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4 剣の師匠が決まったようです

 剣の修行には、優秀なお師匠様が必要です。

 今日、剣の師匠がやって来た。何処かの貴族の令嬢らしいが、騎士服、それも白色の騎士服を着ていた。メイド達の話を盗み聞きしていたところ、白色の騎士服は近衛騎士団の制服らしい。青色が王城守備団。紺色が王都守備団の制服となるそうだ。


 近衛騎士団は、一般募集はしていない。勤務場所が王城内それも王族のプライベート空間において勤務することもあるため、貴族家出身が原則で、王城守備団や王都守備団の経験が必要らしいのだ。そして最も重要なポイントは、騎士としての強さで、それぞれの所属する騎士団からの推薦があるか、毎年行われる武術大会において好成績を収めることが必要なのだそうだ。


 そういう訳で、この師匠候補も剣の腕前はトップクラスなのだろう。しかし、どう見ても15〜6歳の娘っ子に私の剣の師匠などできるのだろうか?いや、技術レベルとか指導能力とかではなく、彼女に1歳3か月の乳児に指導する事ができるかどうかが問題なのだ。


  取り敢えず、スザンヌさんが対応をしてくれた。


  「フレデリック様に剣の指導ですか?えーと?」


  「セフィロ。セフィロ・フォン・グラバーと言います。グラバー東部辺境伯家の3女です。」


  「ありがとうございます。私は、当家でフレデリック様の侍女をしているスザンヌと申します。以後、お見知りおき願います。それで、あのう、セフィロ様は、フレデリック様のことをどの様に伺っておりますか?」


  「えーと、小さい時から剣に親しむ必要があるので、フレデリック様に基礎的なことを指導してくれと依頼されました。」


  「はい、それは間違い無いのですが、そのフレデリック様はこちらでお休みになっております。」


 と、ベビーベッドの中で寝ている私を紹介してくれた。


  「え?赤ちゃん?その子って、その赤ちゃんがフレデリック様なのですか?」


  「はい、1歳3か月の赤ちゃんがフレデリック様に間違いありません。」


  「あのう、その子、言葉は?」


  「もちろん、お話はできません。何か言っている様なのですが、意味は不明です。」


  「あのう、その子に剣の指導は難しいのでは?」


  「はい、無理だと思います。まだオムツも取れていない赤ん坊に剣を教えるなんて、無茶すぎます。ほんとに、ご領主様は何を考えているんでしょうか?」


 「あのう、私、1年前に近衛騎士団に入隊したばかりで、団長に直々に下命されたので、失敗は許されないのですが。」


  「ああ、うーん、失敗はないと思いますよ。セフィロ様が受けられた命令は、剣の指導ですよね。フレデリック様のおそばで必要に応じてご指導していただけば、それだけで十分に任務を果たしたことになりますよ。」


  「必要に応じてとは?」


  「それは、言葉の通りですよ。必要があると思われたら、必要がある時なのでは無いでしょうか?そうでない時には、それなりにお待ちになっていれば宜しいかと思います。」


  「でも、それではフレデリック様は余り上達されないのでは。」


  「セフィロ様は、剣の指導を依頼されたのであって、フレデリック様の剣の実力が達成すべきレベルなど御領主様は示されてはおられない筈です。それなら、余り心配されずにノンビリと指導されれば宜しいかと思います。」


  「そうですか。私、3日に1度の夜勤明けにこちらにお伺いする予定でしたが、お邪魔ではないでしょうか?」


  「とんでもありません。フレデリック様もこんなに可愛らしいお嬢様が来られるのですもの。お喜びになると思いますよ。」


 「はあ、分かりました。それでは本日はご挨拶だけでも。」


 セフィロ嬢は、私のベッドのそばに近付き、ベビーベッドの上から私を見下ろしていた。暫くじっとしていたが、私も寝たままでは失礼かと思い、ベッドの上で立ち上がった。セフィロ嬢の方を向いて両手を広げて親愛の情を示す。


  「バブ、バブ。マアマ。」


  「ああ、初めまして。私、本日から剣術指南を仰せつかりましたセフィロ。セフィロ・フォン・グラバーと申します。以後、お見知り置きを。」


  「セフィロ様、固すぎます。もう少し赤ん坊に接するように。」


  「そ、そうですか。分かりました。コホン。あー、セドリックちゃん、お姉ちゃん、セフィロでちゅ。今日からいっちょに剣術ちまちょうね。」


  「バブー。」


 これで挨拶は終わりだ。セフィロ嬢の実力は分からないが、日本の剣道とこの国の剣術は、かなり違うのではないかと思う。その違いを踏まえて、剣の師匠が決まったということは素直に嬉しい。セフィロ嬢と剣を交えての稽古をするのは当分先になるだろうが、それまでは、この娘からこの世界の剣術事情を教えて貰うことにしよう。




(セフィロ視点です。)

私は、セフィロ・フォン・グラバー。名前から分かる通り貴族家の出身だ。アスラン王国の東部国境線を守る重責を担っているグラバー東部辺境伯家の3女だ。私の母は当主であるヘーゼル・フォン・グラバーの第2側室だった。元々は領都で大商会を営む商人の娘だったが、その父親が準男爵に叙爵される時に、行儀見習いとして辺境伯家にメイド奉公に出された。その後、30歳以上も年上の領主に見そめられ側室として迎え入れられたらしいのだが、一説によると、祖父の準男爵叙爵の見返りとして側室になることを前提に、メイドとして奉公に出されたなどとも言われている。


 そんな私だから、辺境伯である父が私に愛情を抱くなんてあり得ず、ずっと忘れ去られていたみたいだった。このままでは、成人と同時に何処かのジジイ貴族に政略結婚として嫁がされるか、愛人として高額の支度金と引き換えに売り払われるのは目に見えていた。幸か不幸か幼い頃から剣術の才能が芽生え、辺境騎士団の騎士達と共に訓練に明け暮れていたおかげで、12歳で運良く王立騎士学校に合格する事ができた。女性としてはトップ、全体としても10番以内の優秀な成績で卒業する事ができ、王国騎士団への採用を勝ち取る事ができた。私は、その時、初めて父へのお願いをした。そう、今、所属している近衛騎士団への特別採用をお願いしたのだ。


 騎士学校在学中に聞いた話では、王城守備団や王都守備団はパワハラ、セクハラが酷く、特に貴族家出身の女性騎士は、平民出身の古参騎士から目の敵にされるそうだ。その理由は、彼らは一般兵士から始めるのだが、私達貴族家出身者は家格に応じて分隊長や小隊長からスタートするかららしい。当然、辺境伯家の令嬢たる私は、最初から小隊長として採用される予定だったそうだ。しかし、そんな貴族子女が悲惨な結末になってしまった例を数多く聞いていた私は、全員貴族家出身の近衛騎士団配属を強く希望したのだ。


 辺境伯である父にはそこまでの権限はなかったが、軍政上の直属上司であるランカスター軍務卿に無理無理頼み込んでいただいた結果、成績優秀だった事も加味されて近衛騎士団に特別採用される事ができた。しかし、近衛騎士団の仕事も色々あり、私の所属する部隊の担当区域は後宮及び離宮警備だった。現在、王家には側室はおらず正室である王妃と王太子殿下それとお二人の王子殿下がおられるだけであり、その方々をお守りするために180人もの騎士達が3交代で警備を実施しているのだ。


 そんな勤務について1年を過ぎた頃、いい加減何も変化のない勤務に飽き飽きして来た時に下命されたのが、今回の侯爵家子息の剣術指南の仕事だった。この話は近衛騎士団長から直々に命令されたものであり、当然勤務扱いになるとのことだった。


 しかしランカスター侯爵家の王都屋敷に来てみてビックリした。我がクレバー家の王都屋敷もそれなりに大きいが、侯爵家ともなるとその倍はありそうだ。正門からお屋敷の玄関まで、4頭立ての馬車がすれ違える位の広くて長いエントランス通路の奥には白亜の大理石でできた3階建てのお城が立っていた。いや、本当にお城だ。玄関脇にも守衛騎士が2名立っており、訪問の理由を言うとすぐに邸内に入れてくれた。邸内では、年配の紳士然とした執事さんが案内してくれたが、驚いたことに一緒にメイドさんと従者の方が随行してくれた。まるで、この執事さんが当主様のような扱いだ。


 案内された先は、2階の奥にある子供室のようだが、かなり広い部屋だ。部屋には、30過ぎ位の小太りのメイドさんと白いワンピースを着た若い女の人の二人がいたが、肝心の剣の指導を受ける御令息がいらっしゃらない。奥のベッドの脇には、なぜか柵で囲まれたベビーベッドが置かれており、ちょっと嫌な気がして来た。


 私が、この家の3男様に剣の指導をするためにお伺いしたと伝えたところ、


  「フレデリック様に剣の指導ですか?えーと?」


  「セフィロ。セフィロ・フォン・グラバーと言います。グラバー東部辺境伯家の3女です。」


  「ありがとうございます。私は、当家でフレデリック様の侍女をしているスザンヌと申します。以後、お見知りおきを願います。こちらは乳母のベティと申します。それで、あのう、セフィロ様は、フレデリック様のことをどの様に伺っておりますか?」


 そんなことを聞かれたところで、剣の指導をしてくれとしか言われていないし、それ以上の情報は一切聞いていない。あー、それもしょうがないかも知れない。相手が1歳3か月の赤ん坊だなんて。そんな子に、どうやって剣術を教えろというの。と言うか、剣術の前に言葉を教えてよ。『ブー』とか『バブー』とか意味不明だから。それに、何?あの木刀。超高級そうだけど、絶対にこの子には大きすぎるから。あの木刀で剣術を教えるの。一体、どうやって。


  「セドリックちゃん、お姉ちゃん、セフィロでちゅ。今日からいっちょに剣術ちまちょうね。」


 ねえ、スザンヌさん、横向いて笑わないでよ。恥ずかしいんだから。

 剣の師匠は、少々ポンコツ令嬢かも知れません。

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