111 剣術クラブは楽しいようです
今日は、剣術クラブに初参加です。
放課後、剣術クラブに行ってみた。剣道場は、体育館の奥に別棟であり、かなり大きな道場だ。日本の道場のように神棚があるわけもなく、床もコンクリート製なのは、大剣や槍などが床にぶつかっても傷が付かないようにするためと、そもそも道場で靴を脱ぐ習慣がないこの世界では、木製の床での訓練など関係ないのだろう。
道場に向かう途中、段々と緊張してくるのが分かる。どうしても、前の世界での事が思い出されるのだ。小学生の頃は、向かうところ敵なしで、神童と言われ、中学でも、地元で最強の剣士で県大会レベルでも優勝するのが当たり前だった。それが、全国でも有数の剣道強豪校へ留学した途端、普通の剣士に成り下がってしまったのだ。そこには、全国レベルでもトップの先輩と去年、和歌山県で行われた全国中学生剣道大会個人優勝した同級生がおり、入部直後の練習試合で1本も取ることができずに敗退した。それから、ずっと勝つことができずに『3番手の男』と言われ続け、2年生になってからも卒業した先輩の代わりに入ってきた1年生がやはり化け物のように強くて、ずっと『3番手の男』に甘んじていたのだ。もし、この学院でも同じようなことがあったらと思うと、足取りも重くなるというものだ。
道場に入ると、すでに先輩たちは着替えを終えて、準備体操中だった。私も、軽く挨拶をすると、更衣室に向かった。この世界の剣術稽古は、運動着に軽鎧、それと鉢金付きのハチマキ程度の装備で木刀を使っての稽古だ。寸止めルールではあるが、どうしても直接打突してしまうので、ケガをするのは当たり前だ。しかし、ポーションと治癒魔法があるので、特に問題にはならないようだ。騎士達が行っている打ち込み稽古に比べたらかなり生ぬるいが、それでも学生にとっては真剣勝負になるのだろう。私は、あの時のようには絶対にならないぞという決意のもと、7年ぶりにすべての重りを外して、万全を期することにした。もちろん、『グラビティ』も切って、体重を50キロの素の体重に戻しておく。
木刀も、3斤や2斤の素振り用ではなく、普通の稽古用木刀を使うことにした。これで、今の私は最大戦力発揮モードになったわけだが、『身体強化』などのバフは使わない。それこそ、今の自分の力を十二分に発揮するためだ。
着替え終わって、木刀を持って道場に戻ると、すでに今日見学の1年生達が一か所に集まっているが、何人かは体操着と軽鎧を装着して木刀を持っている。殆どの者が左手に木製のバックラーを装着しているところを見ると、片手剣での稽古をするつもりなのだろう。
「フレデリック様、来られていたのですね。」
後ろから声を掛けられたので、振り返るとダイン君だった。そう言えば、彼も剣術クラブに入ると言っていたっけ。また『様』付けになっているが、もう呼びやすいように呼ばれることにした。彼も、大勢の前では『君』では呼びにくいのだろう。
彼も、防具を付けているので今日は稽古に参加する気なのだろう。貴族の嗜みとして、剣術の手ほどき位は受けているだろうし、もしかすると、とんでもない強者かも知れない。
彼と雑談をしていると、稽古をしている者達の中から1人の男子が抜けて来た。昨日、クラブ紹介をしていた先輩だったことを思い出した。きっとクラブの部長なのだろう。
「はい、1年生は集合。私は、剣術クラブの部長のボイドだ。これから入部希望者の君達に剣術クラブの体験をして貰う。その前に、剣術の経験者は右側へ、未経験者は左側へ並んでくれ。」
皆、ゾロゾロと二手に別れた。部長は、稽古中の1人の女性に声を掛けた。直ぐにコチラにやって来たが、青みがかった銀髪で、汗を拭く姿が凛々しい感じの女性だ。
「この子は、副部長のオレンジ君だ。未経験者には、彼女が世話をしてくれる。それでは、経験者はこちらに来てくれ。あ、防具を装着していない子は、更衣室で着替えてからこちらに来てくれ。」
ボイド部長、結構ハキハキしていて、如何にも体育会系クラブの部長という感じだ。経験者は20名位だろうか。貴族の子弟は、ダイン君の他に2名位だろうか。後は、騎士専科の子達だろう。未経験者は、商家の子弟などで剣術を習いたいという動機でここに来ているのかも知れない。まあ、剣術は、辛いこともあるが、ある程度使えるようになれば、決して無駄にはならないから是非、このまま入部して貰いたいものだ。そんなことを考えていたら、ボイド部長から声が掛かった。
「さあ、こちらに一列に横になって並んでくれ。間隔は広めに。それでは、私の号令に合わせて素振りをしてくれ。素振りは、号令ごとに一挙動で。振った後は元の位置に戻るように。」
「それでは『始め』。イチ、ニイ、サン・・・」
皆、自分なりのやり方で素振りを始めた。声を出す者、無言のまま振る者、その場で足を動かさずに振る者、前進後退で振る者などだ。私は、前進面のみで、後退は下がるだけにしているが、体の負荷がゼロなので、あまりにも木刀の重さが感じられないことに違和感を覚えてしまう。それでも、そのまま素振りを続けていると、平素の素振りでは感じられないことがあった。それは木刀を振るのではなく、空間を切り裂くと言うか、木刀の剣先が伸びると言うか不思議な感覚だ。そして、つい声が出てしまう。
「メン!」
同時に、木刀の先から光が迸り、3m位先の空間を切り裂いて、その切り裂かれた裂け目に、木刀から放たれた光が吸い込まれていった。その後、『ドーン!』と言う衝撃音が道場に鳴り響いた。さすがに皆は動きを止めたし、女子の中には短い悲鳴と共にしゃがみ込む子もいた。
「き、君、一体何をしたの。木刀が見えなくなったかと思ったら、物凄い音がしたけど。」
あ、見えなかったんだ。おそらく、時空操作スキルを持つ私の音速を超える素振りに、空間が耐え切れずに避けてしまったのだろう。いつもの『ストレージ』や『ゲート』は、魔力によって空間に穴を開けているが、今回は純然たる物理エネルギーが変換されて空間に干渉したのだろう。しかし、このままではマズイ。
「すみません。トイレ行っていいですか?」
「あ、うん。どうぞ。」
トイレに行って、『ストレージ』からウエイトバンドを取り出し装着する。トイレから出ると同時に『グラビティ』で重力倍加を掛けておく。これで平素のモードに戻った訳だが、今回の空間を切り裂く技を『聖剣グラム』でやったらどうなるんだろうか。でも、悲惨な結果しか思いつかないので、トリマやめておこう。
道場に戻ったら、皆、稽古に戻っていた。まあ、音がしただけで何も実害はないし、音の原因も分からないのでどうすることもできないだろうけれど。皆様、すみません。私が悪いのです。誰にも言わないけど。あ、そうだ。
「あのう、部長。私の特注木刀があるんですが、それを使ってもよいですか?」
「え、特注木刀?すごいな。さすが侯爵閣下だけのことはあるな。もちろん、使っていいぞ。」
私は、再び更衣室に戻って、『ストレージ』から3斤木刀を取り出した。人間相手では、2斤木刀でもオーバーキルなのだが、寸止めルールなので負荷の多い3斤木刀を使用することにしたのだ。道場に戻ると、皆が呆れたような顔をして私の木刀を見ている。そりゃ、そうだよね。身長160センチもないような私が、異様にぶっとい木刀を持っているのは、違和感しかないと思うし。でも、片手でブンブン振り回して肩慣らしをしていると、皆、黙り込んでしまった。うん、さあ、始めようか。
「ダイン君、最初に相手をして貰えるかな。」
「え、ええ。喜んで。」
道場の片隅で、ダイン君と正対する。今回は、皆の実力を見極めるための初稽古だ。勝つ必要はない。今回、私より強者がいても、負荷をなくして再挑戦し、それでも勝てなければ、もっと精進すればよいのだから・・・・。
そう、思った時もありました。結果的には、私よりも強者はおりませんでした。
ダイン君と対峙したとき、ダイン君の片手剣には致命的な欠点を見つけてしまった。手と足の出し方が逆なのだ。本来、縦を前面に出すのであれば左半身、つまり左足を前に出さなければいけないのに右足が前で、上半身だけ捻って左腕を前にしているのだ。これでは、盾に力が入らないどころか、体幹が不安定で少し押されただけでバランスを崩すだろう。ほら。
私が、盾に向かって3斤木刀を振り下ろすと、『ヒッ!』という悲鳴ととともに、盾を木刀に向けたが、それは悪手です。私は、盾の寸前で止めると、木刀を切り返し、右肩から袈裟懸けに切り下す。もちろん、肩には軽くこつんと当てるだけですけど。
「ま、参りました。」
「ダイン君、足と手がバラバラだけど、その構え、誰に習ったの?」
「え?構えですか?我が家の騎士団長からですが。」
「うーん、その構えだと、確かに盾と剣の両方が前に出ているようだけど、とても受けに弱いよね。左足を前に出して、盾をもっと前に。剣は、右腰あたりで相手に刃先を向ける感じで構えてごらんよ。そう、そう。」
ダイン君、なんとか様になってきた。その姿勢から、右足を前に出すと同時に剣を振り下ろす練習を何回かさせると、ひどく納得したみたいだ。うん、ダイン君、これから頑張ろうね。あれ、後ろに1年生が5人位並んでいるんですが。あのう・・・」
「「「「「フレデリック様、教えて下さい。」」」」」
初期の目的とかなり違ってしまったけど、まあ、いいか。クラスメイトだしね。
うん、フレデリック君以外、みんな12歳、小学校を卒業したばかりのレベルですよね。
次話は、明日17時に掲載予定です。




