幕間1 sideコージ
『満月が綺麗だねぇ。星も良く見える』
俺は夜空を見上げ呟く。
多少の雲は出ているが空一面の星々と満月が深夜の街を照らしている。
『見事な満月なのは同意するが星は毎日見えるだろう』
俺の呟きに応えてくれる人がいた。
『俺の故郷は空気が悪かったり、夜でも街が明かりで溢れてたから星があまり見えなかったんだよ』
『なんだ、コージの故郷は炭鉱かなにかがあったのか?』
『いんや、炭鉱は無いけどいろいろと煙を出す道具とか施設が多くてさ。街に住んでるやつはなにかと満天の星空とかありがたがるんだよ。田舎の方に行けば空気も澄んでて星が良く見えるんだけどね』
『ふむ、なんだか話を聞く限りコージの故郷は発展はしているが、息苦しそうなところなのだな』
『まあねぇ……。便利ではあったけど活き活きとした感覚は無かったかなぁ』
故郷、日本での生活を思い出し俺は、星空を見上げたまま少し苦い顔になる。
そんな俺の顔を会話の相手である女の子がフヨフヨと浮いて覗き込む。
『なんだ浮かない顔をして。コージはあまり元の世界にいい思い出が無いのか?』
半透明なその女の子はこちらを不思議そうに見つめてくる。
彼女の長い金の髪の毛がサラサラと顔にかかって少しくすぐったい。
『学生の頃は楽しかったことそれなりにあったけど、就職してからは寝て起きて働いて、寝て起きて働いての繰り返しであんまり楽しくはなかったかなぁ。給料が比較的良かったからその仕事を続けてたけど、本当にしたかった仕事ではなかったからやりがいとかも特に感じてなかったし』
『普段は楽しんでこその人生、なんて言ってるくせに元の世界では人生を楽しんでなかったのだな』
『死んでから気づくって遅いよねぇ。でも今はむしろ死んで良かったって思うよ? こっちの世界は楽しいことがいっぱいだよ』
『死んだ方がマシと思うのはどうかと思うが……。まあこちらの世界が面白い、というのは私も同感だな』
『へー、ベルもそう思うんだ。でもベルの世界もここの世界も似たようなもんじゃないの?』
金髪の半透明の女の子、ベルは俺の問いかけにうーん、と顎に手をやり考える。
『確かに私のところの世界とこちらの世界は共通点が多い。だが私のところは人間はヒューマンだけだった』
『へぇ〜、ベルのとこは獣人とかエルフとかいなかったんだ。魔法はあるのに不思議だねぇ』
『ああそうだな。だからヒューマン以外の種族というのはなかなかに興味深い』
『俺の場合はヒューマン以外の種族もいなければ魔法も架空の存在だったからね。いや〜こっちの世界に来れて良かったよ。ありがとな〜イオ〜』
(どういたしまして?)
突然話を振られた少女、イオは戸惑いながら返事をする。
これまでの会話からなんとなく察せるとは思うが、コージこと俺とベルは人間ではない。
いや、人間だった、というべきか。
ある日俺は交通事故で死んだ。会社からの帰り道のことだった。
トラックにひかれて異世界に行くのは異世界転生の王道かつテンプレであるが、俺の場合は普通にワゴン車にひかれた。
なんで信号無視したワゴン車が俺に突っ込んできたのかは、死んでしまった今となっては知るすべはない。
死んでしまったものは仕方がない。いや良くないが、夢にまで見た剣と魔法のファンタジーな異世界に行けたのでトントンだ。
だが問題なのは異世界に行けたが転生はできなかったことだ。
異世界で気がつけば俺は幼女イオの守護霊的なものになっていたのだ。
なにがいけなかったのだろうか。ひかれたのがトラックじゃなかったのがいけなかったのだろうか。
コレガワカラナイ。
ベルの場合はまた珍しいパターンだ。
ベルは俺の世界やイオの世界とはまた違う第3の世界出身だ。
そこでベルはフランベルク王国という国で騎士をしていたそうだ。
ある時フランベルク王国と隣国で戦争が起き、ベルは騎士として従軍していた。
グリフォン騎乗兵というまたファンタジーな部隊に配属されていたベルは、グリフォンの飛行性能を活かした切り込み部隊として敵軍を蹴散らしていたらしい。
だがグリフォン騎乗兵の攻勢に敵も激しく抵抗した。
長引く戦争に疲弊しきったグリフォン騎乗兵たちは1人、また1人と戦場に散っていった。
そしてベルも相棒のグリフォンを失い、敵陣に1人放り込まれたベルは抵抗虚しく捕虜として捕まってしまった。
ベルはなかなかに美少女だ。
戦時中に見目麗しい女性の捕虜がどういうことをされるかは語るまでもない。
俺もベルの話を聞いていた時はくっ殺女騎士キター! と思ったものだがその後がすごかった。
ベルは慰み者になるくらいならと、敵の兵の隙を突いて奪ったナイフで自身の首を掻き切ったそうだ。
マジもんの騎士やべーと思った。
そこからは俺と同じようにイオの守護霊となり、俺と共にイオを影から守っているのである。
だがイオを死なないように守るのは本当に大変だった。
俺とベルがイオの守護霊となった時にはすでに、イオは暗殺者育成の施設にいたのだ。
そこでは孤児を集め、暗殺者としての戦闘技能を叩き込んでいた。
現代日本で生きてきた俺にとってそこは、まさに地獄のようなところだった。
毎日行われる過酷な戦闘訓練、自ら毒を飲み毒の耐性をつける訓練、拷問を受けたときのための拷問耐久訓練。
毎日のように子ども達に死者が出た。
イオも何度死にかけたことか。
そこで俺たち2人はベルを陰からサポートし、ベルが生き残れるよう手を尽くした。
といっても元騎士のベルはともかく俺は戦闘とは無縁のサラリーマン。
ベルは騎士だった経験を活かしイオに戦闘技術の指導をしていたが、当初は俺は励ましの言葉をかける事しかできなかった。
だがそんな俺でもイオの役に立てる可能性があった。
魔法だ。
この世界には魔法があった。
火の玉を飛ばしたり風の刃を飛ばしたりするアレだ。
施設で習うことができる魔法は全て取得した。
俺たちは幽霊だから肉体的疲労とは無縁なおかげで不眠不休で魔法の勉強をできた。
ただまあ魔法を構築するのに必要な魔力というのは術者の精神力だそうで、生身の人間なら魔力を使い過ぎれば精神力が尽きて気絶するのだが、俺たち2人は幽霊、すなわち精神体だ。
魔力を消費するのは自身の存在を削るのと等しく、肉体が無いために気絶というセーフティーも無く何度も消滅しかけた。
だが文字通り命がけの特訓で俺は魔法という力を手に入れることができた。
そこからは俺は魔法全般、ベルは戦闘の指揮と生前から使えた身体強化の魔法を担当し、イオのサポートをした。
おかげで同期の子ども達より早く施設を卒業、暗殺者として実戦投入されることとなった。
これが良かったのかはわからない。
ただ死にかける程の訓練を続ける生活よりはターゲットをサクッと殺して撤収するだけの暗殺者生活の方がイオの危険は少なかった。
今回俺たちがこの街にやって来たのも暗殺の依頼があってやって来た。
とある商会の商会長を殺してほしいのだそうだ。
そして街に着いたその日の夜、俺たちは下見も兼ねて民家の屋根を伝って散歩をしていたのだ。
『イオ〜、別に今日下見しなくたっていいんだぞ? 移動で疲れてるんだからさ、今日は休んで明日から動けばいいじゃないの』
イオはまだ10かそこら。
幼い彼女がこのハードスケジュールで体を壊さないか心配なのだ。
(ん。大丈夫)
『コージは本当に心配性だな。イオが大丈夫だと言っているのだから平気だろう』
イオだけじゃなくてベルまで……。
俺はそんなに過保護だろうか。
『そう言うならまあいいけどさ』
『コージはまるで母親だな』
ベルがカラカラと笑う。
(おにいちゃんはおかあさん?)
『そうだな、イオのことが心配で心配で、いつもソワソワしてるのはまるで母親のようだ』
『それを言うなら母親じゃなくて父親じゃないか? 母親より父親の方が娘を過度に心配するイメージだけど』
『そうか? 父上は私のことをそれほど心配してなかったが。母上の方が心配性だったな』
(? おにいちゃんはわたしのおにいちゃんでおかさんでおとうさん?)
ほらベルが変なこと言うからイオが混乱してるじゃないか。
『妹か娘か、か。つーか俺もイオ程じゃないにせよ子どもがいてもおかしくない歳なんだよなぁ』
言ってて悲しくなってきた。
29歳で俺は死んだ。こっちの世界に来て3年なので幽霊の歳を数えていいのかは謎だが精神的には32歳である。
年々友人達の子どもと一緒に写っている年賀状の数が増えていくのに密かに焦りを抱いていたものだ。
『私だってそうだぞ。生きていればきっとどっかの貴族に嫁いで子をもうけていただろうな』
『ベルってそういや貴族の娘だったな』
たしかベルの家は伯爵家だったか。
貴族の娘は政略結婚が当たり前という考え方はさすが異世界、といったところか。
いや、日本だって昔は政略結婚がいっぱいあったんだから世代の差か。
『戦争が終われば父上がいい加減縁談を持ってくるだろうと思っていたが、あそこで私は死んでしまったからな……』
『幽霊じゃ結婚も子どももできないしなぁ』
哀れ、中山家は俺で末代となってしまった。
日本に未練は無いが両親より先に死んでしまったのは申し訳ないと思う。
(わたしもいつか子どもできるのかな)
黙っていたイオが口を開く。
『ああイオはきっといい母親になるさ』
ベルがイオに微笑みかける。
『そのためには長生きしないとな』
イオの子どもか。
見れるといいな。
ならばこそ、死と隣り合わせのこの世界でイオを守りきらねばな。
屋根を駆ける小さな1つの影と、2つの姿無き守護者は夜の街を走り抜ける。
子どもはどうやって作るの?と聞かれなくて良かった。
コージ、ベル、イオは精神的に繋がっているのでイオは喋らなくても心の中で会話が可能。
3人のやりとりは会話というかテレパシーの類。