説明
中学になると一気に個性ある先生が増えますよね。そんな感じ。
俺達は理科室の前に立っていた。
「つーかよぉ。」俺は口を開いた。
「もうここまで来るとこの学校ぐるみっつうか、どうなんだよ?」
ユピは無言で戸を開き、後ろ手で手を組んで黙っていた。年相応に幼い顔に似つかわしくない服を着て、必死に大人の真似事をしているみたいで、改めて見ると滑稽だった。
「尚満さん、入りましょう。」
代耶に促されて俺は境界を通り抜けた。三角フラスコやビーカーが並ぶ、ありふれた理科室の作業机の向こうにそいつはいた。
「…ようこそ、ナジム・アナトリアと言います…」
金色の髪の房を黒いゴムバンドでまとめた、年齢不詳としか言い様のないその女は自己紹介した。
地味な黒縁眼鏡を外し、白衣の胸ポケットに入れてこちらに回り込んできた。一瞬で既視感を感じたのが納得できた。まさにこの建物の屋上で狂態を俺達に晒した人物そのものだったからだ。
「お前、ネクロノミコンで何をした?何をするつもりだ?」俺は言った。
「地球を守る。」彼女は答えた。
「南魚座フォーマルハウトに異変があったことは知っているはず。この事は数世紀前から予知されていた。私はそれを計算し、正確に日時を割り出した。邪神クトゥグアがフォーマルハウトを離れ、地球に住み処を移す日を。」
俺は思い出した。ここに来る前に見た、夜空にボーッと光る青白い火の玉を。
「それでネクロノミコンで何をしたんだ!?」
「彼のものと正反対の性質を持つもの、火に対する土。這い寄る混沌、ナイアルラトホテップを呼び出した。方法は様々に検討したが、これしかなかった。」
俺は呆然となった。地球を救うためだか何だか知らないが、この女の解き放った化け物はそれを打ち消して余りあるどす黒い闇だった。
俺は無意識のうちに女の胸ぐらを掴んでいた。
「やっちまったもんはしょうがない。」
ユピが言った。
「地球の運命は守られた。あとはクトゥグアを撃退して疲れちまったナイアルラトホテップを、おれたちで何とかすンだよ。」
「帰る。」俺は代耶の手を掴んで言った。
「それは出来ないはず。貴方がたはもう何人も私達の仲間を殺害している。代価は払って貰う。」
ナジムは言った。
「殺害って…」俺は言いかけて気づいた。クロに飲み込まれた何人もの「深海のもの」達。元が人間であることは明らかだった。
「何をすればいいんですか?」
代耶が初めて口を開いた。
「ナイアルラトホテップは姿を見せた場所という場所で人間と関わり、関わった人間に例外なく死、発狂、危険な科学知識、洗脳に近い思想の植え付けなどにより、歴史に悲劇をもたらしてきた。」
「だったら何で!?」
「これしかなかった。あの火の精と敵対して占有地を争える神性は他に…。再びあの暗黒の王を人類の歴史から遠ざけるのを助けて欲しい。」
「あいつはどこに行ったんだ?」俺は聞いた。
「手がかりはある。それが確かなら、かなり北へ移動することになります。情報収集の為1、2ヶ月は様子を見ましょう。しがない社会科の教師なので頼りないと思うかも知れないけど…」
「あれ?理科じゃないのか?」
俺は白衣を着た魔女という印象の姿を見直して聞いた。
「いえ、大学が文系なので…」
「理系じゃないのかよ!?」
ビジュアル詐欺女だった。