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バルバロイ・ダンス!~最強主人の奴隷様~  作者: 切子QBィ
一章 ダンシングブレイド
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ダンシングブレイド9

「旦那方、どこまでで?」


 狭い空間を内燃魔導機関の駆動音が複雑に反響。耳を叩く。

 潤滑油の汚れが染みた作業服を纏う操作者の質問に、一瞥もせずダークは答える。


「五階、最階層へいってもらおう」


 投げられた硬貨を手慣れた動作で受け取り、魔術操作盤に手を向けた。灯る燐光。ガゴンと派手な駆動音を立てて階層移動装置マギ・ベイターが作動を始める。 

 ミシミシと音を立てて油と土と所々に薄い血の痕跡がある床が震えた。


「悪いが旦那ぁ、ここは釣り銭用意してねぇんだ。この硬貨じゃあと二、三往復は出来るぜ」


「チップというやつだ。取っておけ」


 無愛想に返事をする。礼も言わずに操作者の男は硬貨をポケットへねじ込んだ。


「ここは第五階層までいってまだ下がありやすぜ。最低階層までは四層は徒歩で潜らなければいけやせん」


「ああ、知っている。――コイツもよく知っているだろうよ」


 顎で紳士が指した方向には奴隷の少女――顔に鼻血の痕が見える――ヒートが相変わらずの殺意を込めた視線があった。

 それがどうにも紳士には愉快なようで、口元がわずかに歪んでいる。


「あれだけ蹴られても大してケガも無しか、頑丈なのはいいことだ」


 怒り狂った鎧の冒険者の報復――つまり動けないヒートへ蹴りの連打を浴びせた光景を思い出す。


「それに無駄に吠えなくなったな。静寂とは貴重なものだとようやく理解できたか」


 ダークの言葉を無視しながら、ヒートは怒りで煮えたぎる頭で思考を巡らせる。どうやれば殺せるか、どうすれば自由が手に入るか。もっとも確実で時間がかからない方法を。


――絶対に、なにがなんでも、


――自由になってやる!



▽ ▽ ▽


「さて、おいヒート」



 階層移動装置マギ・ベイターを降りた矢先、後ろにいるヒートへダークが声をかける。


「じゃあ戦闘奴隷らしく前を歩いてもらおうか。主人を守り、主人を助け、主人のかわりに死ぬのが戦闘奴隷の仕事だろう?」


 ニヤついた声と共にステッキが指し示す先にはダンジョンの通路があった。

 生命の泥と呼ばれるダンジョン構築体で作られた壁には発光体が埋め込まれてる。それ

により最低限の視認性は確保されているが、三メートル先はもう良く見えない。

 なによりも気配がする。闇の中で息づく何かが、ヒートを見ている。ダンジョン構築体で生成された擬似生命体モンスターが、本物の生命へと変わるために生者の肉を求めていた。


「チッ」


 舌打ちと共に前へ出る。両手には武器はなく、せいぜいが腰に持った非常用の小振りのナイフくらいしか武器はない。

 ヒートが怯える様を見物したいのか、だがこの男に恐怖を見せるのはイヤだ。まともな武器をくれと懇願するなど死んでもしたくない。

 無言の一歩を踏み出す。そのまま慎重さもなくズカズカと歩く。もはや開き直ってきた。


「ああ、そうだ」


 ダークの言葉と同時に、頭の上に急に気配がふえる。


――っ!


 瞬間的に身を屈ませる。頭上を黒い影が一瞬で横断。視界がゆらぐ。


――キル・バット!


 天井を羽ばたく大型の影。オオワシほどの大きさの吸血性コウモリがいた。発射される超音波にヒートの三半規管が刺激されてめまいが止まらない。

 羽ばたきが通路を動き回る。モンスターの使う空中姿勢制御の魔術により、不規則な軌道が走る。イナズマのような動きで焦点を絞らせない。このままでは死角を取られる。


「――キィィヤアアアアアア!」


 甲高い鳴き声が反射する。めまいにくらむヒートはナイフを抜き構えようとするが、キル・バットの正しい位置を掴めずもがく。

 その機を逃さず、キル・バットがヒートへ牙を鳴らし飛び込んだ。


「――ああ、忘れていたな。武器がなかった」


 右から声。気が付けばキル・バットが真っ二つに別れ左右の壁へとぶつかっている。

 ヒートのすぐ真横にダークがいた。何の気配もなく、一瞬でキル・バットを切り払っていた。


「……なん、だよ」


 苛立ちが声に出る。遊び半分で危機に追い込みながら、手頃なあたりで手をだして助けるこの男の行動が読めない。いや、ヒートを弄べればそれでいいのか。結局は彼女で遊んでいるだけだ。


「お前の言動があんまり猿に似ているものだから武器を渡すのを忘れていたよ。一応お前は猿じゃなかったな。阿呆に慈悲をかけてやるのも紳士の義務だ。ダンジョンに潜るなら武器くらいは貸してやろう。おまえには実に過ぎた武器だがな」


 何もない右手に光が宿る。奔流する光の文字。魔術に詳しくないヒートにも解る、超圧縮された何か巨大な情報の塊が現出する感覚。


『其は有にあらず。其は無にあらず。其は何にあらず。

其はいかなる時も、其は其ではなく。故に、其は其ではない何かである』


 響くダークの言葉。呪文のような何か。ヒートの肌を震わせる強烈なプレッシャーは、込められた言霊の強さか。


「なんだ、……それ」


 ヒートには見たことが無い魔術の一種。恐らくは高度な召還魔術か。


変貌かわれ。「不定なる刃ヴァルト・アンデルス」』


 光が伸びる。やがて重ねられた情報が物理力として世界に権限する。ダークの手の中へ奇跡が現れた。


「この剣の銘は『ヴァルト・アンデルス』。私の所持する魔剣の内の一振りだ」


 手渡されたのは一メートル半ばほどのただの鉄の棒だった。


「――ふっざけんなテメェ!」


 ここまでがヒートの我慢の限界だった。流石に怒鳴るのを止められなくなる。


「なんだあの派手な演出は!? 思わせぶりなことして渡すのはこれかよ! もっとまともなのよこせよこの野郎! ていうかこんな棒よりそっちの仕込み刀寄越せよ!」


「こっちが欲しいのか野良犬」


 引き抜かれたステッキの柄。現れたのは複雑な紋様を描く細い薄刃の刀身=ダマスカス錬成方により作られた剣。


「これは薄刃でお前のようなバカ力を振り回す駄犬には向かん。すぐに折るのがオチだな」


「それでもそんな鉄棒より遥かにマシだろ!」


「だまれ」


「あだっ!」


 いきなり頭を鉄の棒で小突かれて声がでる。叩かれてわかったが、やはりこれはただの棒だ。


「いっただろうこれはお前に過ぎた魔剣だとな。私の保有する千を超える剣の中でもなかなかのものだ」


「魔剣を……せ、ん?」


 魔剣。超魔導の粋を刀身に封じ込めた常識を外れる武装。魔術師の技術で作られたものも有れば、ダンジョンで異物として発見されたオーパーツも含まれる。

 下層の魔剣でも下手をすれば城を買える金が動くという話だが、それを千も保有するとは。


「……嘘だろ、そんなもん千も個人の冒険者が持てるか!」


「お前が信じる信じないだの私の知ったことではない。私は剣士であり、それを収集することを生業としている者だ」


「剣士、なのかお前……?」


 このダンジョンでさえスーツを着こなす男は自称剣士らしい。言われてみれば確かに剣の腕は高い。


「まあ肩書きはそれ以外にもあるがな。それなりに生きれば勝手に増えていくものさ――そして、手に入れた剣はこうして保管している」


 白い手袋がめくられる。露わになるダークの素手。


「な、んだ、これ……?」


 手の甲と指が黒と赤に全体が染まっていた。

 よくよく目を凝らせばそれは魔術に使われるガリエ文字である。ビッシリと書き込まれた幾何学紋様とガリエ文字が高密度の配置と重なり合いを繰り返し、もはや「色」とさえ表現できるほどの代物になっていた。手首まで続く紋様と文字は腕や胴体まで連なっているだろうということは容易に想像できる。


「魔剣を魔術により魔導文字情報として分解、変換しこの身に記述しているのさ。それにより千を超える魔剣の全てをこの身一つに保管することができる。この体の皮膚全てが剣の保管庫ということだ」


 あの鉄の棒を取り出す魔術は、皮膚に刻み込まれた魔剣の情報文字をこの世界に物質として再生させるためのものだったのか。


「さあ私のことなどお前に話しても仕方がない。意味も価値もない行為に費やす時間は私にはないんだ。とっととこれを持って前を歩け。そして番犬の役目を果たしてみろヒート。何度も言わせるな、これはお前程度には過ぎた代物なんだ。戦闘奴隷では触れるだけでも光栄にのた打ちまわって地面にハゲるほど頭をこすりつけるのが妥当な所だぞ」


 鼻先に突きつけられた鉄の棒――にしか見えないダーク曰く『魔剣』をいぶかしむ表情で睨み、ヒートはそれを手に取った。


 鋳造らしき荒い表面。一応は真っ直ぐに整形されている。振ってみればごく軽くしなる感覚。堅さ、持った感触、重み。全てを統合して判断してみても、


――これやっぱり……ただの鉄棒だろ?


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