天使に同情されました。
才能、という言葉はご存知だろうか。
人々が公平な目で評価されるようになってきたこの現代社会において、才能というものはまさに勝つために必須と言っても過言ではない道具であり、そして未来そのものである。
才能のないと言われた者が努力して大成する物語などはよく聞くが、大きく見れば好きなことがあること、努力できることがあること自体が才能とすら言える。
この俺、水谷 健は現在高校三年生である。
ちょうど進路がもう決まり、未来へ歩き始める年である。
しかし、俺は。
まだ未来へ歩き始められてはいない。
それどころか自分が行くべき未来が分からない。
俺は小さい頃から何をやってもすぐにできるようになるというか、なんだかやる事なす事すべてに好かれていた。
簡単に言えば、才能に恵まれたのだ。
何をやっても才能があると言われ、真面目に努力したら1日で1年の経験者を越せたことだってある。
俺はそんな自分の多くの才能が大好きで、未来が待ち遠しかった。
…………そう、小さい頃は。
先ほど才能は未来そのものであると言ったが、もしその未来がいくつもあったらどうなるだろうか。
別に選べばいい。どれか一つを選べばいい。
選べば他のすべてを捨てなければならないが、一つあれば充分だ。
普通の人間だったらそんなこと気にも留めないだろう。
才能があるだけいいと思うだろう。
一番好きな才能を選べばいいと思うだろう。
しかし、それで幸せになる気がしないのだ。
小さい頃はいくつもあった才能すべてを眺めて満足していたが、改めて進路を決めようと一つ一つの才能を見てみると、どれも楽しさというものを全く感じない。
ある意味では、俺が才能だと思っていたものは幸せな才能、幸せな未来へとつながる才能ではなかったのだ。
色々なことを中途半端にやってきた俺には、好きなものがなかったのだ。
言ってしまえば、俺には幸せになる才能がなかったのだ。
努力はしてきたがどれも均一にしてきたもので、そして好きだからしたというわけでもないのだ。
さらに悪いことに。
才能、という存在には一つ大きな欠点がある。
それは現代社会で勝てる道具故に。
その代わりには血のにじむような努力を要するが故に。
それは決して選べるものではないが故に。
他人から妬み嫉み恨み羨み。
様々な負の感情を向けられてしまうのだ。
「近寄んじゃねえ!」
「きもいんだよ!!」
才能に思慮を向けていながら道を歩いていた俺に、俺と同じ学校の生徒が話しかけてくる。
俺にそう言う生徒達は全て、俺の元友達だ。
俺は自分が持っている才能のせいで多くの人から妬まれ、疎まれている。
それもそうだろう。他人から見たら今の俺はなんでもできる完璧人間みたいなものだ。
俺の未来が暗いことにはだれも気付かない。それもそうだ。仕方ない。
多くの才能のせいで俺には友達を作る才能、人から好かれる才能が全くない。
ちなみにそれに気がついたのは小学校に入った後だ。
未来ばかり見ていた俺はふと周りを見た時、誰もいないことに気がついたのだ。
それまで俺は、才能は得れば得るほど友が減るということをしらなかったのだ。
でも、必死に友達を、仲間を作ろうとした。
自分が持つ才能をフル活用して、ときにはその才能を隠してまで努力した。
ただ、仲間が欲しいだけなんだ。
どんな未来でも仲間がいないのは嫌だった。
しかし。
それで仲間になろうと手を差し伸べても、結局妬まれ俺の手は取ってくれなかったのだ。
ポツ、ポツ、ザーッ。
誰にもとってもらえなかったその傷だらけの手に、雨が降ってくる。
カンカンカンカン。
自分の前と、そして後ろにある踏み切りが下がる。
真っ暗に染まった空を見上げる。
頰が濡れている。
これは雨だろうか。それとも。
俺には進むべき道がない。
仲間なんていない。
幸せも来ない。
そして、もう未来はない。
才能、という言葉はご存知だろうか。
いや、俺以外誰も知ってはいないだろう。
才能とはーーーーー
ーーーー呪われた神からの祝福である。
キィィィィィィィィィィッッッッッッ!!!!!
人生の終わりのチャイムが聞こえてくる。
ずっと人から嫌われ、最後に人に迷惑をかけるなんてな。
「はっ……こんな人生、クソくらえだ」
俺は独りつぶやく。
声は誰にも届かない。
その時。
ーーーもう見てられません!!!!ーーー
電車にぶつかる直前、頭の中に突然聞いたことのない女性の声が響く。
「は?」
突然視界が真っ白になった。
「あ、そうか、死んだのか。死んだらこうなるんだな」
多分ここは何もない場所。まあ最初から俺には何もなかったが。
……そう思ってたのだがどうやら違うようだ。
真っ白に感じたのは暗い場所から明るい場所へ行ったから目が慣れてなかっただけだったようだ。
俺は神秘的な魔法陣が空中にいくつか浮いていて、天から金色の光が降り注ぐ空間にいた。
「……どうやら天国に来たようだな」
流石にこれは天国そのものだろう。実在していたのか。
さて、俺は誰にも手を取ってもらえず幸せにもなれず自ら未来を閉ざしたわけだが、一体何をされるのだろうか。
そう思った直後、自分の前に人が立っているように見えた。
いや、立っているのは人ではなかった。後ろに白い翼が付いていて綺麗な白い服に綺麗な水色の長髪。これは……天使か?神にしては見た目が若すぎるような気がするし、天使ということにしておこう。イメージ的に。
「ああっ!!なんとかわいそうなことでしょう!!」
ついさっき聞こえた声の持ち主、目の前に居る天使が駆け寄って来る。
「えっと……俺死ねtーー」
天使は話しかけようとしている俺に飛びついて来た。
天使は翼が付いているおかげか、俺に飛びついたまま俺の顔を胸にうずくめ、宙に少し浮いていた。
「む!?」
何故!?!?
俺は数秒思考が完全に停止した。
もちろん仲間がいないから人と触れたことなんてないわけで。
ましてや女の人に触れることなんて初めてなわけで。
目の前にいるのが天使で。
俺は死んだみたいで。
様々な状況が頭の中で絡み合って踊り出す。
というか!!
今までの人生で女の人に抱かれるなんて一度もなかったせいで全く免疫がないんですが!?
というか息が……できな……い……
俺が苦しそうにしているとすぐにはっと気づき、俺から少しだけ離れて床に足をつけた。
「あ!ごめんなさい!!」
「え?あ、いや?え?」
突然すぎてまともに返事ができない。
……え?息ができない?
ふと思う。死んだのに何故息が必要なのだろう。
「あのー、俺死nーー」
「貴方は神の素晴らしい加護をいくつも受けながらも悲惨な目に出会い、無情な仕打ちを受けて来ました!!!」
とても感情のこもった声で天使が言う。
「はぁ……」
一応相槌を打っておく。
「それより俺sーー」
「もう私見てられません!!」
天使が両手をぎゅっと握りしめ、言う。
なんというかすごく感情的というかな天使だな。
顔も可愛いし優しいし、最後に会う人(?)がこの人でよかった。
いやそれよりも。
「あの!俺死ねたんですか!?」
やっと聞けた。まあかなりの確率で死んでると思うが。
「えっ、えーっと、残念ながら……貴方は死にました。」
天使が残念そうに言う。
「あ、死ねたんですね。良かったです。」
天使に言う。
「あまりの辛さに死を願うとはなんということ!!もう貴方はあの世界には絶対戻しません!!」
天使が再び感情のこもった声で言う。
戻す……?
「私は貴方の人生を明るくするために貴方が死んだ瞬間、貴方の魂をここに連れて来ました!!」
天使が言う。
「というと?」
「貴方は私が生き返らせました!!」
「いやおい!!!!」
思わずツッコんでしまう。
生き返されたのは腑に落ちないが。
それにしても俺のためにわざわざ動いてくれたのは嬉しいな。忙しいだろうに。
「貴方は貴方がどれだけ神の加護を受けているか分かってませんね……」
パチン!と天使が手を叩く。
「今から貴方を転生させます!異世界でも楽しめるよう今の記憶を保ったまま転生するので今の体で転生する事になりますが……よろしいですか?」
天使が聞く。
「一つだけ聞かせてくれ」
「なんでしょう?」
「その世界、本当に楽しいのか?」
「楽しいと感じるかは貴方次第ですが……少なくとも貴方が前いた世界よりは絶対楽しいです!」
天使の口ぶりからして異世界は俺が生きやすい世界のようだしな。
「よし、それならいいだろう」
天使と話して気が変わった。なんだかこの明るい空間は子供の頃を思い出すしな。
やはり天使とはすごいものだ。
「えーっと、貴方がこれから行く世界では十七歳で職業を基本的に一つ、神から授かるのです。」
職業があるのか……職業って響きだけで嫌な思い出が蘇って来るな。
俺は無意識のうちに絶望の混じった顔を浮かべる。
「ですが!!」
俺の表情に気がついたのか、天使が声を大きくして言う。
「前世で活かせなかった貴方の多才さを活かすため!好きな職業になれる権利を差し上げます!!!」
天使が言う。
それはいい特権だな。それなら異世界でも楽しく暮らせるかもしれない。まあのんびり好きなことをできたらなんでもいいのだが。
だとしても結局1つ選ばなきゃいけないのか……
「この中から選んで下さい!」
天使が右手を宙に上げると、よくゲームであるウィンドウのようなものが現れ、こちらへ飛んで来る。
「特別に!!普通の職業を極めると追加で就職できる上位職、特別な条件や才能がないと就職できない特殊職の中から選んでいいですよ!!」
ほう。素晴らしいサービスだな。
そして俺は目の前に浮いているウィンドウに目をやると、よくRPGゲームであるようなものから厨二病を患っていそうな名前をしている職業がずらっと並んでいて、スクロールしてみると凄まじい数の職業が確認できた。おそらく100は軽く超えているだろう。
とはいえ死んでまでもまた職業を選ぶなんてなんか皮肉な世界だな……
どれも凄そうな職業だが、どれかを選ばなければならない。
結局死んでも選択はつきまとうのだろうか。
なんかまたどの道を選んでもダメな気がするんだよなあ。
「はあ、全部選ぶとかできたらいいんだがな」
おっと、口に出てしまった。
天使がこちらをじーーーっと見つめる。
そして30秒くらい沈黙があって天使が小声で言う。
「なるほど、そういうことですか……」
フフッっと天使が笑った後、続けて言う。
「いいですよ!」
そりゃダメだろうな。数が数だし…………
ん!?!?!?!?
「いいですよ!!」
天使が言う。
「いやいいのかよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「それでは楽しい異世界ライフをお楽しみ下さい!!」
「ちょっ!まっーー」
天使がそう言うと視界が真っ白になる。
返事も決断も早すぎるだろ!!30秒だぞ!!?!?
天使なんだから色々責任あるだろ!!
全部とかいいのかよ!?!?
そう言おうとするも、声が出ない。
結局俺はわけもわからないまま100以上の職を抱え、異世界転生することとなった。