表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

3-1

「不倫? 香山さん不倫してるんですか、あの男の人と?」


「そう。正確に言えばさっき振られちゃったから、元不倫相手だけど」


 そう言うとのどかは「ははは」と自嘲気味に笑った。その顔は張りつめた、悲痛な表情を湛えていて、和真は若干気持ちが引けた。


「なんで不倫なんかしたんです? 良くないじゃないですか、香山さんらしくないですよ。あんなに仲良かったじゃないですか、旦那さんと」


 和真が詰問した。


「色々あるんだよこの齢になると。滝口さんにはまだ分からないよ」


「分かりますよ、不倫が悪いってことくらい」


 のどかはそう言い張る和真に向かって憐れむような視線を送った。そうして彼女から見て和真の向こうにいる、相変わらず複合遊具で遊んでいる女の子を指差した。


「私ね、三十までに子供が欲しかったの。ああいう感じの元気な子。ああいう子に毎日ご飯を作ってあげて、たまにお菓子を一緒に作って、食べさせてあげるのが夢だったの」


 そう言われた和真は後ろを振り向いて、のどかの指の指し示したところを確認し、また前を向いた。


「子供、作ればいいじゃないですか」


のどかは「ふっ」と小さく笑った。


「だから分からないって言ったでしょう? 三十過ぎていつまで経っても自然妊娠しなかったから不妊治療二年近くやって、それでも赤ちゃんができなくて子供を諦めたおばさんの気持ちなんて」


「……」


「分からないでしょう? タイミング法っていう治療を一年以上続けるしんどさとか、体外受精がどれくらい高額な治療費がかかるかとか」


 和真は何も言い返せなかった。のどかはとめどなく続けた。


「タイミング法を続けるうちに夜の営みが旦那の重荷になって、あれがうまくその……する時に機能しなくなって、その気まずさとか分かる? 不妊治療始めましたって旦那の家族に打ち明けたら、旦那のお姉さんから『がんばってね』とか、『私たちの時はこうしたよ』とか、『このサプリがおすすめだよ』とか、しょっちゅうLINEが来るようになって、それにいちいち対応しなきゃならない面倒くささとかも。


 旦那が機能しなくなっちゃったから人工授精に治療をステップアップしたんだけど、それもなかなかうまくいかなくて、『なんで私がこんなことになったんだろう』って思っていた時にね、旦那の財布の中に風俗嬢の名刺を見つけちゃったの。名刺の裏に『優しくしてくれてうれしかった! また来てね』って手書きで書いてあって、それ見た時私、風俗ではできるんかい! って寝室で一人ツッコんじゃったよ。でも旦那がそういうところに行くのは私のせいでもある気がして、何も言えなくて。それからすぐだよ、経済的にも厳しいし不妊治療は止めようって旦那が言ってきて、治療を終わりにしたの。それが去年。私、なんにもやる気が無くなって空手も辞めちゃった。


 堤さん――さっきの人――と関係を持ったのはそのころから。優しくて、私をよく慰めてくれて、ちゃんとして――抱いて――くれた。不妊治療止めても旦那とのセックスレスは続いていたし、堤さんとの関係がここ一年ちょっと、私の救いだった。どう? これでも私が、私だけが……悪いと思う? 私が間違ってるのかな」


のどかの訴えはそれで終わりだった。和真は口ごもった。


「それは……、それでも不倫っていうのは、僕は……」


ようやくそれだけ口に出した。


「そうだよね」


 のどかは言った。寂しげな笑みを頬に浮かべていた。和真は思った。わずか二、三年前まで自分とこの人にあるように思えた幸せな日々と、光り輝く未来はどこに行ってしまったのだろう? いつの間に自分たちはこんなに擦り切れてしまったのだろう?


 そう思った時だった。


「なにたべてるの?」


 先ほどまで複合遊具で遊んでいた女の子が、気づくと二人の座るベンチの横に来ていた。そうしてテーブルの板の端を両手で掴み、ちょうど彼女の目の高さのすぐ下に位置するテーブルの板の上を、きょろきょろ眺めはじめたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ