予測困難
前章でサボったせいで長くなりました(笑)。
「喧嘩ならよそでやってくれないか。」
いつの間にか後ろにやって来ていたシャムスが言った。
「喧嘩に見える!?これが?」
「ガタガタうるせーんだよぉ、免許証くらい良いじゃねえか。使いたがってる人がいンだよ。ちょっと貸せや。」
女はがらりと口調が変わっていた。
「怖い!絶対貸さない!」
…待てよと俺は思った。この銃本物なのか?
この女は外人だが、だから本物の銃を持っているとはならない。
「あ、思った?この銃本物かって。」
手持ちの銃を弄りながら言った。
「よしこうしよう。」
自分のこめかみに銃口を当てた。
「へへへ!ロシアンルゥーレットだぜ!」
「おいおい、」
見ると完全に眼の色が変わっていた。口の端から泡を吹き、内股になって今にも漏らすんじゃないかという体勢だった。
「行くぜいくぜイクぜぇぇぇ!」
「わああ!」
カチャと音がした。
「はい…次。」
少女はブツを差し出した。
「怖いよぉぉぉ!」
「尚満。」
背後でシャムスの声がした。
「何かの連帯保証人になっても人生終わりじゃない。行かせた方がいい。」
「フォローになってない!?」
「さすが、話が分かンじゃん爺さん。」
堂々と脇をすり抜ける少女。
「落としてるぞ。」
屈んで拾ってやるシャムス。俺の免許証だった。
「ホワァァァイ!!」
何故拾ってやる!?
「…あンがとな。」
受けとると少女は店を悠然と出ていった。
「ジジイィィィ!マジ糞この!」
激昂した俺にシャムスは何かを差し出した。白い写真付きカード。俺の免許証だった。
へたりこむのはこの一週間で何回目かと思った。
催眠術の大家と知り合いで良かったと、ほとほと身に染みながら家路についた。
爺には死ぬほど礼を言って謝った。免許証は戻ってきたのに何故こんな凹んだ気持ちなのか、と自分でも不思議だった。アパートのドアノブに触れた。鍵が開いている。
ガキみたいな顔をして(実際ガキだが)銃口を突きつけるあのサイコパス女が思い浮かんで一瞬ゾッとしたが、静かにドアを開けた。
常磐代耶が、録画した「リンカーン大運動会」を見て爆笑していた。
後ろから飛びついた。
「ぎゃあああ!」
猫が石垣から落下したような大声をあげた。
鍵は閉まっていたが外から粘液状生物ショゴスに呼びかけたら開けてくれたと言うことだった。と顔をさすりながら聞いていたのは、どういうわけか後ろから肩を抱え込まれたまま俺の頬に高速ストレートを打ち込んだ代耶に吹っ飛ばされたばかりだったからだった。
俺の鉄拳制裁をショゴスはブニョンと形を変えて避けた。自分で飼っといてあれだがこいつキモいな。
「クロちゃんをいじめんな!」
とそれを抱いて訴える女子高生も相当シュールだった。勝手に名前を付けるな。俺は言った。
「代耶、今晩用がある。泊まっていけ。」
俺を2回目の衝撃が襲った。
近所の山だった。
朽ち果てた丸太の椅子に、獲物を消化するショゴ改めクロを横目で見張りながら座っていた。
いくら飼い主の俺でも山鼠やらミミズやらが活きたまま消化されるのを直視したくはない。代耶はそれを興味深そうに観察しながら聞いてきた。
「それで敵はいつ来んですか?」
「夜。」俺は答えた。
「アバウト過ぎる。」代耶は言った。
そんなに困った顔をされても困る。俺だって困っているんだから。
「今夜、あの娘が君に会いに来る。」
シャムスはそれだけ言って何語だか分からない新聞に目を落としたのだ。この男の予言は雑なくせに言ったことは必ず的中するのが問題なのだ。
その後二人で駅前の商店街に行って食料や日用品を買い込んだ。代耶は渋ったが今日の晩飯はおでんであることを告げると喜び勇んで荷物持ちを買って出た。アパートに戻ると工事のような音が鳴り響いていた。あの女がうちのドアノブを掴み、猛烈な勢いで連打していた!