帰路
異世界召喚ものの逆バージョンです(笑)
代耶は物凄い力で俺を引っ張っていった。
「あいつはある本によってここに呼ばれたんです。」
彼女は走りながら話し始めた。
「その本にはあいつ自身をこの世界で最強にする方法も記されてる。」
「例の事件があってここの関係者だって判ったわけか。」
「その前から。売ったのは家の書店ですから。」
「何!?」
「そうビックリしないで下さい、凄い金額を提示されたもので…米もなかったですし…」
「米がなかったってお前んち貧乏じゃあるまい…あ(察し)」
「変なタイミングで察しないで下さい!」
屋上に出た。
さすがに一般人を川の字に寝かせておくような真似はしなかったらしい。用具置き場の中で全員御就寝中だった。
「さて、これからどうする?」
「もちろん! この代耶ちゃん特製リーサルウェポンであいつを…」
「それが駄目だっつってんだよ!」
俺はふと例の本のことが気になった。
「なあ、ところでその本って見つかったのか?」
「はい!その人の鞄から机、服の中に至るまで探して見つけ出しましたから。」
どこにしまっていたのか古本を掲げる代耶。妙に生々しい質感の表紙には金文字で「LAS LENGUAS DE NECRONOMICON」と書いてあった。
再び腰を抜かして尻餅をついた俺を見て代耶はスカートの前を押さえた。
「いや、そこじゃねえし!」
奴を呼び出したのと同じ術法で送還しようというもくろみが崩れた。例えあの化け物に貪り喰われることになってもこの本は開けない。この本買った奴はどうなったんだ?
背後でたらいを真っ逆さまに落としたような音がした。用具置き場のドアが吹っ飛んでいた。
「い、ああああああ!」
舌が首の辺りまで垂れ下がり、髪は感電したように逆立っていた。反対の階段の方を見た。「あいつ」が常軌を逸した動きでのたくりながら入って来ていた。
「もういい! その本貸せ!」
俺は彼女から恐怖の魔導書をひったくると下に置いた。
「ショゴ、これに描かれてる図形、魔法陣、手当たり次第に全部真似ろ!」
円筒から黒い粘液が糸を引いて出てくるのを確認すると俺はポケットから粘土製のメダルを取り出した。
「いああああああ!」
哀れな(もしくは愚かな)スペイン語版ネクロノミコンの犠牲者が襲いかかってきた。
俺は決して雑に彫り込んだ訳ではない、歪んだ星のシンボルをこの元人間に向けた。
「いやああああああ!」
「紛らわしいんだよ! 効いてるのか?効いてないのか!?」
「尚満さん、あっち!」
ちゃっかり俺の背後に隠れていた代耶が指差した。名前覚えてたのか、お前。
音もなく近くまですり寄って来ていた「そいつ」は俺たちを素通りして黒い粘液が作った即席の魔法陣に吸い寄せられていった。一面冒涜的な図柄でいっぱいだった。
「絶対見るなよ!」
そいつはその中の幾つかある円陣の一つに向き直ったかと思うと、一気に突進した。バァンと音がして影みたいになった。消える瞬間こちらを向いたような気がした。
印を避けていた召喚者は、事切れたように崩れ落ちた。
「さて、後片付けといきますか!」
代耶は手を叩くと嬉しそうに言った。