レベルⅢ
お正月の餅、喉に詰まらす危険性を毎年報道されていますがそもそも食べないという選択肢はないんでしょうか…?そんな風に思う年末の物語でした。
コウタロウはボロい社宅の一室で大きく寝返りを打つと、やがてモゾモゾと起き上がった。時間は朝10時、社員寮に住みながらも仕事に行かなくなって早10日だった。今日もケータイの画面を覗くと数件、派遣会社のスタッフからの着信が確認できた。
のそのそと歩いて歯磨きをしようと洗面台の鏡に向き合うと自身の顔が見えた。
30代も半場に達しながら小学校低学年のままで大きくなったかのようだった。歯磨きが終わるとそのままニーっと鏡の中の自分に笑いかけたりポーズを決めたりするのが日課だった。
「…よしよし、いつもの俺だ…」
と誰に話しかける訳でもなくそう呟いた。もう一度笑ってみた。
「俺ってチョーイケテる…」
毎朝の恒例行事が終わった。
ケータイに今日何回目かの着信があった。通話ボタンを押すと相手は勿論派遣スタッフだった。
「もしもしコウタロウ君?そろそろ仕事行くのか辞めるのかはっきりして欲しいん…」
「その前に俺が言った問題はどうなりました!?」
コウタロウは叫んだ。
「だから現場のリーダーとかにも確認したけど誰もそんな事なかったって…」
「だからそのリーダーがイカれちまってるんですよぉ!」
コウタロウの声はどんどん高くなった。
「あのねぇ、だからリーダーイカれてるってどういうことなの!?」
スタッフはキレた。そのままコウタロウは電話を切った。何回かケータイはバイブを続けたがそのうち静かになった。
「何だよ!この会社伏魔殿か!」
彼は一人のアパートで叫んだ。
上の階から抗議するようにドン、という音が響いた。
いつもこうだった。彼の上に立って命令する人間はろくに指示も出せないボンクラばかり、どこにどうやって訴えようがそういう悪いやつはどこにでもいて、知らないうちに至るところに手を回して彼をさいなめるのだった。
そして今回の仕事もそんな頭のおかしい野郎共のお陰で、1ヶ月とちょっとで終わろうとしていた。
「糞!糞!」彼は地団駄を踏んだ。
窓から外を眺めれば高等学校の運動場が見えた。
霜が降りるなかユニフォームを着てマラソンに精を出す生徒たちの姿はキラキラ輝いて見えた。
今の時代人間以下とも言える、中卒のまま十数年を過ごしてしまった自分の身分を改めて思い知らされた。
人の上にたつ責任ある役職も、輝かしい青春のひとときも、本来すべて彼が手にするべきものである筈だった。コウタロウが全て道を譲ったからこそ彼らの日常があるのだと思った。
「全員俺が養ってやってるんだぞ!」
彼は咆哮した。そののち目の前を凝視して刮目した。クラゲの脚を束ねて稲藁の塊みたいにしてあるような物凄いものが浮遊していた。
「そうだね、みんな君のものだ。」
塊は言った。
「俺は一体どうすればいいんだ?」
彼は聞いた。
「君の全てを明け渡してもらう。」
なんだ、安い代償だと思った。




