第6話
司…貴方はその人のことを知っている?
その名前を聞くとまた突然
目から大粒の涙が溢れてこぼれ落ちた。
「あの…その…司という人を知っているんでしたら教えてください。
その人の名前を聞くだけでなぜだか分からないのですが
涙が溢れてきて…その人は 私にとってどういう人なんですか?」
もしかしたら、その『司』という人が私が記憶を失ったヒントを知ってるかもしれない…そんな淡い期待を抱いて電話の向こうにいる人に尋ねてみた。
しかし、私の期待と予想もしない答えが返ってきた。
「あいつは…二ヶ月前に交通事故で亡くなったよ」
え…。
思わず手に力が入らず携帯を落としてしまった。
ゴトンという落下音だけが部屋の中に響き渡り私はそのまま落ちた携帯を見つめることしか出来なかった。
もしかしたら
電話の主が何か話しかけていたのかもしれないが
私は何故だか携帯を落下した瞬間から耳にどんな音も届かなくなっていた。
ただ、記憶もない司という人がこの世界から居なくなった事実を消化出来ずに
涙を流し続けた。
それからどれくらいの時間が経ったのだろうか?
多分、そんなには時間は経ってなかったのかも知れない。
ようやく、耳に音が届くようになったのは騒々しくなり続くインターホンの音だった。
誰だろう…?
もう、これ以上今日は何も起こらないで欲しい。もう、私は受け入れられないよ。祈る気持ちでドアを開けると
その人は息を切らしながらこちらの姿を見るや否や突然抱き寄せてきた。
最初、何が起こったのか分からず呆然と涙を流し続けていたが
段々と、肩に触れる相手の体温に徐々に自分自身の意識を覚醒し始めて
何も言わず相手の肩を強く押した。
「…い、い、いい一体貴方は誰ですか…⁉︎⁉︎」
自分を守るように両手を自分に自身の肩に回して相手を思わず睨みつけた。
「いや…だから俺が翼だって。本当に記憶ないんだな」
翼と名乗った男性は、想像していたよりも遥かに大人な雰囲気を醸し出していた。
声だけでは、もっと幼い印象を持っていたからだった。
目のツリ目具合が何処かであったような気もするが思い出せずにいて
相手の目をじっと見つめていると相手は罰が悪いように
頭をかきながら
「いやだって、司が死んだって言った瞬間変な音するし
そこからこっちがいくら呼んでで返答ないから嫌な想像してしまうのは仕方がないことだろ?」
どうやら私が後追いをするのではないかと心配して
わざわざ家まで来てくれたようで、しかも息を切らしてまで。
「ごめんなさい。その気が動転していて…。ご覧の通り無事です」
その言葉を聞いた瞬間相手はその場に座り込んだ。
「いや…、本当に焦ったから。良かった」
そういうと何度も肩で息を繰り返していた。その様子を見つめていると
自然と
「もしよろしければ、上がってください。その司という人について教えてください」
とドアを相手が入れるぐらいまでに広げた。
相手は一瞬躊躇ったが何度か頷いてから
「お邪魔します」というと部屋に上がった。
翼は部屋には居るなりジロジロと辺りを見回していた。
その様子からはどうやら初めて部屋に入ったのではないかと想像した。そしてその疑問は胸の中に収まっていなかったようで
無意識に
「部屋にはいるの初めてですか?」
と質問していたようだった。翼はあぁといった感じで相槌を打つだけで
そこからの会話は無かった。
それから辺りを物色するのは気が済んだのか
ローテーブルが置かれている絨毯の真ん中に座り
さっきまで見ていた手帳を見つめていた。
翼が見つめている手帳に私も見つめた。
そして、台所で用意したお茶をテーブルに置いた。
彼が、お茶を一口飲んだことを確認した後
「翼は、司という人を知っているの?」
と質問をした。
しかし
彼は返答をしない変わりに私のことを何も言わずに見つめ返してくる。
その瞳は何度か揺らいでいた。その意図を聞き返そうかと思ったが
その言葉をなんと尋ねればいいのか分からず私も沈黙するしか無かった。
「記憶が無くなったといっていたが、これからどうするつもりなのか?
病院には行ったのか?」
彼は、司のことは一歳触れずに話題を変えた瞬間
なんとも言えない気持ちが襲ったがそれを堪えて
「ううん。病院は行っていないの。私の家庭は色々複雑で
知られたくないの。だから、自力で探すしかないって感じかな…」
最後の方は翼の顔は見れなくて足元を見つめながら答えた。
「じゃ、その記憶探し俺も手伝うよ」
意外の返答で私は思わずお茶を溢しそうになった。
翼の意図が全く分からずにますます混乱していった。
何を考えているのだろうか?