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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

合理的で利害の一致で縛り合う2人の話

作者: ユズ

若干のガールズラブ要素があります。

きつくはないと思いますが、吸血表現もあります。

ご注意ください。


 川上涼香は超が三つくらい付いてもいいほどの読書家である。

 三度の飯より、本。別段好き嫌いはないが、最近はライトノベル作品を特に読み込んでいる本の虫でしがない女子高生で文芸部員だ。

 今日も午後十一時回るギリギリ、読書のお供のカフェオレのパックを求めコンビニへ向かった。

 別に普通だ。夜中に読書をするのもコンビニに行くのもいつも通り。

 そのいつも通りの日常に少しだけ非日常が混ざったのは今日だけ。

 道端にとある女の子が倒れている。

 しかも息を切らして物凄く苦しそうに喉を押さえたり掻いたり、とても痛そう。というか死にそうだ。暗くてよく見えないので涼香は近づいてみる。

 さらに衝撃的事実発覚。

「もしかしなくても……先輩ですよね?」

 しゃがみこんで乱れるくしゃくしゃな短髪を梳いて顔を覗いてみれば、文芸部部長の朱音先輩にしか見えなかった。間違えるわけがない。

 何故なら部員二人の文芸部で毎日毎日顔を突き合わせて本のことを語り合う唯一趣味が合う本の虫同志だからだ。

 そして疑問点。先輩はこんな時間にこんな所にいてこんな具合が悪そうなのか。

「意識あります? ていうかこれもしや救急車必要……!?」

「……ぅぅ」

 揺すってみると小さく呻き声が聞こえた。意識はありそうだ。でも救急車呼ぶなら、携帯が必要だけど、持ってない……そんな呑気なことを考えていた涼香の視界は突如ぐるん、と回る。

「へっ……」

 視界がいきなり反転したのも束の間、地面に押さえつけられる。

「いたっ、先輩、どうした……いっ!?」

 両肩に食い込む先輩の爪、腹にのしかかる軽めな体重、よりももっと重大なことに気がついた。

 目前に迫る先輩の顔はファンタジー小説でよく見るものだということに。

 暗闇でも爛々と不気味に光る紅の眼、だらしなく開いた口から見える異常なほどの鋭い尖りを持つ八重歯。

 自分が有している知識の通りだったら、これはまずい事態になっているのでは、と冷静に涼香は分析するが、押さえ込まれた体は自由に動かせない。

 全身を恐怖が這い回るが、今から起きるであろうことに少しワクワクしてしまう好奇心が本能より勝ってしまい、先輩から目を離せれなかった。

 

 私の先輩は吸血鬼だったのだ。


*


 時刻は午後五時。

 下校を促す放送が部室のスピーカーから流れる一方、涼香たちは帰らない。

 毎週水曜日は先輩に血を飲ませる日になっている。先輩は吸血鬼といっても吸血鬼の血が半分、人間の血が半分といわゆるハーフというやつらしい。

 純血ではないために吸血行為自体はそこまで頻繁にする必要はなく、普段は人間と変わらぬ食事で済むらしい。だがしかし、唐突に来る発作の予防として一週間に一度だけ血液を摂取しなければならないようで、前に夜中地面に倒れていた時はその吸血を拒んでいたために暴走してしまったということ。

 そういうわけで今日は人に見られないように二人は少しだけ学校に残っている。

「じゃあ先輩、とっととやって帰りましょ」

 イスに腰を下ろして先輩のブラウスの袖を掴む。

「うん……ちょっとだけ失礼するね」

 先輩が片手でリボンを解いて、ボタンを外して肩に手をかける。

 何週間かしてもう随分慣れたが、涼香は八重歯が自分の首筋に突き立てられる瞬間、少しだけ先輩の袖を引っ張ってしまう。

「ふ……は、はは、」

 別に痛みは感じない。ゆっくり、ずるずると重りが引き出されるように身体が軽くなる分、ふわふわと視界がぼやけて力が入らなくなる感覚に乾いた笑みが漏れる。

 肌に感じる柔らかい唇、それほどは深く刺さっていない犬歯、二つの穴の周りにべっとりとした生温かい血液。どれも劣情を煽って少し頭が回らなくなる。

 この時だけは先輩との関係性が逆転しているようで少し心地良い。

「せ、先輩、ぃ……」

 もうそろそろかと、先輩の頭に手を回し、ぽんぽんと優しく撫でて合図する。

「……はぁ、んく、」

 先輩が刺し込まれた歯をそっと抜き、手に持っていたハンカチで傷口の周りを丁寧に拭いてくれる。少し朱に染まる頬は夕焼けのせいか。

 その姿はとても大人っぽくて、扇情的で、それでいて清潔さ溢れる清楚なお嬢様みたいで、様々な要素がまさに飽和状態だな、なんてくだらないことを涼香は頭の隅で思った。

「ごめん、もしかしてやりすぎちゃった? 立てる?」

 そう言いながらイスにだらけて座る私に心配して手を伸ばす先輩はやっぱり先輩で、さっきまで私の血を飲んでいた吸血鬼には見えない。

「ちょっと、くらくらしますね……でも大丈夫ですよこのくらい」

 ぐいっと手を借りて立つ。

「そっか。急いだ方が良さそうだけど、ゆっくり帰ろっか。見つかったら誤魔化せばいいよ」

 机に置いていたバッグを肩にかけて、部室の鍵をかけた。

 校門を出て先輩の隣を歩いている時、涼香はふと思った。

 あの日、つらそうにしていた先輩を助けたのはエゴだ。ファンタジーからの憧れや好奇心で、吸血鬼を助けた。それは自らにとって、先輩とって良いことなのか? 吸血されてる時は正直いろいろと気持ちが楽になるし、ちょっとした優越感みたいなものを感じれる。

 でも先輩は? 生きるために必要とはいえ、それで私が相手になる必要はあるのか?

 先輩の夕影、その後ろ姿からは何も読み取れなかった。

 


*

 

 やばい、足りない。足りない。

 なんで、一昨日貰ったばっかりなのに血が足りない。

 まだ日も高い午後三時、授業が終わり即刻教室から逃げ出してきた朱音の息は切れ、動悸と異常な喉の渇きに侵されていた。

 おそらく突発的に起こる発作だ。半分吸血鬼性を持っている朱音特有の発作。時偶に人間性と吸血鬼性のバランスが崩れて、暴走する吸血衝動に呑まれてしまうという都合の悪い話。

 その渇望をどうにかして抑制しようと自分の腕を噛んで滲む血を啜るが、余計に欲が加速し朱音の瞳は赤黒く染まり始め、犬歯はみるみると鋭く伸びてしまう。

「ま、ずい……ここで、こんな姿になったら」

 焦る気持ちとどうしようもならない吸血衝動に駆られながら文芸部の部室へ向かう。

 今日は金曜日で時間割が短縮のためにほとんどの部活がないのが不幸中の幸いだった。もうすぐ校内からほとんどの人が居なくなる。

 息が詰まる。今供給すべきは血。血液を摂ればこの欲は抑えられる。渇きは潤う。

 だったら人を襲えばいい。何故人から逃げる?

 それが吸血鬼としての性だ。

 足りない、欲しい。もっと。もっと、と吸血鬼たる欲望が頭の中で膨れ上がるのに対し、心の奥底では絶対に誰かを犠牲にするべきではないと道徳的なことを説く、人間でありたいと思う自分がいる。

 吸血鬼の意思と入れ替わりそうになる。

「く、は……今、出て来ないで、ぇ」

 そんなの今更だと朱音は心底自分のことを呪った。

 もう犠牲にしているじゃないか。

 貧血で目の前が眩む。体が熱くて汗が止まらない。だけれど、それでも足を止めることはできない。しては、いけない。

 あと、ちょっとで部室──欲に塗れた働かない頭でそんなことを考えていると階段の下から、よく知る声が聞こえた。

 珍しくその声は怯えるように恐る恐る掛けられたものだった。

「先輩! ……その腕の血、と震え、もしかして、今日発作来ちゃったんじゃないの……?」

 無理。無理だ。

「ぅ……っ」

 朱音は思わず足を止めてしまう。だがここで欲に負けるわけには、いかない。そう言い聞かして部室に飛び込んだ。

 バタン、と勢いよくドアを閉めて、外から開けられないように強く押す。

 なんで、また、こういう時にこの子は現れる?

 きっと今いつものあれをやれば、殺してしまうかもしれないのに。

 なんで、なんで、近寄ってくるの。

 でも今、傷つけたらきっと気持ちいい。

 自分のものにしちゃえばいい。

 意味のない不毛な怒りと利己的な欲に任せて、彼女を汚そうとする自分なんか消えちゃえよ──朱音は最低な自分に対してただ唇を噛むことしか出来なかった。


*


「先輩、そっち行ってもいいですか」

 涼香がもたれかかるドアの向こう、触れてるわけでもないのに背中越しに伝わるその熱。

「……だめ、に決まってるから。こっちに来な、来るな、どっか、行って、」

 先輩の途切れ途切れに絞り出す言葉と吐息が刺さるように涼香の頭が、胸がジクジク痛む。だが、涼香はどこからか湧く高揚感に呑まれていく。

 募る熱、沸騰しそうな血、どれも逃し方を知ってるはずなのに上手く出来なくて、もどかしく思った。

「先輩、そんな意固地になんないでよ」

 涼香はだらんと降ろしていた手を首筋当てた。

 苦しそうな先輩、それを救いたい。それが涼香には出来る、でもこのままじゃできない。胸元のリボンをぎゅっと掴む。

 捨てちゃえ。こんな飾り──そんな囁きが涼香の理性を食い潰していった。

「ねぇ、先輩。なんで今回はそんなに死にたがってるんですか」

 私は先輩と汚れたいのに。綺麗でいるだけなんてつまらないって。


*


 そんなのあなたを殺してしまうかもしれないからに決まってる。そう残る理性の隅っこで思った。

 だけれどその思いは口にすることが出来ず、朱音の口から漏れるのは息だけ。

 もう限界らしい、いろいろと。

 苦しくて苦しくてしょうがない。

 喉が裂けるように痛い。頭が割れるように痛い。

 必死の悪足掻きで食い止める意志は今でも切れそうで衝動と交替しそうだ。

 それでも背後に感じる気配は消えてくれない。

「苦しいんでしょ。痛いんだよね。だったらそれ、私に助けさせてくれませんか」

 なんて魅惑的な誘い。

「あの日、先輩を助けたのは私だよ。私のせいで今日もこんなに追い詰められてるんだ」

 確かにそうかもしれない。

 けれど、最初、私があんなところで倒れていたから。

「私が人間として生きてられるように先輩が化け物として死ぬなんて、そんなの……ダメです」

 向こう側で涼香は泣いているようだった。

「だけ、ど、それじゃ涼香ちゃ、死んじゃう、よ」

 苦しいけど、痛いけど、だけど。

 朱音はこれでもかというふうに髪をぐしゃぐしゃと掻く。収まらない感情と欲にさらに息を荒らげる。

「は、はぁ……ぁ、あ。もぅ……は、ぁ」

 ドン、と扉が叩かれた。

「ほんとに、死にそうじゃん。早く……早く私を頼ってよ! 私、全部先輩のこと受け止めるよ……だから、だから死なないで!」

 ドアがまたドン、と叩かれた。

 普段まったく声を荒らげない飄々とした態度を取る後輩──涼香の心の叫びだった。

 朱音は抗う力も意思も失せて、ただ床に倒れ込む。

 同時に押さえていたドアが荒々しく開き、一気に朱音の衝動の意識が覚醒した。


*


 ドアを開けて待ち構えていたその光景の凄惨さに涼香は一瞬尻込みする。

 頭の芯がさっと冷えた。

 立ち込める血の匂いと地面に倒れて過呼吸を起こしている瀕死の先輩の姿に何かが込み上げてきて咄嗟に口元を手で覆う。

 あの日よりももっと酷い。

 でも今はそんな怯んでいる場合ではない。

「早く、吸って」

 先輩を抱き起こして、肌蹴た自分の首元に誘導する。先輩の激しい呼吸が肌に掛かって、心臓が跳ねる。

 真紅で空虚なその眼には涙を浮かべて、迷いで揺れている。

 本当に殺してしまうかもしれないけどいいのか。

「そんなの気にしてる暇ないでしょ。ほら早く、来て」

 瞬間、涼香の首の傷口から全身を痛みと痺れが貫く。

「はァ……! キッツ、ぃ、うぅ」

 おそらく普段のは手加減されていた。今回のこの吸血は容赦なく深くまで牙が刺さっている。それこそ根こそぎ血液を抜き取られていくような勢いで手先の感覚が分からなくなる。

「んんっ……あぁ、んぅ、やばい、こ、れ……死にそ、」

 目を強く瞑った。

 余裕がなくて口から喘ぎが漏れる。

 抱きしめた先輩の体温が感じれるけど遠い。

「も、そろ、離しぇ、もらっ、ても……?」

 ズズ、と牙が引き抜かれて、首筋を舐められた。

 涼香は刹那的な虚無に包まれる。

 あぁ、終わった。

 怠さと貧血で座る力が抜けて後ろに倒れ込んだ。

 かろうじて繋がっている意識で目を開けると、先輩が体に覆いかぶさって泣いていた。制服に涙のシミを作って。

「なんで、こんな無茶なことするの。見捨ててくれて良かったんだよ! なんで助けちゃうの、うぐ、なんでぇ、ひぐ……う、ぅ、あ」

 嗚咽で最後の方は何言ってるか分かんないよって言いたいのに呂律が回らない。

 それにどんどん視界が暗くなって、微睡みに誘い込まれていく……。


 うっすら目を開けると、もう日が傾いて窓から橙色の光が差し込んでいた。

「……無事で、良かったです」

 真上から先輩に睨まれる。

 どうやら膝枕されているらしい。至れり尽くせりだ。

 散々泣いたのか先輩の目の下は真っ赤で睨まれるも迫力がない。

「……それはこっちのセリフ。全く、お互い頭が回ってなかったとはいえ、いろいろやりすぎだよ」

 こんな時間だし、とぶすっとした態度で呟く先輩の肌は血色が良くて改めてほっとした。

「いつもごめんね、ありがとう」

「こちらこそ、ですよ。先輩がこうなったのは」

 私のせいだから、なんて今は言えなかった。

 そんなこと言ったらまた先輩が我慢してしまう。

「……やっぱり、なんでもありません」

「そっか。涼香ちゃんで良かったよ。だってみんな私の正体なんか知ったら怖がって逃げちゃうから」


 私の好奇心で先輩は束縛されている。当の本人はそんなことは思ってもみないんだろうなぁなんて思うと少し笑みがこぼれる。

 先輩の中に吸血鬼性が存在し続ける限り、この関係は終わらない。それが嬉しいと思えるのと同時に少し寂しさを感じてしまう私はきっと先輩以上の化け物なんだろう。

 それは傲慢──人間という名の化け物。



(了)

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