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十一月に入って三度目の面接失敗だった。いや、面接はさっき受けたばかりなのだから正確な合否はまだ分からないが、まず間違いなく落ちただろうと断言できる、そういうひどい面接だった。
滝口和真はアパートの最寄りの京王線上北沢駅で降りると、疲れきった体を引きずってあてもなく世田谷の街を歩いた。アパートにまっすぐ帰る気はしなかった。どうせ困窮した生活のにじみ出た、六畳一間の部屋が待っているだけだ。大学生の頃、就職活動を始める前に義母が買ってくれたリクルートスーツに身を包んで、安物のビジネス鞄を肩から斜めにさげている。
(俺は東京に負けたんだろうか)
歩きながら和真は思った。
(東京に――正確には東京という競争社会に)
しかしそんなことを一人考えても、もちろん誰も答えてはくれない。
気づけば彼は駅から北に向かい首都高の高架下を通り抜けて杉並区に入り、更に北上して神田川のほとりにたどり着いていた。そこは彼にとって懐かしい思い出のある場所だった。
川沿いの歩道で川柵に両腕を置いてやや前かがみになり、じっと川面を見下ろした。人気が少ない場所なのでマスクを外した。
川は細い。幅五メートルも無いだろう。歩道から川底まで垂直に落ち込んでいるコンクリートの人工岸に囲われて、水量の少ない水をとろとろと流している。東京の川らしい、生臭い臭いが鼻につく。
「ちょっと、おじいさん!?」
まるで風流ではない神田川を眺めていたら、唐突に左方からそう声がした。不審に思って振り向くと、道に倒れた老人を通りすがりの男性たちが介抱しているところだった。和真はしばらくそれを見、老人の容態が生死に関わるほどでは無さそうなことを確認すると、ため息をひとつついて再び前を向いてぼんやり川面を眺めはじめた。
(たこ焼きがなあ)
眺めながら、和真は思った。
先ほど三鷹に面接に向かった際、三鷹駅に着いて面接まで多少時間があった。腹が減ったなと思っていると、駅前にたこ焼き屋があったのである。
少し腹ごしらえをしておこうと思い、ソースたこ焼き(6個入り)を買い、店の前のベンチに座ってひとつ目のたこ焼きをほおばったら、
「ふぁつっ!」
熱さでたこ焼きを口から吐き出してしまったのである。
たこ焼きはそのまま宙を落下して行き、和真のネクタイの中ほどにべちゃりとバウンドして、地面に落ちた。
銀色に近い、明るいネズミ色をしたネクタイについたソースは、慌ててティッシュでこすればこするほど染みになり広がった。
替えのネクタイなど持っておらず、新しい物を買う時間も無かったから、どうしようもなくノーネクタイで面接を受けた。
面接会場となった居酒屋のバックヤードで会った若い女性面接官の、ちらちらと和真の襟元に注がれる白い視線が痛かった。
(なんで大して食べたくもなかったのに、よりによってたこ焼きなんて)
ちょっとの間そんなことを思い返していたら、今度は右側――すぐそこに橋の架かっているところだ――から視線を感じたので、そちらを振り向いた。ミニサイクルに跨った女性が、こちらを見ていた。
「滝口さん?」
女性に名前を呼ばれ、和真は驚き、一瞬思考が停止した。女性はマスクをしているのでよく顔が分からない。和真が固まっていると、女性はミニサイクルから降り、それを押して橋から歩道に入ってきた。和真のそばまでやってくると、
「やっぱり滝口さんだよね? 久しぶり。あれ、マスクしてるから分からない?」
そう言いながら片手でマスクを外して顔を見せた。
顔を見せつけられ、更に数秒経ってからようやくそれが香山のどかであることに和真は思い当たった。