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二人が見ると、いつの間にかベンチの脇に男が立っていた。男は細身の紺色のテーパードパンツに黒のタートルネックセーター、そこにグレーのジャケットを羽織り、均整の取れた体のラインを浮き彫りにさせていた。マスクをした顔は小さく引き締まっていて、色のついたボストン型の眼鏡の奥で鋭い眼が光っていた。横分けの豊かな黒髪はサイドが短く刈り上げられている。
男は決して若くはなかった。肌のきめが粗く、目尻の皺が目立つ。四十半ばといったところだろうか。しかしその齢にしては外貌は磨きあげられており、東京で揉まれ続け洗練された、仕事ができ、金があり、女性にモテそうな雰囲気をまとっていた。体からかすかに香水の匂いがした。
「すみません」
男は再び和真にそう言った。しかしその声音は全然悪びれていないような、余裕たっぷりといった調子だった。
「どうしたの?」
のどかがそう男に言った。彼女が驚いていることが和真にも伝わってきた。
「のどかちゃん、これ何?」
男はそう言うと、右手に持っていた白く四角い、取っ手のついた紙の箱をベンチのテーブルに置いた。
「何って、チーズケーキ」
のどかが答えた。男がフッと小さく笑った。
「それは分かってるよ。のどかちゃんが帰ってから、食べようと思って冷蔵庫から出してみたら、三切れも入ってるじゃん」
「……」
男はケーキの箱をのどかの目の前に置き直した。それから、やんわりした調子で続けた。
「なんで三切れも持ってきたの? 食べきれないし、もし残りを捨てて奥さんに見つかったりしたら、俺はなんていいわけすればいいの? 困るよ、こういうの」
「ちょっと作りすぎちゃって、奥さんと娘さんにも食べてもらえばいいかなと思って」
男は、今度は「ハッ」と勢いよくひとつ笑って、
「何言ってるんだよ? 誰から誰に向けての贈り物なわけ? 少しは立場を考えてよ。ああ、あれだ、嫌味でやってるの?」
だんだんヒートアップしてきた。
「ごめんなさい、そういうわけじゃ――」
「とにかく!」
男はベンチのテーブルをタンッ、と左手で叩いた。
「もう止めてね。それからこれからのことは、さっき話したとおりのつもりでいるから。じゃあ、俺はちゃんと伝えたからね」
そう言い捨てると、和真に軽く会釈をして、くるりとターンして早足で去って行った。公園の入り口を出ると、そのそばにいつの間にか停めてあった車に乗り込んだ。やがて車のエンジンが掛かり、Uターンして北へ向かって走り去った。




