Fear of the dark
「尚満、もう少しで着くぞ。」
爺の言葉に俺は立ち止まって辺りを見回した。人が住んでいるのかさえ定かでないプレハブ小屋みたいな住宅が建ち並んでいた。
彼の指差した先にはここまで何回も通過してきた真っ黒い球体が、サラミの発する青白い光に照らされてぼぅっと浮かんでいた。
「あの先には何があるんですか?」
ここまで自信満々に黒い空間を駆け抜けてきた代耶が、さすがに不安になってきたのか尋ねた。
「病院だ。」
シャムスはそれだけ答えた。答えたあと左手首に着けた自分の腕時計を見やった。紙とペンがセットされた見たことのないその機械は、パラリと一枚めくると目にも留まらぬ勢いで22:30と書きつけた。
「何ソレ超かっけーんスけど!」
代耶はJKみたいに言った。そういえばJKだった。
「そうだ、そろそろだな。」
心ここに在らず、という感じで爺は答え、深夜の寒空を見上げた。
闇夜が一段と濃くなった。街灯やちらほらと見えていたアパートの灯りが消えた。
「急ごう。」
爺は黒い穴に入っていった。
俺と代耶は互いに眼を合わせると黒い空間に足を踏み入れて行った。
暗黒空間を抜けると廃病院とおぼしき広間だった。コンクリート打ち放しの壁にスプレーで落書きがしてあった。
その中央で一人の男を囲んでユピ、マライア、アナトリアが攻勢を浴びせていた。ユピがリボルバー式拳銃で鉛弾を撃ち込み、マライアが自動小銃で暴れ狂うのを牽制していた。周りに巡らされた魔方陣のごとき円から男がはみ出そうとすると、アナトリアの持つ金属棒から白い粉が注いで氷の壁になり、その行く手を阻んだ。
その男の顔は清川刑事に間違いなかった。
「何やってるん…」
言い終わらないうちに隣で絶叫がした。
「うわああああああ!!?」
代耶は眼を見開いて叫び、その衝撃は半端に残った窓ガラスを吹き飛ばし灰色の天井を軋ませた。
「代耶!しっかりしろ!」
俺は彼女の肩を掴んだ。
「尚満、奴の動きを封じるんだ。」
爺が割って入り俺に命じた。
「どうやって!?」
彼は俺の顔を見て重々しく頷いた。
傍らに控えていたサラミの口が開いて火の息を吹いた。炎が壁になって円状に清川さんの周りを囲んだ。女3人が素早くこちらに駆け寄ってきた。
「後は任せておけ。」
シャムスはそれだけ言うと火の円陣に歩んで行った。ローブから何を取り出したかと思えば赤く光る誘導棒だった。
3次元的な表現では決して枠に収まりそうもない奇妙な動きで彼は棒を振った。真っ赤な壁の向こうから、見るも無惨な状態になった一人の男がフラフラ現れ光る棒の動きをゆっくりと見つめ、無表情のまま口を動かした。何と言っているのかは分からなかった。高熱を発する側へ一歩一歩進んでいった。
「やめろ!」
肩を掴まれた。アナトリアだった。
「行きましょう。」
尚も大絶叫を続ける代耶、ユピとマライア、そして俺とアナトリアをクロが包みこんだ。
全ての音が遠ざかり、崩壊する建物の中でシャムスはチラリとこちらを振り返った。




