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3話

 

「ふわぁ……もう朝か」


 外がガヤガヤとうるさい。外の喧騒で俺は目が覚めた。

 閉めた窓のわずかな隙間から射し込む陽の光が部屋をぼんやりと明るくする。

 普段は日が昇るのとともに起きていたが今日ばかりはだいぶ長く寝てしまった。

 少女に怪我は治してもらったものの精神的にはかなりきていたようだ。

 外から聞こえる通りの喧騒が俺がまだ生きていること、また日常に戻ってこれたことを実感させる。


 昨晩は散々だった。

 まさか10かそこらの少女にボコボコにされるとは思わなかった。

 冒険者としてそこそこやれる方だったんだがなぁ。


「上には上がいるってことか……」


 ため息ひとつ、そして俺はバリバリと頭を掻きながら身を起こす。


「ん?」


 そこで気づいた。

 俺の股あたりのシーツが不自然に盛り上がっているではないか。

 どこがとは言わないがいくら朝だからといって俺のはここまで大きくならない。

 シーツの中、俺の股座(またぐら)何かがいる(・・・・・)


「まさかな……」


 すごく嫌な予感がするが確認しないわけにはいかない。

 恐る恐るシーツに手を伸ばし、ゆっくりめくる。


「なんでいんだよ……」


 予感は悪いことに的中し、昨晩の少女が俺の尻尾を枕に丸くなって眠っていた。

 なぜこいつがここにいる。

 窓も部屋のドアもちゃんと閉めてかんぬきをかけておいた。

 おまけに窓とドアに野営用の鈴をつけて、開閉したときには音が出るようにしておいたはずだ。


「スー……スー……」


 少女は俺の困惑をよそに静かに眠っている。

 少女は殺し屋だ。音を立てずに部屋に侵入するのは朝飯前なのかもしれない。

 だがいくらなんでも布団の中に潜り込まれて俺が気づかなかったとはどういうことだろうか。

 冒険者が野営するのはよくあることだ。

 夜行性の魔物もいるから、野営中の冒険者は寝ていたとしても気配を感じたらすぐに目がさめる。

 肉体的にも精神的にも疲弊していたとして例外ではない。

 昨晩のこともあって俺は、野営の時と同様に警戒して床についた。

 なのに少女の侵入を許した。

 殺し屋に縁のある生活なんて送っていなかったが、正直殺し屋をナメていた。

 ここまで接近に気づかないものなのか……。


 少女は昨晩の格好とは変わって比較的ゆったりした服を着ている。

 色は戦闘時の服と同じ黒が基本だがこれが少女の寝間着なのだろう。

 黒のローブや首に巻いていたスカーフは無く、少女の顔が良く見える。

 腰くらいまであるまっすぐで艶のある黒髪、小さな口は綺麗なピンクでふっくらとしている。

 射し込む陽の光に長い睫毛が光り、朝日の中で眠る少女はどこか神聖さを感じさせる。

 今は幼さを感じるが、将来は別嬪になりそうな整った顔をしている。


「スー……スー……」


 少女は俺にジロジロと見られていてもまだ眠っている。

 少女くらいの実力者なら俺が身じろぎした時点ですでに起きていそうだが、それでも眠り続けられるのは俺が信用されているのか、何がおきても俺ならどうとでもできると思われているからか。

 まあどちらにせよ少女を起こさなければ俺も身動きがとれない。

 俺の尻尾は少女の枕になり、少女の小さな手が尻尾の毛をしっかりと握っているのだ。


「おーい、起きろー……ん?」


 少女の肩を揺すろうと手を伸ばしたとき、気づいた。

 少女が尻尾によだれを垂らしている。

 ブチっと俺の中でなにかが切れる音がした。


「なにしてくれてんだ起きやがれクソガキィ!」


 俺はこの不届き者を絶対に許さない。

 相手が殺し屋だとか関係ない。獣人にとって大事な尻尾をよだれまみれにしたこいつを俺は思い切りベッドから蹴り落とした。


「あう」


 蹴られた少女はマヌケな声を残してドシンと床へ落ちる。


「痛え!」


 こいつ、尻尾を握ってたせいで毛を少しむしって行きやがった……。


「気持ちよく寝てたのにひどい」

「てめぇ……なんでここにいやがる」


 少女の抗議の声を無視し俺は牙を剥き出して威嚇する。


「がるがる。 ふふふ」


 少女はなにが面白いのか俺の威嚇を見て小さく笑う。


「答えろ。なんでお前がここにいる」

「もふもふ成分が不足している。もふもふの補給に来た」

「はぁ?」


 少女は真面目に答える気がないようだ。


「質問を変える。どうやって入ってきた」

「窓から入ってきた」

「かんぬきをかけておいたはずだ。それはどうした」

「おにいちゃんが外してくれた」


 兄貴ぃぃぃぃぃぃぃ!

 なんちゅうことに手を貸してんだ!


「鈴はどうした」

「おにいちゃんが魔法で音が鳴らないようにした」


 こいつの兄貴は暇なんだろうか。

 少女だけでなく、少女の兄貴まで頭がおかしいらしい。


「昨日あなたが助けを呼ぶ声を消してたのもこの魔法」

「……どうりでいくら叫んでも助けが来ないわけだ」


 あの場にこいつの兄貴もいたのか。まったく気がつかなかった。

 兄貴が魔法使いだって昨晩言っていたが、妹の殺し屋稼業を手伝っているのだろうか。


「どう侵入したのかはわかった。じゃあどうやって布団の中に入った」

「眠りの魔法で深く眠らせて入った。朝までぐっすり」


 そういうことだったのか。

 ということは今日寝坊したのも魔法で深く眠らされてたからかもしれない。


「そんじゃあなんで俺のとこに来た」

「もふもふの補給」

「ふざけた事言ってんじゃねぇぞ」

「ふざけてないのに」


 いい加減イライラしてくる。

 俺の恫喝に少女はわけがわからない、といった様子で再び口を開く。


「あなたと一緒にいると決めた」

「勝手に決めてんじゃねーぞ! なんで俺がお前と一緒にいなきゃならない!」


 ふざけるな。

 どうして俺を殺そうとしてきたやつと一緒にいなきゃならない。


「あなたと一緒にいることにしたからわたしは組織を抜けてきた」

「だからなんで勝手にあれこれ話を進めてんだよ」


 少女はむふーとどこか誇らしそうにしている。


「というかそんな簡単に組織抜けられるのかよ。お前のいた組織って要するに暗殺ギルドとか、そういうとこだろ?」


 アウトローな組織というのは抜けるのは難しいと聞く。

 情報が漏れないよう裏切り者は消されるそうだ。


「難しい。だからこの街にいる組織の人間は皆殺しにしてきた」

「は?」


 この少女は今何と言った? 皆殺し?

 この少女が喋ることはどれも唐突すぎて理解が追いつかない。


「皆殺しって……全員殺したのか?」

「そう。わたしが把握してる限りの全員。アジトにはわたしと背格好の似た女の子の死体を置いて火もつけてきた。念入りに焼いといたからわたしかどうかの判別は不可能」


 おいおいおい、とんでもないこと喋ってるぞこいつ。


「女の子の死体って、お前……」

「まだストックはあるから大丈夫」


 そう言うやいなや、少女はどこからともなく女の子の死体を1体出した。

 ほら、と俺に見せてくる。


「ちょ、おま、見せてこなくていいからさっさとしまえ!」

「ん」


 短く返事をし、虚空へと死体をしまう少女。


「収納の魔法を使えることに驚けばいいのやら、死体を持ち歩いてることに驚けばいいのやら……」


 朝から変なものを見せられてゲンナリする。


「収納の魔法はおにいちゃんが。インベントリって言うんだって。そんで死体はスラムとかで死んでる孤児のを集めてる。いざという時のダミーに使えるの」

「そう……」


 少女は死体集めのことをまるで今日の天気でも言うかのように喋る。

 はたしてこの少女は死体を集めるという行為が異常なことだと認識しているのだろうか。

 少女の言動のおかしさも少女の育った環境が作り出したものなのかもしれない。


「でもいずれこの街の支部が壊滅してるのはばれる。わたしが生きてることが組織にバレれば命を狙われる。だからそれまでになるべくこの街を離れなきゃならない」

「そうか。逃亡生活は大変だろうけど頑張れよ」


 俺は少女に激励の言葉を送る。

 裏の世界で生きていた少女が方法はどうであれ、やっと足を洗うチャンスなのだ。

 頑張って逃げきってほしいものだ。


「なにを言っているの? あなたも一緒」

「だからなんで俺も一緒に逃げなきゃならねぇんだよ!」


 クソ、巻き込まれたらたまらないから逃げようとしたが誤魔化されなかった。


「もし狙われてもわたしが守ってあげるから」

「頼もしくて涙が出るね……。つーかなんで俺なんだよ」


 そもそも逃げるならもっと実力のあるやつに付いて行けばいいのだ。

 俺もそこそこやれる方ではあるが上には上がいる。

 俺である必要はないのだ。


「昨日あなたを見たとき、ビビッときた」

「はぁ」

「あなたの尻尾を触って確信した。運命の出会いなのだと。おにいちゃんがもふもふには人を虜にする魅了の魔法がかかっている、って言ってたけどそれは正しかった」


 握りこぶしを作って力説する少女。興奮からか頬が赤くなっている。

 環境が少女をおかしくしたのかと思ったが、少女がおかしいのは元からかもしれない。

 もしくは兄貴のせいか。


「尻尾を褒めてくれるのは嬉しいけどよぉ、お前が付いてくると俺の命が危ないんだが。面倒ごとは勘弁だぞ」

「わたしがあなたを守る。それにおにいちゃんもおねえちゃんもいる。きっと大丈夫」

「大丈夫ったってなぁ……。お前の強さはわかってるけど兄貴と姉ちゃんはどうなんだよ。兄貴が魔法使いで姉ちゃんは剣の達人だっけか?」

「そう。おにいちゃんは魔法使いでおねえちゃんは元騎士」

「へー、姉ちゃん元騎士様なのか。この国のか?」

「違う。遠く遠くの国」

「どこだよ」

「どこだったっけ」


 がくっとくる。

 姉ちゃんが働いてた国の名前くらい把握しておけよと思う。


「フランベルク王国騎士団グリフォン騎乗兵隊第一部隊副隊長だって」

「だって?」


 すぐ思い出したのか姉ちゃんの役職を言う少女。

 だって、というのはどういうことだろうか。まるで今言われたことを伝えてきたような……。


「おねえちゃんがそう言ってた」

「そうか……」


 まあ少女の言動がおかしいのは今に始まったことじゃない。

 少女が変なことを口走ってそれを毎回真剣に考えてたらこっちの頭がおかしくなりそうだ。


「フランベルク王国ねぇ。この辺にある国はそれなりに把握してるけどフランベルク王国は知らねぇな。それにグリフォンってあのグリフォンだろ? あれに乗ってる騎士なんて聞いたことないぞ。本当にある国なのか?」


 正直眉唾だ。

 グリフォンは獰猛な魔物で、人を乗せるなんて考えられない。


「ほんとだもん」


 ぷくーっと頬を膨らませて抗議してくる。

 俺はわかったわかったと軽く流す。

 まあおおかた妹に良い顔したかった姉ちゃんの作り話だろう。


「お前の兄貴と姉ちゃんがすごいってのはわかったけどよ、兄貴と姉ちゃんどこいんだよ。兄貴たちも俺に付いてくんのかよ」

「おにいちゃんとおねえちゃんはわたしの中にいる。もちろん一緒」

「え?」


 わたしの中にいるって……。


「お前の兄貴と姉ちゃんって死んでんのか?」

「そう」

「死んでるってお前な……。そんじゃあ頼りにならねぇよ」

「なる。いつもわたしを守ってくれてる」


 見守ってくれてるかもしれないが死者は戦力に数えられないのは当然だ。

 この少女は幼いからそれを本当に信じているのだろうがこればかりはどうしようもない。

 だが部屋に侵入するときに兄貴が協力してくれたと言っていたがそれはどういうことだろうか。

 この少女のことだからきっと兄貴が生前教えてくれた魔法を、兄貴が協力してくれていると言っているのかもしれない。


「まあいいや、どうせ付いてくんなって言っても聞かなさそうだからな。付いてくるのは良いけどなんかあったら絶対に俺を守ってくれよ?」

「任せて」


 コクリと頷き了承する少女。

 もうこの頭のおかしい少女を説得するのは諦めた。

 こいつと共に行動することで俺の命が危ないが、最悪こいつの蘇生魔法に頼ればいいと俺は考える。


 死者蘇生なんて奇跡、俺だけが独占できるのは相当運が良い。

 冒険者なんて、死と隣り合わせの危険な仕事だ。

 今日一緒に酒を飲んだやつが明日にはいない、なんてよくある。

 少女と共に行動すること自体リスクであるが、死を恐れなくて済むようになるのはそれに見合うメリットだ。

 この少女が俺を利用するというのなら、俺も利用し尽くしてやる。


「そんじゃあまあ一緒に行動するわけだし自己紹介でもしようか。俺はカイム。見ての通り狼の獣人だ」

「わたしはイオ。ヒューマン。よろしくね」


 俺はイオと握手する。

 少女の小さな手は強く握れば潰れてしまいそうな気がした。

 しかしタコができて硬くなった手のひらは、戦士の手だった。





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