レベルⅣ
この時期の出費は超堪えます。
ハツエさんは雪が一旦降りやんだ道をまっすぐに歩いていた。
失業保険が出るまでの10日間、生活するために必要なお金を借りるためだった。
パートを始めたのはちょうど一年前、23才で結婚して以来繰り返された夫からの暴力に耐えかねて離婚してからのことだった。
「お前は100円単位の計算も出来ないし子供も産まない。」
そう言って彼は毎晩彼女を殴った。酒に酔っているのでもなく、実に楽しそうだった。
子供が出来ないのは仕方がないことだったが、毎月渡される生活費を10日ちょっとで使いきってしまうほど計算が苦手なのは自分がちゃんと勉強しなかったせいだ、と思って二十年間耐え続けた。
「お前はバカだから結婚してくれるような人がいたら何でも言うことを聞くんだよ。」
もう他界して何年にもなる自分の母親の言い付けはとうとう守れなかった。
父親や他の兄弟は生きているのかさえ分からなかった。電話番号や住所を書いた紙は紛失してしまい、直接行こうにも道筋が思い出せなかった。
歩きながらハツエさんは、どうして自分は仕事を辞めてしまったんだろうと改めて思った。
そうだ、あの人がいなくなったからだ。名前は思い出せなかったが食べ物を分けてくれたり、仕事中にも自分の分からないところを教えてくれたり手伝ってくれたりした。その人が辞めていなくなると、ハツエさんはまるで今日入ってきた人みたいに何も出来なくなってしまい、2か月後にその下着工場をクビになったのだった。
駅前のバスターミナルに着いた。駅ビルの裏手をくぐると暗くて汚いドアを開けて中へ入った。
数分後、お茶でもてなされて座ったソファーの上で相手と対した。
「それで奥さん、5万用立てて欲しいということですが、ウチはトイチ(10日で1割)でやってます。大丈夫ですか?」
そう言った若者はいがぐり頭で薄い色の入ったサングラスをかけていた。
自分に子供がいたらこうはなって欲しくないと思った。思わずクスクスと笑い出してしまった。
「何だぁこのババア!?」
隣にいたやはり年の若い派手なシャツを着た男が色めき立った。
「まぁ待て。」
面白そうにゲラゲラ笑いながらサングラスの青年は金庫から札束を取り出して数枚抜き取った。
「金利初回分と手数料を引きますので35000円の融資となります。宜しいですか?」
コクリと頷いてハツエさんは金を受け取り、通帳や保険証、いつも持ち歩いている住所や連絡先を書いたカードのコピーを取られ、契約書にサインした。
暗い事務所を出ると雪景色が白く明るく見えた。
何か耳元でささやいているような気がして唐突に振り返った。
彼女の母親だった。
「借金だけはしちゃダメ。したら死ぬときだ。」
そう言っていたのを思い出した。彼女はパニック状態になった。
大声を上げて明るい方へ走り出した。こんなに気が動転したのは久しぶりだった。母親が死んだときも涙ひとつ出なかったのに、その母親がいま突然現れ何が起こっているのか分からなかった。
大きい車が見えた。きっと救急車に違いないと思った。前に飛び出し、力一杯に手を振った。




