めざせ!異世界スローライフ!
いつも通りの冬キャンプ。
いつも通りの帰り道、のはずだった。
突然目の前に現れた対向車のライトに、慌てて切ったハンドル。
スリップしたバイクの車体が傾き、そのままふわりと身体が宙に浮いた。
ーあ。死んだな。
それが私の日本での最後の記憶。
私は金城ひかり、享年?28才。
それなりに社会人をしながら趣味のキャンプにお金や時間を費やしていた平々凡々なオタクだった。
事故をきっかけに、恐らく異世界転生をし、今の私の名前はリリー・ブラウン、年齢は15歳のようだ。
普通異世界転生したら、王子や騎士など位の高い人と出会って恋に落ちる。とか、実はすごい魔術や聖術を持っていて、国を救う。とか、そんなドラマティックな展開になるものだと思っていた。
正直どちらも後々とても面倒くさそうなので、フラグは折ろうと警戒を怠らなかった。
だがここにきて数ヶ月、ただただ変わらぬ毎日を過ごしているあたり、私は恐らくこの世界のモブに転生したのだろう。
「願ってもないな」
窓から見える長閑な街並みを眺めながら呟いた。
「リル、体は平気かい?」
彼はトーマス。栗色の髪の毛に緑の瞳、優しいタレ目のイケメンで、リリーの兄がわりの青年だ。
こちらに来てすぐ彼の綺麗な瞳を見て、リリーの記憶が舞い込んだ。
1年前まで2人は孤児院で暮らしていたが、トーマスが18歳で自立する時に、体の弱いリリーを引き取ってくれたのだ。
彼はリリーにとって命の恩人。そしてリリーの好きな人だった。
「大丈夫。最近はとても気分がいいの。そろそろ外に出たりとかもしていいかなと思ってるくらい。」
「またその話かい?何度も言ってるけど君は体が丈夫じゃないんだ。今の君はここにいることが最善なんだよ」
「今っていつまで?ここにずっといる方が返って体に悪いわ!体力もないし、買い物だって私したことないのよ?」
「焦らなくていいんだリル。きっと大丈夫だから。僕はもう仕事に行かなくちゃ。ゆっくり時が来たら少しずつやっていこう。ね?」
そう言って不満そうな私の頭を、困ったように笑いながら撫でる。
頷かないとこの不毛な時間は終わりそうになかったので、こくりと頷くと、ホッとしたように笑った。
「じゃあ、いってくるね。夕方には帰ってくるから。」
今回もだめだった。
リリーは彼の何を見ていたの?
こんな生活能力も何もない彼女をただ1人ずっと家に閉じ込めておくなんて、彼女のことを何も思ってあげていない!!
これはある種のモラハラよ!!!
こちらにきてからというもの、私は月に一度病院の先生と会う以外で、他の社会的な関わりは一切遮断されていた。
ずっとトーマスを何とか説得しようとしてきたけど、これ以上の時間をかけても変化するとは思えない。
むしろ私の変化を疎ましく思っている。
素直でいい子なリルが、高熱でうなされて変わってしまった。薬に問題があったんじゃないかとふざけたことを病院の先生に言っていたのを盗み聞きしたし。
かくなる上は、病院の先生の攻略。
これしかない。
次の検診はたしか1週間後、きっと先生に口添えしてもらって外にでられるようにならなくちゃ。
そしていつか自立して、悠々自適なスローライフを送ってみせる!