膝カックン
タイトルの女の子が出るのいつだろう
「…………?」
誰だこいつ。見たことある気がするけど、知らん。
俺が突然現れた大男に首を傾げていると、そいつはニヤニヤした表情のまま、俺とナナカさんの間に入るように、カウンターに身を乗り出した。
「こんな万年Eランクのクソ野郎にクエスト依頼するよりよぉ、俺たちのパーティーに依頼してくれよ、ナナカさんよぉ」
大男はニヤニヤと笑いながら俺を指差しつつ、ナナカさんに話しかける。するとクスクスと笑い声が聞こえ、気がつけば大男のパーティーだろう、男女が俺を見ながら嘲るように笑みを浮かべていた。
俺は時々こんな奴に絡まれることがあるが、基本何も言い返さない。さすがに事実無根のことを言われれば言い返すが、大抵言われることは、万年Eランクだということと、武器を扱えないことで、それは揺るぎない事実だからだ。だから彼らの嘲るような笑みも、いつも通りのことだと、するっと受け流した。
「…ダーグラさん、がノラさんより採取が上手になったら依頼しますよ。あなたに頼んだら、トルネ茸のカサしか採取してこないでしょう?」
しかし、ナナカさんにとっては受け流せない部分があったらしい。静かに口を開くと反論を始めた。
「んだとぉ? ちっと美人で人気だからって調子乗るなよぉ? あんたが振り分けるクエストが不当だって、言ってる奴は結構いるんだぜ?」
「失礼ですね。私は皆さんのランクと、態度を見てクエストを振り分けています。大切な依頼主の仕事に、手を抜いて粗暴なハンターを就かせるわけにはいきませんから。ちなみに今日のダーグラさんにオススメのフリークエストは、ハギの実10個の採取です」
「んなもんDランクのハンターの仕事だろうが! 俺はCランクのハンターだぞ!」
「もちろん存じております。それを踏まえての、振り分けです」
ナナカさんは怒るダーグラという男の叫びに一歩も引かず、冷ややかな笑みを浮かべたまま淡々と答えていく。
「てめえっ! 言わせておけばぁっ!」
その態度についに激昂したダーグラは、拳を振り上げナナカさんに殴りかかった。しかしナナカさんは逃げることもせず、拳を振り上げるダーグラをジッと見つめる。
けれど、身体は震え、瞳にはうっすらと涙を浮かべていた。
はぁ…、本当にこの人は。
たまにこんな場面に出くわすけれど、いつも彼女は逃げることをしない。どんな相手でも、涙を浮かべるほど怖くても、冷ややかな笑みを浮かべ、立ち向かう。
それも、必ず誰かのために、立ち向かう。
きっと今回は、恐らくこのダーグラの適当な仕事の被害を被っている大事な依頼主のため。
そしてもう1つは俺のため、なんだろう。
全く、いつか誰かのために命を落としそうなくらい優しい人だ…。
「はいはい、やめー」
そんな人が殴られるなんて、許せるわけがない。
俺はダーグラの膝を後ろから思い切り蹴飛ばし、膝カックンの要領で後ろに転倒させた。
「ぐあぁっ⁉︎」
「えっ…?」
ダーグラとナナカさん、2人の困惑した声が上がる。俺はそのまま2人の間に入り込むと、カウンターに背中を預け、ダーグラを見下ろしながら話しかける。
「情けねぇなぁ、大男。可愛い女の子に論破されて手を挙げたってだけでもカッコ悪いのに、格下の俺にも転ばされてよ」
「かわっ⁉︎」
背後でナナカさんが焼き鳥の部位を叫んだが、気にせずダーグラに話しかける。
「ほれどうした、寝転んだままか? かかってこいよ」
「っこの、ころ、殺してやるうううあぁぁっ!」
ダーグラはまんまと俺の挑発に乗ると、怒りに身を任せ殴りかかってきた。
よし、これでいい。俺が殴られて怪我をして一件落着ならそれでいいだろう。俺をボコボコにすればダーグラの気も晴れて、ナナカさんに手を出したりはしないだろうし。
少しでも痛みを無くすように脱力して拳に備える。おお…くる、当たる。意外と遅いな…、おお…!
「そこまでだ」
ダーグラの拳が俺の顔面に叩き込まれる直前ーーいやもう若干当たってるんじゃないかってくらいーー、威厳のある重量を持つかのような声が建物の外から聞こえ、ダーグラの拳は停止した。
「そんなに元気が有り余ってるようならクエスト中に発揮してもらいたいが、どうかね? ん?」
声の正体が屋内に入ってくれば、俺たちを取り囲んでいた喧騒も、いやそれどころか騒ぎを無視してクエストの手続きをしていた人たちの声も止まる。
「さあ、今日も仕事の時間だぞ、若き狩人たちよ!」
声の主は、ランドルト=ボーンクライン卿。サバ王国最強にして最高齢のハンターその人だった。