千年の恋人
水面にも満月が浮かぶ夜、小さな金庫が発見されました。鍵は失われていましたが、大したものは入っていないだろう、と大人たちは考えました。ですから、このお城に住む三姉妹の、真ん中の少女が欲しいとせがんだところ、あっさりと与えられました。
少女はさっそく、金庫を自分の寝室の枕元へと運びましたが、どうしても中身が気になり、何とか方法はないものか、と鍵穴の部分に手を触れたところ、ガチャリと音がして鍵が壊れ、そっと金庫が開いたのです。
金庫に入っていたのは古い日記帳のような本でした。あとで、歴史の家庭教師にさりげなく聞いたところ、これまでのどの王国の文字とも異なる記号で書かれ、ただ、装丁や紙の具合からして、千年ほど前のものであろう、ということでした。
内容こそ分かりませんでしたが、その模様も配列もとても美しかったので、少女は飽きることなく、ずっと本を眺めていました。そのうちに、その記号には一定の規則性があると感づき、ついに、その法則を認めました。本の最初には、こう書かれていました。
「愛する三姉妹の真ん中の少女へ」
少女は驚きました。しばらくして、落ち着きを取り戻すと、再び解読を始めました。
「あなたのことをずっと待っていました。恋焦がれている間に、私の命は尽きてしまいましたが、やっとお会いできましたね。」
解読を続けるうちに、その本を書いた少年は、詩や絵や音楽が好きだったこと、ずっと少女のことを想いながらも、流行り病のために若くして命を落としたこと、それでもずっと黒猫の目を通して少女のことを見ていること、などが分かりました。確かに、お城にはいつもふらりとやってくる黒猫がいます。
「口づけをいただけませんか。」
少女はそっと本に口づけをしました。
それからというもの、少女の生活は一変しました。黒猫の目を気にして、いままで何の関心もなかった行儀作法やお化粧、あれだけ邪魔になると嫌がっていたドレスに気を遣うようになり、周囲の人々を驚かせました。恋をしていることは誰が見ても明らかでしたが、その対象が本の中にいるということを、誰が想像できたでしょうか。少女のほうも、見つけた法則については一人だけの秘密にして、誰に話すこともありませんでした。
その日も、相変わらず本の文字を解読していましたが、いつもと様子が違いました。
「あなたもじきにこちらに来るでしょう。ですが、私は嬉しいのです。」
少女もまた、流行り病にかかってしまいました。
「わたしも、あなたとお会いできて、嬉しいです。」
少女はもうほとんど残っていない力を振り絞って、こう言い残しました。そうして、微笑みを浮かべて、息を引き取りました。周りの人たちは、何のことを言っているのか、なぜ微笑むのか、全く分かりませんでしたから、きっと錯乱しているのだろう、と思いました。少女が見つけたという法則は、少女の肉体とともに埋葬され、真実を知るのは、ただ黒猫のみになってしまいました。
1200字程度の幻想的で耽美な短編小説を書いております。よろしければ、他の作品ものぞいてみてください。