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2話


「うっ……」


 ゆっくりと俺は目を開ける。

 正面には満月が見える。

 意識が途切れる直前に見た満月より少し傾いて見える。

 だいたい半刻ほど寝てたらしい。

 身体中が痛む。

 切り傷だらけの右腕を顔の前で握ったり開いたりする。


「……なんで生きてんだ? 俺」

「心臓は止まってたよ?」


 俺の独り言に誰かが応えた。

 上から声がする。

 顔を少し動かすとこちらを覗き込む上下逆さまの少女と目が合った。


「君は?」

「クソったれ襲撃者?」

「……そう」


 少女は顎に人差し指を当てて、んー、と悩んだあと自分をクソったれ襲撃者と言った。

 クソったれ襲撃者とは俺が先ほどの戦闘であの襲撃者に向かって言っていた呼び方だ。

 この少女が本当にさっきの襲撃者だったとして、呑気に会話している場合ではない。

 無駄だとしても逃げようと急いで起き上がろうとすると、身体に激痛が走り思わず呻く。


「ウグッ!」

「まだ寝てなきゃダメ」


 少女が起き上がろうとする俺の頭を両手で抱えるように掴むと、少女は自身のふとももの上に俺の頭をのせた。


「なんで膝枕?」

「ずっとこうしてたから?」

「……そう」


 俺が気を失ってる間も膝枕をしてくれていたらしい。

 だがますますこの少女の目的がわからない。

 襲ってボコボコにした相手を介抱してやるなんて意味不明だ。

 俺が少女の真意を探っている間にも少女は俺の耳をふにふに触っている。


「耳触るの楽しいか?」

「クセになる感触」

「……そう」


 少女は俺の耳を気に入ったらしい。

 殺し屋に気に入られるなんてちっとも嬉しくないが。


「つかお前さ、なんで俺を襲ってきたわけ? 殺し屋差し向けられるような覚えないんだけど」

「今日はオフの日だった」


 質問の答えになっていない。

 少しイラッとしたが相手は俺よりも強い殺し屋。

 膝枕をされている今の状況など、首筋にナイフを当てられているのと同じだ。

 あまり刺激しないようにここはぐっと堪えて、俺は聞き役に徹することにする。


「オフの日だったのはわかった。だがどうして俺を襲うことになったんだ?」

「散歩してたらあなたが歩いてたのを見かけたの」

「……それで?」

「尻尾に触ってみたくなったの」

「……へ?」


 少女の予想外な回答に思わず呆けてしまった。


「尻尾に触ってみたくなったの」


 俺が聞き取れなかったと思ったのか少女は、もう一度同じセリフを言った。

 いや、そうじゃない。


「尻尾、って俺の尻尾か?」

「そう」

「尻尾を触りたかったから俺を襲ったのか?」

「そう」


 少女のあんまりにあんまりな回答に俺は額を手で覆う。

 そんなアホな理由で俺は殺されかけたのか……。

 ん、殺されかけた? ああ、そうだ!


「なあ、さっき俺の心の臓が止まってたってどういうことだ?」

「? そのまんまの意味だよ?」


 少女が不思議なものを見るような目で俺を見る。


「心の臓が止まってた、ってことは俺は死んでたってことか?」

「心臓は止まってたけど死んではいないよ?」


 少女の言っていることの意味がわからない。

 心の臓が止まっていても死んでいないというのはどういうことなのか。

 まさかこの少女は死者蘇生の大魔法なんておとぎ話のシロモノを使えるとでも言うのだろうか。


「……よしわかった質問を変えよう。百歩譲って心の臓が止まってても俺は生きていたとして、どうして今俺の心の臓は動いてんだ?」

「もう一回胸を雷撃でビリビリさせた」

「は?」


  少女いわく止まった心の臓は電撃で刺激してやると再び動き出すらしい。電撃を浴びせる前に胸を押して心の臓をマッサージしてやるのがポイントなのだそうだ。

 どうやら死者蘇生の奇跡とはあまりにも力技なようだ。


「殺し屋が死者を蘇らせられるなんておかしな話だな」

「だからあなたは死んでいないと」

「わかったわかった。そういうことにしといて欲しいんだろ? 蘇生の魔法なんて教会やら貴族連中に知れたら大騒ぎだもんな」

「だから違うと言っている」

「大丈夫だって、誰にも言わないから。俺だって命は惜しいからな。誰かにバラせば今度こそお前に殺されそうだ」

「むー、だから違うのに」


 少女は頬をぷくーと膨らませてこちらを睨んでくる。

 こうしてる分には年相応の少女らしくて可愛げがあるのに。

 こんな少女が俺より強いというのはいまだに信じられない。


 これでも俺は5年冒険者をやって4等級までなったのだ。

 級無しから始まり3ヶ月で7等級、その半年後に6等級、1年ちょっとで5等級で4等級になるのには2年かかった。

 これほどのスピードで4等級まで上がれるヤツはそうそういない。

 将来有望、この街では期待のルーキーと言われていた俺だが、10歳くらいの少女に傷一つ追わせられなかったのは正直ヘコむ。


「まあ蘇らせらてくれたのは助かったよ。だけど元はといえばお前のせいで俺は一回死んだんだ。これで貸しひとつ、ってのは無しだぜ」

「貸し借りなんて求めてない。わたしはしっぽを触りたい。ただそれだけ」

「話聞いてたか?」

「触らせてくれないの?」


 そこはかとなく悲しそうな顔をする少女。

 俺を殺すほどそんなに尻尾に触りたかったのか?


「触ってもいいが条件がある」

「なに?」


 俺の耳を触る手を止めずに少女は首を傾げて聞き返してくる。

 俺は一回深呼吸したあと尻尾を触らせる交換条件を提示する。


「俺を無事に解放しろ。そんで2度と俺の命を狙わないと誓え。それが条件だ」


 俺は俺を覗き込む少女の目をまっすぐ見つめ、はっきりと要求を伝える。

 少女が殺し屋であり死者蘇生の奇跡を扱える以上、最後に口封じとして俺が殺される可能性が高い。

 正直こんな口約束なんの意味も無く、少女が約束を守る必要などないのだが、この時なぜか俺はこの少女なら守ってくれると思えた。


「わかった」

「実は嘘だ、なんて後ですんなよ」

「そんなことしない」


 少女は殺そうと思えば俺なんていつでも殺せる。

 俺には少女の言葉を信じるしか選択肢がない。


「おらよ、触りたいだけ触っていけ」


 俺は横向きに寝返りをうち、尻尾を触りやすいようにしてやる。

 起き上がらなかったのはまだ身体が痛かったからだ。


「おお」

「イダッ! 急に立つなよな……」


 尻尾を見た少女は目を輝かせるとすくっと立ち上がる。

 膝枕をしてもらっていた俺は少女のふとももが突然無くなったために地面に頭をぶつけた。

 顔が毛に覆われていたからって痛いものは痛い。


「おお……もふもふ……」


 少女は俺のけつの横にしゃがむとわしゃわしゃと尻尾を触りだす。

 毛の向きに逆らって撫でるのは正直やめてほしい。なんだか変な感じがしてすこし気持ちが悪いのだ。


「俺の尻尾はどうだ?」

「毛がほどよく硬いの、悪くない」

「……そう」


 俺としては尻尾はふわふわの方が好きだ。

 俺はこの硬めの毛質を少し気にしていたのだが、この変わり者の少女は硬めが気に入ったらしい。

 ほんとこいつ変わってるな。


「スーハースーハー」

「臭いは嗅ぐんじゃねぇ!」


 少女が尻尾に顔を(うず)めて臭いを嗅ぎ出したので慌てて尻尾を少女から引き抜く。


「けものくさかった」

「獣臭くって悪かったな!」

「でも嫌いじゃない。なんだかクセになる臭い」


 こいつ変わり者ってレベルじゃねぇ。完全に変態じゃねぇか。


「ああもう終わりだ終わり! 十分触っただろ!」

「触りたいだけ触れって言ったのに」


 不満気に少女が抗議する。


「言ったが臭い嗅いでいいとは言ってねぇ! もう俺は行くぞ!」

「むう、じゃあまた触らせてね?」

「ぜってー触らせてやんねー」


 俺は痛みに顔をしかめながらもゆっくりと立ち上がる。

 痛みにいい加減慣れたのかなんとか立ち上がれるようにはなった。

 憂鬱なのはここから俺の宿が遠いことだ。 こいつとの逃走劇で随分と遠くまで来てしまった。


「もう俺は行くぞ」

「待って」

「まだなんかあんのかよ」


 歩き出すと少女に呼び止められた。

 いやいや少女に振り返る。


「しっぽのお礼」


 そう言って少女は俺へと手のひらを向け、あろうことか魔法陣を展開させた。

 一気に汗が噴き出す。

 こいつ約束を破りやがった! やっぱりこいつは俺を消すつもりだ。

 こいつなら約束を守ってくれるなんて思った先ほどの自分を殴ってやりたい。

 勝手な思い込みで警戒を解いていた俺は身体が硬直してしまい、今にも発動しようとしている魔法陣をただ見ていることしかできない。


 少女の魔法が発動する。

 俺は腕を盾にして固く目をつぶる。


「あ、あれ……?」


 だが予想に反して衝撃が俺を襲うことはなかった。

 逆に感じたのは落ち着くほのかな温かさだった。

 恐る恐る目を開ける。

 するとどういうことか、俺の身体がほのかに光っているではないか。


「回復の魔法。これで怪我は治る」


 そう少女が説明してくれる。

 腕を見てみればナイフによる切り傷が時間を巻き戻すかのように塞がっていく。

 どうやら少女は俺を襲わないという約束を守ってくれるようだ。

 今日は全く最悪な日だ。一日どころか一晩で何度死を覚悟したことか。

 いや、1回は死んだんだったか。


「お前、癒しの魔法使えるんだな。まあ死者蘇生もできんだ。生者を癒すのなんか朝飯前か」

「蘇生はできないと何度も言っている。回復魔法はおにいちゃんが教えてくれた」


 なんだ、こいつには兄がいるのか。これは意外だ。

 てっきり殺し屋なんてアウトローな仕事をやってるから家族なんていないと思っていた。


「ふーん、お前の兄貴は教会の関係者かなんかか?」

「違う。おにいちゃんは魔法使い」

「魔法使い? じゃあなんで癒しの魔法が使える」


 俺が少女の兄が教会関係者と最初に予想したのはわけがある。

 癒しの魔法とはすなわち神の慈愛。神に日頃から祈りを捧げる聖職者しか使うことができないのだ。


 魔導を極めんとする魔法使い、神の力を借りて聖なる魔法を行使する聖職者。

 同じ魔法を使う者同士でも、魔法使いか聖職者かかでできることとできないことがあるのだ。


「おにいちゃんはすごい。わたしのために頑張ってくれた」


 ということらしい。

 全くわけがわからん。

 まあ少女は死者蘇生なんてできるんだ。その兄もなにかしら特殊なのだろう。


「おねえちゃんもすごいよ。剣の達人」


 聞いてもいないのに今度は姉を紹介された。

 尻尾の件といい、この少女は思いつきで行動するらしい。少女の唐突さにはついていけない。


「ああそうかよ。じゃあ兄ちゃんと姉ちゃんにもよろしく伝えといてくれよ。ちゃんと妹の手綱は握っとけって」

「わかった」


 絶対わかってないわ、これ。

 少女はバイバイ、と手を振っている。

 戦闘力はたいしたもんだが頭の方は残念なようだ。


「またね」

「もう2度と会いたくねーよ」


 俺はもう振り返らず、宿に向けて歩き出すのだった。


 


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