第十六話
竜は、一直線に明たちのもとへ向かってくる。彼らには武器もなければ、何らかの特殊な能力もない。普通の高校生なのだから。
じっと動かなかったツチノコが、ごそごそと動き始めた。
「ここは私に任せて、早く逃げてください。私が時間を稼ぎますから、そうすれば、逃げ切れるはずです」
「無茶言うな。だいたいお前みたいなやつが、どれくらいあいつを食い止められるっていうんだ」
瞬が声を荒げる。だが、明はツチノコの好意を素直に受け取りたかった。それ以外に打開策は浮かばないのだから。それは、瞬にしても同じだったのだろう。一度は拒否したものの、すぐに思い直したように、頼む、と言った。
明たちはひた走りに逃げる。ツチノコの努力を無駄にしないためにも、少しでも遠くへ走る。
「お願いです。彼らのことは見逃してやってください。何でも、あなたの言うことを聞きますから」
「うるさい。裏切り者の言うことなんて信用できるか!」
爆発音がする。もう駄目かもしれない、明たちの希望は打ち砕かれる寸前だ。
「私は裏切ってなどおりません。しかし、ずっと彼らと行動を共にしていたら、かわいそうになってきてしまって」
「それを裏切りというのだ。はじめは、あの不届き者どもを抹殺するのに手を貸していたではないか。それをなんだ。今になってかわいそうになっただと。笑わせるな」
「彼らは不届き者ではございません。一緒に行動していて分かったのです。何も来たくて来たわけではないのです」
ツチノコが必死に懇願している声が、明たちの耳にも入ってくる。
「来たかったとしても、来たくなかったとしても、ここに来てしまったことには違いないのだ。あの者たちには消えてもらうしかない。もし、お前がどうしてもわしの言うことに賛成できぬのなら、お前も一緒に消えてもらおう」
残酷な声があたり一面を震わせる。稲妻が四人の後ろを激しく走る。焦げくさいにおいが彼らの鼻に入ってくる。
「まずい。たぶんツチノコがやられたんだ。もっと早く走ろう。そうしないと俺たちも死んじまうぞ」
瞬が息を切らしながら、しかし冷たいほどの冷静さで言う。
「もう私、走れない」
「おい、美奈しっかりしろ」
よろめく美奈を瞬が励ます。
「見て。あの穴よ」
瞳が走りながら正面に見える洞穴の入口を指で示す。
「あそこが多分出口よ」
そして喘ぎながら付け足す。四人は気力だけで走った。もう限界だ、と思ったときだった。
「次はお前たちだ。一撃で始末してくれる」
酷薄な竜の声。落ちる雷。真っ暗になっていく視界。
落雷の激しい音がする。何かが彼らの頭上を守る。煙が立ち上る。
気がついたとき、彼らは蛇穴の入口に立っていた。
「僕たち、生きてるの?」
明が信じられない思いで誰にともなく尋ねる。
「みたいだな」
「ってことは、私たち助かったのね」
「でも、ツチノコは?」
瞳が周辺に目を配る。
「死んじゃったのかも」
美奈が一瞬の喜びも束の間、寂しげに言う。
「おい、お前、手に何持ってんだ?」
瞬が美奈の手に握られている紙に目をつけた。
「何だろう。・・・・ツチノコの手紙だ」
夕焼けが、深い夏の空を赤く染めていた。
久しぶりにこういう話が書きたくなって、衝動的に書きました。結構肩の力を抜いて書けたので、書いていて楽しかったです。少し子供っぽい雰囲気の作品でしたが、最後まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。