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二人のいる神田川の歩道の南側は、広々とした公園になっている。塚山公園という公園で、樹林が生い茂る中に複数の広場が点在しており、その間を石畳の遊歩道が縫うように通っている。二人は和真の提案で、それらの広場のうちのひとつの神田川沿いにある広場に入った。のどかのミニサイクルは公園の入り口に鍵をかけて停めた。
広場は土の地面がだだっぴろく広がり、ところどころ樹が植えられていて、地面に枯葉を落としている。西側にひとつだけ複合遊具がぽつんと置いてある。その他に公衆トイレと、二組の木製ベンチがある。ベンチのうち一組は広場のおよそ中央に、テーブルを挟んだ形で二つ並んで設置されている。二人はこのベンチに向かい合わせに座った。晩秋の昼下がりの穏やかな空気が二人を包んだ。
(太ったな)
和真は向かいに座ったのどかの顔を改めて見て、思った。のどかはかつて空手道場の男性道場生に人気のあった、目鼻立ちのはっきりした顔のパーツを顔面の中央にぎゅっと寄せて、その周りを贅肉で囲っていた。丸顔の輪郭はぱんぱんに膨らんで、以前の美しさの余韻はそのぱっちりとした二重の瞳に残るばかりだった。
ふくよかになった体型を隠すためだろう、ゆったりしたサイズのベージュのセーターを着ている。セーターは首元がざっくりV字に開いていて、そこからネックレスと三十代半ばの肌が見えているところが、なまめかしいというより若干痛々しかった。その下は黒のぴったりしたチノパン、足元はヒールの高いブーツ。髪は暗い茶色で中分けにし、ミディアムショートの毛先を今流行りの外ハネにしている。
「ここ、光龍館に通っていた頃、よくランニングの途中に寄って自主練していたんですよ。さっきいた神田川の歩道を走って、そこの入り口からここに入って」
和真は(太ったな)と思ったことをおくびにも出さず、当たり障りない話題を振った。
「あ、そうなの? 夜?」
「ええ。昼に空手の型なんて一人でやってたら、目立っちゃいますから。夜にこの広場で、一人」
「そうだよね、人に見られたら恥ずかしいもんね。私もよく家の近所の公園でやってたよ、自主練。だって全然道場の練習じゃ足らなかったから」
「そうですよね。光龍館、ゆるすぎましたよね。香山さん、今は空手は?」
「辞めちゃった。去年。コロナでなかなか稽古できなくなったし」
「ああ、そうなんですね、コロナか……」
そこで救急車がサイレンを鳴らしてこちらへ向かってき、橋の手前で停まった。淡い色の制服を着た救急隊員たちが、わらわら救急車から出てきた。和真は会話を切ってそちらを見た。のどかも背中側を振り向いて、そちらを眺めた。
そうしている間、和真はのどかと出会ったころのことをぼんやり思い出した。