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第十二話 男三人VSオプションドラゴン

「あのクソ女! ようやく正体を現したな!」


「女性陣は大丈夫かな?」


「あの手紙が事実なら大丈夫だと思う」





 俺、信吾、拓真の三人は、この洞窟の最深部に向けて全力で走り続けていた。

 途中、俺たちを足止めするため、多数のオプションドラゴンの分身体が邪魔をしてくる。

 オプションドラゴンの意図は明確だ。

 現在、懸命に大量のマナを吸収し、パワーアップを図っているオプションドラゴンは一秒でも時間がほしい。

 そこで、俺たちの移動を分身体で邪魔しているわけだ。

 取り込んだマナの量より少ないマナを用い、時間稼ぎ用の最弱に近い分身体を多数配置している。

 俺の大した威力でもない魔法、信吾の弓、拓真の大剣の一振りで簡単に倒せてしまうので、俺の予想は間違っていないはずだ。

 それよりも問題なのは、ついにあのクソ女が正体を現したことだ。

 エリーゼたちを連れ去って人質にし、俺に自分の研究の成果であるオプションドラゴンと戦わせる。

 ちゃんと戦えばエリーゼたちは解放すると、気を失っていた俺たちの傍に置かれた手紙には書いてあったが、俺は基本的にあの女を信じていない。

 あいつは自分の研究のためなら、普通の人間が持っているはずの常識や倫理観を忘れてしまうタイプの人間であり、ようするに純正のマッドサイエンティストであった。

 エリーゼたちが変な実験の材料にされる前に、どうにかして救い出さないといけない。


「最初に顔を合わせた時から嫌な予感がしてたんだ。あいつは性格悪そうだからな!」


 そう言い終わるのと同時に、俺は自分たちの進路を塞いだ分身体の頭部を『ファイヤーボール』で消し飛ばした。

 やはり分身体は、体の密度が低い。

 防御力がないに等しいので、簡単な攻撃で倒されてしまう。

 それでもブレス攻撃は厄介だし、倒さなければ俺たちが先に進めないので、消費するマナを極力節約しつつ、時間稼ぎするには最適な戦術というわけだ。


「あのオプションドラゴンが、イシュルバーグ伯爵が作った実験体かぁ……物語の世界だね」


「綺麗な人なんだけどな」


「拓真、相変わらずだね……でも事この状況にまで至ったら、綺麗とかブスとか関係ないと思うな」


「信吾の言うとおりだ。第一、あの女の体は作り物だぞ。本来の顔や体があれと同じだという保証はない」


 どうせ本当の体は吹き飛ぶのだからと、今のスタイルがよく綺麗な顔にしたのかもしれないのだから。

 あんなクソ女、きっと性格に比例して本当の容姿もドブスなはず。


「整形みたいなものか。体が作り物らしいけど……本物と差がなければ人工物でも……」


「拓真、まだ隙をついてイシュルバーク伯爵の胸でも触ろうと思ってたのかい?」


「んなわけあるか! でも、本物並に柔らかいのかな?」


 そんなことを言いつつも、拓真は全力で走りながら、自分の進路を塞ぐ分身体を大剣の一振りで真っ二つにした。

 他人が見たらふざけた会話で隙があるように思われるであろうが、ちゃんとやることはやりながら走り続けていた。

 でなければ、とっくに多数いる分身体に嬲り殺しにされているはずなのだから。


「ヴェル、今は分身体も弱いから、素人の俺たちでもこの武具の助けがあれば大丈夫だ。だが、今絶賛パワーアップ中の本体との戦闘では役に立てるかどうかわからないぞ」


「俺の後ろで、ダメージを受けないようにしてくれればいい」


 あのクソ女、オプションドラゴンとの戦闘で俺に縛りをかけたな。

 素人の赤井さんと黒木さんがいないのは助かったとして、でもエリーゼがいないので大怪我はできない。

 それでいて、やはり戦闘経験がない信吾と拓真にも怪我をさせられないのだ。

 これまでは例の武具の能力補正もあり、二人とも戦闘の素人にしては機敏に動いて分身体を複数仕留めていたが、果たしてオプションドラゴン本体との戦闘ではどうなるか。


「あの自称天才のクソ女! 戦闘データ収集だかなんだか知らんが、俺たちを舐めやがって!」


 特に許せないのは、洞窟崩壊のドサクサを利用してエリーゼたちを拉致しやがったことだ。

 あのクソ女、あとで必ず後悔させてやる!


「榛名と黒木さん、大丈夫かな?」


 俺は妻のエリーゼを一番心配して当然、信吾も幼馴染の赤井さんの方が心配なのか?

 幼馴染である赤井さんのことは、いつも名前で呼んでいるくらいだからな。


「信吾もこの状況に至り、ようやく赤井の方を選んだか」


『うんうん』と納得したように首を縦に振りながら、拓真が信吾が本当に好きなのは赤井さんなんだと断定していた。

 俺もそうだと思っていたから、彼の発言に訂正は入れなかった。


「いや、榛名は昔からそう呼んでいるからだよ。拓真が気にするような関係じゃないし。二人とも同じくらい心配だって。当然エリーゼさんも」


「俺からしたら、三人とも同じくらい心配とかあり得ないけど」


「えっ、そうなの? ヴェンデリン」


「当たり前だ」


 俺も、赤井さんと黒木さんは心配じゃないとは言わないが、やはり最優先はエリーゼだ。

 誰だって、ここ数日で仲良くなった友人よりも、何年もつき合いがある愛妻の方が大切だと思うはず。


「だからだ。信吾も、赤井と黒木さんのどちらかが心配か言ってみな」


「それはだね……」


 拓真の追及で、信吾はタジタジになってしまった。


「拓真こそどうなんだよ?」


「俺はあの二人もエリーゼさんも、あくまでも異性の友人を救いに行くというスタンスだから」


「あっ、ずるいぞ、拓真! お前、実は榛名が好きなんだろう? わかってるぞ」


「信吾はわかってないな。俺は榛名みたいなチンチクリンはタイプじゃないっての。友人ではあるがな。俺は、他の学校の子が好きだから。その子が人質になっていれば最優先で心配したと思うぞ」


 さすがは、サッカー部のエースとかいうリア充。

 堂々と、自分には好きな女の子がいると言い切ったな。

 これまでの女性陣に対する態度は、彼なりのコミュニケーション手段というわけか。


「それで、信吾君はどちらが好きなのかな?」


「それは……」


 俺と拓真で信吾をからかっていたら、意外と早く地下洞窟の最深部に到着した。

 どうやら出来上がったばかりの洞窟のようで、分身体がせっせと岩を掘ったようだ。

 広さは、先ほど分身体の自爆で崩壊した広間よりも大きい。

 つまり、オプションドラゴンは戦闘する気満々というわけだ。


「オプションドラゴンめ! 充電も終わり、戦い準備は万端ってわけか」


「ああ、奴の下にマナの流れがある。それもかなりの量のな」


 拓真の予想どおり、大量のマナを吸い上げ、オプションドラゴンは力を蓄えていた。


「まるで、携帯電話の充電みたいだね」


「もの凄く的確な例えだな」


 充電器の上に載っている携帯電話のようなもの、という信吾の例えは言い得て妙であった。

 奴は、吸い上げた量以下のマナを用いて弱い分身体を作り、それで俺たちの足止めをしたわけだ。

 わざと弱い分身体を配置し、それを倒す俺たちの時間を奪う。

 倒さなければ分身体は後ろから俺たちを攻撃してきたはずで、背中から攻撃されたくなければ分身体は必ず倒さなけばいけないからだ。


「その間に、オプションドラゴンはエネルギー満タンか」


 どのくらいその小さな体にマナが蓄えられるのかは知らないが、仮にも竜で、それも属性竜クラスの上位竜だ。

 相当な量のマナを蓄えられるはず。

 実際、マナ溜まりの上に鎮座しているオプションドラゴンは、俺たちを確認してもその場を離れなかった。


「ギャァーーー!」


 そして、鎮座したままのオプションドラゴンは、次々と分身体を発生させ、こちらを攻撃してきた。


「数が多いな……」


「それでも、急所を狙えば!」


 素早く信吾が放った矢は分身体の目に突き刺さったが、致命傷には至っていない。

 片目を射抜かれた分身体はその痛みからであろう、俺たちに向け憎悪が混じった鳴き声をあげた。

 先ほどの分身体よりも体が固く、かなり防御力が高い。

 分身体を作る時に使うマナの量を増やしたのであろう。


「戦法を変えたな」


 ここにたどり着くまでは、弱い分身体を多数出す戦術で俺たちを足止めしていたが、今はこれまでに貯めたマナを惜しみなく使って、強い分身体を出している。


「ヴェンデリン! 同じ分身体なのに固いぞ!」


 拓真が信吾の矢で目を射抜かれた分身体の首に大剣を振り降ろしたが、一撃では殺せず、分身体は首から血を吹き出しながら、拓真に反撃しようとした。

 彼は慌ててそれを回避する。


「分身体なのに血が出るって不思議だけどっ!」


 もう一撃、信吾がもう片方の目に矢で射抜いたところで、ようやく分身体を一体倒すことに成功する。

 このままでは、俺たちの苦戦は必至だ。


「あのクソ女! 俺たちが苦戦した方が戦闘データも集めやすいってか!」


 俺も、小さくしながらも密度を増した『ウィンドカッター』で分身体の首を刎ねるが、やはり先ほどの分身体よりも固い。

 時間稼ぎ用であった、これまでの分身体とは比べものにならない強さだ。


「ヴェンデリン、派手な魔法で全部吹き飛ばせば?」


「それは無理だ」


 この密閉空間で高威力の魔法を炸裂させると、再び天井が崩れる危険がある。

 そしてこの地下洞窟最深部の真上には、俺の計算だとあの無人島ではなく、その周囲にある海のはずだ。


「もし魔法で天井を破った結果、そこからここに海水が流れ込んだら、俺たちは死ぬぞ」


「魔法でなんとかならんのか?」


 無理をすれば呼吸は確保できるはずだが、実はもう一つ問題があった。


「その間に分身体に襲われた場合、最悪俺は自分だけの安全を確保するため、信吾と拓真を見捨てるかもしれない」


 酷い話だが、最悪自分の安全を優先するため他人を見捨てる選択肢ってのも、冒険者には必要というわけだ。

 ああ、大貴族もか。

 貴族も時に、自分が生き残ることを優先しなければならない。

 自分だけではなく、養っている多くの家臣。領民に責任がある立場だからだ。


「しかも、エリーゼたちがどこにいるかわからん」


 もしここに海水が流れ込んだとして、あのクソ女がエリーゼたちを見捨てたらどうするのか?

 性格が悪いあのクソ女ならやりそうなので、高威力の魔法で一気に吹き飛ばすのはなしだ。


「じゃあ、どうするんだ?」


「当然、本体を狙うさ」


 充電器の上に載った携帯電話状態のオプションドラゴン本体を倒す。

 そうすれば、分身体も動けなくなるか消滅してしまう運命だと、俺は拓真に説明した。


「それって、かなり難しいんじゃあ……」


 残念ながら、信吾の予想は当たっている。

 試しに俺が再び密度を増した『ウィンドカッター』で一番奥に鎮座する本体を狙うも、分身体が身代わりになって、俺の企みは阻止されてしまった。

 やはり、本体が鎮座する奥まで突入しなければ駄目だ。

 だが、戦闘ではほぼ素人、あのクソ女が用意した能力補正が入る武器と防具で辛うじて戦えている二人を参加させるわけにいかない。

 かといって二人を置いていくと、俺はいいが、この二人は強化された分身体に殺されてしまうであろう。


「俺たちって、実は足手纏い?」


「あの人、そこまで計算していたのか……」


「なるべく俺たちとオプションドラゴンの戦闘力を、互角に持っていきたかったんだろうな」


 あのクソ女、俺一人に戦わせると、速攻でオプションドラゴンを始末してしまうかもと思ったのであろう。

 せっかく作った作品なので、呆気なく倒されてしまうのは嫌だというわけか。

 相変わらずの性格の悪さだ。


「さて、どうするか……」


 作戦を考えている間、信吾と拓真を『魔法障壁』で守りつつ、攻撃してきた分身体を次々と魔法で屠っていくも、向こうはマナ溜まりからいくらでも分身体作れる状態だ。

 じきに俺の方がジリ貧になってしまう。

 遠距離からの魔法による狙撃では分身体に防がれてしまうので、とにかく本体に接近しなければ俺たちの勝利は覚束ないであろう。


「これは困った」


 信吾と拓真を守りつつ、このままここに留まって戦っても、オプションドラゴンはマナ溜まりに鎮座していれば次々と分身体を繰り出せる。

 一方こちらは、俺の魔力がなくなればゲームオーバーだ。


「あのクソ女! 実は同性愛者かもな」


「えっ! そうなの?」


「怪しいと思う」


 男性三人はここで死んでもらい、あとは残ったエリーゼたちを手に入れる。

 実は、そんな意図があるのかもしれない。


「いや、待てよ……実は女装している男性だったとか? 魔道具で変装しているという線もあるか?」


「そう言われると、なんか怪しい感じがしてきたな」


「性格が女性っぽくないからね。エリーゼさんや黒木さんとは大違いだ」


 信吾、そこは赤井さんも女性らしいと言っておけって。


『こら! 人聞きの悪い!』


 三人でイシュルバーグ伯爵同性愛者説、実は男性説について話し合っていたら、どこからか彼女の声が聞こえてきた。

 魔法か魔道具を使用して、声を拡大しているのだと思う。


『ユウはノーマルだし、ちゃんと女の子だから!』


「なにが『女の子』だ! 一万歳超えのくせに!」


 俺はどうもこの女が気に入らないので、話をすると喧嘩腰になってしまうな。


「あのさ、あまり彼女を刺激しない方が……榛名たちは人質に取られているようなものだし……」


「そうだな、性格悪くて全然女っぽくないという意見には同意するけど」


「ちっ!」


 そう信吾たちに指摘され、俺は彼女を挑発するのを止めた。

 まずは、どうにかしてオプションドラゴンを倒し、エリーゼたちを救出せねば。


『ユウは永遠の十八歳だからいいけど。それよりも、ちょっと予想外だったかも』


「予想外?」


『オプションドラゴンに改良するため用意した素材が飛竜だから、そこまでの性能アップは期待していなかったのだけど、思った以上にマナを貯め込む量と速度が凄かったみたい。ユウが天才だから、性能アップしすぎたんだね』


「死ね……」


 喧嘩腰にはならないと決めたはずだったが、クソ女のあまりの言いようについ悪口が出てしまった。

 このくらいなら、言っても罰は当たらないはずだ。

 というか、オプションドラゴンって飛竜の改良生物だったのか。

 全然原型が残っていないじゃないか。


『忠告しておくけど、このままヴェンデリンたち三人で戦っていると詰むよ』


「わかってるっての! そもそもお前のせいだろうが!」


 むしろ俺一人なら、とっくに本体を倒せていたんだよ!

 信吾と拓真を見殺しにするわけにもいかず、だから人が苦労しているってのに!

 定期的にマナが補充できるオプションドラゴンは、再び本体をギリギリまで弱体化させ、防御に回す分身体の強さと数を強化した。

 本体を『探知』で探るとえらく脆弱になったので、信吾が急所に矢を一発当てれば死んでしまうであろう。

 まあそれをしようとすると、多数いる分身体たちがその身を呈して守るので、本体への攻撃は非常に困難な状態であったんのだが。


「あいつ、俺たちがヴェンデリンの足かせになっていると理解して、それなら自分に突進はしてこないだろうと判断して戦法を変えた?」


「かもしれない……」


 クソッ!

 悪知恵の働く、作った奴によく似た性格の悪い竜だな。

 さて、これはどうしたものか……。


「ヴェンデリン」


「なにかいい策でもあるのか? 信吾」


 信吾というか本物のヴェンデリンだが、俺よりも頭はいいらしいので、エリーゼたちに被害をもたらさずにオプションドラゴンを倒す方法を思いついたとか?


「もうこれは、三人で突っ込むしかないよ。このままだと時が経てば経つほどジリ貧になるし、僕が本体にトドメを刺せばいいんでしょう?」


「確かに、それは可能だな」


 オプションドラゴンが俺たちの様子から戦法を変更したので、本体は貧弱になったのは確かだ。


「つまり、このまま三人で固まって本体に突撃。最後に僕が矢で本体を狙撃すれば勝てる」


「それしかないか。信吾、俺はなにをすればいい?」


 信吾の作戦に同意した拓真が、自分の役割を彼に聞いた。


「魔法を撃ち続けるヴェンデリンと、同じく僕も本体に辿り着くまでは矢で分身体を一体でも減らさないと駄目だから、拓真は自分を守りつつ僕たちのカバー、ヴェンデリンと僕を狙う分身体の始末だね」


「オーケー! ここでどうしようか悩んでばかりいても事態は解決しない。ヴェル、信吾。この武具もあるから、素人なりにやってやるぜ」


 こういうの時の思いきりのよさは、エルを思い出すな。

 信吾も世界は違えど、俺と似たような奴を友達にしたのか。


「そうだね。早く榛名たちを助けないと」


「それなんだが、やっぱり俺たちはオプションドラゴンを倒さないと駄目なんだろうな。見えないか? あそこ」


 拓真が示したオプションドラゴンの本体後方にある岩壁の一部、そこが不自然にピンク色であった。

 あからさまに怪しく、もしかするとそこにエリーゼたち閉じ込められているのか?


「ヴェンデリンは見えるの?」


「見えるな」


 そういえば、前世の俺はあまり目がよくなかったからな。

 信吾には数百メートル以上先の岩壁の一部なんて見えないのかもしれない。

 一方、田舎育ちのヴェンデリンは目がよかった。

 その視力を受け継いだ俺には、ピンクである岩壁の一部がよく見えた。


「拓真も見えるんだね」


「俺、視力2.0以上だから」


「なるほど、拓真は勉強しないから目がいいんだな」


 逆に信吾は、よく勉強していそうだから目があまりよくなさそうだけど。


「事実だが、ヴェルは失礼だぞ」


「おっと、こんな無駄な話をしている場合ではない! 全員、突入!」


「誤魔化された!」 


 拓真の苦情は無視し、俺たちはオプションドラゴンの本体に向かって突撃を開始した。

 すぐにその進路上を多数の分身体たちが塞ぐが……。


「魔法乱れ打ち!」


「ていっ!」


「でやっ!」


 俺は魔法を連発し、信吾は矢を放ち、拓真は大剣を振るって分身体を倒していく。


「やっぱり固ったいな! ヴェンデリンがいなければ無理だ、これ!」


「後ろも怖いし……」


「後ろは見るな、信吾!」


 後方から俺たちに向けてブレスを吐いてくる分身体は、『魔法障壁』で防ぐだけで無視していた。

 信吾が『魔法障壁』にぶち当たるブレスを見て恐怖しているが、気にしている場合じゃない。

 多少攻撃の手がは増えたとはいえ、やはり二人も守りながら本体を目指すってのは、魔法のコントロールが面倒なのだ。


「『魔法障壁』で全面を覆って前進だけするって手は?」


「無理だ! すぐに動けなくなるぞ」


 オプションドラゴンもバカではないので、多数の分身体が『魔法障壁』に群がって俺たちは身動きが取れなくなるであろう。

 攻撃は防げても、分身体の重さは『魔法障壁』では対応できないからだ。

 危険だが、今は進路上の分身体のみを倒しながら前にいる本体を目指すしかないのだ。


「ヴェンデリン! 予備の矢!」


「ほらよ!」


 信吾もそんなに大量の矢を抱えて走れないので、俺が魔法の袋から予備の矢束をタイミングよく彼に放り投げた。


「うわぁーーー!」


「どけ! 拓真!」


 一旦、進路上の分身体たちが下がったと思ったら、横並びになって一斉に火炎のブレスを吐いてきた。

 俺は慌てる拓真の前に出てから、もう一つ壁型の『魔法障壁』を展開してブレスを防ぎつつ、横並びになった分身体たちの足元から『火柱』を立たせて始末した。


「器用だね」


「自然とできるようになったのさ」


「普段、どんな生活してるの?」


「魔法頼りの部分が多い生活」


「(僕、こっちの世界に飛ばされてよかったよ……)」


「信吾、なにか言ったか?」


「ううん、拓真の気のせいじゃないかな」


 信吾が魔法の同時展開を褒めてくれたが、同時に三つまでの魔法コントロールくらい、できなきゃ師匠に叱られるからな。

 魔法が使えない信吾が、日本で生活できる幸運を俺にだけ聞こえるような小声で感謝した。

 すると、耳もいいらしい拓真が『なにか言ったか?』と尋ねてきたが、信吾は気のせいだと言って誤魔化していた。

 拓真も今はそれどころではないという理由もあり、それ以上は尋ねてこなかったが。


「もうすぐだ!」


「あれ? 焦っている?」


 信吾に竜の表情なんてわかるのかなと不思議に思ったが、確かに俺たちが接近すると、本体はわかりやすいくらい焦っていた。

 きっと、オプションドラゴンは戦術を誤ったと感じたのであろう。


「オプションドラゴンの欠点は、一度出した分身体を本体に再吸収できない」


 もしそれができたなら、今すぐまだ多数残っている分身体を呼び寄せ、本体を強化してから俺たちに対抗するはず。


「分身体が本体を守ろうと再集結する前に倒すぞ!」


「「おおーーーっ!」」


 これまで本体に辿り着くのを最優先にしていたので、まだ多数の分身体が生き残っていた。

 本体との合体は不可能だが、本体を囲んで守りを強化されると面倒だ。

 まず俺が、次々と『ファイヤボール』を放って本体前にいた分身体を倒していく。


「少し残ったか」


「任せろ!」


 すかさず拓真が大剣を振るいながら、俺が撃ち漏らした、本体と同線上にいる分身体を倒していく。

 たまにブレスを食らっていたが、これは武具の『魔法障壁』がオートで張られてので防げていた。

 拓真は素人ではあるが、攻撃のタイミングといい度胸といい、もし向こうの世界で生まれても優秀な冒険者としてやっていけるであろう。

 そういう部分が、余計にエルに似ているな。


「信吾!」


「いけぇーーー!」


 最後に、完全にクリアーになった本体に目掛け、信吾が矢を放った。

 武具による補正があるにしても、信吾の中身が本物のヴェンデリンなのは確かなようだ。

 見事矢は、本体の額中央に深く突き刺さり、本体は断末魔の悲鳴をあげながらその生命活動を終えた。


「やった!」


「本当に分身体の動きも止まったな」


 予想どおり、本体の死で多数の分身体もその場で生命活動を停止させた。

 マナが原料でも、分身体は血も出るから生物とそう変わらないのは事実で、本体の死と共に消滅はしなかった。

 まるで作り物のようにその動きを止めてしまったのだ。


「ただ、懸念がないわけでもないぞ」


「それは心配ない」


 俺は、拓真が思っている心配事がすぐにわかった。

 イシュルバーグ伯爵に拉致されている、エリーゼたちの存在であろう。

 もし俺たちオプションドラゴンをもう少しで倒せるというところまできた時、彼女がエリーゼたちを人質にオプションドラゴンを守るのではないかというものだ。


「それについては心配ない」


 なぜなら、イシュルバーグ伯爵からすれば、オプションドラゴンなどいつ壊れても構わない実験体、玩具でしかないのだから。

 壊れればまた新しい実験体を作ればいいし、その時には今回データ取りに使ったオプションドラゴンのデータも参考になるというわけだ。


「あのクソ女は、研究のことしか頭にないのさ」


「さっきは、エリーゼたちを実験体にするかもとか、ボロカス言ってたけどな」


「あのクソ女がムカつけば儲けものくらいに思っただけだ。とにかく今最優先すべきは、本体の後ろにあるピンク壁からエリーゼたちを救い出すことだ」


「そうだね、急がないと。この距離になると、目が悪い僕にもわかる。あからさまに怪しいからここなんだろうね」


「俺は目がいいからすぐにわかった。あそこに、女性陣が閉じ込められいるのか」


 本体の後ろにある岩壁で、一部ピンク色に変色している部分が再確認した。

 自然物のわけがないし、わざわざ鎮座していたオプションドラゴンの真後ろだ。

 ここにエリーゼたちが閉じ込められているのを俺たちは確信する。


「嫌だねぇ、マッドは」


「本当、ちょっと理解できないというか、研究しか友達がいない可哀想な人とか?」


「信吾、お前、結構言うな」


 拓真のマッドサイエンティスト呼ばわりなど霞むくらい、信吾のイシュルバーグ伯爵に対する毒舌は厳しかった。

 やはり信吾は俺と入れ替わってから、真のリア充になっていたようだ。

 天才でも、友達がいなさそうなイシュルバーグ伯爵が異質に見えるのであろう。

 イシュルバーク伯爵がもし学校に通っていたら、きっと友達は一人もできなかったに違いない。

 うん、きっとそうだ。


『君たち、言いたい放題だね。でも、ユウは気にしないさ。人間は本当にすぐ群れたがるよね。時に孤独に慣れ、楽しむことも必要ではないのかと言っておく』


「あっそう」


 俺は別にあのクソ女の生き方に興味なんてなかったので、返事もせずその言い分を聞き流してしまった。


「それよりも、どうやってあの中から救い出す?」


「まずは情報収集が先だ」


「どんなものかわからないと、助け出す手段が思いつかないものね」


 頭部を信吾の放った矢で射抜かれた本体と、周囲に散らばるまるでエネルギーが切れたかのように活動を停止している多数の分身体。

 そして、本体の奥にある岩壁のピンク色の部分。

 エリーゼたちの所在は、そのピンク色の壁の中が一番確率が高いはずだ。

 三人でその壁を突いてみると、これがまるでゴムのように柔らかい。

 まるで生きているようだと思っていると、突然直径二十センチほどの穴が開き、そこからエリーゼたちの声が聞こえてきた。


「エリーゼ! 大丈夫か?」


「はいっ! あなた! ハルナさんもマヤさんも一緒です!」


 三人とも無事でよかった。

 穴を覗くと、エリーゼの元気そうな顔が見えた。

 穴がとても小さいので、赤井さんと黒木さんは確認できないけど。 


「信吾! 大丈夫?」


「武具が優秀だから助かったという感じ。拓真は大剣振るって大活躍だったけど」


「武具の補正って凄いのね」


「赤井がひでえ。俺も少しは素の能力で活躍したっての!」


「信吾君、大丈夫?」


「黒木さんまで……」


 せっかく先陣を切って活躍したのに、赤井さんと黒木さんは信吾を一番心配していて、拓真がスルーされたのはちょっと可哀想だった。


「まあいい。この俺の活躍を篠原女子の沙織ちゃんに」


「信じてもらえないと思うけどね」


「江木君、次の試合で活躍した方が話が早いわよ」


「わかってるよ!」


 またも女子二人に容赦なく突っ込まれ、拓真は涙目で言い返していた。


「それで、この不思議な壁だけどどう壊そうか?」


「一番重要なことを忘れてた」


「おいおい、拓真」


 見た感じ、小さな穴以外に出入りできそうな部分はないな。

 ピンクのまるで生きているような円形の檻が、岩の壁に埋まっているような感じだ。


「ていや! うわぁ!」


「ああ、ビックリした!」


「いきなり攻撃するな!」


 いきなり拓真が大剣でピンク色の壁に全力で一撃を加えたが、まるでゴムのようなので、拓真の方が勢い余って後ろに弾き飛ばされてしまった。


「私たちも、同じことをして失敗したの」


「先に言ってほしかった……」


「聞いてから攻撃すればよかったのに……」


 黒木さんも、持っている槍でこのピンク色の壁をぶち破ろうとして失敗したそうだ。

 弾き飛ばされて後ろにひっくり返っている拓真が文句を言ったが、信吾も俺もいきなり攻撃を始めた拓真が悪いと思っていた。


「物理的な攻撃ですと弾かれてしまうようなので、あなたの魔法で焼き払った方がいいと思います」


「それしかないか」


 エリーゼの作戦を受け入れ、俺は魔法剣の柄を魔法の袋から取り出し、炎の剣を作ってピンク色の壁を焼き払おうとした。

 斬って駄目なら、焼いて穴を開ければいいのだ。

 と、思ったのだが……。


「焼き切れない……」


 このピンク色の壁、武具による攻撃も、火魔法ですらまったく通用しなかった。

 さすがは、天才となんとかは紙一重な奴が作ったらしい『生きた檻』というわけだ。


「やっぱり、この檻は生きているようだな」


「生きていたら、火魔法は通じるんじゃないかな?」


「そこは改造したんじゃねえの? 生き物にとって、火は大半が苦手なものじゃないか」


『その結論に、タクマが至るとはねぇ……』


「いきなり声を出したと思ったら、すげえ失礼な発言」


 またどこかから、イシュルバーグ伯爵の声が聞こえてきた。


『はははっ、これでもタクマを褒めているんだけどなぁ。ユウの自信作オプションドラゴンは呆気なかったねぇ……生存性を高めようと分裂機能をつけたんだけど、そうなるとマナの補充に障害があると簡単に各個撃破されてしまう』


 いやお前、そんなしょうもない反省会はあとでやってくれ。


「エリーゼたちを助けろ。もういいだろう?」 


 お前の研究成果はもう活動を停止したんだ。

 早くエリーゼたちを趣味の悪いピンク色の壁から救出して、俺たちを元の世界に戻してくれ。


『とは思ったんだけど、ユウ、さっきオプションドラゴンが強すぎたかもとか言っておきながら、簡単に撃破されて恥ずかしいなぁ、もう。そこで、第二ラウンドです』


 このクソ女、本当に性格悪いな。

 朧げにそんな予感もしていたが、やはり天才科学者なんて生き物はどこかタガが外れていやがる。


『ここは基本に立ち戻って、強固な個体を戦闘実験に投入しようと思う』


 再戦決定か……このクソ女が!


「はんっ! 今度は合体して一体か?」  


『正解! ヴェンデリンは勘がいいなぁ。ほら、ここに物理攻撃にも、魔法攻撃にも強い中心部に使えるものがあるでしょう?』 


「まさか!」


 信吾も気がついたようだが、この女、エリーゼたちを閉じ込めているピンク色の円形の壁を改造ドラゴンの胴体に使うつもりか。

 というか、やはりあのピンク色の壁は生きていたんだな。


『こういうこともあろうかとってやつ? 今度の改造ドラゴンは一味も二味も違う。頑張って戦ってね』


「なんて性悪女なんだ!」


「ヴェンデリン、ここは一旦退かないと!」


「岩壁が崩れるのに合わせて、天井の岩まで剥がれ落ちてきた!」


 どうやらイシュルバーグ伯爵は、岩壁に埋め込んでいたピンク色の壁を改造ドラゴンの本体にすべく、魔法で岩壁から引き出し始めたようだ。

 ただの『念力』であの大きさの塊を、しかも岩壁に半ば埋もれていた物を簡単に引き出すなんて、彼女は魔法使いとしてもかなり優秀なようだ。

 岩壁から引き出されたピンク色の壁は円形で、しかもかなりの大きさだった。

 これが胴体になるということは、かなりの大きさになるはず。


「あのクソ女、かなり厄介だな! あの重さの物体を魔法で軽々と宙に浮かせるなんて!」


「ヴェンデリンさん、私はその重量にまったく貢献していないので!」


「私もですよ」


 赤井さんと黒木さん、結構深刻な状態なんだが、俺の重たい発言に過剰に反応した。

 まだ空いている穴から、自分たちは重くないとかなり大きな声で言ってくる。

 やはり、若い女性は体重が気になるのか。

 俺は別に、二人が重いなんて一言も言っていないのだが……。


「エリーゼは気にしていないのに……」


「私ですか? 別に太っていないと思いますけど」


 エリーゼは別の世界の人間なので体重を気にしない……カタリーナは気にしているけど……ようだ。

 そういえばエリーゼって、ダイエットするなんて一回も言ったことがないな。

 全然太らない性質なのかもしれないけど。


『いつの世も、女性の悩みは共通だよね。さて、この胴体に、廃物を利用をして合体させると。ほらこのとおり』


 イシュルバーグ伯爵の合図で、先ほど本体を倒されて活動を停止した分身体が五体宙に浮き上がり、ピンク色の胴体部分と合体。

 頭、両腕、両足、尻尾がまるで生えたように形成され、一体の巨大なドラゴンが咆哮をあげた。


「そんな非常識な!」


 胴体であるピンク色の壁は生きているとしても、すでに活動を停止していた分身体が新しいドラゴンの頭部や手足になったうえ、無事に動くなんて……。

 完全に生物の常識を超えていると思うのだが。


『ユウ、天才だから』


「それで済ますんだ……」


『原理を説明すると三日くらいかかるけど、シンゴは知りたいの?』


「遠慮しておくよ」


 俺だって、そんな無駄なことに時間を使いたくない。


「なんて、話をしているうちに一撃だ!」


 再び、拓真が改造ドラゴンに突進して、大剣の全力攻撃で改造ドラゴンの右足を切り落とした。


「やったね、やはり分身体が材料になっている肢体の部分が弱いな」


 拓真の予想は見事に当たったが、残念ながら胴体に閉じ込められている女性陣には大変不評だった。


「江木ぃ! 私たちを怪我させる気?」


「こんな巨大なドラゴンが倒れたら、胴体内にいる私たちが怪我するでしょうが!」


「タクマさん、考えなしに攻撃するのは感心できません」


「ボロクソ言われたぁーーー!」


 下手に巨大な改造ドラゴンの足を切り落とすと、そのままバランスを崩して倒れてしまい、胴体内にいる自分たちが怪我をするじゃないかと、赤井さんたちが拓真に抗議した。

 幸い、改造ドラゴンはバランスがいいようで、右足を切り落とされても平然と立っていた。


「拓真、攻撃するなら腕とか頭にしておけよ」


「俺じゃあ届かないって!」


 魔法で飛べない拓真からすれば、足か尻尾を攻撃するしかないのだが、尻尾は胴体の後ろのあるので、足しか選択肢がなかったというわけか。


「ちなみに胴体は?」


「無理じゃないか?」


 先ほど試しに攻撃してみたが、魔法攻撃ですら跳ね返されてしまうのでは意味がないか。

 ならば頭部をと思い、俺は『ウィンドカッター』で改造ドラゴンの頭部を一撃で切り落とした。

 活動停止していた分身体が材料だからか、右足もそうだが防御力が低いな。


「死んだか?」


「いや、そんなに甘くないんじゃないかな?」


 信吾の予想は当たり、頭部を切り落とされたのに改造ドラゴンは活動を停止しなかった。

 すぐにその辺に転がっている別の分身体を引き寄せ、それが新しい右足と頭部に変形して回復してしまったからだ。


「つまり、この改造ドラゴンの本体は胴体で、頭部はお飾りみたいなものということか」


『正解!』


 この女、いちいちどこかから口を挟んできてムカツク女だな。

 自分が悪事を働いている自覚すらないのか!


『分裂機能で生存性に長けたオプションドラゴンは失敗っぽいから、今度は完全生存性重視の改造ドラゴンというわけだね。攻撃力に関しては、これだけの巨体だからね』


「クソッ! 信吾も拓真も退け!」


「「了解!」」


 頭部が簡単にすげ替え可能な分、改造ドラゴンはブレスが吐けないという欠点があるようだ。

 となると、この改造ドラゴンの攻撃方法は、分身体でいくらでも回復できる尻尾を振り回すことによる攻撃が主になる。

 まるで鞭のような攻撃が、俺の展開する『魔法障壁』に叩きつけられ、俺の魔力を徐々に奪っていく。


「こうすれば!」


 信吾が矢を連続して放ち、改造ドラゴンの両眼を潰した。

 これで俺たちが見えなくなると思ったら……。


「バカな!」


 改造ドラゴンは、尻尾を激しく振り回して自分の首を叩き落としてしまった。

 すぐ代わりの頭部が別の分身体から再生され、その視力を回復させてしまう。  


「ならば!」


 俺も負けじと、『ウィンドカッター』で改造ドラゴンの尻尾を切り落とした。

 だが、すぐに周辺から新しい分身体を引き寄せ、尻尾を再生させてしまう。


「なあ、とにかく頭や尻尾を切り落とし続ければ、あの改造ドラゴンも頭部や肢体の材料がなくなって活動停止するんじゃないか?」


「理論的に言えばそうなんだが……」


 とにかく、活動停止して転がっている分身体の数が多すぎるのだ。

 これらがすべて材料になると思うと、その方法で倒すのは非常に困難だと思う。

 それに……。


「改造ドラゴンは、先ほどオプションドラゴンが鎮座していたマナ溜まりに移動できれば、分身体の死体がなくても再生可能だと思う」


 あのクソ女が、俺が次々と頭を吹き飛ばし続ければ活動停止に追い込めるような柔な試作品を作るとは思えなかった。


「もう一つ、俺たちはここから退けないんだ」


 退けば、改造ドラゴンは喜んで俺たちの後方にあるマナ溜まりに鎮座し、無限に近い回復力を得てしまう。

 このまま強力な尻尾で攻撃を受け続ければ、俺が改造ドラゴンの頭部や肢体の材料となる分身体をすべてゴミにする前に、俺の魔力が尽きてしまうであろう。

 改造ドラゴンは、オプションドラゴンよりも厄介な敵であった。


「えっ! どうするんだ? ヴェル!」


「今、なんとかしている!」


 とにかく、改造ドラゴンの肢体が回復できないよう、大量に転がっている分身体を焼き払うか。

 そう決めて広範囲に効果がある『火炎』魔法を放つが、それは天井から突如発生した大量の水によって消火されてしまった。


「クソッ! ここであのクソ女が邪魔するか!」


『悪いね。ユウはこの改造ドラゴンの戦闘データがほしいからさ。あれだね、魔力が尽きそうになったらちゃんと降伏してね。それで終わりにしてあげるから』


「お前、超ムカツク!」


 このクソ女!

 俺たちを実験台にしておいて、何様のつもりだ!

 頭に血が上った俺は、複数の『ウィンドカッター』で改造ドラゴンの腕、頭部、尻尾を切り落としていくも、それらは分身体を材料にすぐ回復してしまった。


「キリがないぞ、ヴェル」


「どうする?」


 どうやらこのままでは、俺たちはイシュルバーグ伯爵に降伏しなければならないかもしれない。

 とはいえ、それは最後の手段にしたい。

 どうにか打開策はないかと考えながら、俺は『ウィンドカッター』を放ち続け、改造ドラゴンの肢体を切り落とし続けるのであった。





「これはまずいわよね?」


「ヴェンデリンさん、このままだとイシュルバーグ伯爵に降伏しなければいけないかも」


 私たちが閉じ込められている生きた檻が中心となり、奇妙な形の巨大ドラゴンが復活、ヴェンデリンさんたちを攻撃している。

 それをしたのがイシュルバーグ伯爵であり、彼女は人を危険な目に遭わせてまで自分が作った実験生物のデータ収集をしているのだから性質が悪い。

 とはいえ、このままではヴェンデリンんさんは魔力切れで降伏しなければならないであろう。

 悔しいとは思うが、命には代えられない以上、ここは素直に降伏した方が……。

 と、私が思っていたら、意外な人物がそれを否定した。


「いいえ、ヴェンデリン様に降伏などさせません」


 エリーゼさんが、なにか手を打つと宣言したのだ。


「イシュルバーグ伯爵、確かに『天災』ではありますが、このような悪行を認めるわけにはいきませんし、もし降伏する羽目になれば、ヴェンデリン様もさぞや無念でしょう」


「それはそうだけど……あと、細かいけど、天才っていう単語、微妙にニュアンスが違うような……」


 本物の天才なら、その発明でもう少し人を幸せにしそうなものだけど、イシュルバーグ伯爵の場合、ただの知的好奇心だけだものね。


「とにかくです。私はバウマイスター伯爵であるヴェンデリン様の正妻なのです。ここで、同じ伯爵に膝を屈するなどあり得ません」


「若干、時代錯誤な感じもするけど……」


「では、マヤさんにお聞きします。このままだと、シンゴさんもイシュルバーグ伯爵に対し無念の降伏を宣言することになりますけど」


「それは容認できないわ! 信吾君が納得していないもの」


 黒木さん、そこでさり気なく大切な人のプライドや矜持に配慮する、将来はいい奥さんになりそうな感じの宣言をした。

 わっ、私だって!


「そうね! きっと信吾もこのまま降伏なんてしたくないはずよ!」


 ここでエリーゼさんに協力してイシュルバーグ伯爵にひと泡吹かせ、信吾が無念の降伏をしないようにするのも、きっと将来の妻たる私の務めなのよ。

 黒木さんも同じことを考えているっぽいけど、先を越されてなるものですか。

 男の人って、妙にプライドに拘ることがあるってお母さんから聞いたことがあるから、時には男を立てることも女性には必要だと。

 私たちも協力して、イシュルバーグ伯爵にひと泡吹かせる。

 それにしても、そういうことが自然に言えてしまうエリーゼさんって、さすがはヴェンデリンさんの奥さんというか……これが正妻力って感じがするわ。

 ようし、私も信吾の未来の奥さんとして頑張らないと。


「エリーゼさん、それでどうするの?」


「と思っていたら先を越された!」


「はい? 赤井さん、急にどうしたの?」


「ううん、なんでもない」


 思わず叫んで黒木さんから心配されてしまったけど、とにかく今はエリーゼさんの指示に従うのが一番ね。


「この檻は生きています。そして異常に柔軟性に長けているため、物理的な攻撃も、魔法攻撃ですら弾いてしまうという特性を持っているのです」


「となると、やはり脱出は困難か」


「いえ、とっておきの手があります」


 黒木さんに対し、エリーゼさんは秘策があると断言した。 


「そんなものがあるんだ」


「ええ。ですが、私だけでは脱出は難しいでしょう」


「どんな方法なの?」


「私の魔法で、この生きた檻を破壊します」


「でも、エリーゼさんって治癒魔法しか使えないって、ヴェンデリンさんから聞いたような……」


 生きた檻を破壊する以上、やはりなんらかの攻撃魔法は必要で、それが使えないエリーゼさんには生きた檻を破壊する方法がないはず。


「ちょっと特殊な魔法ですし、私もあまり訓練をしていなかったので威力は未知数ですが、試して損はないと思います」


「どんな魔法なの?」


「『過治癒』という魔法です。人間は、治癒魔法により受けた傷を回復させます。ところが、必要以上に強力な治癒魔法を受けた場合、かえって傷を広げることもあるのです」


 治癒魔法とは、その人間や生物の自己再生能力を促進させ、短い時間で完治させるものらしい。

 ところが必要以上の治癒魔法をかけると、過剰に促進された自己再生能力がかえって傷を広げたり、異常がない部分が悪化するケースもあるそうだ。


「この生きた檻には元々かなり強固な自己再生能力があるはずです。これに高威力の『過治癒』をかければ、生きた檻は必ずなんらかのダメージを受けるはずです」


「なるほど」


「ですが、この生きた檻になんらかのダメージを与える『過治癒』ともなりますと、私は魔力切れになって動けなくなるでしょう」


「つまり、私と赤井さんがダメージを受けた箇所にトドメを刺しつつ、動けないエリーゼさんを抱えてこの生きた檻から脱出。信吾君たちに合流するというわけね」


「はい」


「では、始めましょうか?」


 なんか、黒木さんが仕切るような形になってしまったけど、エリーゼさんは生きた檻の一ヵ所のみに両手をかざし、そこに高威力の治癒魔法をかけ始めた。

 彼女の両手から青白い光が発生し、それがピンク色の壁の極狭い範囲に注ぎ込まれていく。

 過剰な治癒魔法で生きた壁を腐らせるのが目的なので、治癒魔法の範囲を集中して狭めているのだ。


「見た目にはなにも変化がないわね」


「まだわからないわ」


 エリーゼさんの顔から薄っすらと汗が流れ始め、どうやら魔力切れで段々と青白い光が小さくなってきたその時、ついに今までなにをしてもノーダメージだったピンク色の壁に変化が発生した。

 ほんの数十センチほどだが、線のようにピンク色の壁が赤黒く変色し始めたのだ。


「過剰な治癒魔法で、壁の一部が腐ったのね」


「黒木さん!」


「任せて、エリーゼさん!」


 ここでちょうど魔力が切れたエリーゼさんがその場を離れ、それと同時に私たちはピンク色の壁の赤黒く変色した部分を槍で突いた。

 すると今度は、赤黒い部分に槍が突き刺さった。

 続けて全力で何度も何度も突くと、その度に切り口が広がっていく。


「もっとよ!」


「攻撃を途切れさせないよう、順番に!」


 段々と腕が疲れてきたけど、魔力切れでフラフラになりながらようやくエリーゼさんが作ったチャンスだ。

 腕がダルいのを我慢して、何度も何度も槍を傷口に突き入れていく。

 いったい何回全力で突いたであろうか。

 傷は赤黒く変色していない部分にも広がり、あの外を覗ける穴に繋がって大きく裂け、遂に人間が外に出られるくらいの大きさにまで成長した。


「エリーゼさん! 脱出するわよ!」


「私たちに掴まって!」


「ハルナさん、マヤさん、お願いします」


 私と黒木さんはエリーゼさんを抱え、ようやく生きた檻からの脱出に成功するのであった。





「ヴェル、あれは?」


「あの傷一つつかなかった生きた檻に、次第に裂け目が……前進して対応するぞ!」


「大丈夫か?」


「拓真、エリーゼたちがやってくれたんだ。気がつけよ」


「ああっ! そういう。しかし、どうやってあの生きた檻を破ったんだ?」


「あとで聞けばいいさ」



 改造ドラゴンがマナ溜まりに移動しないよう防ぐだけであった俺たちだが、ここで戦況に大きな変化が出た。

 改造ドラゴンの胴体部分である生きた檻に、裂け目ができてきたのだ。

 これはエリーゼがなにか手を打ったのだと俺が気がつき、彼女たちを回収すべく改造ドラゴンへの接近を開始する。

 改造ドラゴンによる尻尾攻撃を『魔法障壁』で防ぎながら前進し、その胴体部分に近づいた瞬間、ピンク色の壁は大きく縦に裂け、中からエリーゼたちが飛び出してきた。

 どうやらエリーゼは魔力切れのようで、赤井さんと黒木さんに抱えられており、俺が急ぎエリーゼを抱き抱えた。


「エリーゼ、大丈夫か?」


「はい、少し魔法を使いすぎました」


「そうか、よくやったな」


 そして、赤井さんは信吾が、黒木さんは拓真が抱き抱えて三人とも無事に脱出したのはいいが、黒木さんはちょっと不満があるようだ。


「江木君、もういいわ」


「あれ? 俺は野心も持たずに黒木さんを受け止めたのに、なんか反応が微妙」


「榛名、早く臨戦態勢に戻らないと」


「それもそうね。ちょっと疲れたから仕方がないのよ」


「大変だったのはわかるけど」


 一方、赤井さんは運よく信吾に受け止めてもらい、そのまま暫く彼に抱きついていた。


「あなた」


「ああ、わかっている」


 いくらどんな攻撃を跳ね返す柔軟性に優れた壁でも、一旦裂けてしまえばあとは脆いもの。

 強固な『ウィンドカッター』を作って傷口に攻撃を続行すると、改造ドラゴンの胴体部分は遂に真っ二つに裂け、そのまま活動を停止させたのであった。




「うーーーん、残念。次はもっといい作品を作らないとね。反省反省」


「「「「「「……」」」」」」」



 あのクソ女が作った生物兵器二体を倒したら、本人が何食わぬ顔で俺たちの前に姿を見せ、さらに次はもっと強い作品を作らないとと宣い、まったく反省した様子を見せなかった。

 こいつがいい性格をしているのはとっくにわかっていたが、とにかく腹が立つ。

 早く元の世界に戻してもらい、もう二度と関わり合いたくない気分だ。

 天才イシュルバーグ伯爵は、天災だった。

 実績は認めるが、歴史上の偉人なんて当時の人からすれば案外迷惑な奴だったのかもしれないな。


「おい、早く俺とエリーゼを元の世界に戻せ!」


「それは勿論やるけど、その前にこの破壊されたサンプルの回収も必要なのさ。この世界には残せないしね」


「竜の死体なんて見つかったら、大騒ぎだろうからね」


「ついに『伝説の生物竜の死体を発見!』とか、テレビの特番でやりそうな気がするな」


 確かに、そういう未知の生物を信じ、懸命に探しているような連中が大騒ぎするかも。

 確実に回収せざるを得ないのは正しいが、あのクソ女の発言というだけで腹が立つ。


「早く回収しろよ」


「ヴェンデリンはせっかちさんだな」


「お前にだけな!」


「怖い怖い。とっとと回収しようかね……」


 と言いながら、イシュルバーグ伯爵が動き始めた直後、誰も予想だにしないことが起こった。

 俺たちによって、本体である生きた檻の部分を大きく切り裂かれた改造ドラゴン。

 活動を停止したので死んでいると思っていたら、まだしつこく生きていやがった。

 突然、無傷の尻尾を振り回して俺たちを攻撃し、死出の旅に道連れにしようとする。

 みんな慌てて回避するが、戦闘の素人で位置が悪かった赤井さんの回避が間に合わない。

 時間的に俺も助けることができず、拙いと思った瞬間、意外な人物が動いた。


「榛名!」


「信吾?」


 彼女の隣にいた信吾が、咄嗟に赤井さんを庇って尻尾の直撃を受け、そのまま十数メートル先に吹き飛ばされてしまったのだ。

 赤井さんも一緒に吹き飛ばされてしまったが、信吾は彼女を抱き抱えて激突の衝撃を一身に受けたため、ノーダメージだったようだ。

 すぐに起き上がって、自分を庇った信吾の状態を確認し始めた。


「信吾! 大丈夫? 信吾! 目を醒ましてよ!」


「信吾!」


「信吾君!」


「エリーゼ!」


「はいっ!」


 俺たちは意識を失った信吾に駆け寄り、エリーゼが急ぎ治癒魔法をかけ始める。

先ほど魔力切れとなっていたので、急遽俺が渡した魔石で魔力を回復させながら治癒魔法を使っていた。

 魔石を使っているのでかなり効率が悪いが、今は時間が最優先だ。

 もし信吾に死なれてしまったら、俺にとってこれ以上の不幸はそう存在しないのだから。

 そう、こいつは俺の別世界の分身でもあるのだ。


「この防具でダメージはないはずじゃあ……」


「拓真、気がついているか?」


「なにをだ? ヴェンデリン? あっ!」


 オプションドラゴン、改造ドラゴンとの連戦で、拓真と信吾が装備している防具の魔力は切れる寸前だった。

 信吾の防具の魔力も、完全に尻尾の攻撃を受けきれなかったようだ。

 赤井さんの防具も同じような状態であり、だから信吾は咄嗟に彼女を庇ったのであろう。

 それにしても、信吾は大した奴だ。

 俺みたいに魔法が使えるってわけでもないのに、咄嗟に反応して赤井さんを庇ったのだから。


「エリーゼ?」


「重傷ですが、死ぬことはありません。急ぎ治療します」


「そうか、頼む」


「任せてください」


 エリーゼは、さらに俺から魔石を受け取り信吾の治療に当たっていた。


「少しでも防具の魔力が残っていたのが幸いです。これがなかったら、即死していたかも」


 重傷で済んだのは、皮肉にもクソ女の防具のおかげというわけか。


「となると、これはユウのおかげかな?」


「いい加減にしてよ!」


 いつの間にかあのクソ女が信吾の傍にいて、自分の発明品である武具の性能のおかげで信吾は死ななくて済んだのだと、己の功績を誇り始めた。

 それもないとは言わないが、このタイミングでそれを戦犯であるこいつが言うのはどうかしていると思う。

 当然といえば当然だが、赤井さんがキレてしまった。


「信吾は死ぬところだったのよ! あなたの人の迷惑にしかならない発明のせいで!」


「そうだな。今の発言はいただけないよな」


「あなたにとっては遊びかもしれないけど、自分がしたことがどれだけ人の迷惑になっているのか自覚があるの?」


 拓真と黒木さんも、一斉にクソ女を批判し始めた。

 俺とエリーゼも同じ考えで、彼女に非難の視線を向ける。


「あなた……」


「言っても無駄だ」


「ヴェル、それはどういう意味だ?」


「それはな……」


 このイシュルバーグ伯爵には、俺ら凡人の常識や倫理なんて通用しないのだ。

 元々兄弟を影武者に、表に出ないで発明ばかりしていたが、古代魔法文明崩壊後は完全に一人で研究に没頭していた。

 このクソ女には、いかに自分が満足する発明をするかしか興味がなく、そのために人を利用して、例え殺してしまっても反省なんてしない。


「そういう奴になにを言っても無駄だ。こいつはそういう奴で、発明のためなら他人なんてどうでもいい生活をずっと送ってきた。これからもそうだろう」


「そうですね。さすがに、あなたにはもうウンザリです。シンゴさんの治療が終わったら、約束どおり元の世界に戻してください」


 普段はあまり人を批判しないエリーゼが、珍しくイシュルバーグ伯爵に対し辛辣な言葉を吐いた。

 信吾が負傷した件で、よほど腹に据えかねたのであろう。


「ううん……」


「信吾! 大丈夫?」


「ああ、死ぬかと思った」


 エリーゼの治療が功を奏し、無事に目を醒ました。

 俺の治癒魔法だとこうはいかないので、さすがはエリーゼというべきか。

 その代わりにというか、生きた檻から脱出する時と合わせて、今のエリーゼは魔力がゼロに近く、予備の魔晶石などとっくに使い切っている。

 指輪の魔力も使い切ってしまったようで、魔晶石は黒ずんだ色になってしまった。

 あとで魔力を補充してあげないと。


「もう心配したじゃない! 無理に私を庇わなくても……」「それが、無意識に体が動いてね。榛名が無事でよかったじゃないか」


「うん……」


 信吾の中身は魔法が使えないヴェンデリンなのに、その行動はえらく男らしい。

 幼馴染を咄嗟に庇うなんて……考えてみたら、俺の高校生時代にそんな機会はなかったけど。

 あったとしても、信吾のように彼女を庇えたのか?

 ……ちょっと自信がないな。

 あと、信吾に助けられた赤井さんは、いつものように信吾に対し気安い口は利かず、顔を赤らめながら少し俯いていた。

 好きな幼馴染に助けられて嬉しかったのであろう。

 一方、黒木さんはちょっと不満げな表情かも。

 もし自分が尻尾で攻撃された場合、同じように信吾が助けてくれるのか、疑問で心の中が一杯なのであろう。


「終わったみたいだね、エリーゼさん」


「シンゴさん、もう少し動かないでください。治癒魔法で負傷は治しましたが、体が慣れるまでに少し時間がかかるのです」


「なるほど。まだ体は負傷したままという認識で、それがなくなるまで体を動かさない方がいいわけだね」


「はい」


 俺とは違い、信吾は俺よりも頭がよくて羨ましい限りだ。


「もう治療は終わったかな?」


「終わったといえば終わったが、もう少し信吾は動かせないぞ」


 そういえば、このクソ女もいたな。

 もう言いたいことは言ってやったし、これ以上機嫌を損ねるのも危険か。

 こいつのことだから、もう元の世界には戻してやらないとか言われそうだし。


「シンゴがまだ起き上がれなくても、ユウには特に問題はないかな」


「どういう意味だ?」


「それはとても簡単なことで、ほら、ヴェンデリンとエリーゼを元の世界に戻すんだけど、ちょっとこのまま戻すとユウには不都合があってね。だから、ヴェンデリンもエリーゼも、シンゴたちも、みんなちょっと記憶を弄らせてもらうからね」


「なに!」


 イシュルバーグ伯爵による思わぬ発言を受け、信吾以外は一斉に身構えた。

 記憶を弄る。

 つまり、俺たちがこの世界に飛ばされた記憶も、信吾たちが俺たちと行動を共にした記憶も消すとういうわけか。


「百歩譲ってそれはいいとして……いや! やっぱり嫌だ!」


「どうして? 全然危険じゃないよ」


「あなたという人が信用できないからです」


 エリーゼのこの一言に尽きる。

 信吾たちも一斉に首を縦に振った。


「脳味噌とか弄られそうだしな」


「そうね。失敗して殺されても、『次成功すればいいか』で終わらせそう」


「ちょっと頭を弄られるのは勘弁してほしいわ」


 拓真たちも、イシュルバーグ伯爵のことなんて微塵も信用していなかった。


「大体、俺たちが別の世界から飛ばされてきたなんて話、信じる奴がいるか。そのまま元の世界に戻しても喋らないさ」


「ヴェンデリン様の言うとおりです。もし喋っても信じてもらえないのは確実ですから」


 そのまま元の世界に戻せと、俺たちはイシュルバーグ伯爵に詰め寄った。


「大丈夫だよ。頭なんて開かないから。その辺は、ちゃんとした魔法があってね。、まずは、体が動かなくなります」


「クソッ!」


「本当に動かない!」


 俺とエリーゼは、イシュルバーグ伯爵によって無警告でかけられてしまった魔法で体の動きを封じられてしまった。

 それにしても、抵抗することすらできないとは。

 今の俺は、このクソ女よりも魔法使いとして未熟というわけか。


「起き上がれない!」


「体が動かない!」


「私も駄目」


「ちょっと、またいきなり?」


 信吾たちも同様に動けなくなってイシュルバーグ伯爵に抗議するが、彼女はまったくそれを聞き入れなかった。


「武具の回収もあるし、ヴェンデリンはこの世界で手に入れたものがあるでしょう? それも持ち帰り不可だから回収させていただくよ」


「……」


 本来、俺しか中身を取り出せない魔法の袋に仕舞ってある、この世界のお金や購入した物を回収できるとは。

 イシュルバーグ伯爵は、魔法使いとしても相当優秀なのが三度理解できた。


「それではみなさんごきげんよう。また一万年後くらいに会いましょう」


「会えるか! というか会えてもゴメンだ!」


「嫌われちゃったかな。でもねぇ……ユウは、元からこういう性格だから。だから家族にも影武者を立てられた。ユウが女だからじゃなくて、こういう性格だから人前に出されなかったんだよ。発明だけしていればいい。ユウは発明が好きだからそれでいいと思っているけど、時に考えてしまうこともあるのさ」


「……」


 それは、孤独な天才の悲哀というやつなのであろうか? 

 凡人である俺にはさっぱりわからない。


「ということで、時間切れです。この世界の外国語で言うところのタイムオーバ」


「おいっ!」


 次の瞬間、徐々に意識が薄れていくのが確認できた。

 そうか。

 俺たちはこのまま意識を失って、日本に飛ばされてきたあとの記憶と、その証拠の品を回収されてしまうわけだ。


「信吾」


「ヴェンデリン」


 体が動かないなか、なんとか目を動かして信吾の方を見ると、彼も俺を見つめていた。

 お互い別の世界でどうなっているのか気になって仕方がなかったが、どうやらちゃんとやっているようで安心した。

 向こうも同じ風に思っていたようで、ならばこれでひと安心……残念ながらその記憶は消されてしまうが、今は意識がなくなるまで安心できたことを喜ぼうと思う。



 きっと、本物のヴェンデリンもそう思っているはずだから。

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