ready to die ④
ヒーロー万歳!
「ハッハッハッ、若者はそれくらいがめついのがいい。」
その車椅子の老人は、ヒーロー然としたコスチュームに身を包んだ若者にそう言った。
「心配するな。謝礼ならすぐに君の口座へ振り込んでやる。」
「お言葉ですがミスター・バフォメット。」
サングレは毅然とした口調で言った。
「私は銀行口座を持っておりません。報酬は小切手で貰いたく思います。」
「何!?君は銀行口座を持っていないのか!」
老人はそう言うや否や、車椅子が真後ろに倒れるのではないかとサングレが心配するほどのけ反って笑い始めた。
「ガッハッハッハッ!今の時代珍しいな。電子マネーとかインターネット・バンキングとかにも縁がないのかね?」
「すみません機械に疎いので。」
「気に入った、ワシの若い頃を思い出すよ。」
老人は子供のような無邪気な目をサングレに向け、サングレは老人の目の前で手をヒラヒラ動かし始めた。
「…小切手を…書く…」やりながらブツブツ呟いた。
「ん?何やっとるんだ君は…ええ?小切手を…かく…?」
老人はさっきにも増してボンヤリした表情になり、とろんとした眼でサングレの手の動きを見つめ始めた。
「…君はリヴィング・フォースの使い手か…」
等と訳の分からないことを言いながら上質なスーツのポケットから紙を取り出した。1の後に0を5個書き入れるとサングレに渡した。
「失礼ですがミスター・バフォメット、この金額ではニューアーカムシティではアパートを借りることも出来ません。」
「何!?そんな馬鹿な!」
バフォメット氏は脚の不自由さがどこへ吹き飛んだのか、勢いよく車椅子から立ち上がった。
「待って…落ち着くんだ…落ち着く…」
サングレは再び手をヒラヒラさせた。
「落ち着く…オチツク…」
老人は一息つくとイビキをかいて眠り始めた。
「起きる…起きる…」サングレは言った。
「起きる…オキル…」老人は目を覚ました。
サングレは続けた。
「実はこの合衆国においてハイパーインフレーションが発生しました。ドルの価値が100分の1になるまで下がったのです。」
「…ああ何てことだ…すぐに不動産取引を中止せねば…金だ…金を買い占めるんだ…金本位制の復活だ…」
バフォメット氏はボロボロと悔し涙を流し始めた。
さすがに気まずくなってきたのでサングレは本題に入ることにした。
「心配要りません。ボクが全部やりましょう。その代わりこの小切手に0を2個、足していただけないでしょうか?」
「…ああ、横線引いちゃったからね。新しく書くよ。」
老人はまたスーツのポケットから用紙を出し、1の後に0を7個付けた小切手を書き終えるとサングレに渡した。
「私の財産を守ってくれ。君に任せた。」
老人は熱い涙をこぼしながらサングレに握手を求めた。
彼は薄ら笑いを浮かべながらその手を握り返し、すぐに振りほどくとホクホクした表情で振り返った。
セラフが仁王立ちで立っていた。
こんな恐ろしい顔を見たことがなかった。
「クォの糞男がァァァァァァ!」
彼女の手刀が真っ直ぐに彼の脳天に降り下ろされた。雷に撃たれたような衝撃を感じた。
「あ、あれ?」
眼前のセラフの姿がグルグルと渦を巻いて視界から外れ、1000万ドルの小切手がバラバラにちぎられて降り注ぐのが見えた。
頭の中で、何かの液が漏れるような感覚を感じつつ彼の意識は途絶えた。




