう。剣を右後ろに隠しているのは、相手との間合いを悟らせないためだろう。剣道の脇固めと同様の趣旨なのだろう。ゾリゲン団長が、大きくロングソードを振りかぶる。このままではゾリゲン団長の剣の打ち下ろしが間に合わないのではと思ったが、それからは白い魔力の軌跡を残しながら素晴らしい速度で剣が打ち下ろされた。
バキューン!
大きな音を発して、セフィロ嬢のバックラーが団長のロングソードを跳ね返す。その際、光り輝く団長の白い光と、セフィロ嬢の緑の光がぶつかり合って激しく四方に飛び散っていく。
団長が、大きく足を跳ね上げてセフィロ嬢の胴を狙う。それを感知したセフィロ嬢が、体を半回転して躱すとともにショートソードを真後ろの突き刺す。団長は、ロングソードの鎬で突き刺さって来た剣の横腹を叩いて軌道を逸らすとともに大きくバックステップで後ろに下がった。その気を逃さず、セフィロ嬢のショートソードが上段から切り下げられたが、惜しくも団長に見切られていて、団長の被っている兜の僅か前をすり抜けてしまった。その機を逃さず、団長の切り上げ胴がセフィロ嬢を襲うが、セフィロ嬢がバク転でこれを躱す。団長が、切り上げた胴を更に上段から斬り下ろそうとした時には、セフィロ嬢は大きく間合いを取って、団長と対峙していたが大きく肩で息をしている。あ、これは時間の問題かなと思っていたら、周囲の隊員達が、
「おい、何が起きているんだ。時々2人が消えて、次には接近して現れるけど。」
「バカ、俺に聞くなよ。俺に見えるわけないだろう。」
2人の動きや魔力の動きは、常人には視認できないのだろう。私も、日本にいた頃だったら視認できたかどうか自信がないが、今は、はっきりと見える。というか、動きの中で一瞬の隙がわかるのだ。
騎士団に剣聖がいるなんて。侯爵屋敷には、もう一人強い人がいます。
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