ヤミは病みのちデレ?
俺そういえば奴隷だったんだった……。すっかり忘れてたよ。
「まぁそんなに落ち込むことはないわ。なんならその依頼ばっくれちゃえば――」
「きゃああ!」
耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。思わず俺たちはそっちに目線を向ける。
そこにはいかにもお嬢様って感じのドレスを着た女を、見知った黒服の男が拘束していた。彼は手にナイフを持ち、女の喉元に突きつけている。
あいつはカジノの……。
「おい貴様、薄汚い手でお嬢様に触るな!」
声を発したのはこれまたきっちりとした正服を着たロン毛の男だ。
どうやらあのお嬢ちゃんの警護らしいな。
「動くんじゃありません! 動けばこの女の命はないですよ!」
なにやら不自然な敬語で脅している黒服の男だが顔からは大量の汗が吹き出ている。内心穏やかでないのは明らかだ。
「私の目的は身代金です! さっさと五千億ギル用意しなさい! この娘がこの国の第二王女だということは判明しているのです!」
「ちっ、余計な事を……」
第二王女だと? なんでそんな奴がこの街にいるんだ。いやそれよりも意外とまずいんじゃないのかこの状況。
あの黒服がこんな事やったの十中八九俺らが宝石盗んだせいだろ。
「ふあぁ……」
それにしてもあの王女、全然悲鳴をあげないな。最初はビビって声も出ないのかと思ったけどそうじゃないみたいだ。その証拠に王女は今あくびをしてる。いや流石に呑気すぎだろ。
「あ、あくび⁉︎ あなたいったいなにを考えているんですか! この状況がわかっているのですか?」
ほら、脅している方が逆にビビっちまってるよ。そりゃあくびなんて事されたらあまりにも余裕がありすぎて怖いよな。
さては最初の悲鳴もこのお嬢様じゃなくて見てる通行人の方だな。
「ふぅ……わたくしは退屈ですの。ライト、もう飽きたわ」
「はっ!」
「がっ⁉︎」
ロン毛が腰にささっていた鞘から剣を取り出すと、一瞬のうちに彼はそれで黒服を斬り捨てた。
あまりにも速すぎて、おそらく俺以外の誰にも何が起こったのか分かっていないだろう。
倒れた黒服は血は出ていない。彼が峰打ちで済ませたからだ。倒れたまま奴はロン毛の男を見上げると、震える声で、
「お、お前が……特警のシェパードですか。私は運が悪かった、ようです……ね」
そう言って、気絶した。
にしてもあのロン毛がシェパードだと。あいつにどうやって手紙渡せばいいんだよ。
今近づいたら俺も不審者だと思われかねないような……。
「お嬢様、ご無事ですか」
「行動が遅いですわよ。もっと精進しなさいな」
「はっ! 失礼しました」
いや、こそこそする必要なんてどこにもねえ、俺たちは何も悪いことなんて……してるな。思いっきりしてるな。
けどまぁ俺が盗んだわけでもないし、いいか。
「あの、あなたがシェパードって人であってます?」
「なんだ貴様は。それ以上近づいたら貴様も斬るぞ」
「えーと、俺はレインっていう人からあんたに手紙を届けるように言われたんだ」
「レイン? まさかあのレイン様か?」
「どのレインか知らんけどほら、これが手紙」
「貴様はそのまま手紙を地面に置いて離れろ」
用心深いやつだな。まぁ王女が近くにいるなら当たり前か。
ロン毛は俺が置いた手紙を拾うと、中身を開け読み始めた。最初は普通に読んでいたが途中で驚くような顔になり、最後は納得したかのような顔で読み終えた。
「ふん、なるほど。おい貴様、返事を書くから机を持ってこい」
「あ、はい」
奴は手紙を封筒に戻し、懐に忍ばせるとそう言ってきた。
人使いの荒い奴だな。まぁでも仕事だ、仕方ない。俺は近くの店から机と椅子を持ってきて、奴を座らせた。
そこで奴は手持ちの紙に何かを書き始め、書き終えるとそれを封筒に入れて俺に渡してきた。
「これをレイン様に届けろ」
「命令かよ……まぁいいけど」
「ん? そ、そこにいるのは……デレハちゃん⁉︎」
「へ?」
ロン毛が急にクリスに向かって驚いたように声をあげた。顔はオタクのおっさんのように興奮していた。
しかし数秒後に自分が恥ずかしい行動をした事に気付いたようで、いつものキリッとした顔に戻ったが。
今デレハって言ったよな。それってクリスの踊り子の時の偽名だから、こいつがそれを知ってるって事は。
「あんたデレハのファンなのか?」
「そ、そそそんなわけないだろ! 僕がそんな下々たちが崇める踊り子など興味あるはずがない!」
「ふーん。実はここだけの話、俺とデレハ付き合ってんだぜ」
「公務執行妨害で貴様を死刑とする」
あ、こいつかなりのファンだわ。面白いくらい表情がコロコロと変わるな。
「ライト、くだらないことをやってないで行きますわよ」
「え、お、お嬢様。しかしここにデレハちゃんをたぶらかした不貞の男が……」
「わたくしの言うことが聞けなくて?」
「は、はっ! お伴します」
「……ふん。愛だの恋だのくだらないですわ」
「おい貴様、デレハちゃん手を出したら殺すぞ」
不吉な事を俺に呟いて彼らは去っていった。
なかなか面白い奴だったな。なんにせよ手紙を渡せて良かった。
つーかクリスって人気なんだな。
「タイガー様……私を、捨てたんですか……?」
「え?」
そんな事を考えていたら、ヤミが普段聞いたことのないようなドスの効いた声でそう言ってきた。顔は俯いててよく見えないが、どうやらヤバイなこれ。
なんでわかるかって彼女、手に鎖を持ってます。いつの間にかスキルを使ってます。俺の事縛る気満々ですよこれ。
「や、ヤミ落ち着け。さっきのはあいつをからかう為に言った嘘だよ」
「なーんだ。そうだったんですかっ。良かったですっ。危うく私、タイガー様を鎖で縛って二度と私以外の女が見れない状況にしちゃうところでしたっ」
「へ、へぇ……そうなんだぁ」
や、やべぇええ。なんだこの子! 可愛い顔で何考えてんだ?
今度からヤミの前では下手な事言わないでおこう。
「からかっただけって事は何? 大河にとってあたしと付き合うってのはその程度のものなんだ? ふーん?」
クリスの目から光が消えていた。
あれ? 俺そこまで悪い事したっけ?




