思慮
昼から更新してるからって暇じゃないですよ。
ギョッとして鏡から眼を離すとすぐに銀色の光沢を放つ、普通の鏡面に戻った。
「まほろばの鏡と呼ばれるものです。そこに映るのは此処より遥か彼方、地球古来の神々が住まう夕映えの都カダス。」
マライアが言った。
「何かと保守的だったT藩の厳しい宗教的取り締まりを避けて、当寺では代々この二柱の神を弥勒菩薩、観音菩薩として崇拝してきました。ですがそれも私達の代で終わり…この信仰心自体、やがて人類の歴史に食い込み苦痛と狂気と漆黒の恐怖をもたらすであろう黒い仏、ナイアルラトホテップを欺くためのものなのですから。」
「どうやって奴を止めるんだ?」
俺は問いかけた。
「比較的信頼のおけるオーソドックスな方法でカジュアルに召喚、油断してノコノコやって来たナイアルラ(以下略)をひたすら凹って弱ったところを再封印します。」
「軽!」
俺と代耶は二人でハモってズッコけた。
その夜、やっぱり清川刑事は明日の仕事があるからとそそくさと退散、アナトリアは準備があると言い残し再び真っ赤なポルシェ(車種は分からないけど)を駆って何処かへ姿を消した。
聖職者の癖にこんな時間までどこをほっつき歩いていたのか、坊主頭で法衣を着た取り立てて特筆すべきこともない40歳くらいの住職も帰ってきた。黒い修道着に着替え直したマライアが出迎えていた。別に他意はないがこちらの方が似合うと思った。
住職は夜遅くまで仕事があるそうで、俺達に手短に挨拶を済ませると自室に明かりをつけて籠った。
「代…」
代耶は俺のことを怖い顔で睨むとマライアと一緒に風呂場へ直行した。という訳で二人分の布団が用意された一室にユピと二人っきりで取り残された。
「…風呂入りに行けよ。」
俺は言った。
「…昨日入ったからいい。」
ユピはまっすぐ俺を見据えたまま言った。
「駄々こねんじゃねぇよガキか?」
「なんだよぉ、どうせ一人になってヤリたいことがあンだろ?」
事も無げに言うユピ。
「違うよ!?」
一瞬この小さな少女に殺意まで湧いて身体が動きかけた。ホトホト自分が情けなくなった。
「…ちょっとトイレ行ってくる。」
意外にも居住区域がさほど広くない寺内の廊下を歩いていった。トイレの前にはアナトリアが持ってきたカバンがあって、俺達の着替えや身の回りのものが丁寧に詰め込まれていた。
風呂場の方からは二人の声が反響して聞こえてきた。身体を洗いあったりする光景が頭の中に湧いてきかけてブンブンと頭を振った。
用を足したあとしばらく窓の外を見てボンヤリした。食事前だが歯を磨いてしまおうと思った。歯ブラシを探そうとしてカバンに手をかけた…
「ぎゃあああっっっ!」
代耶が寝巻き姿ですっ飛んできて俺の手を払い、自分の着替え、下着類の入ったパックを引っこ抜くと走り去って行った。
「……。」
俺は無言で立ち尽くした。
「メシだメシ。」
ユピが後ろからやって来て俺に言い残した。




