第八話
あたり一面に、低いうなり声が響いている。船の汽笛のようにも聞こえる音だ。
「ねえ、なんか聞こえるよ」
美奈が泣き出しそうな声で言う。
「見つかると、まずいことになるので、見つからないようにしてください」
「ちょっと待って。見つかるって、誰に見つかるの?誰かいるの?」
「あなた方にとって、敵となるものであるとだけ言っておきましょう」
謎かけのようなことをツチノコは言う。美奈の瞳には、ますます不安の色が浮かぶ。
「で、俺たちはここで何をすればいいんだ?」
瞬の言葉だ。彼は常に本質を見ようとしている。
ツチノコはなぜかここで、口を閉ざしてしまった。何だよ、ここまで連れて来ておいて、明は心の中で、ひとりごちる。
一行の耳に入る音が、謎のうめき声だけになってしまった。
不気味な時間が流れる。誰も何も話さない。霧は、少しだけ薄くなっているように見える。
「さあ、皆さん。こっちです」
いつの間に移動していたのか、ツチノコが四人と少し離れた所から呼びかける。明たちは、何が起きたのか、よく把握できぬままツチノコの傍に駆け寄る。
そこには巨大な石が安置されていた。
「この石をどかしてください」
ツチノコだ。その言葉に、瞬が真っ先に反応した。石を両手で抱え、持ち上げようとする。顔を真っ赤にしている。しかし、石はまったく動く気配を見せない。
「なんだ、これは。重すぎるぞ」
瞬は相変わらず、諦めが早い。ヤマタノオロチと対峙したときの粘り強さが嘘のようだ。
自然の流れから、明が石と格闘することになった。しかし、やはり石は、うんともすんとも言わない。続いて、美奈と瞳もそれぞれ石に挑戦をする。が、結果は同じだった。
「俺たちには無理だ。おい、ほかに何か方法はないのか?」
瞬がツチノコに聞く。聞くと言うより、詰問すると言ったほうが良いかも知れない。
「ありません。なんとかして、この石を動かしてください」
取り付く島もない。ツチノコはそんな口調で言った。
うめき声の数が、次第に多くなってきた。気がつくと、四人の側からツチノコは消えていた。
「あの、馬鹿蛇め。どこに消えやがったんだ」
瞬が悪態をつく。その声からは焦りが滲み出していた。
「ねえ、私たち、もしかして取り囲まれたんじゃない?」
美奈が言う。確かにそう言われてみると四方から声が聞こえるような、明はそうつぶやいた。瞳は不安と戦うように、じっと押し黙っている。
「よし、とりあえずこの石をどかすぞ」
瞬が無謀なことを言う。言うだけではない、彼は再び石に組み付いた。
ほかの三人は、ただ見ていることしかできない。
「なにやってんだ。手伝えよ。一人じゃ無理でも、四人で力を合わせればできるかもしれないじゃないか」
「なるほど」
瞬の言葉に相槌を打って、明も石に組み付く。
うめき声が少しずつ、近づいてくる。
「早く」
瞬が、残りの二人に懇願する。もう時間がない。
「でも、霧が晴れたら私たちは襲われるんじゃないの?」
瞳が言った。美奈も、うなずいている。
「どうせ、晴れなくても襲われるよ」
瞬が珍しく投げやりな口調で言う。その声にはツチノコへの怒りが込められているように、明は感じた。