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友だち条約

作者: なべしま

人間関係にも条約があればいいのに。


そう思ったことがある。


仲が悪い人に嫌がらせをする人を見たときに、「お互いに嫌いならわざわざ関わることないのに」と思ったことがきっかけだった。


『不可侵条約』


この言葉がふと浮かんだ。そうだ、不可侵。これだ。


「私はあなたが苦手であり、あなたも私が苦手である。それなら対話を余儀なくされた場合をのぞき、必要以上に関わり合うことなく、双方穏やかな気持ちで有益に時間を使いましょう。」


明文化して一つサインか判でも押せば、こちらが嫌がらせに煩わされることも相手が嫌がらせに時間を割くこともない。名づけて『友だち不可侵条約』! なんて素晴らしい考えだろう!


しかしそうはいかないのが現実で。上記の一切合切を伝えて書類モドキを見せようものなら、さらに仲が悪化する、もしくは大して関わりも好意も苦手意識もなかった人間からさえも変わり者のレッテルを貼られるだろうことくらい簡単に想像できる。シンプルに怖い。


私も以前当事者になったことがあり、その時からすでに「わざわざ関わらなくたっていい」という考えはあった。『不可侵条約』としっくりくる名がついたのが知り合いの様子がきっかけというだけだ。


当時、私も相手も中学生。お互い何はなくとも苦手同士であったことは察していたように思える。つかず離れず、たまに話すだけ、人づてに噂を聞くことが時たま、というレベル。

それが3年生の体育祭前ほどに、何が気に障ってしまったのか、嫌がらせのようなものを受けるようになる。嫌がらせと言っても後ろでボソッと文句を言われる、狭い教室での応援練習中に軽く足が当てられる、それをとりあえずこちらから一言謝っとくかと声をかければスルーされる、五人ほどのグループの中であからさまに私にだけ冷たい、とかいう実害の無いやや面倒くさいだけの軽いものだったけれど。


このぐらいの頃に「関わらなくていい」の思想が芽生えてきた。それでも面と向かって「あなたは私が嫌い? 私もあなたは苦手。じゃ関わらないことにしようね。」などと言う度胸はなかった。今もない。


しばらく忘れていたこのことを知り合いを見ていて思い出した。


「お互いに苦手なら関わらない」


何一つしなきゃいけないことは無く、むしろ何もしないだけでいい。それなのにそれをしない人がそこそこ多い。だから明文化しておけば気が楽になると思った。


「人間関係にも条約があればいいのに」の気持ちは何も苦手な相手に限った話ではない。


些細なきっかけでおしゃべりしたことがほんの数回だけあった人と町中ですれ違ったとき。あいさつしていいのか迷う。


最近仲良くなって連絡先を交換した人とラインをするとき。絵文字をどれくらい使っていいのか悩む。


お昼ご飯をその人と食べたいな、と思ったとき。声をかけていいのか迷う。


実はコンプレックスに思っていることを話題にあげられてしまったとき。またはあげてしまったとき。ああ、何が触れられたくない話なのかお互いに知れていたらよかったのにと思う。


そんなとき『条約』とでも銘打って、


「あなたと私は今から友だちということでいいですか」

「町中で目が合ったらあいさつしてもいいですか」

「絵文字で感情表現するタイプなのですが不快にはなりませんか」

「お昼時にいつも一緒に食べる相手や忙しいときはありますか。私が誘っても嫌ではないですか」

「この話はあまり触れられたくないのですがそちらは何か触れない方がいい話題はありますか」


とほんの些細なことだが直接は聞きにくいことに明確な答えを得ることができる。私の気にしすぎかもしれない。でもこうすることで不安に思わずに、また不安に思わせずに済む。


そんな取り留めもないことを考える。


確かに楽になるかもしれない。良い考えかもしれない。少なくとも私はそう思う。


それでも、文書によってすべてが分かってしまう味気なさを、あの人は何が好きで何を素敵だと感じるのか考え知りたいと思う楽しさがなくなることを、他者にはわからない形での友情やそれらを描いた作品がなくなることを、「つまらない」と思ってしまう。


この面倒なことをうだうだと考えられる今を、あの人が何が好きかちょっとずつ知っていく楽しさを、自分が何が好きかちょっとずつ知ってもらう嬉しさを、面倒な心情をつづった作品を、それぞれ違う面倒くささの感情を言葉にして交わすことを、「面白い」と思ってしまう。


面倒くさい今がそれはそれで嫌ではないのです。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  友人(あるいは親友)とまでは言えないが、不可侵条約を締結できるほどには人物として信頼している知人。  そんな微妙な相互の距離感が感じられて、絶品。  そこに如何ほどの信頼関係も無けれ…
[良い点] 自分の身に直接降りかかると、とたんに面倒になる不思議。
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