神武への遠征10(黄泉の国)
第4作目の投稿です。
是非是非、お楽しみください。
イザナギにとって、愛する妻のイザナミは至高の存在だった。
妻が亡くなった後、彼は自分の心を完全に失った抜け殻のようになった。
自分の屋敷に何日も閉じこもり、何もしないでぼおっと過ごした。
やがて1か月が経過しようとした時のことだった。
家のすぐ前が騒がしくなり、なんのことかと、イザナギは外に出た。
「死んだ後の世界があるんだよ」
自分の家の前が、勝手に演説会場になっていた。
ある老婆が多く集まった聴衆を前に、何かを説明していた。
「ばあさん。そんなことあるわけないじゃないか」
「いや。証拠がある。何か得体の知れないものに見られていた経験があるじゃろ」
「うん。恐かった。後ろから見られていた感覚があったので振り返ったんだけど、誰もいなかった」
「そうじゃろ。人間に見えない存在はたくさんあるがな。その多くは死んだ人の霊じゃ」
「死んだ人の霊?」
「人が死ぬと完全に消滅するのではなく、ある国に行くんじゃ。そして、みんながいるこの世界をその国から眺めているんじゃよ‥‥ 」
(どうせ、投げ銭ほしさの嘘話しか)
聞いていたイザナギは思った。
ところが、話しの途中で、その老婆がイザナギを指さして言った。
「そこの若いお兄さん。今、見られているじゃろ。死んだ人の世界から美しい若い娘が見ているぞ」
(えっ!!)
その時、イザナギは空の上から誰かに見られている視線を感じた。
それとともに、かすかだが花のにおいがした。
それは菊の花。
イザナミが大好きな花だった――
「おにいさん。行っておやり、その娘に会いに行くんじゃよ。もしかしたら、その娘を死んだ人の国から連れ出すことができるかもしれないよ!! 」
演説をしていた老婆がイザナギに言った言葉に聴衆はびっくりした。
「ついておいで」
老婆はそれまで演説の相手をしていた聴衆を完全に無視した。
そして、イザナギの前をさっさと歩き始めた。
彼はとても面食らったが、直感的に後に従った。
老婆は町を出て、里山に近づいた。
そして、そこに留まらず、結界を抜けて山の中に入った。
イザナギもその後に従った。
老婆とイザナギは長い時間、山道を歩いた。
山道はだんだん、人が全く歩いたことのない獣道に変わっていった。
「恐いかい? 」
「いえ別に、死んだ妻に一目でも会えるのなら‥‥ 」
老婆の言葉で、イザナギはすぐに目的地に着けると思っていたが、違った。
それから、その場所まで来る時間の5倍は歩かなければならなかった。
やがて、頂上に着いた。
「お兄さん。ここで野営するよ。明日の夜明けには歩き始めるからね」
もう、すっかり暗くなっていた。
朝日がイザナギの顔を照らし彼は目を覚ました。
老婆は既に起きていて、立ち上がっていた何かを見ていた。
「おばあさん。今から、どうするのですか? 」
「もう少しお待ち、ここに掛かるから」
「掛かる? 何がですか? 」
老婆はその問いかけには答えなかったが、やがて、その答えがすぐにわかった。
高い空の上から何かが降りてきた。
(えっ!! )
橋のようなものだった。
そして、よく見ると、何か坂道のようだった。
「黄泉比良坂じゃよ。あの世と、この現世とを結ぶものさ」
老婆が説明した。
「さあ、ここからは、あんた一人でこの坂を登るんじゃ」
「えっ、おばあさん。かなり傾斜がありますが、登れるのでしょうか」
「大丈夫。向こう側との強いきずながあるから、簡単に登れるじゃろう。さあ、行きな。たぶん、向こうの世界の入口では、あんたが一番会いたい人が待っているからね」
老婆にうながされ、イザナギは巨大な坂道である黄泉比良坂を登り始めた。
事前に言われていたとおり、かなりの傾斜は苦にはならなかった。
最初は大きな不安を抱えて登っていた。
しかし、だんだん彼の心の中からは不安は完全に消えていた。
‥‥
奈落は我に返った。
現実の時間で、今は黄泉の国の国王だった。
名前もイザナギから奈落と変えていた。
(この若者はどういう人間なのだろう。特別な気を感じる。)
「入江八広将軍、あなたは、元々この世界で生まれ育った人ではありませんね。それに、先日、八島の神から受けた祝詞を詠唱されましたね」
「祝詞は我が邪馬台国の女王、登与様から教えていただきました。そして、詳しく説明することは省きますが、確かに僕はこの世界で生まれ育った人間ではありません」
国王のそばに控えていた老婆が話し始めた。
「八広将軍は神に仕えていた家系の方ですね。しかも、八島の神に仕える巫女、登与様と同じ血族のような気がします。その血は何代も受け継がれてきたものですが」
「そうなんですか‥‥ でも、僕はその家系に属していることを誇りに思います」
国王である奈落が真剣な顔で言った。
「たたら国の大国主のみこと様から、我が黄泉の国が膨張していることお聞きしましたか? 」
「はい。確かに」
「黄泉の国の国王である私も、大変心配しています。我が国の拡大は、同時に生きる人々の生きる空間を奪っているのです。人間だけではなく、全ての生き物がいるべき場所が消滅してしまいます」
そう言った奈落はまた、黄泉の国に行った時のことを想い出していた。
黄泉の国に向かい妻のイザナミに会いに、イザナギは黄泉比良坂を登っていた。
しばらくすると、今まで空にように見えていた上空が暗闇に包まれ始めた。
坂道の終点が見えてきた。
そこには、八広もよく知っている巨大な鳥居が見えていた。
そして、そのすぐ先に人影が見えた。
イザナギが良く知っている姿だった。
「イザナミ!! イザナミ!! イザナミ!! 」
イザナギは走り始めていた。
自分が出せる限界の速さだった。
そして、鳥居のそばまで近づくと、その向こう側ではイザナミが微笑んでいた。
イザナギはその顔を見ると、すぐにわかった。
やがて、2人は鳥居を隔てて向い会った。
「やせましたね、あなた。それに、顔にそんな深いくまを作ってしまって―― 」
「イザナミ。顔を見られただけで、うれしいよ‥‥‥‥ 」
イザナギは既に泣き声だった。
「‥‥‥‥でも何か心配ごとがあるの、顔に出ているから」
「はい。あなたの顔を見られただけでも私は幸せです。でも、あなたは、その鳥居をくぐってこちらに来てはいけません。絶対です!! 」
お読みいただき心から感謝致します。
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週1回、日曜日午前中です。不定期に午後や土曜日に更新させていただきます。
作者のはげみとさせていただきますので、もしよろしければ、ブックマークをお願い致します。
一生懸命、書き続けます。




