漆黒の刻
書いてから思ったのが、何か武器くらい持たせろっていう(笑)
件の中学校は災害時の避難場所になっているらしく、開放され人がまばらに集まっていた。
前回と違い空き巣みたいに侵入する必要はないわけだが人目があるのは痛いと思った。
「尚満さん、取り敢えず校舎を探しましょう。」
代耶が言った。月が明るかった。
「そういえばお前ここの卒業生ではないのか?」
俺はふと気になった。
「いえ私、中学時代はS市でしたから。」
東北地方の一都市の名を聞き、数年前の震災を思い出してそれ以上聞くのを留まった。
「津波で会社を流されて家を売り親戚に預けられたんですよ。」
「言わなくていいよ!」
かなり露骨に距離を取られたので俺は慌てて近寄った。
「代耶ごm…」
二の句を継げなかった。鉄柵の向こうから光る目が無数に集まって俺達を凝視していたからだ。
(…みんな様子がおかしい…)
彼女が囁いた。周りは夢遊病みたいに歩き回る人の群れだった。また近寄ろうとすると殺されそうな顔で凄まれた。
視線の源、月明かりに照らされた柵の向こうを改めて見て肝を冷やした。原型を留めた顔が一つもなかった。フィクションではなかった。開閉するエラ、微かに聞こえる呼吸音が、自分たちを貶めた運命を呪っているようだった。崇高さのようなものすら感じて俺は立ち尽くした。
「尚満!」と彼女は唸った。
ぶん殴られたような衝撃を受けて俺は生気をなくした人々に混じりそぞろ歩きを始めた。
見れば魚人たちはバラバラの方向を向いていた。
(…とにかくここで決まり…怪しいのは…)
(…どうですかねぇ…爺さんの言ったことからしても嵌められてる可能性も…)
(…お前中調べてみようって言ったじゃねぇか…)
(…はぁ?そんなこと言ってないです…来てみたらヤバそうだしとっととずらかりましょう…)
代耶は早くもクロ、及び「ネクロノミコン」とそれに左右されるかもしれない地球の運命を見捨てるつもりらしかった。
(…分かったお前は帰っていい…)
と心の中で呟いた。
声量を押さえていたとはいえさっきの代耶の俺を呼ぶ声といい、話に聞くのみだった「深海の者」たちは空気中での聴力は鈍いらしかった。
俺達は群衆と一緒に歩き、離れ過ぎないようにしながら小声で話した。
「取り敢えず校舎に入ろう。」
「どうやってですか?」
俺は懐中から緑色の紙片を取り出した。
「それ使ったら私達同士で見えなくなるじゃないですか。」
口を尖らせた代耶の右手を掴んだ。
「こうしていればいい。」
一番目立たない、人が集まっている群れの真ん中で粉末を被った。
正面から入って既視感がある廊下を直進した。
手が震える感覚は向こうにも伝わっているはずだった。