第8話
「相変わらずの人だったな…」
誰もいない部屋の中で1人ポツンと呟いた。
何かを期待していた訳でもないが、この先一生自分の親とも分かち合えないものなのか
と考えると物悲しく思えてくる。
そもそもの発端である母親の失踪の原因は未だに謎のままであるし
その事を深く考えた事は今の今までは全く無かった訳だが
恐らくはあの父親の性格が合わなかったのかもしれない。
多分だけど、あの人と性格の波長が合う人は恐らくこの世の中にどこにも居るわけがない
と布団に腰掛けながら考える。
「あの人の失踪を私のせいにする方が実際楽だったんだろうな」
私は正解のない答えを探すように虚構を見つめた。
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数日後、私は近くの精神科の病院の受付にいた。
そして、先ほどまで行っていた医師との会話を思い出していた。
『記憶を失っていると実感したのはいつ頃からでしたか?』
「数日前のお昼頃でした。突然、自分がいる場所がどこかも分からなくて
持ち物も住んでる場所も全然覚えていなくて混乱しました』
『何かその前後に強いショックを受けたという事とかは…?』
『それも思い出せないです』
『そうですか…』
その後に、医師からは数日で記憶が戻ることもあれば
そのまま記憶が戻らないこともあり得る事かもしれない説明を受けた。
とにかく今は、この状況は受け入れて
順応することが記憶を取り戻す近道だと言われたのだが
本当に記憶が戻るのかは定かではないという言葉に
複雑な感情を抱いた。
医師とのやり取りを木下さんに久しぶりに報告を兼ねて
この後に会うことになっていた。
木下さんは記憶を失った日から色々とサポートして暮れたおかげで
大学生活やアルバイトといった日常生活の方は徐々に問題なく過ごせるようになって
行くものの
未だに謎の人物の「司」という人の正体は掴めないままだった。
「そっかぁ、結局普通の生活を送る中で思い出すかも知れないって感じなのか」
木下さんとの待ち合わせ場所は
大学のそばに合ったこじんまりとしたカフェだった。
「そう見たいです。あれから色々と調べてみたのですが何も手がかりが掴めないというか…
友人関係がどうやら自分は希薄のようだったみたいで」
注文したオレンジージュースを飲みながら苦笑した。
「そんな事言わないの‼︎
前にもいったけれど今は悲観していても何にも始まらないよ?」
「そうですよね…」
肩で息をしながら、何も進んでいない現実に歯痒い思いでいた。
「そう言えば、例の彼とはあの後に会ったの?」
例の彼とは翼のことで
彼との経緯を木下さんのには、一様報告はしたのだが
その時の彼女の反応とても面白くてつい思い出し笑いをしそうになった。
「いいえ、あの後一切連絡は来なくて結局彼が何者なのかも
未だに謎のままなんですよね?」
「私は、春の彼氏なのかもしれないと期待したけれどそれは違うってすぐに否定したもんなぁ」
あの時の木下さんはとてもウキウキとした期待の目で此方を見つめていた
表情がとても面白かったのである。
「そんな訳ないですよ。でも、帰り際に引っかかることも言ってたので気になります。
ただでさえ、気になることが多いのにほんと困ったものです」
木下さんは、頬杖を着きながら
「でもさ、春の周りには謎のしかもミステリアスな人物がほんと多いよね?
案外取り合っていてその渦に巻き込まれたショックで記憶が無くなったとか…?」
私はブンブンと首を振りながら否定した。
もしそうだったらあの時に彼は自分たちは付き合っているというはずだと考えた。
それに
『償い』という言葉から自分達の関係がそんなお気楽なものではないと
推測していたからだ。
でも、あの言葉の裏に隠された真実は知りたいと思う。
「現に手伝ってくれるって言ってたんなら協力して貰えばいいんじゃない?」
「協力?」
そういうと木下さんは私の左隣に置いてあった携帯を奪って
どこかに電話をかけ始めた。
「あの…木下さん?」
なんだかとても嫌の予感がする…
その予感は見事に的中し
その数十分後に
翼は私の隣の席に座っていた。