ドッペルゲンガー
因みにクロはシチューに入れて食えます。(嘘です。)
「代耶!」再び呼び掛けた。
「離してよぉ、彼女さん死んじゃうよ?」
ユピの声がした。
彼女が掴んでいたものをかっさらい、素早く立ち上がった。
ユピは何かを操作していた。
「あ、もしもしおれおれぇ。うん。もういいから電気つけてよ。」
明かりがついた。代耶は緑の制服を血で黒く染めて横たわっていた。
罠の残った一部が作動したらしかった。プラステック製の矢はどこまで深く刺さっているか分からなかった。ユピは言った。
「さあ、おとなしくそれを渡した方がいいぜ。そうすれば医者を呼んでやる。」
俺は自分の手元にある、彼女からもぎ取った物品を見た。素焼きの笛のように見えるそれは一度シャムスの店で見たことがある珍品だった。
かつて地球上を支配していた、太古の時代に滅んだ種族、ショゴスを造り出した「古のもの」達の鳴き声を真似る笛だった。
知りうる限りそれは俺と代耶にしかなついていないショゴスを死体に偽装させ、支配下に置く唯一の方法だった。俺は言った。
「お前この状況を理解してるのか?クロもお前の切り札のコレもこちらの手にあるんだぞ?」
「妙な真似しやがったらこの部屋ごと爆破してやるっ!」
ユピはコードの繋がったスイッチを持ち出した。つまらないハッタリだとも、こいつなら破れかぶれにやりかねないと思わせるところも彼女の恐ろしさだった。
ソフトクリームを落として、もうひとつ買ってくれと泣きわめく幼女のようだった。
「分かった。良いよ。」俺は応じた。
「ええーっ!良いのおーっ!?」大袈裟に腰を90度傾けて驚く彼女。挙動が全く読めない女だった。
ズン、ズンと近づいてきた。笛を渡そうとしたが一瞬ためらった。
「なあ、お前って基本約束守らないどころか約束自体忘れるタイプだよな?」
「まずはそれをこちらにくれ。それから腰を落ち着けて話そうじゃないか。」
実に朗らかにニコニコしていた。マックで三角チョコパイ食べてそうな普通の少女に見えた。
笛を渡す瞬間、眼の色が変わった。軽蔑がほの暗い水溜まりになって瞳の中に収まったかのようだった。
「やっぱ怖!!!」
黒い寒天質の巨体が割れ、俺を包み込んだ。と同時に倒れていた代耶の身体が、泡立って溶けた。
「!」
小山みたいな黒いヘドロの中から飛び出した、どこも怪我などしていない代耶の跳び蹴りをもろに受けてユピはひっくり返った。スイッチを拾った。
「クロちゃん、もういいです。」
代耶の声を聞いて、ショゴスは俺を解放した。
俺は黒い鼻水を垂らしながらユピに歩み寄りその手をひっつかんだ。
「案内しろ!」