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神在月 第一章①  作者: ブロンズ像
這い寄る混沌3
59/69

正気

久しぶりの投稿となります。念願の魔法バトルがようやく描けました(__)

食事が終わり、食器を片付けた後アナトリアはユピ、マライアを連れて赤い車で冬の夜の闇に姿を消した。

「マリアちゃん、大丈夫かな…」

大広間に戻ると住職が不安げに呟いた。

「大丈夫なように祈っていてください。あの二人がついていれば安心です。」

シャムスが住職の肩を抱き、住職は情けなくも嗚咽を漏らした。

「どっちが聖職者なんだか…」

「尚満さん、コレ凄いですよ!」

代耶の声に振り返ると、精霊サラマンダー「サラミ」が最後に残った一個のオートマチック拳銃をバリバリ咀嚼して飲み下すところだった。

「全部食っちまったぞ?」

サラミは初め出現したときと比べて体長が二倍くらい、俺達のヘソの辺りまで届くまで巨大化していた。

「安心しろ。こんな野蛮な武器で戦ってもらうつもりは初めからない。君たち自身の力で戦って貰う。これを見たまえ。」

爺がローブの中から取り出したのは白銀色に輝く丸い鏡、ここに来たときに見せられたまほろばの鏡というやつだった。

鏡面の向こうは薄暮。何かの存在がうごめいていた。黒いレオタードを着たような細長い手足とギザギザした翼が見えた。生き物には顔がなく、落ち窪んだ頭頂部をこちら側に押し付けてきた。虫じみた指の節が鏡の枠に絡みついた。

「おい!」

蛇のシューっと唸るような不快な羽虫が耳元で羽ばたくような奇怪な乾いた音がした。

関節が存在しないのか狭い枠に無理矢理身体をねじ入れて姿を現した。

予備動作すらなく代耶のいる方へ節くれだった翼を広げて移動した。

「代耶!」

「見ていてください!」

彼女が叫ぶと緑のガスが何処からともなく噴出してロープのようなツルが伸び、茨が絡み合った壁となった。

俺を舐めるな、と言わんばかりに漆黒の生き物は猛然と蔦を引き千切った。クロがそいつの脚に絡み、動きを封じようとしたが沸騰したようにジュワっという音がして弾かれた。

代耶が手を振るとオリーブ色をした親指くらいある蜂が数匹現れ化け物を散々に刺しまくったが全く効いている気配はなかった。

代耶の表情が狼狽したものに変わっていった。生き物は蔦の障壁を突破して彼女に襲いかかった。

「やめろ!」

植物の残骸が燃え始めた。サラミが青白い吐息を吹き、息はほくちに達したところで黄色い炎に変わった。

「代耶、クロ、そいつから離れろ。」

黄色い炎は縄状になって逃れようとあがく化け物の身体に巻きついて離れなかった。やがてのたうち回って障子を破壊し闇夜の空に羽ばたいて消えた。

くすぶった蔦や蜂は濃い緑の煙になって消え、部屋には煤の染みすら残らなかった。

「逃がしちゃいました…どうしよう?」

代耶は呆然となってシャムスに言った。

「なぁに、しだいに先祖がえりしてただのコウモリにもどるさ。魔術を学んで数日でここまで出来るとはさすがだ。」

「そうなのー!」

ケラケラと笑いあう二人に俺はもうツッコミを入れる元気すらなくなった。こいつらはもう"向こう側"にいるんだ。そう思った。ナジム・アナトリアとかいう女と同じ側に。俺達はもう例の黒い男、ナイアルラトホテップの魔手の上、取り返しがつかない地点までひきずりこまれているんじゃないか。「正気度」のようなものを数値化出来るとしたらこの場にいる全員、0に近い値を示しているはずだった。

「尚満君。」

住職が俺の肩を掴んだ。

「こういった"力"の源は人間の精神だ。使えば使うほど正気を削る。怖くなってきたらいつでも私のところへ来なさい。」

彼は柄にもなく毅然とした顔で言った。

俺と代耶、爺の3人と一匹(クロ)は静かに寺を後にした。

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