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第八話 バケーション、ミスコン、謎の人物、竜

「海だぁ!」


「海だぞぉ!」


「海はいいなぁ」



 準備を終えた俺たちは、翌日から水族館の近くにある海水浴場へと遊びに出かけた。

 海水浴を楽しみつつ、海岸近くにあるコテージを借りてバーベキューとキャンプを楽しむ予定だ。

 魔法の袋は使えないので荷物は重かったが、久々の日本の海はいいものだ。

 女性陣の水着もいい。

 三人ともビキニなのはもっといい。

 信吾もそうだが、拓真も大いに喜んでいた。

 俺も楽しんでいたが、ちょっと海が汚いのは難点だな。

 環境破壊がほとんどないリンガイア大陸と比べるのは酷なのかもしれないけど。


「いやあ、来てよかったと素直に思えるな」


「拓真は、三人の水着目当てか」


「悪いか! 信吾だってそうだろうが。それにしても……なあ、ヴェルよ」


「ああ」


 白のビキニにパレオがよく似合う黒木さん、真っ赤なビキニを購入した赤井さん。

 そしてエリーゼは、随分と布地が少ない水色のビキニだな。


「エリーゼ、似合っているけど」


 エリーゼは恥ずかしいのではないかと、ちょっと心配してしまったのだ。


「選べる水着が少なくて……」


 そういえば、バウマイスター伯爵領内で海水浴をした時に着た水着は、オーダーで作ってもらったからな。

 胸が欧米人並のエリーゼには、日本の店舗で販売している既製品だと選択肢が少ないのであろう。


「周囲から注目されているような気がします……」


 金髪美少女で巨乳だからな。シャイな日本人でナンパを試みる人はいないみたいだが、注目を集めているようだ。


「すげぇ……」


「もう! 清隆は私と海水浴に来たんでしょうが!」


 鼻の下を伸ばしてずっとエリーゼを眺めていた若い男性が、一緒に来ていた彼女らしき女性に怒られていた。

 よく見ると、何組かそういうカップルはいるようだ。


「恥ずかしいです」


「俺はよく似合っていると思うし、エリーゼが奥さんなのは鼻が高いな。堂々としていた方がいいよ」


「そうでしょうか?」


「えっ! あの金髪外人さん、人妻なのか?」


「しかも、日本語が上手い。留学生なのかな?」


「旦那さんも外人さんだな」


「当たり前じゃないの」


 エリーゼが人妻であり、俺が夫だとわかると、俺たちに注目する人は一気に減ってしまった。

 フリーでなければチャンスもないというわけか。


「こういう時、同じ日本人というだけで注目を浴びなくていいわね」


「そうね。私、いつも胸を見られるから」


 黒木さんと赤井さんも男性からの注目を浴びるタイプであり、今日はエリーゼがいて好都合だったらしい。

 それにしても、二人とも信吾に気があるってのが凄いな。

 俺が高校生の頃、信吾と同じ容姿だったはずだが、まったく女性にモテた記憶がない。

 海水浴とは、男同士で友情を深めに行く場所だったのだから。

 スイカ割りと花火が楽しみなくらい?


「信吾、似合う?」


「一宮君、新しい水着にしたのよ。どうかしら?」


「二人とも、似合うね」


 そして、二人から惚れられている事実に気がつかない信吾。

 あれ?

 もしかすると俺も高校時代、誰か女子に惚れられていたけど、それに気がつかなかった?

 ……んなわけないか。考えるだけ空しいからよそう。


「うーーーん、そしてロンリーボーイな俺」


 どういうわけか、拓真はどちらからも惚れられていないようだ。

 どちらかというと、信吾よりも拓真の方が女性にモテるタイプなんだがな。

 背が高くて体も筋肉質、それに加えてサッカー部のエースだからなぁ。


「あれ? ヴェンデリン、意外とムキムキだな」


「羨ましいな。僕は細いから」


 俺も信吾と同じく細い方だが、意外と筋肉はついているタイプだ。

 なぜかって?

 導師と二年以上も毎日修行してみな。

 嫌でもある程度は筋肉がつくから。

 導師ほどマッチョになれるかどうかは知らないけどね。


「みんな、コテージに近い砂浜の方が人が少ないみたいよ」


「そうなんだ。じゃあ、そっちに行こうか」


 黒木さんの勧めで、俺たちはコテージ寄りの砂浜に移動する。

 すると、沖合いに小さな無人島が見えた。

 確か『異界島』とかいう奇妙な名前の島だったはずだ。

 周囲一キロほどの小さな島で、わずかな砂浜の他は木々に覆われている。

 島の中心部に洞窟があるという話も聞いたことがあった。

 前世において、高校の同級生から聞いた噂であったが。


「ヴェンデリンさん? ああ、異界島ですね」


 赤井さんは、俺が無人島をじっと眺めていることに気がついたようだ。


「変わった名前だよね」


「そうですね。どうしてそういう名前なのかはわかりませんけど」


 普通、なにかしら島の命名理由があるはずだが、そういえば俺も全然由来を聞いたことがなく、誰に聞いても知らなかったのを今思い出した。


「でも、危なくないみたいですよ。あの島は個人の所有物らしいので勝手に入ることは禁止ですけど、今年から一日一組限定でキャンプはできるみたいです」


「らしいな。ちょっとした冒険気分が味わえるって人気らしい。予約はなかなか取れないみたいだけど」


 拓真も異界島について知っており、キャンプ地として使用可能らしい。


 俺が高校生の頃とは、微妙に差があるようだ。


「今回は縁がないようね。早く泳ぎましょうよ」


「賛成!」


 上陸もできない島のことを話していても仕方がないと、黒木さんの意見で海水浴を楽しむことにした。


「黒木さん、泳ぐの上手だなぁ」


「彼女、成績優秀、スポーツ万能だから」


 優雅に泳ぐ黒木さんを見ていると、信吾がそっと教えてくれた。

 なるほど、アニメのキャラみたいな人なんだな。

 俺は初めて出会うタイプだ。


「信吾はどうなんだ?」


 信吾は運動部に所属していなかったが、運動神経は普通なのでちゃんと泳げた。


「信吾、泳ぎを教えてよ」


「またか?」


「私、泳ぎは苦手なのよ」


 赤井さんは泳ぎが苦手なようで、信吾に泳ぎを教えてくれと頼んできたが、もうこれで何度目からしい。


「拓真かヴェンデリンの方が泳ぎは上手じゃないかな?」


「「なっ!」」


 俺と少し離れていたところで泳いでいた拓真は、信吾のあんまりな言いように、つい俺と驚きを重ねてしまった。

 赤井さんが信吾を好きなことは、信吾本人以外みんな気がついているから、あまりに鈍い彼に衝撃を受けてしまったのだ。

 泳ぎを教わるなんて口実で、彼女はただ信吾と一緒にいたいだけなのに、お前はそこまで鈍感なのかと。


「僕、教えるのも下手だからなぁ……水泳部ってわけでもないし」


 信吾の奴、本気で上手な人に教わった方が上達が早いと思い、あくまでも親切心で先生役は他の人がいいと思っているようだ。


「あなた、私もまだ泳ぎが下手なので教えてください」


「いいよ」


 ここでエリーゼが助け船を出してくれた。俺は、エリーゼに泳ぎを教えるからという理由でその場を離脱する。


「これはチャンスね」


「いやあ、それはどうかな?」


 いまだ信吾が赤井さんからの好意に気がついていないことが確定となり、黒木さんは一人とても嬉しそうであったが、だからといって鈍い信吾に黒木さんからの好意が伝わる保証はない。

 むしろ厳しいのではないかと俺は思うのだ。


「あいつはヤバイくらいに鈍いと思う」


 俺もそんなに敏感な方ではないが、信吾という存在の前では霞んでしまうな。


「そうですよね……うわぁーーー、私よく泳げないんです」


 いや、それはわざとらしすぎるだろう、

 黒木さん……あなた今の今まで、スイスイと泳いでいたじゃないか。


「こうなれば……赤井さん、私も泳ぎを教えてあげるわ」


「信吾がいるからいいわよ」


「榛名、同じ女性から教わった方が覚えが早いんじゃないかな? せっかく黒木さんがそう言ってくれたんだから」


「……」


 なにもわかっていない信吾は、黒木さんが純粋な好意から赤井さんの指導を買って出たと思ったようだ。

 赤井さんの願いもむなしく、三人で泳ぎの練習を始めることになってしまった。


「信吾は、自分が女性にモテるわけがないと本気で思っているからな」


 拓真は一人優雅に泳ぎながら、自分の幼馴染について解説した。


「そしてもう一つ真理があるな」


「真理? なんだそれは?」


 拓真の奴、急になんなのだ?


「今! 俺は奇跡を目の当たりにしている! 海水は物が浮きやすいだろう? 見てみるんだ! エリーゼさんと赤井の胸が、まるで桃のようにドンブラコと浮いているのだ!」


 確かに、俺が今両手を持ちながら泳ぎを教えているエリーゼ、信吾と黒木さんが泳ぎを教えている赤井さんの大きな胸が浮いているというか、水面の上に山のようにそびえているな。


「一方、黒木さんは……残念、お疲れさまでした!」


 二人に比べると、黒木さんの胸はほとんど水面下にあった。

 どうやら拓真も、胸が大きな女の子が好きらしいな。

 俺?

 まあ、大は小を兼ねるというか、ないよりはあった方がいいというか。

 嫌いではないな。


「黒木さんも、もう少し胸があればなぁ……って、げぇ!」


 俺とエリーゼの近くでゆっくりと背負泳ぎをしながら余計なことをほざいていた拓真であったが、彼の発言はすべて黒木さんに聞こえていた。

 彼女は、冷たい笑顔を浮かべながら拓真の傍にやってきた。


「彼女でもない人に対して随分な言い方ね」


「はははっ……これは世間の男性の一般的な意見と言いますか……」


「有罪ね」


 勿論そんな言い訳が通じるはずもなく……。


「あはっ、それ以上砂をかけないでくれ! 随分と波打ち際に近いじゃないかな? 水飛沫が目に入って痛いんだけど!」


 黒木さんからの無言の圧力により、俺と信吾は拓真を抱えて砂浜に上陸し、彼の首から上を除き砂の中に埋めてしまう。


「お前らも、俺と同じ意見だよな?」


「僕は違う」


「俺も、女性を胸だけで見ることはしないぞ」


「嘘つけ!」


 拓真の抗議を無視して、俺と信吾はどんどん砂山を高くしていった。


「動けない……」


「江木、あんたはそんなんだから、すぐに女子と噂になっては駄目になっちゃうのよ」


「そうですね。タクマさんはもう少し女性の内面を見た方がいいと思います」


 赤井さんとエリーゼも拓真を非難しながら砂を盛っていき、自力での脱出は困難な状態へと陥ってしまった。


「みんな、かき氷を食べようか?」


「じゃあ、僕が買いに行くよ」


「俺も行く」


 拓真を砂に埋めたあと、喉が渇いてきた。

 黒木さんがかき氷を食べようというので、俺と信吾で買いに行くことにする。


「いいわね、私も賛成。エリーゼさんって、かき氷は食べたことある?」


「はい」


「故郷の日本の人が作ってくれたんだ」


「ええ……」


 本当は、俺が作ってエリーゼにご馳走したんだけど。


「俺、レモンで」


 きっちりと砂に埋まっている拓真の分も合わせ、急ぎかき氷を買ってきた。


「夏はかき氷だね」


「信吾、冷たくて美味しいわね」


「頭がキンキンする」


「あなた、急いで食べすぎですよ」


 買ってきたかき氷は、今は真夏とあってとても美味しく感じられた。


「すいませーーーん。俺にも食べさせてください」


 残念ながら、首から上以外は砂に埋まっている拓真は、傍に置かれたかき氷をひと口も食べられずにいたが。


「仕方がないわね。反省した?」


「はい、江木拓真! 大いに反省しております!」


「じゃあ……」


「あっ、食べさせてくれるの? 『あーーーんして』とか夢でした」


「……」


「黒木さん、これ以上砂を増やさないでください」


 せっかく黒木さんが許そうとしたのに、拓真がまたバカみたいなことを言って余計に砂を盛られてしまう。


「んなわけないでしょうが! 私は江木君の彼女じゃないんだから! 暫く埋まってなさい!」


「拓真、食べさせてやろうか?」


「嫌だ! 野郎に食べさせてもらうなんて! 野郎に食べさせてもらう高級フルコースよりも、女性に食べさせてもらう豚の餌だ!」


 わかるような気もするが、俺なら高級フルコースを選ぶな。


「江木、かき氷溶けちゃうよ」


「なぁーーーっ! かき氷食いてぇーーー!」


「すみません」


 砂山に埋まった拓真が叫んでいると、俺たちの下におかしなハッピを着た男性二名が声をかけてくる。


「お時間よろしいでしょうか?」


「我々は、佐東市観光協会の者です」


 確かに、二人が着ているハッピには『佐東市観光協会』の文字が記載されていた。


「はい、なんでしょうか?」


「すみません、実はこれから行われるミスコンに出てほしいのですが……」


「ミスコンなんてやってるんだ」


 前世で俺も何度か海水浴には来ているけど、ミスコンをしていたという記憶はなかった。

 これも、前の世界との大きな違いなのかもしれない。


「そんなに大それたものではありません。ミスに輝いたからといって、あとでなにか活動があるわけでもないのです」


「そんな気楽な大会にしたら、全然参加者がいなくて……」


「そちらのご三人なら参加するに値するであろうと、急遽声をかけさせてもらいました」


 軽いイベントのつもりで開催したら人が集まらず、急ぎ参加人数を増やそうと、エリーゼ、赤井さん、黒木さんに声をかけたわけか。


「あなた、みすこんってなんですか?」


「ええと……」


 よくよく考えてみたら、王国にミスコンなんて存在しなかった。

 人様の前で女性に、それも未婚の女性に水着を着せて審査なんてしたら、教会の意を受けたホーエンハイム枢機卿が摘発に乗り出すであろうからだ。


「一番綺麗な未婚女性を決める大会のようだね」


「ニホンではそのようなことをするのですか」


 エリーゼは特に嫌悪するでもなく、そんな催しがあるのかと素直に感心していた。


「そちらのお嬢さん、欧米の方に見えますが、お国にミスコンはないのでしょうか?」


「古いしきたりと因習がある地域なので」


「なるほど、世界は広いのですね」


 欧州でも田舎の出なのでと観光協会の人に説明したら、すぐに納得してくれたようだ。


「せっかく日本に観光で来られたのですから、記念にいかがですか?」


「参加すると、名物『佐東饅頭』をもれなくプレゼントしますから」


 『佐東饅頭』とは、全国区では全然有名ではない佐東市の名物だ。

 饅頭なので普通に美味しいが、なにか特色があるわけでもないので、地元の人間くらいしか食べないお菓子であった。

 参加賞が饅頭ってのもどうかと思うけど、参加賞が出るだけマシなのであろうか?


「すみません、私は参加できません」


「そこをなんとか!」


「御三方に参加していただきたいのです」


 観光協会の人たちは、是非エリーゼたち参加してほしいとお願いを続けた。


「私たちはオマケか……」


「そんなことはないです!」


「こんな田舎のミスコンなので、外人さんがいると盛り上がりが違うんですよ」


 エリーゼのオマケ扱いされた赤井さんが不機嫌になると、慌てて観光協会の人がフォローに入った。

 よっぽど参加者不足に悩んでいたようだ。

 赤井さんなら一般応募でも普通に参加できるはずだが、外人であるエリーゼには敵わないというわけか。

 日本人って、本当に金髪外人が好きだよなぁ……。

 前世でも、上司のおっさん連中に金髪好きが多かったのを思い出す。


「単純に、外人さんがいた方が盛り上がるからだと思いましょうよ」


「そうですよね、お嬢さん」


 黒木さんは、別に出場してもいいと思っているようだ。

 彼女の意見に、観光協会の人たちも同調した。


「見事グランプリに輝きますと、賞金は出ませんがサプライズでいい賞品が出ますから」


「賞品に興味が出てきたからいいけど」


「ありがとうございます!」


「私は駄目です」


「ええっ! どうしてですか?」


 黒木さんと赤井さんがミスコンへの参戦を承諾したが、エリーゼはミスコンへの参加を承諾しなかった。

 彼女は生まれつきのお嬢様だし、人前に水着で出るのは嫌なのであろう。

 と、思っていたら……。


「ミスコンって、未婚女性のコンテストですよね? 私は結婚していますから」


 エリーゼがミスコンへの参加を断ったのは、自分は結婚しているから参加資格がないという理由であった。


「ご結婚されているのですか?」


「はい」


 エリーゼが嬉しそうに俺と腕を組むと、観光協会の二人は彼女の指に填まった指輪を確認しつつ、夫である俺を羨ましそうに見つめた。

 同じ男として、巨乳金髪美少女と結婚している俺が心から羨ましいのであろう。


「そういうわけでして、大変申し訳ないのですが……」


「別に構わないですよ」


 エリーゼがミスコンへの不参加を表明するが、観光協会の人たちは特に問題はないと断言する。


「ですが、そういうルールなのでは?」


 確かに、ミスコンに既婚者が出るってどうなんだろう?

 エリーゼも、それはルール違反だと思っているから断ったのだし。


「厳密な審査があるミスコンなら駄目かもしれませんが、賑やかしのためのイベントですから」


「実は参加者が少なくて、お子さんがいる人も出ていますので……」


 よほど参加者に困っていたようで、エリーゼが結婚していても観光協会の人たちは気にもしていなかった。


「それでしたら、面白そうなので」


「「ありがとうございます!」」


 こうして、エリーゼ、赤井さん、黒木さんの三人は、地元観光協会主催のミスコンに参加することになった。




「第一回ミス佐東海岸コンテストを開催いたします!」


「ミス佐東『海岸』なんだ」


「本物のミス佐東は賞金が出る代わりに、一年間市のピーアール活動に参加しなければいけないとか制限があるからな」


「拓真は詳しいんだな」


「近所で綺麗だと評判の姉ちゃんがミス佐東になって、一年ほど市主催のイベントに出たりで忙しかったんだと」


「へえ、そうなんだ」


 砂に埋もれていた拓真を掘り出してから、俺たちはミスコン会場で前の席に座った。

 関係者だということで席を融通してもらったのだ。


「ママ、頑張って」


「確かに、ミスコンに母ちゃんが出てるな」


 隣に小さな男の子とその父親が座っており、参加者の一人に声をかけていた。

 エリーゼの他にも、あきらかに結婚していそうな人も何人かおり、夫らしき人たちが自分の奥さんに声援を送っていた。


「緩いミスコンだなぁ……賞品ってなんだろうね?」


「それは観光協会の人も、最後まで秘密だって言ってたな」


 緩いミスコンが始まり、司会者を務める観光協会の人が参加者の紹介を始めた。


「十七番、地元佐東の方です。高校生の赤井榛名さん」


「「「「「おおっ!」」」」」


 赤井さんは可愛いし、少し童顔で胸が大きかったので会場にいる多くの男性から歓声があがった。

 彼女のようなタイプの女性は、男性からの支持が高いからな。


「続いて十八番、同じく佐東市の方です、赤井さんと同じ高校に通う黒木摩耶さんです」


「「「「「おおっ!」」」」」


 クールビューテイーでスタイルが抜群にいい黒木さんが続けて紹介されると、赤井さんと同じくらい会場から歓声があがった。


「盛り上がっているね」


「赤井と黒木さんは、学校でも男子に人気があるからな」


 ステージ上で司会者に紹介される二人を見ながら、信吾と拓真が話をしていた。


「黒木さんはともかく、榛名が?」


「わかってないな、信吾は。ああいう童顔で胸が大きな子は実はもの凄くモテるんだよ」


「知らなかった」


「お前は幼馴染で見慣れているからだろうけど、世間ではそんなものだ」


 逆に信吾は見慣れすぎていて、赤井さんの美少女ぶりに気がつかない……拓真は理解しているので、ただ単に信吾が鈍いのか……。


「おっと、最後に一番の注目参加者が出るぞ」


 とはいっても、ミセスなのに構わないからと言われて参加したエリーゼであった。


「最後に、海外からのエントリーです! 観光で日本に来ているエリーゼ・カタリーナ・フォン・バウマイスターさん!」


「「「「「「「「「「おおっ!」」」」」」」」」」


 エリーゼが紹介されると、ひと際大きな歓声が観客から沸いた。

 地方の、参加者が少ないため既婚、子持ち女性まで参加している緩いミスコンで、エリーゼクラスの美少女が出場するとは思っていなかったのであろう。

 俺が異世界に飛ばされる十年ほど前といえば、まだ外国からの観光客もそれほど多くはない。

 海外に誇る観光地などない佐東市では、金髪美少女の観光客は希少であった。


「おおっ……奇跡だ!」


 前の席に座っている爺さんが、エリーゼの胸を見て驚愕していた。


「さすがは外人さんじゃ! 育ちがええの」


 爺さん、あまり大声でそういうことを言うな。

 エリーゼが恥ずかしそうにしているじゃないか。


「これで全参加者の紹介が終わりました。続けて審査に入ります」


「この面子だと、三人の中の誰かがミス佐東になれそうだな」


「賞品はなんだろうね? あと拓真、ミス佐東海岸だよ」


「どっちでもいいじゃん。賞金じゃないって言ってたからな。家電とかだといいな」


「拓真は現実的なことを言うな」


 俺たちがそんな話に夢中になる最中、ミスコンの最終審査がスタートするのであった。




「困るなぁ。勝手に竜を他の世界に移動させないでよ」


 今日も個人的な趣味の範疇に入る研究を続けていると、異次元にある自室の警報器が鳴った。

 ユウが構築した、時間、次元を超えられるルートに複数の人と生き物が通過すると鳴る、特殊な警報が今初めて鳴ったのだ。

 二千五百年ぶりに鳴ったけど、久しぶりとはいえ対処は面倒くさそうだ。


「どれどれ……またあの石碑なのか……」


 ユウは大昔、大規模な実験の失敗で本来の体を喪失し、この時間が流れない異次元で好きな魔導技術の研究をしながら生活している。

 研究の成果が出て様々な場所、時間、次元などを移動可能なルートの構築に成功したのだけど、一つだけ弱点を作ってしまった。

 それは、ユウが作った移動ルートの出入り口に利用した遺跡の存在だ。

 遺跡自体は、ユウがいた時代よりも一万年以上も昔、今はとっくに滅んでいる宗教が設置した石碑でしかない。

 ただの石碑にガラス玉が埋め込まれており、魔導技術は一切利用されていない。

 非常に原始的な、体の中にガラス玉を入れると永遠に生きられるという教義を信奉していたので、石碑にガラス玉が埋め込まれていただけだ。

 ただのガラスをそこまで過剰評価する宗教だから、とても原始的な宗教というわけ。

 その石碑が置かれた場所に移動ルートの出入り口を設置したばかりに、人間たちと竜は他の時間、次元に飛ばされてしまった。

 双方なかなかの魔力を持っていたため、たまたま出入り口が開いてしまったのであろう。


「どこに飛ばされたのかな?」


 魔導計算尺を動かして探ると、どうやら魔法ではなく科学という力が万能とされる世界に飛ばされたらしい。


「ちょっと厄介かな?」


 ルート37次元座標の計算を終えてから、そこに魔導偵察機を送り込むと、そこは無人島のように見える。

 島の中心部には地下遺跡があり、その一番奥に傷ついた竜が鎮座していた。

 今は受けた傷を癒すのに集中しているのが見える。


「分裂型か……ああ、あの玩具ね」


 その竜は小型に見えるけど、強さはかなりのものだ。

 人間は視覚でしか竜の大きさを判断しないけど、あの竜は自分の体を分裂させて小型の竜に模し、それを操作して戦う。

 体を分裂させていない時は、体組織の密度を増して見た目の小ささを保ち、機動性も確保していた。

 ある意味、物理的な法則を無視した竜ということになる。


「ある程度体が癒えたら、あれは海に餌を獲りに行くはずだ」


 極めて強力な魔法攻撃を食らって大ダメージを受けたみたいだけど、飛ばされた先がよかったみたい。

 魔法使いなどいないあの世界では、誰も使っていないマナが満ち溢れており、周囲のマナだけである程度回復可能なのだから。


「完全回復してあの世界に居座られると面倒だな。ユウが構築したルートを伝っているから多少の責任もある。回収しないと駄目だね」


 行けない場所でもないから、久々の外出というわけだ。

 どうやら戦闘もあったようで、研究サンプルとして竜の遺体を手に入れたいという希望もある。

 あの竜の体を解析すると、もっと高性能な玩具を作る参考になるかもしれないからね。


「お出かけの準備をしようかな。何日かだけだから、疑似体に影響はないはずだし」


 ユウの体は、未来の人たちが古代魔法文明時代と呼ぶソリュート連合王国が強引にユウにやらせた次元跳躍装置の起動実験失敗で崩壊した。

 ユウは、その装置では次元跳躍に必要な魔力を受け止められないからと、反対したんだけどね。

 欲に目が眩んだ王や貴族たちによって強引に実験をさせられ、彼らは木っ端微塵になったわけだ。

 同時にユウの体も吹き飛んだけど、事前に魂を移す疑似体を別の次元にあるこの部屋に置いておいて助かった。

 この新しい人工の体、人間の肉体とほぼ差はないんだけど、時間の流れがある外に出てしまうと、数年に一度交換しないといけないから面倒なんだ。

 前の体に比べるとスタイルがいいから、ユウは気に入っているんだけどね。

 顔は弄っていないけど、ユウは胸が小さくてコンプレックスを抱いていたから、人工の体の胸を少し大きくするくらい構わないよね?


「あっそうだ! あの竜の他にもルートを通ってしまった人たちがいたんだ」


 これも回収しないとね。

 あっでも、彼らがルートの入り口を開けてしまったのは、魔力が異常に高かったからだ。

 例の竜退治を手伝ってもらおうかな……いい戦闘データも取れそうだし。


「早く準備して行こうかな」


 ユウは荷づくりを終えると、久々の外出をすべくルートの出入り口に飛び込む。

 場所は『地球』という星の『日本』という国で、竜が身を潜めた島は『異界島』と呼ばれているみたいだ。


「ユウが戦わなくても、魔力の多いあの人が竜を倒してサンプルを取ってくれるかな?」


 ユウが戦ってもいいのだけど、そうするとますます疑似体の寿命が縮んでしまうからね。

 ああ、でも。

 状況によっては、あの魔法使いを戦闘データ収集のサンプルにしてもいいのか。

 

 まあ、その辺は臨機応変でいいかな。

 出かける準備を終えると、ユウは地球へと向かうルートに飛び込むのであった。






「さあ! 盛り上がって参りました! ミス佐東……じゃなかった海岸もだ。参加者の紹介と自己アピールも終わり、あとは結果を待つばかりだ!」


 無駄にテンションが高い司会者が、いよいよミスコンの結果発表が行われるとマイクで叫んだ。

 緩いミスコンは、水着審査は元から海水浴客ばかりなので省略された。


「エリーゼちゃんが、こうボインボインでええな」


 俺の近くの席にいる老人が、水着姿のエリーゼを見て興奮している。


「榛名ちゃんも胸が最高じゃ。黒木ちゃんも、結構ええ尻しておる」


 この爺さん何者か知らないけど、いい年こいて恥ずかしい。

 家族は穴があったら入りたいであろう。


「ジジイ! 裕子を応援せい!」


「だって、金髪さんと初々しい女子高生が!」


「恥ずかしいわ! ボケ!」


 などと思っていたら、爺さんは隣の席に座る婆さんにぶん殴られていた。

 参加者である孫娘の応援に来ていたようだが、エリーゼたちばかり見て鼻の下を伸ばしていたので、奥さんの逆鱗に触れたのであろう。


「ヴェル、誰が勝つと思う?」


「エリーゼ」


「奥さんかぁ。本命かもな」


 自分の奥さんだからというエコヒイキ分を差し引いても、エリーゼが圧倒的に有利なはずだ。

 なにしろ彼女は、外人さんなのだから。

 日本のおっさんや爺さんたちのウケが異常にいい。


「では、ミス佐東海岸の発表です! 今年度のミス佐東海岸は、黒木摩耶さんです!」


「対抗馬が来たな」


 拓真は、ミス佐東海岸に黒木さんが選ばれたことを意外だと思わなかったようだ。


「日本人らしいというか、こういう時には日本人を優先するよな」


 それはあるのかもしれない。


「準ミス佐東海岸は、赤井榛名さんとエリーゼ・カタリーナ・フォン・バウマイスターさんです!」


 準ミスに赤井さんとエリーゼが選ばれたが、これも順当な結果であろう。

 このミスコン、高校生の参加者はこの三人だけだったから。


「ミス佐東海岸に輝いた黒木摩耶さんには、なんと! 『異界島』の一日貸し切り券を贈呈します! 続いて、準ミスのお二人には、狭山名物佃煮セットを贈呈いたします!」


 飛び入り参加可能でその時盛り上がればいいだけのミスコンなので、賞品はこんなものだろうと思うことにする。


「あなた、賞品をいただきましたよ」


「佃煮かぁ」


「ヴェルは知っているのか?」


「ご飯に載せて食べるものだよね?」


 拓真の問いに、俺は簡単に答えた。


「お前、日本のことに詳しいな」


 元から知っているんだが、彼には俺が日本に詳しい外国人に見えるのであろう。

 拓真はえらく感心している。


「榛名、準ミスって凄いじゃないか」


「一宮君、私はミス佐東海岸になったわよ」


「三人とも凄いね」


 信吾は珍しく赤井さんから最初に褒めていたが、特に意味はなかったようだ。

 みんなの健闘を平等に褒め称え、相変わらずの鈍さを発揮している。

 最初に褒めてもらえなかった黒木さんは少し不機嫌そうだが、それに気がつくような信吾ではない。


「ところで、黒木さんは異界島の貸し切り券どうするの?」


「せっかく来ているから、明日はコテージをキャンセルして使ってみない?」


 どうやら黒木さん、人が少ない無人島で信吾にアタックをかけるつもりなのかもしれない。


「無人島でキャンプって面白そう」


 さり気なく赤井さんも賛成したが、彼女は黒木さんに対して火花を散らしていた。

 黒木さんももはや隠すことなく赤井さんを睨み返し、そして肝心の信吾はやはりなにもわかっていなかった。


「(本当に、信吾って凄いな)」


「(そうだな)」


 俺と拓真は、信吾の鈍さに驚くしかできなかった。

 正確には、信吾じゃなくてヴェンデリンなのか。


「そういえば黒木さん、島は明日から使えるんだよね?」


「そのために予約は空けてあるそうよ」


「それはよかった」


 果たして、黒木さんと赤井さん、どちらが信吾のハートを射止めるのか?

 ……なんだろう?

 まったく興味がないわけでもない。

 なにしろ信吾は、俺の分身みたいなものなのだから。

 でも、どちらでもいいような……。


「(拓真はどうなんだよ?)」


 考えてみたら、拓真も赤井さんとは幼馴染だし、黒木さんも綺麗な人だからな。

 実は好意を抱いている可能性もあった。


「(やだよ、幼馴染なんて。別れたら友人も失うからさ。俺は保健室の沢村木先生がいいなぁ。新人で可愛らしいの)」


 うーーーん、拓真は年上属性か。


「とにかく、今日のうちに準備しておこうぜ。向こうにはなにもないだろうからな。足りない物は買っておこう」


「そうだな」


 俺たちは、明日からの無人島キャンプに備えて準備をしてからコテージへと戻ったのであった。





「グルルぅーーー」


 地球という惑星の日本人という人種が『異界島』と呼んでいる島。

 昔は軍の倉庫や防空壕があったそうが、今は完全な無人島となっている。

 最近、佐東市の観光協会が一日一組限定で島を貸すサービスを始めたがかなりの人気で、だからこそミスコンを盛り上げるため、賞品になったという事情もあった。

 そんな事情は、別の世界から紛れ込んだ自分にはどうでもよかったが。


 圧縮した魔法による連続攻撃によって、自分は大きく傷つき、体の組織を大量に失った。

 見た目に変化はなかったが、元々自分は体が大きくない。

 多数の分身体を出現させて操り、それを引っ込めている時は体の密度を極限まで上げて巨大化を防いでいるからだ。

 とても変わった体であるが、それこそが自分の最大の特徴、強味でもあった。

 魔法攻撃で大半の分身体を失い、体の密度が薄くなった自分は、この地球という惑星のマナを吸収して体を回復、途中からは海で魚を獲ってダメージを回復させた。

 今では大分力を取り戻し、自分の住処を広げている。

 最初は人間が掘ったと思われる洞窟に潜んでいたのだが、そこは人間の臭いも残り、決して居心地がいい場所ではなかった。

 そこで、その洞窟のさらに地下に分身体を使って別の洞窟を掘らせている。

 幸い、展開できる分身体が増えたことにより、地下洞窟を掘る作業は順調だ。

 地下に移動すると、自分はマナの濃度が少し増したことに気がついた。

 これなら、数日に一度魚を獲りにいけば体を維持できる。

 元々自分は動くのが好きではない。

 分身体に掘らせた洞窟の奥で、ただひたすら休んでいたいのだ。

 もし今度人間が侵入してきたら、それは自分の安息を邪魔する敵だ。

 特に魔法を使う奴は許せない。

 必ず食い殺してやる。

 自分は、分身体が掘った地下洞窟の奥で睡眠を貪る。

 侵入者には死を与えると決意しながら……。




「ボス、この島は取引にちょうどいいっすね」


「だろう? 観光協会の連中がキャンプに貸し出しているみたいだが、この時間、この地下防空壕に入ってくる奴なんていねえよ。キャンプをしている連中も真夜中だからお寝んねって寸法さ」


「でも、あのしょぼいミスコンの賞品になったみたいっすよ」


「明日にでも来るかね? まあいい。取引は今夜だからな」




 異界島と呼ばれる無人島は、麻薬の取引には最適だ。

 外国から密輸されたヤクを購入して、国内で売り捌く。

 うちの組は良質なヤク中患者を抱えているから、これがよく売れて儲かるのだ。

 警察もここの取引現場には気がついていないからな。

 安全に取引できるってわけだ。

 最近、ライバルである佐東組の活動量が落ちたのもあって、余計に好調なのだ。

 あいつら、なにかトラブルでもあったのかね?


「いませんね、連中」


「おかしいな?」


 取引現場は、島の中央部にある大昔の地下防空壕だ。

 ここなら夜中に誰も来ないからな。

 海岸で取引をしていると、漁船に見つかる可能性がなくもないから、隠れて取引するにはここが最適というわけだ。


「兄貴、あんな穴ありましたっけ?」


「落とし穴か?」


 この防空壕には何度も来ているが、あんな穴があったかな?

 もしかして、連中が勝手に穴を掘った?

 そんなわけはないか。

 取引なら防空壕の中で十分、これ以上身を隠す穴なんて必要ないものな。


「連中、穴の奥にいるのか?」


「様子を見てみます」


 子分のヤスが、懐中電灯を片手に掘られている落とし穴を除き込んだ。


「兄貴、奥は洞窟になってますぜ」


「そうか」


 誰が掘ったんだ?

 麻薬密輸組織の連中か?

 いや、向こうも二人しか来ないのに、こんなに深い洞窟は掘れないだろう。

 そんなことをする暇もないだろうし。


「観光協会の連中っすかね?」


「かもしれないな」


 大昔の地下防空壕に謎の洞窟が出現とか、そんな方法で客を呼ぼうとしているのかもしれない。

 佐東市は、ろくな観光資源がないからな。

 しかもバブル崩壊以降、全国の観光地は熾烈な競争を繰り広げている。

 いよいよ万策尽きて、密かに洞窟を掘ったのかもしれない。


「連中、来ませんね」


「この穴から洞窟でも探索しているのか?」


「かもしれないっす」


「遊びやがって」


 俺とヤスは、穴からさらに地下の洞窟へと入った。

 洞窟は思った以上に広く、中を歩くのに苦労しなかった。

 一本道で、段々と地下に向かっているように見える。

 懐中電灯を照らしながら奥へと向かって歩き続けること十分ほど、ついに洞窟の一番に奥に到着した。


「兄貴、随分と広いっすね。どうやって掘ったんすかね?」


 洞窟の一番奥の部屋は、地下数十メートルほどの位置にあった。

 しかも、とても広く作られている。

 これほどの洞窟を、観光協会の連中だけで掘れると思えなかった。


「誰が掘ったかなんてどうでもいい。連中は?」


 せっかく金を持参したんだ。

 とっととヤクを売ってくれってんだ。


「ここにいないのか?」


「今、確認してみます」


 ヤスが懐中電灯で、いつの間にか掘られていた洞窟の一番奥にある部屋を照らした。

 デコボコの掘られた岩肌が剥き出しになっている。

 重機を入れたにしては、少し工事が雑か?

 そんなことを考えていたら、ヤスが部屋の一番を照らし、そこでなにかを見つけた。


「兄貴、あれはトランクでは?」


 確かに、連中がいつもヤクを入れているトランクに見える。

 それにしても、なぜトランクだけ残っているんだ?

 ヤスがトランクの奥を照らすと、そこには竜の像が置いてあった。


「兄貴、リアルっすね。本物みたいっすよ」


「そうだな」


 昔、俺たちがまだ純真な子供だった頃、遊んでいたゲームに出てきそうな竜に似ていた。

 ゲームでは、竜が最後のボスだったな。

 レベルを上げてラスボスを倒し、同級生同士で誰が最初に倒したかなんて競争していたのを思い出す。


「ゲームの世界が味わえます。ここはダンジョンってか? 観光協会の連中もセンスねえな」


 そんなんだから、佐東市にはろくに観光客が来ないんだよ。


「兄貴!」


「なんだ?」


「兄貴! 竜が動きました!」


 急にヤスが叫ぶからなにかと思ったら、像が動くわけねえじゃねえか。

 暗いし、取引相手が見つからないから不安なだけだろう。


「ヤス、『幽霊の正体見破ったり、柳の葉』ってやつじゃねえのか?」


「兄貴、そんなことわざでしたっけ?」


「大体そんな感じだったと思うぞ。あれ?」


 ヤスとそんな冗談を交わしていたら、懐中電灯で照らした竜の像の影が動いたような……。

 まさかな、臆病なヤスでもあるまいし俺まで幻想なんて……と思っていたら……。


「兄貴!」


「なんだよ?」


 ヤスの奴、像の前から少し懐中電灯の光をズラした時になにかを見つけたようだ。

 すでに声が悲鳴に近くなっていた。


「兄貴ぃ!」


「だからわかったって」


 ヤスが見つけたものを確認しようと目を凝らしたら、それは……人間の頭だった。


「兄貴!」


「作り物だろう。お化け屋敷でも作るのかよ」


 どうせ作り物だろうと思ってさらに見てみると、その頭部には見覚えがあった。


「リーか?」


 いつも俺たちにヤクを持ってくる麻薬密輸組織の幹部にそっくりなのだ。

 さらに頭部の周辺をよく見ると、地面には大量の血が……。


「兄貴!」


「貸せ!」


 俺はヤスから懐中電灯を奪ってさらに周辺を照らした。

 すると、陳の頭部の他に、彼がいつも引き連れている手下のものと思われる頭部に、数名分の手足も散らばっていた。


「誰がこんなことを?」


 もしかすると、俺たちは敵の罠に嵌ってしまったか?


「グルルゥーーー」


「兄貴、聞いたことがない鳴き声っすね」


「そうだな」


 俺が声の主を求めて懐中電灯をあちこち動かすと、最初に照らした竜の像が舌なめずりをしていた。


「竜だと?」


 そんなゲームでもあるまいし。

 しかし、実際に竜は動いている。

 間違いなく、リーたちを食らったのはあの竜であろう。


「兄貴!」


「逃げるぞ!」


「でも、ヤクが……」


 そんなことよりも、今は命の方が大切だ。金は払っていないから、俺たちは損をしていないのだし。

 とにかく今は逃げ出すことを……と思ったら……。


「ぎゃぁーーー!」


 隣にいたヤスが、目視できないほどの速さで動いた竜に食われた。

 これまで、結構な修羅場を潜った俺でも聞いたことがない断末魔の声をあげている。

 竜がその牙と歯でヤスの体を噛み砕き、咀嚼している音が聞こえる。

 奴はもう駄目だ。

 今までこの仕事をしてきて危険な目には何度か遭ってきたが、まさか手下が化け物に食われる光景を目撃するとはな。

 今にも叫び出したい気持ちを抑えながら、とにかく今は逃げるのが最優先だと心を落ち着かせた。

 俺は急ぎ走り出したのだが、気がついたら体に激痛が走っていた。

 俺も、竜に体を食われていたのだ。

 あとでまた食べればいいと思ったらしい竜に二つにかみ砕かれたヤスが、恨めしそうな死に顔をこちらに向けている。

 だが俺も、もうすぐヤスを追って死ぬことになるだろう。


「こんな化け物、自衛隊でも……」


 もうこれ以上はなにも言えない。

 このあと、俺の体を食らう竜がどうなるのかもわからない。

 ただ願わくば、俺たちの他に犠牲者が出ないことを祈るのみだ。

 チンケなヤクザがたまに見せる、気まぐれな善意というやつさ。

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