レベルⅥ①
青春って良いですよね。
10代最後の冬真っ盛りだった。
ダイスケは伸びるままに任せた長髪を枕に預け、今日は早めに寝てしまおうと思った。3日前に替えたばかりのシーツはまだフケが降り積もっておらずいい感触だった。
大手ラーメンチェーンにしては珍しい正月休みでバイトから解放され、寝転がる六畳一間のアパートは居心地が最高だった。今や自分はこの一国一城の主なんだと改めてダイスケは思った。
この慎ましやかな生活を維持するために始めたフルタイムのアルバイトだが本人的には極めて快調だった。
デブはデブでも不健康そうなデブという見かけ通りの気の弱さを隠すようにひたすら声を張るだけが取り柄の彼は、殺人的に忙しいその職場では必死にバカを演じることに徹した。
もうもうとした湯気の中厨房で汗をボタボタ鍋の中に垂らしながら頑張る先輩たちは、ダイスケの思惑通りに彼をバカっちゃバカだが秋の終わり頃まで薄着、スタバでノートパソコンをカタカタやってるウザイ意識高い系の奴らとは正反対の「信用できる奴」だと見なした。
調理の間中くしゃみを手で覆ったりスマホをポケットから出して弄ったりするのを、横幅の広い背中で隠しながらダイスケは客を誘導した。
「はーい!お客サマー、お一人でショーかー?はーい!カウンター席でお願いしまーす!はーい!お客サマー、ただいま割引クーポンキャンペーン実施中ですがいかがでショーかー?はーい!失礼いたしましたー!はーい!お飲み物はS・Mのみとなっておりまーす!はーい!」
客層は安月給で何10年ローンで買ったか分からないレクサスで乗り付ける地元のヤンキー上がりのファミリーとか、店が底辺なら客も底辺だなと思いながら彼は接客をした。
電話がかかってきた。
ダイスケは慌てて画面をタッチした。
「もしもしダイちゃん?あのさぁヤバいんだけどさあ!」
電話の相手は興奮していた。ダイスケのよくつるむ、というかつるまされる高校時代のグループの一人だった。
「どうしたんだよ!?」
「ヤバイんだって!マジヤバイんだって!」
彼はヤバイんだってを20回繰り返してから本題に入った。
「あの女、警察にチクったらしいんだよ。」
「えっ?」
すぐに思い当たった。先週の金曜日の夜のことだった。
発端はグループ内の一人がケータイを置いて連絡を断ち一人旅に出ていたことが発覚したことだった。lineが一週間以上も既読無視になったことでグループのリーダーが激怒、罰則としてそいつの彼女を皆で廻す、ということになった。
「俺、なんにもしてないからね!」
ダイスケはうわずった声で主張した。
本当だった。いろんなものを流しながら泣きわめく女を見て、可哀想だとは思っても何かしてやる気は起こらず、もちろん何かする気も起こらず、彼のしたことはただの送り迎えだった。
「ま、気にしない方がいいよ。人生色々あるから。」
こんな風にこき使われるばかりなのに人に同情できるのは我ながら素晴らしいと思った。
彼女は信じられない、という面持ちでダイスケの顔を見つめると自分の家に駆け込んでいった。
「何言ってるんだよ!あの女連れてきたのお前だからな!お前だって荷担してるんだよ!」
ダイスケは無言で通話を切った。
トイレに行き、戻ってくると湿っぽい万年床で頭を抱えた。
「うあああっ!」
ドアチャイムがなった。




