天王山
「なぁクロ、機嫌なおして出てこいって。」
俺はすっかりヘソを曲げて押し入れの中にこもってしまった「ショゴス」に呼び掛けた。
気にくわないのは俺がさっきこつぜんと現れたオオサンショウウオもどきの守護霊的存在に話しかけたり、意思の疎通を図ることに没頭していたことと見えた。
何を言っても軽くつついてみてもガマ口みたいにパックリ割れた口を開閉させるのみで、とてもあの俺によく似た男に見せられた魔導書の効果で授かった力の本体と聞いても実感がわかなかったが。
何かと言えばかまって欲しがるこの粘液状生物に久しぶりに愛着を抱き、ちょっとご褒美で釣ることにした。
「ほらよクロ。これが欲しけりゃ出てきな。」
俺は薄緑色の布切れを押し入れの前でヒラヒラさせた。
「代耶のパンツだ。」
物干しから盗んで来たのだ。
風を切る勢いで出てきてかっさらった。耳がキーンとした。
「このスケベ!」
俺の悪態にもクロはどこ吹く風だった。2本の触手を出して掲げるようにフリフリしてうねうねした。
こいつ普段からどういう「気持ち」で代耶と接してるんだろう…?
頭が痛くなってきた。
「尚満さん。」
代耶の声がした。ギョッとして振り返り戸の突っ張り棒を確認した。
「何だ?」
「早めにご飯にしましょうって、みんな集まってますよ。」
「そうか、すぐに行くよ。」
俺は立ち上がりつつ言った。
「ちょっと入りますね。」
ガタッと音がした。
「何ですかコレ?開けてください。」
ガタガタと戸が揺すられた。
「イヤ代耶!今着替え中…」
黒い粘液が伸びていって突っ張り棒を外した。頭(らしき部分)にパンツを被ったままで。
「や、やばいー!」
戸が開けられた。
「ぐわぁぁぁ!」
オオサンショウウオの精霊が口を開いて、初めて声を聞いた。と同時にクロの新しいお帽子もとい代耶のパンツが閃光を放ち一瞬で燃え尽きた。
粘液の頂で黒い煙がシュウッと消えかけた線香みたいにくすぶった。
「?」
クロは自身の触手でスリスリと探ったあと力尽きたようにべしゃっと潰れて広がった。
「死んだーーー!」
入ってきた代耶と俺が同時に叫んだ。




