疾駆
清川刑事は私の脳内で平泉成さんが演じています。
「なんだ事故か!?」
俺は驚きと共に叫んだ。
俺達の後続のバスだった。何かを避けようとして支柱にぶつかったらしい。かなりの衝撃があったのか、その大型観光バスの窓ガラスはあらかた割れてなくなっていた。
停車したままの車体の陰から中年の女性が一人、助け出されていた。
「こっわー。」
代耶が久しぶりという感じで口を開いた。
「あのまま轢いちまえば良かったのにな。」
等というユピ。
アナトリアはその光景を黙ってじっと見ていた。
「俺達出発したの、一個前だぞ…」
同じ発車口だったのを確認してゾッとした。
何事もなかったかのように俺達の乗ったバスは走り続けた。
街中を抜け、雪化粧に覆われたリンゴ林を抜け、高い山の麓まで一気に駆け抜けた。
やがて白い壁に囲まれたドーム状の屋根がある施設にたどり着いた。
「A県管理ミトラ古墳遺跡」と銘打ってあった。
「着いた。降りましょう。」アナトリアが言った。
軽い粉雪が冷たい風と共にちらつく中で、清川刑事がものも言わずに立っていた。
「お待ちしておりました。ま、今日はお正月なんで本来は開いてないんですが。」
彼は俺達を中へ案内した。
受付の裏、関係者以外立ち入り禁止の札を易々と無視してドアを開け、細い通路に入っていった。
絶妙に柔らかい間接照明に照らされて、黒い石像が鎮座しているのが見えた。
一頭の牛がいて、その上に一人の男が襲いかかるように覆い被さっている構図だった。
牛の足元には犬のような動物やらサソリやらが彫り込まれていて、これまた牛を噛んだり刺したりして攻撃していた。
「古代ローマ時代に作られた、ミトラ教のミトラ神の石像です。ここで出土しました。」
俺は驚いた。「ここで!?」
清川刑事は続けた。
「そうです。公には公表されてない事実ですが。弥生時代、既に大和国が西方世界と交流があったってことになれば、考古学の常識とやらがブッ飛んじゃいますからねぇ。」
「…それでこの石像と、今起きてる色々な事件っていうのがどう関わってくるんですか?」
代耶が聞いた。
「次、行った先で全てお教えしましょう。」
どうにも移動が多い1日だった。
一時間程度間が空いたのでその間代耶、ユピと館内を見て回った。アナトリアはあのシークレットエリアを出てから忽然と姿を消していた。
勾玉、青銅器、土偶などお馴染みの品々をガラス越しに見ながら時間を潰した。
「ここって古墳遺跡だよな?こんな風な遺物ってこれほど出てくるもんなのか?」
俺は素朴な疑問を口にした。
「そうですね。」
代耶は無表情で答えた。
ユピが俺の背中を無言でさすった…
「そろそろ行きましょうか。」
清川さんが出口から手招きしていた。
3人で外に出ると、真っ赤なポルシェが停まっていた。運転席のドアが開いた。
「早く!置いていくわよ!」
サングラスを掛けた外人の女が何か言っていた。
アナトリアだった。
風が強くなっていた。乾いた道路の上をほとんど暴走状態のように突っ走る車内で、代耶と手を繋いで掴まっていた。ユピと清川さんは慣れた様子でシートベルトを握り締めていた。




