第九話
瞳と美奈は顔を見合わせる。瞬の言葉が理解できていないようだ。人は、認めたくないものにぶつかると、自然と思考回路を閉ざしてしまう生き物なのかもしれない。
「早く、手伝ってくれよ」
瞬が苛立ちを百パーセント声に込めて言う。
「早く、早く」
明も藁にもすがるような気持ちで言う。
どんどん包囲の輪は縮められていく。
瞳と美奈は互いにうなずきあい、石を抱えようとした。石は頑固に動かない。
「もうダメ。こんなの無理よ」
「無理なもんか。最後まであきらめるな」
美奈の泣き言を、瞬がたしなめる。ツチノコ探しをすることに決まったときと、立場が完全に逆転している。
「何よ。瞬はいつも、何事も諦めが肝心だって言ってるじゃないの」
美奈がぼやく。瞬はそれを黙殺する。否定できないことだよな、明は心の中でくすりと笑った。
「あともう一回だけ、みんなでやってみましょう。それでダメなら、諦めましょう」
瞳が提案する。言葉的には、口調に悲壮感を漂わせてもおかしくないものだが、淡々として言った。
「そうしよう」
明も瞳の意見に同調する。瞬も、もちろん賛意を示す。美奈だけが渋っている。
「やるぞ」
構わず、瞬は再び石と格闘を始めた。明や瞳もそれに続く。
「美奈ちゃん、もう一回だけやってみよう」
瞳が石に体重を傾けながら言う。それを見て、美奈もようやく重い腰を上げた。
「せえの」
四人は瞬の掛け声の下、一度に力を入れる。何かが動く。石だ。あそこまで頑固だった石が遂に動いたのだ。
みるみるうちに霧は晴れていく。と同時に、四人を取り囲んでいたものがその姿を白日の下にさらした。
半魚人だった。
「みんな、こっちだ」
瞬が石の据えられていた場所を示しながら言う。そこには、ぽっかりとした穴があった。
「ここに隠れるぞ」
そう言うと、瞬は自ら率先して穴の中にもぐる。どう考えても無理だと明はとっさに思った。しかし、時間はない。逃げ場もない。美奈や瞳も、我先にと穴の中にもぐりこむ。小さく見えた穴だが、意外と懐は深いようで、三人とも何の苦もなく中に入っていった。
「何してるの、明君。早く来ないと、つかまっちゃうよ」
瞳が中から、いまだに躊躇している明に声をかける。
半魚人はじわじわと近づいてくる。明は、ついに穴の中へ飛び込んだ。