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第五話 ヴェンデリンと信吾

「あなた、今日はどこで情報収集を?」


「適当に町中を歩いてみよう。元に戻るためのヒントが漠然としている以上、色々と動いてみないと」


「どこにヒントがあるかわからないですからね」





 日本滞在三日目。

 今日も朝食は外で取ろうと、朝早くにラブホテルをチェックアウトした。

 途中コンビニで新聞を購入してみると、地方紙の第一面は、歓楽街木佐貫においてハングレ組織レッドクロウが壊滅した記事が書かれていた。


「『謎の敵対者から襲撃を受け、彼らは痺れて動けなくなっていた。そして、違法行為の証拠がすべてわかりやすい場所に並べられており、何者かが警察を利用してレッドクロウを壊滅させたのだという見方を、捜査筋はしている。ただ、彼らが稼いだり所持していた現金の大半が行方不明になっており、加えて逮捕されたレッドクロウの構成員たちは、『黒騎士が稲妻を落とした』などと意味不明の供述を繰り返しており、現在警察はレッドクロウを壊滅させた黒騎士なる人物の行方を探している。同時に、レッドクロウの活動内容の全容解明を急ぎ行うと発表している』か。黒騎士、見つかるといいね」


 金も予想以上に手に入ったし、もう引退だろうけど。


「(そろそろ、なにか理由をつけて一宮信吾の家を訪ねてみようかな?)」


 もしヴェンデリンの人格が入っていない状態ならお手上げだが、入っていれば元の世界に戻れるヒントがあるかもしれない。

 エリーゼに疑念を抱かれないよう、頃合いを見て会いに行かないと駄目だな。

 とはいえ、今日はもう一日くらい遊んでも構わないであろう。


「今日は、ここに行こうか?」


「水族館ですか? それはどういったところなのでしょうか?」


「色々な魚や水生生物が飼育されている施設らしい。ほら」


 俺は、地方紙に掲載されていた水族館の広告をエリーゼに見せた。


「楽しそうですね」


「だろう? 行ってみようよ。その前に朝食が先だけど」


「はい」


 元の世界に戻る手段を探りつつ……とはいっても、実はヒントなどなかったりする。

 とにかく今は、エリーゼにこの世界に慣れてもらう方が先だな。

 元の世界に戻る前に、不審者扱いされて警察から追われる身になったら意味がない。





『この国には、魔法がないみたいだな』


『はい。便利な魔道具で十分なのですね、きっと』


 文明の利器は魔道具じゃないけど、それを俺が詳しく説明するわけにもいかない。

 昨晩の話だが、とにかくエリーゼには日本の生活に慣れてもらわないと。


『だから、エリーゼは治癒魔法が使えるのを隠した方がいいと思うんだ』


『私もそう思います』


 俺たちが、魔法を使えることが公に知られたら大変なことになってしまう。

 魔法を使わなくても自然に行動できるよう、俺とエリーゼは色々な場所に出かけているというわけだ。

 焦っても仕方がないし、金も稼いだから、ただ好き勝手に遊んでいるだけとも言えるが。





「今日はなにを食べようか?」


「あのお店がいいです」


 エリーゼが示したのは、某ハンバーガーチェーンであった。

 昨日の牛丼屋といい、エリーゼって実はジャンクフードが好きなのかな?

 ただ新しい食べ物に興味があるというか、ハンバーガーに似た食べ物は向こうの世界にもあった。

 

「こういうお店に入るのって楽しいじゃないですか」


 貴族のご令嬢であるエリーゼだから、なかなかこういうお店に入れなかったはず。

 今がチャンスだと思っているのであろう。


「エリーゼの好きなお店でいいよ」


「ありがとうございます、あなた」


 早速お店に入り、朝なので朝食用のメニューを注文した。

 またも店員さんは焦っていたが、俺たちが日本語を話せると知ると安心したようだ。


「ありがとうございました」


 頼んだ品をトレーに載せて空いている席を探していると、ある四人組が目に留まった。

 高校生であろうか。

 男二人と女二人、しかもダブルデートとはリア充を極めていやがる。

 なんて羨ましいんだと思いながら、さらに彼らを観察するとある事実に気がついた。

 その中の男子一人に、えらく見覚えがあったのだ。

 それもそのはず、その男子こそ一宮信吾その人だったのだから。


「なっ!」


「あなた、どうかしましたか?」


「ううん、なんでもない。席が空いてたなって」


 まさか事実を話すわけにもいかず、俺は四人組の隣の席が空いているとエリーゼに教えた。


「では、ここに座りましょう」


 彼らの隣の席に座ろうと距離を縮めると、信吾の方も驚きのあまり声をあげてしまった。 

 どうやら俺に気がついたようだ。

 成長しても、元の自分なので気がついてくれたようだ。


「信吾、どうかしたの?」


「一宮君、知り合いでもいた?」


 女子二人に心配される信吾。

 そこには、前世の俺では考えられないリア充の光景が存在した。

 というか、俺が高校生の頃にそんなことをした経験がないのだが……。

 夏休みに友人たちと出かけるにしても、そこは男子率100パーセントが当たり前じゃないか。

 女子なんて、一人も混じっていた経験がないぞ!


「エリーゼ、ちょっとトイレに行ってくるね」


「はい」


 向こうも俺を見て驚いているってことは、そういうことだよな。

 ならば話をしなければいけないが、いきなり顔見知りでもない外人に話しかけられたら向こうも困ってしまうであろう。

 ここはトイレに行くフリをしつつ、信吾を上手く誘い出す方がいい。


「一宮君?」


「僕、ちょっとトイレ」


「信吾、大の方か?」


「江木ってば、デリカシーの欠片もないのね……」


 スポーツマンぽい男子の冗談に、小さくて可愛い方の女子が文句を言った。

 それにしてもこの江木って男子、雰囲気がエルに似ているな。


「ちょっとお腹の調子が悪い……のかな?」


「大丈夫? 一宮君」


 黒髪のクール系美少女までもが信吾の心配をするとは……。

 いったい、奴の身になにがあったのだ?


「トイレ、トイレ」


 やはり信吾は、俺の意図に気がついてくれたようだ。

 俺の後についてトイレに入ってきた。

 トイレの中には運よく他に誰もおらず、時間も惜しい俺は彼に声をかけた。


「ヴェンデリンかな?」


「信吾か?」


 信吾の方も……いや、中身は本当のヴェンデリンか……いちいち言い換えるのも面倒だし、俺もヴェンデリンで十年以上も生活して慣れている。

 ここは、彼を信吾と呼ぶことにしよう。


「なあ、一宮信吾」


「やはり……君はなぜここにいるんだ? バウマイスター騎士爵領はどうなっている?」


 全部説明するには時間がかかる。

 あまり長時間トイレに籠っているとお互いの同行者が勘づく可能性もまったくないとは言えず、今はお互いが出会えただけでよしとしよう。


「積もる話がありすぎる。帰宅後でいいかな? 家に招待……元は君の家か……」


「もう入れ替わって何年経ったと思っているんだ。俺はヴェンデリンでお前は信吾。違うか?」


 元に戻れるとは思わないし、今さら一宮信吾として生活できるか不安もある。

 というか元に戻るなど不可能だ。

 もう俺はヴェンデリンであり、目の前にいるのは一宮信吾なのだ。


「長時間ファーストフード店のトイレに籠っていても意味はない。お互いに同行者もいるのだし」


「そうだ。榛名と拓真と黒木さんがいたんだ!」


「俺もエリーゼがいるから」


 それにしても、榛名と黒木さん? 拓真というのはあの男子だと思うが、俺が高校生の頃にあんな連中いたかな?

 俺がよくつるんでいたのは、田代と石山と桑名とか……勿論全員男子だ。

 文句あるか?


「ダブルデートか?」


「榛名と拓真は幼馴染だし、黒木さんは同じクラスの友人だけど」


 今、信吾から衝撃の事実を聞いた。

 男子はともかく、女子の幼馴染? 

 女子のクラスメイトとお出かけ?

 信吾、お前はいったいどうなってしまったんだ!


「俺、高校生の時に彼女たちとつるんでいないけど」


「えっ? それはどういう意味なの?」


 そうか、信吾は俺と入れ替わった時に時間のズレがあったことを知らないのか。

 俺は急ぎ、その事実を説明する。


「五つの僕と入れ替わった時、君は二十五だったの?」


「そうだ。俺はしがない商社マンで、毎日残業でひいこら言っていた」


「僕は、君が赤ん坊の頃に入れ替わったんだ」


 ヴェンデリンが、一宮信吾としてすごした期間にも差があるな。

 どういう現象かは知らないけど、今はそれを分析している時間がない。

 なぜなら……。


「信吾、随分と長いクソだな……って、外人さん?」


 トイレに拓真と呼ばれていた男子が入ってきて、俺と信吾が話をしているのを見て驚いたようだ。


「おはようございます。ちょっと、信吾に日本のこと聞いていたんだ」


「おおっ! 日本語上手ですね」


「故郷に住んでいた日本人から習ったのさ。新学期の前に日本旅行へ来たってわけ」


「欧米の新学期って、九月からだったよな」


「そうだよ。今は夏休み」


 勿論大嘘だが、外国から来た、日本に不慣れな外人のフリをしていた方が疑われないで済む。


「信吾とか名前で呼ばれちゃって。いきなり仲いいんだな」


「拓真、外人さんは名前で呼ぶことが多いんじゃないのか?」


「らしいな。ええと……外人さんの名前は?」


「ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターです。親しい人はヴェルと呼ぶことが多いかな」


「俺は江木拓真。拓真って呼んでくれ」


 江木拓真か……。

 いまいち聞き覚えがないが、信吾はどうやって彼と幼馴染の関係になったんだ?

 まあ、それはあとで聞けばいいか。

 それにしても、本当に拓真はエルに雰囲気が似ているな。


「ヴェルは、どこかに出かける前の腹ごしらえか?」


「水族館に行こうと思って」


「ちょうどいいな。実は俺たちもそこに行く予定なんだ」


 男女四人で水族館か。


「ダブルデート?」


「いや、そんな関係じゃないよ。俺と信吾と榛名は幼馴染でよく一緒に出かけるからな。黒木さんは……信吾に興味がありそうだけど」


「おいおい、からかうなよ、拓真。黒木さんが僕なんて相手にすると思うかい?」


「さあな?」


 あんなに可愛い幼馴染がいて、あれほどの美少女に惚れられているかもしれないだと?

 一宮信吾、本当にお前はいったいどうしてしまったんだ!

 おっと、今はこんなことで動揺している場合じゃない。

 そうだ! エリーゼの元に戻らないと!


「連れがいるから、俺は席に戻るよ」


「あの金髪のすげえ美少女だろう? なあ、あの外人さんって、ヴェルの彼女?」


 彼女って設定でもいいんだが、エリーゼが頑として妻だと言い張る可能性が高いな。

 嘘はやめて事実を伝えるとしよう。


「俺の奥さんだけど」


「「なんだとぉーーー!」」


 そこで、信吾も一緒に驚くのか?


 お前がいた世界では、十六で結婚なんて別に珍しくもないじゃないか。


「あれほどの金髪巨乳美少女が奥さん! ヴェル、お前は凄い!」


 拓真、お前は信吾以上にモテそうな気がするがな……。


「エリーゼのところに戻るよ。とはいっても、隣の席か」


 三人で席に戻ると、エリーゼのみならず、信吾と拓真と一緒にいた女子二人も驚いていた。


「信吾、外人さんと知り合いだったの?」


「違うって、榛名。たまたま同じ水族館に行くって話を聞いてね。日本を案内することになったわけ」


「へえ、信吾にしては積極的ね」


「異文化コミュニケーションってことで。これからは国際化の時代だから」


 信吾は、上手く榛名という女子からの追及をかわした。


「本当かしら?」


 赤井榛名という名前だと紹介を受けた女子は、エリーゼの……胸を見ていた。

 赤井さんも胸は大きいが、エリーゼには少し負ける。

 『信吾がエリーゼに興味を持ったのでは?』と疑っているのであろう。

 その気持ちはわかる。

 日本人って、金髪巨乳美人が大好きだからな。


「榛名、エリーゼさんはヴェンデリンの奥さんだそうだ」


「えっ! あなた、もう結婚しているの?」


 エリーゼが既婚だと聞き、赤井さんはえらく驚いていた。


「ええと……はい……」


「エリーゼさんって、何歳?」


「十六です」


「同じ年なのに……」


 やはり、俺と信吾が入れ替わった時間に大きな誤差があるみたいだな。

 今の信吾と俺の肉体年齢は同じ年というわけだ。


「学生結婚?」


「そうなんだ。俺たちの地方の風習みたいなものなのさ」


 エリーゼの代わりに俺が、住んでいる場所の風習で早く結婚するのだと説明した。


「日本人は誰も知らないヨーロッパの小国だからね。しかも古い国だから」


 日本人が、ヨーロッパにあるすべての国を把握しているはずがない。

 その辺を利用して、上手く誤魔化すしかないな。


「どうやって知り合ったのかしら?」


 赤井さんに続き、黒木さんという女子の方も興味津々のようだ。

 エリーゼに、俺との馴れ初めを聞いてきた。


「お爺様が決めた許嫁ですけど……」


「昔の日本みたい」


 今のこの時代に許嫁と結婚すること自体が、日本人には奇妙に見えるのかもしれない。

 クール系美少女である黒木さんは驚きを隠せないでいた。


「俺の爺ちゃんは、こんな綺麗な嫁さんを紹介してくれないけどな」


 拓真、俺もまだ生きているはずの田舎のお爺さんから、可愛い女の子なんて紹介してもらったことはないから安心しろ。


「この国では、旦那様とどうやって知り合うのですか?」


「今だと恋愛結婚が多くて、あとはお見合いも少しはあるのかな?」


「そうなのですか。でも旦那様とは十二の頃からずっと一緒だったので、いきなり結婚したわけではありませんよ」


 俺がホーエンハイム枢機卿の紹介でエリーゼと知り合ったのは十二の時。

 それから四年近くもつき合っていたようなものだったから、多少は恋愛もしたのかな?

 ただ毎日、なんとなく過ごしていたような気もするけど。


「まあまあ、あまりエリーゼさんを質問責めにするなって。文化の違いってのもあるのだから」


 ここで信吾が、上手くフォローしてくれた。

 これ以上色々と聞かれると、ボロが出る可能性もあるからな。


「ああ……俺もヴェルの祖国に行って、エリーゼさんのような金髪美少女と結婚したい!」


 拓真は、自分に正直な人間のようだ。

 自分もエリーゼみたいな女性と結婚したいと一人吠えていた。


「拓真、いきなり妙な外国人が結婚してくれと言っても、ヴェルの故郷の人に相手にされるわけがないだろうが」


「そうだった!」


「それよりも、早く食べて水族館に行かないか?」


「それもそうね」


「早く行きましょう」


 赤井さんと黒木さんも賛成し、俺たちはファーストフード店の朝食メニューを食べてから、最寄りの駅に向かう。

 ここから電車で水族館へと向かうのだ。


「凄いですね!」


 エリーゼは、駅の自動改札にえらく感動していた。

 古代魔法文明時代の遺産にあるかもしれないが、現時点でリンガイア大陸に自動改札は存在しないからだ。


「エリーゼさんの故郷って……」


「決して都会じゃないかな。海外も初めてだし」


 赤井さんも、エリーゼに田舎に住んでいるのかと聞きにくかったのであろう。

 つい語尾が詰まってしまったが、代わりに俺がフォローした。


「ヴェンデリンさんも日本語上手ですね」


「日本人に教えてもらったんだ」


 本当は俺が日本人なのと、どういうわけか向こうの世界の言語が日本語だからなのだけど。


「到着したぞ」


 水族館までは三分ほど、わずか一駅で到着した。

 『佐東水族館駅』を降りると、目の前に水族館の入り口がある。

 この光景には見覚えがあった。

 佐東市にある小学校は、必ず一回はここに遠足に来るからだ。


「入場券を買って入るか」


 券売機で入場券を人数分購入し、入り口のゲートを潜って水族館の中へと入る。

 早速様々な水槽が見え、みんなそれぞれに見学した。


「信吾、小学校の頃とあまり入っている魚が変わらないわね」


「ここら辺はそうかな? でも、新しい水槽もあるじゃないか」


 やはり、信吾と榛名は遠足でここに来ていたようだ。

 俺も来ているはずなんだが、かなり昔のことでいまいち記憶が……。


「水族館って、小学校の遠足以来だよな」


「江木が水族館好きには見えないし、女の子を誘ってデートとかもなさそう」


「赤井、俺にだってデートの経験くらいはあるぞ。水族館じゃないけどな」


「えっ! そうなの?」


「ふふん、俺はサッカー部でモテる方だからな」


「私、噂に聞いたわよ。江木君と石井さんが映画を一緒に見ていたって」


「黒木さんに知られているとはな。まあ、そういうことだ」


 拓真の奴、女の子とデートしていたのがバレても嬉しそうじゃないか。

 まあ、隠すことじゃないけどさ。


「一度だけ一緒に行って、あとは進展がなさそう」


「なぁ! 赤井、お前はスパイかなにかか!」


 間違いなく赤井さんの推論だと思うけど、本当に拓真とその石井さんとやらがつき合っていたら、今日の水族館よりもそっちを優先して当然だろうからな。


「石井さんは、ちょっと俺の好みじゃないからな」


「江木って、女の子への条件が厳しそう」


「赤井は、信吾と一緒に出かけられれば嬉しいんじゃないの? 小学生の頃から、定期的に二人でどこかに出かけているよな」


「本当なの? 赤井さん」


 拓真の発言を受け、黒木さんが赤井さんに詰め寄った。

 どうやら信吾は、黒木さんからも好かれているようだ。

 小さくて可愛いながらも胸は大きい幼馴染の赤井さんに、背が高めでスレンダーなクール系美少女の黒木さん。

 信吾、お前はなぜそんなにモテるのだ?

 俺が高校生の頃……みんな友情に厚かったさ!

 まるで昔の〇ャンプみたいに。


「信吾とはたまたま一緒に出かけただけよ。幼馴染だし、予定がまたたま合ったから。本当にそれだけよ」


「そうだよな」


「……そうね……」


 おい、信吾! 

 お前はアホか! 

 赤井さんは恥ずかしいからそう言っているだけで、本当はお前とデートしたんだって思っているぞ。


 ああ、それがわかる俺は成長したんだな。

 

「幼馴染だし、小学生や中学生なら男女が一緒に遊びに出かけることもあるわよね。うん、きっとそう」


「黒木さん、どうしていちいち再確認するのかしら?」


「そういう意図はないわよ」


 黒木さんは赤井さんの追及をかわしながら、信吾に意味あり気な笑みを浮かべた。

 やはり彼女は、信吾のことが好きなのが確実なようだ。

 というか、前世の俺と同じ外見のはずなのに、なにがどう違うと言うのだ?

 運か?


「ところで、エリーゼさんとヴェルはデートとかしている?」


「はい。今もしています」


 エリーゼは拓真の問いに答えながら、嬉しそうに俺と腕を組んだ。

 相変わらず、いい胸の感触だな。


「婚約が決まってからは定期的にデートしてたな。一緒に住んでいたし」


「なんだとぉーーー!」


「えっ? 同棲していたの?」


「同棲といえば同棲か?」


 実はルイーゼとイーナもいたし、でも屋敷にはメイドや使用人もいたからな。

 拓真が考える同棲とは違うと思うのだ。


「ここにデートのプロがいるぞ!」


 いやだから、デートのプロってなんだよ?

 俺はそんなもののフェルトプロフェッショナルじゃないぞ。

 

「ヴェンデリンさんが思う、上手くいくデートのコツってなにかしら?」


 黒木さん、俺に難しいことを聞くな。


「お互いに楽しければ、どこに行くとか、なにを食べるとか、なにを買うとかはあまり関係ないような……」


 俺の意見なんて参考になるのか?

 なにも言わないわけにいかないので、適当に言ってみたけど。

 

「おおっ! 完全に悟っているじゃないか!」


 悟っているというか、自然にそうなっただけだ。


「デートの話よりも、魚見ようぜ」


 これ以上追及されるのも恥ずかしいので、俺はエリーゼと各水槽を見て回ることにした。


「あなた、大きいけど可愛いお魚ですね」


 エリーゼは、マンボウが気に入ったようだ。

 楽しそうに泳ぐのを見ている。


「マンボウか……こういう魚っていたかな?」


「どうでしょうか?」


 王都の魚屋には、マンボウは売っていなかった。

 もしかすると、地球特有の魚なのかもしれない。


「綺麗ですねぇ」


 続いて、チョウチョウオ、クマノミ、スズメダイ、ベラ、色とりどりのエビなど、綺麗な海水魚の水槽を見て目を輝かせている。

 今日は、ここに来てよかったな。

 久々の水族館だが、やはりデートだと楽しいものだ。

 一人だと、かえって空しくなるかもしれないけど。


「一宮君、いい水族館ね」


「そうか、黒木さんは初めてなのか」


「私は中学三年の時に引っ越してきたから、受験で忙しくてあまり佐東市のスポットを巡っていないの」


 黒木さんは、信吾と二人で話をしながら水槽を眺めている。


「江木にそっくりなのがいるわよ。スベスベマンジュウガニ」


「せめて魚類にしろ! というか似てねえし!」


 もう一方の赤井さんは、拓真と一緒に水槽を見ているが、二人が気になるようで、時おり信吾の方に視線を送っていた。


「まさに三角関係」


「そうですね。あなた」


「えっ? エリーゼはどうしてそんなに嬉しそうなの?」


 水槽を泳ぐ魚に夢中になっているのかと思えば、ちゃっかりと信吾を巡る女二人の様子に気がついていた。


「信吾さんがどちらを選ぶか気になるじゃないですか」


「……」


 エリーゼも、恋愛に興味がある普通の女の子というわけか。

 最近、イーナからよくそういう本を借りていたからなぁ……。


「信吾さんは、どちらを正妻にするのでしょうか?」


 そして、やはりこの世界の常識がよくわかっていなかった。

 エリーゼは、赤井さんと黒木さんが正妻争いをしていると思っていたのだ。


「あのね……エリーゼ」


 俺はそっとエリーゼに、この国が一夫一婦制であることを教える。

 元から知っていたけど、ちょっと調べておいた風を装って。


「それは羨ましいと思いますが、もし子供が産まれなかったらどうするのでしょうか?」


「家よりも個人が優先されるみたいで、気にしない人もいるようだね。未婚の人も多いみたいだし」


「凄い国なのですね。信吾さんもそういう考えの元、どちらかを選ぶのでしょうか? それとも……」


 まったく違う価値観と遭遇したエリーゼは、それでも信吾を巡る三角関係に興味津々なようだ。

 魚は楽しそうに見てたが、時おり三人を覗くことを決してやめなかった。

 エリーゼも、普通の女性であることを再確認できた瞬間であった。





「ヴェル、エリーゼさん。もう少しでイルカとアシカのショーだってよ。見るだろう?」


「見る見る」


 そして肝心の信吾は、二人から好かれている事実に気がついていないようだ。

 赤井さんは幼馴染だからそういう気がなく、黒木さんもあれだけ綺麗な人だからな。

 現実味がないのかもしれない。


「エリーゼも見るでしょう?」


「はい、なんか楽しそうですね」


 みんなで野外にあるショースペースに移動して席に座る。


「信吾、久しぶりだね」


「小学校以来なのか」


「私は、イルカのショーって初めてなの」


「ここのショーは、結構人気があるみたいだよ」


 信吾は、赤井さんと黒木さんに挟まれて席に座っていた。

 そうしないと、色々と面倒なことになりそうな気がしたので、俺と拓真がそういう風に動いたのだ。

 あと、エリーゼの目がちょっと嬉しそうなのは、俺は見ていないことにしておく。

 

「それでは、イルカのショーからです!」


 マイクを持った司会のお姉さんが、ショーの開催をみんなに告げた。

 早速数頭のイルカが、ハイジャンプをしたり、プールの上にある輪をジャンプして潜ったりする。

 続けて、空中にぶら下がったボールをボールを嘴でつついたり、尾で叩いたりと。

 イルカが曲芸に成功する度、観客から大きな歓声と拍手が沸いた。


「あなた、凄いですね」


「よく芸を仕込むものだよなぁ……イルカは頭がいいって聞くけど」


 俺とエリーゼは、イルカに惜しみない拍手をした。

 イルカの芸が終わると、今度はアシカやトドが芸を見せる。


「あなた、可愛いですね」


 鼻先でボールをお手玉するアシカに、頭を下げて挨拶をしたり手を振るトドを見てエリーゼは大喜びだ。

 リンガイア大陸には存在しない……ただ単に遭遇していないだけか?……ものだから、余計に楽しいのであろう。

 俺は初めてではないが、小学生の頃よりも大分芸の種類が増えるように思える。


「楽しかったですね」


 水族館を堪能した俺たちは少し遅めの昼食を摂ることにするが、お店は信吾たちに任せた。


「ファミレスでいいよな?」


「信吾、ヴェルやエリーゼさんが喜びそうな和風のお店の方がよくないか?」


「そういう店は高いからさ」


「俺たちはどこでもいいよ」


 六人でファミレスに入り、俺はカツ御膳を注文した。

 和風なメニューなら、ファミレスにもあるからな。

 お金は浄財が沢山あるけど、高校生と一緒なので無理に高いお店に行くことはない。

 エリーゼはドリアを注文していた。

 まったく知らない土地で他人に怪しまれないように行動するのは大変だと思うのだが、その辺もエリーゼは上手くやっていると思う。


 元々完璧超人なので、俺よりもよっぽど器用なのだから当然か。

 

「飲み物が飲み放題なのは凄いですね」


 なぜか、一緒に注文したドリンクバーのシステムにとても驚いていたけど。

 向こうの世界だと、食べ放題や飲み放題のシステム自体が存在しないからな。


「エリーゼさんの故郷にはファミレスはないんだ」


「ええ、普通のレストランしかありませんね。でも、飲み放題で同じ値段だと、お店が儲からないのでは?」


「そんなに飲めるものじゃないからよ」


「そうね、よくて二~三杯しか飲めないものね」


 エリーゼの疑問に、赤井さんと黒木さんが答えた。

 その他にも、ドリンクバーは自分で中身を注ぎに行くから人件費がかからないという理由もあって、実はとても儲かるという裏事情もあるんだよな。


「あっ、そういうことですか。伯父様みたいな人ばかりがお客さんじゃないですからね」


 それは導師なら、お店の人が泣くほどドリンクを飲んでしまう可能性があるけど。

 食べ放題は、ヴィルマと合わせてもっと悲劇が拡大するだろうな。


「エリーゼさんの伯父様かぁ……」


「格好良さそうね。でも、ワイルドなのはいいと思う」


 赤井さんと黒木さんが想像しているエリーゼの伯父さん像は、ほぼ一〇〇パーセント現物とは違うと、俺は声を大にして教えてあげたくなった。

 女子高生の夢を壊すみたいだし、二人が導師と顔を合わせる可能性もないから、俺はなにも言わなかったけど。


「お二人は、いつまで日本に?」


「夏休みが終わるまでかな」


 欧州の田舎から来ている学生結婚した夫婦という設定なので、俺は赤井さんに長くても夏休みが終わるまでと答えた。

 欧米は、九月から新学期だからだ。

 実際のところは、いつまで日本にいるのかわからない。

 まさしく神のみぞ知るだ。


「長期間外国に滞在かぁ……実は、ヴェルって金持ち?」


「そういえば、名前にフォンがあるから貴族様?」


 今の日本には貴族なんていないのに、黒木さんは鋭いな。


「昔はね。今はただの古い家だから」


 今は貴族とは名ばかり、それでも伝統や風習が色濃く残る田舎で、だから息抜きに海外を旅行しているのだとみんなに説明した。


「今の時代にそういうのがあるのか」


「江木君、今の日本も華族制度はなくなったけど、今でも元華族同士でつき合いがあったりするのよ」


 元華族で名門の人たちが、定期的に集まったり結婚したりしているのは俺も聞いたことがあった。


「へえ、そうなんだ」


「伝統に拘る人も多いってことね」


 昼食が終わり、みんなで海沿いの公園を散歩しながらアイスクリームを食べたり、帰りに買い物をしながら夕方まで時間を潰した。

 エリーゼは、赤井さんや黒木さんと楽しそうに話をしている。

 ボロを出さないよう、上手く話題を誘導している点はさすがは大貴族の娘だと感心した。

 

「今日は楽しかったわね。じゃあ、私はこれで」


 黒木さんは、門限があるというので俺たちと駅で別れた。

 随分と早いような気がするが、彼女はその見た目どおりお嬢様なのであろう。


「悪い、俺も家に親戚が来ていてよ」


 拓真は信吾の家までつき合うかと思ったが、別件で用事があるみたいだ。

 信吾の家の近くで別れた。


「私は先に家に寄ってから、信吾の家に行くね。信吾、ヴェンデリンさん。エリーゼさんだけに料理させないでね」


 赤井さんは、すぐ近くの自宅に寄ってから信吾の家に来ると言う。

 家が近い異性の幼馴染……信吾には存在して、俺には存在しない。

 うーーーむ、解せぬ。


「あの、本当に信吾さんのお家にお寄りしてもいいのですか?」


 エリーゼからすれば、今日知り合ったばかりの外国人をいきなり自宅に招待する信吾に違和感を覚えたのであろう。

 向こうの世界は日本よりも治安が悪いから、まず考えられないことだ。

 だが、その点はまったく心配ない。

 なぜなら、俺は信吾で、彼はヴェンデリンなのだから。

 俺たちは、早く二人きりで話したいことが沢山あったのだ。


「今日一日あなたたちを見て僕が大丈夫だと判断したからね。ちょうど家族は誰もいないし」


「そうなのか」


 唯一心配したのは、いきなり奇妙な外国人カップルを客として招き入れることに、信吾の家族がどう反応するかであった。

 たが、家にいないのならあまり問題でもないのか。


「信吾の弟の洋司はバスケ部の合宿、お父さんは出張中で、お母さんもお爺さんが入院したから田舎に行っているのよね?」


 赤井さん、幼馴染とはいえよくご存じで。

 それにしても、俺が高校生の頃に母方の祖父が入院なんてしたかな?

 同じ時間の流れのように見えて、微妙に違う点もあるのか。


「私が食事を作るからね」


「あの、私もお手伝いしますから」


「エリーゼさんって、普段どのくらい食事を作るの?」


「毎日ではないですけど、定期的には作ります」


「さすがは、人妻!」


 普段は調理人が作ることが多いけど、エリーゼたちも腕を鈍らせたくないと言って、定期的に食事の支度はしていた。

 エリーゼは、料理が上手だからな。


「愛する旦那様にお料理をかぁ。いいなぁ……」


「榛名さんも作っているではありませんか」


「私? 信吾の食事は、信吾のお母さんに頼まれたからよ」


 赤井さんがムキになってエリーゼに反論するけど、まったく説得力がなかった。

 今の日本で料理なんてできなくてもなにも困らないから、信吾なんて放置しておけばいいのだから。


「榛名、負担になっているのなら、別に僕はコンビニの弁当でもいいけど」


「あんたが気にすることじゃないわよ! 私は信吾のお母さんに頼まれているから……」


「じゃあ、今度母さんに言っておこうか? 榛名に負担をかけるなって」


「別に、それほど負担ってわけじゃあ……」


 信吾、お前……ビックリするくらい鈍いな……。

 間違いなく、赤井さんはお母さんに頼まれたから料理をしているんじゃないと思うぞ。


「榛名さん、この国のお料理を教えてください」


「いいわよ」


 ここで上手く、エリーゼが助け船を出した。

 エリーゼに日本の料理を教えるという大義名分を、上手に赤井さんに示したのだ。


「材料は買ってあるから、一緒に料理をしましょう」


「はい」


 暫くして一宮家に到着するが、俺の記憶に残るどこにでもある普通の一軒家であった。

 信吾以外の家族は所用で家にいないそうで、突然俺たちが来ても問題ないようだ。


「靴を脱ぐのですね」


「そうか、ヨーロッパは土足だものね」


 エリーゼと榛名は買い物をした食材を台所まで持っていき、すぐに料理を始める。


「エリーゼさん、大丈夫?」


「はい。ちょっと普段使っているお台所とは違いますけど」


 ガスコンロと魔導コンロの差はあるが、他の調理器具はそう大きな差があるわけでもない。

 エリーゼは、手際よくジャガイモの皮を剥き始めた。


「あら上手。今日は肉じゃがを作るわね」


「それなら作ったことがあります」


「えっ? そうなの?」


 元々俺が自分で作っていたし、エリーゼにも作り方を教えていたからだ。


「日本の人がいたんだものね。その人から教わったのか」


「はい」


 エリーゼは、上手く誤魔化してくれたようだ。

 本当は、俺が発明したことにしていたのだが。


「信吾とヴェンデリンさんは邪魔ね……明日、なにか作りなさい」


「その方がいいね」


 勝手知ったる一宮家の台所に四人でウロウロとしていても無駄だし、今は一秒でも早く信吾と話をしたかった。


「じゃあ、明日はなにを作るか相談しようかな」


「そうだね、僕たちは料理に慣れていないからね」


 赤井さんに追い出されたのもあるが、俺と信吾は駆け足で二階にある信吾の部屋へと向かうのであった。

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