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1 プロローグ

 新しい連載を始めました。今回は、ストックがありますので、20話くらいまでは、毎日アップするつもりです。

 もう、何度目の延長戦だろうか。最初の規定時間内中、はじめに1本を取ったのは相手側だった。相手は鹿児島県警の選手で、今日、この大会で優勝すると3連覇になる強豪選手だ。本戦は5分が規定時間だが、このままでは私の1本負けとなる。敗色濃厚の試合終了間際、なんとか相手の起こり小手を取ることができた。これで1本同士。そのまま3分単位の延長戦となる。

 延長戦の回数も分からなくなる程時間が経過した。気力も体力も限界を超えている。なぜか背中がズキズキ痛み始めてきた。そんな状況の時、私がほんの少し下がったのを見た相手が、遠間から鋭い面を打ってきた。普通なら絶対に打ってこない場面だ。私は下がり洟で、すぐには応じられない。いわゆる居ついてしまった瞬間だ。

  (やられる!)

 相手の竹刀が、スローモーションのように私の面に飛んでくる。首を傾けて避けようとしたが、相手の剣先が、傾けた方に振り降ろされてきた。心技体が一つになった素晴らしい面が、私に打ち込まれた。相手の背中に括り付けている白い襷と同じ色の旗が3本上がった。


   「面あり!勝負あり。」


 38歳の私は、今回が初めての大会出場だ。4歳の時、剣道場を開いている祖父に勧められて初めて木刀を振り始めてから34年、ようやく此処まで来ることができた。はっきり言って、剣道の才能は自分には無いと思っている。幼稚園、小学校、中学校位までは地元でも負けなしで『神童』などと言われていたときもあった。しかし、京都にある剣道の名門高校に留学した時点で、化け物みたいな選手と立ち会うこととなり、自分の実力をいやと言うほど思い知らされてしまった。チームではいつも『3番手の男』と言われ、5人チームの次鋒か中堅が私の定位置だった。高校選手権いわゆるインターハイや国体の団体戦では何度か優勝できたが、個人戦となるといつも3回戦負けとなってしまう。特に悔しさもなかったが、稽古さえ人の倍、いや3倍やれば必ずその結果は自分に返ってくると信じていた。


 私の好きな言葉は、

   「努力に勝る天才なし。」「継続は力なり」

で、祖父の道場の流派である天然理心流に伝わる特製3斤(1800グラム)の木刀を、小学3年生のときから毎日1000本振り続けていた。朝4時半に起きて、600本、夜寝る前に400本の素振りが日課だった。その前までは、1斤(600グラム)の木刀を振っていたが、3斤は、小学生の体格で振るのは少々無理があったかもしれない。あの近藤勇も、2斤半の木刀だったと聞いている。しかし、時間はかかっても何とか振り終えることができるようになってからは、1000本素振りを1日も休んだことはない。おかげで、細いながらも腕の筋肉はゴリゴリに硬く盛り上がっている。が、それだけでは勝つことが難しいのが剣の道だ。


 大学は茨城県つくば市にある国立大学に進学し、そこでも剣道部で稽古に明け暮れたが、大学選手権では個人ベスト8が最高の順位だった。大学卒業後は、警視庁の剣道師範に推薦されて、警視庁巡査として拝命し、警察学校卒業後は、剣道オンリーの生活をしてきたが、常に3番手の男として、東京都大会でもなかなか勝ち残れずにいた。師範からは今年が剣道特錬生として最後だと言われてしまい、来年から交番勤務かと思っていたところ、何がどうなったか、東京都大会で優勝し全日本剣道選手権に代表として初出場、そしてトーナメントは初戦から常に辛勝であったが、決勝戦に臨むことができた。


   「面あり、勝負あり。」


 主審の声で、長かった試合がようやく終わったことを知った。結果は惜しくも準優勝だが、警視庁代表の責任は果たせたはずだ。

   (ああ、これで交番勤務をしなくても済んだかな。)

 そう思いながら、開始線のところまで戻り、そこでお互いに蹲踞をして竹刀を納刀した。スッと立ち上がって、そのまま下がろうとした際、何故か相手の選手がグルグル回り始めた。あれ、どうしたんだろう。ああ、後ろに下がらないと。そう思ったが、日本武道館の天井の照明が面金越しに見えて、そのまま意識が飛んでしまった。



 気が付くと、暗く、静かな世界が広がっている。何も見えず、何も聞こえない。いつの間にか、体につけていたはずの剣道の防具が外れている。

  (あれは、警視庁から借りている備品だから返さないと。)

 そんなことを考えていると、急に周りが白く光り始めた。光ってはいるが、何も見えない。というか何もない世界の様だ。少し怖くなったので、左手に下げていた竹刀を構えてみる。まあ、何もないよりはましだろう。私の竹刀は、それほど高いものではないが、真竹製でそれほど使い込んでいないものだ。暴漢程度だったら面と突きで制圧できるだろう。まあ、やったことはないけど。剣道3倍段とよく言われるが、私は、剣道6段だ。つまり、柔道や空手なら18段相当ということになるわけだ。

 

   「誰かいるのか?」


 とりあえず、声を発してみる。今、私は立っているので、足には床面か地面があるはずだが、何も感じない。なんだ、この世界は。なぜ、日本武道館の中央試合場にいるはずなのに、こんなところにいるんだ。最悪、試合後、具合が悪くなって病院に運ばれたとしても、ベッドの上か、処置台の上のはずだ。というか、私はどうやって立っているのだ。重力は下向きにはたらいているようだが、私は浮いているのだろうか。

 そんなことを考えていたら、突然、頭の中に声が聞こえてきた。


   「あのう、その竹の棒、下げてもらえます。」


  声から特に敵意が感じられなかったので、正眼に構えていた竹刀を下す。しかし、納刀はせずにいつでも構えられるように右手で片手持ちをしている。


   「ここは、どこだ?それから貴方は誰だ?」


   「僕?僕は僕。うーん、神様?」


   「は?神さま?なんだそれ?」


   「まあ、神様という概念は、君達人間が言っていることで、僕としては、この世界の管理者的なものかな。」


   「管理者ですか?えらい人なのですね。それでここはどこなんですか?」


   「ここは、僕がいつもいる場所、君達がいうところの隠り世、多次元空間的な場所かな?」


   「何かよく分らないんですが、私、剣道の試合中だったのです。私の準優勝はどうなったのですか?」


   「そこを気にしますか?ほら、お君たちの世界で流行っている小説で異世界ってあるでしょ?」


   「すみません。あまり小説は読まないので・・・・」


   「えー?アニメなんかでやってるでしょう。」


   「アニメですか?見たことありませんが。」


   (あら、もしかして人選間違えちゃったかな。どうしよう。今時、絶滅危惧種なみに珍しい人みたいだね。今までの人は、何も言わなくても『転生ですか?転移ですか?』って聞いてきたのに!)


   「それで私の準優勝は?」


 この声の主が誰かは知らないが、自分が今、一番気になっているのは試合結果だ。試合に負けはしたが、準優勝にはなるはずだ。だが、状況から試合放棄だと認定されれば、準優勝は取り消され、失格扱いになりかねない。ということは、準優勝どころか、1回戦敗退と同じ結果となり、来年春から交番勤務が待っているのだ。交番の仕事など、拝命したばかりの警察学校で教わっただけで、実際に勤務したことなどないし、それに今は交番にもパソコンやハイテク機材が装備されていて、自分に操作などできる訳がない。私は、声の主の回答をじっと待っている。


  じっと待っている。


  じっと待っている。


   「ああ、ウザい、ウザい。何、その、無言のプレッシャー。試合結果は、君の準優勝。試合終了後の発作だから、試合は有効試合扱いだよ。でも、君、あの場で気を失って、そのまま病院に運ばれる救急車の中で38年間の人生を終えたの。お疲れ様。で、今、こうやって異次元空間に来て、高エネルギー体で思念体の僕と会話をしているの。わかった?」


   「そうか。準優勝か!これで交番勤務をせずに、ずっと剣道で生きていける。」


   「そこ?ねえ、そこなの?人の話、よく聞いてよ。君、もっと気になることあるでしょ!」


   「・・・・」


 この声の主は、何を言っているのだろうか?試合結果の他には何だろう?長い剣道生活の中で身に付けたことの一つに、分からない事は黙っているという事がある。この状況は、黙っているに限る。何を言っていいか分からないし。


  「あのさあ、君は試合後、心臓発作で死んだの。長年の激しい稽古のせいで、君の心臓はボロボロだったのね。それで試合中に許容範囲以上の血流を流したもんだから、心臓の冠動脈が破裂しちゃったのよ。もう、ほぼ即死ね。」


  という事は、もう大会で準優勝とか世界選手権出場とか関係ないのか。ああ、そうか。近藤周作という剣道バカがいたと言う証は残せたんだな。まあ、しょうがないか。長いようで短い人生だったな。


  一人、物思いに耽っていると、声の主が少しイラついた感じで話しかけてきた。


  「それでさあ、君にねえ、チャンスをあげようと思って。」


  「チャンス?」


  「うん、君ねえ、覚えているかどうか分からないけど、小学生の時に変態通り魔に襲われていた女の子を助けたことがあるでしょう。それと、君の人生、悪いことをしたマイナスポイントが全然ないんだよね。いくら剣道バカだって、少しは魔が差すことがあるでしょ。でも、君、恐ろしいほどの善人だよね。」


 うん、全く記憶にないな。でも、物心がつく前に両親が離婚して、母方の実家で暮らしていたけど、母は小学校の教師をしていていつも帰りが遅く、じいちゃんとばあちゃんの3人で暮らしているみたいだった。じいちゃんの口癖は『誠』と言う言葉で、あの新撰組の隊旗に描かれている『誠』の文字を例に、いつでも精一杯生きることが大切だと教えてくれた。

 ばあちゃんは、元華族の家柄で、甲府の方に大きな山を持っていたそうだ。近所のおばさん達に慕われていて、道場の稽古がない時には、バザーとか手芸教室とか色んなことをしていたようだ。

 大学を卒業するまで、剣道しかしていなかったので、友達も少なく、特に高校3年間は京都で寮生活をしていて、暇があれば道場で素振りをしていたせいか、友達もいない寂しい高校生活だった。

 そんな訳で、良いことをした記憶も無いが、悪いことをした記憶はもっと無かった。道を歩いていてゴミが落ちていれば拾う事はあっても、ゴミを道に捨てることなど考えた事もない。確かに、悪いことをした記憶は皆無だった。


    「そんな君が寿命を全う出来ないなんて、あまりにも不条理かなって。ちょっとだけ思ってしまったんだ。それで、君にチャンスをあげようかななんて。」


  「チャンスって、元の世界に生き返らせてくれるのですか?」


  「あ、それは無理。君ねえ、死んでから何年経っていると思うの。地球時間で120年は過ぎているよ。ようやく無の世界から、光の世界に来られたんだから。君に与えるチャンスは『転生』なの。分かる?分かりやすく言うと『生まれ変わり』。そう、君は地球とは違う世界で、赤ん坊として生まれ変わるの。」


  「え、それって拒否はできるのですか?」


 私は、思わず聞いてしまった。なんか物凄く面倒くさい気がしたので、取り敢えず拒否しようかと思ってしまった。もう一度、赤ん坊から始まって、剣道一筋の人生を送り直す気概は、はっきり言って微塵も無かった。


   「あー、拒否権はないです。君の魂を待ち侘びている子がいるので、心優しい私としては、絶対に転生させるつもりだから。あ、その代わり転生特典、バッチリ付けてあげるからね。」


  「転生特典?何ですか、転生特典って。」


  「ほら、あれよアレ。全属性魔法スキルとか、とんでも魔力量とか。」


  「はあ、転生特典ですか・・・。出来れば、もう一度、全日本剣道選手権に出場して、優勝したかったんですが。」


   「君って、結構しつこいよね。もう、スパッと諦めて。これから行く世界で一番になればいいじゃない。これから行く世界って、剣と魔法のファンタジーワールドだから。」


  「そう言えば、これから行く世界って、日本みたいな国もあるんですか?」


  「君の言う日本みたいって、どんな国か分からないけど、現代日本みたいな国は存在しないよ。君は、アスランという国に生まれ変わるんだけど、ラノベもアニメもゲームもしたことが無い君じゃあ、初期設定は無理だろうから僕にお任せでいいかな?まあ、剣で世界一になれる位にはチートスキルにしておいてあげるから。」


  「はあ・・・」


 声の主が何を言っているか、よく分からなかったから、取り敢えず生返事だけしておいたら、それっきり声が聞こえなくなってしまった。徐々に光が薄くなって来て最初の暗闇の世界になってしまった。それまで感じていた足先へ向かう重力も無くなってしまい、上も下も無い浮遊感だけになってしまう。と言うか、自分自身の存在感も無い。手や足先の感覚、温度や方向感覚も無い不思議な感覚だ。そんなことに気がついていたら意識そのものが失われてしまった。


  

 いかがでしたでしょうか。剣道バカが中世の貴族として転生する予定です。お気に召しましたら、ブックマーク登録をお願いします。評価もぜひお願いします。

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