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乙女の園の格闘王  作者: 海空大地
新学期の動乱
8/10

8話 格闘王VS格闘王

薄暗い部屋の中央にかぐやと望が並んで座っている。

電気を使った証明は一切無く、壁に沿って等間隔に行灯の灯りが揺れている。

かぐやの正面に大きな御簾が掛かっており、その前に恰幅のいい初老の男性が鎮座している。

男性の横には控える様に、六人の男女が座っている。

静寂に包まれた部屋で初老の男性が口を開く。

『中級妖魔を倒す少女か……。』

重々しい声が響く。

たった今、先日の妖魔とあの戦いの事をかぐやが報告した所だった。

『かぐやよ、その少女は確かに光一郎の生まれ変わりなのだな?』

『はい、お父様。私の目の前で泉の息吹を使い、泉流の奥義を使って見せました。他にも光一郎としての記憶も有る様です。』

『ふむ、どういう事なのか……。』

かぐやの迷いのない言葉に、真実味を感じ思案する男性。

この男性こそ、かぐやの父親であり、鬼刀院家の現当主である【鬼刀院 源蔵(ゲンゾウ)】である。

『平尾よ、調べは付いているか?』

源蔵がかぐやの後方に向け話し掛けた。

そこには、いつの間にか男性が一人控えていた。

先日の妖魔との戦いの時に、現場まで光とかぐやを車で送り届けた人物だ。

『はっ、神尾家自体は鬼刀院家とは関係が有りませんでした。』

そんな事は既に望が調べていますわ。

かぐやがそう思っていると、平尾が話を続けた。

『ですが、光の母親は鬼刀院家の分家の一つ、北条家の血を引いています。』

?!光が鬼刀院家の血を引いている?!

『では、その少女が伝承の者の可能性も有るのだな?』

源蔵が鋭い目付きで平尾を見る。

『お待ち下さい。』

源蔵の横に控えていた女性が言葉を発する。

佳菜(カナ)、何か。』

源蔵が女性を見て言葉をかける。

佳菜と呼ばれた女性が座ったままで、一歩前に進み出る。

『我らは光一郎が行方不明になった若様かと思っておりました。ですが、そうであれば光一郎が伝承の者で有る可能性が高くなります。』

『そうだな。』

佳菜の言葉に頷く源蔵。

『では、伝承の者が既に亡くなり、更に転生した事になります。おかしくは有りませんか?』

『そう、そこに引っ掛かっておるのだ。』

どうやら、源蔵も佳菜と同意件の様だ。

『せめて、巫女様がお目覚めならばな……。』

源蔵が思案にふける。

『私ならば、起きていますよ。』

突然、源蔵の後ろの御簾の影から澄んだ声が聞こえてきた。

『?!こ、これは巫女様。お目覚めだしたか。』

慌てた源蔵が振り替えって頭を下げる。

『えぇ、つい先程目覚めました。前回からどの位経ちましたか?』

巫女が源蔵に訪ねる。

『は、あれから二十年が経ちました。』

『二十年……。随分長く眠っていたのですね?』

『いえ、千年の長きに渡り封印を守っておいでなのです。たかだか二十年位構わないでしょう。』

長く眠っていた事を悔やむ巫女を慰める源蔵。

その声色はこれまでとは違い、優しさを感じられるものだった。

『ところで、そちらの子達は?』

巫女がかぐや達の事を聞いてきた。

『は、私の娘のかぐやと従者の春川 望です。かぐや、望、巫女様にご挨拶をしなさい。』

源蔵がかぐや達に向き直る。

『初めてお目にかかります。源蔵の子、かぐやです。』

『その従者をしております。春川 望です。』

緊張して挨拶するかぐやといつも通りの無表情の望。

『そう、跡取りが出来たのですね。良かった……。』

巫女が安堵の声を上げる。

『かぐや、望。務めに励み、鬼刀院の未来を頼みますね。』

『は、はいっ。ご期待に添えるように精進します。』

『……努力します。』

巫女の優しい口調にも緊張して返すかぐや。

『それで、私に何か頼みが有るのですか?』

巫女が源蔵に問い掛ける。

『は、実は……。』

源蔵が息子かもしれない光一郎の事、その生まれ変わりだと言う光の事を説明する。

『そうですか……。初代の可能性が有るのですね?』

『はい、確証は有りませんが……。』

『いいでしょう。では、直接会う事にしましょう。』

?!巫女様が光と会う?!

巫女の存在は鬼刀院家の極秘事項である。

鬼刀院家の者ですら極一部の者しか会う事は許されていない。

その巫女が血筋の者とはいえ、外部の者と会うなどこれまで聞いたことも無かった。

『かぐやは私が会う理由が分からない様ですね。』

驚いているかぐやに気付いた巫女が声をかける。

『はい、そのような事を聞いた事が無かったものですから。』

『私には、人の魂を見分ける力が有ります。もしも初代の生まれ変わりならば、会えば分かるのですよ。』

『そんな……事が、出来るのですか……?』

巫女の説明に驚くかぐや。

いったい、この方は何者なのだろうか?

封印を守る巫女、その存在は小さな頃から聞かされている。鬼刀院家の現当主で有る源蔵が、唯一頭が上がらない存在だと。

だが、今その父が千年間封印を守っていると言わなかったか?

間違いなく、人ではない。

では、何者なのだろうか?

『……少し、疲れました。部屋で休ませて貰います。』

かぐやが悩んでいると、巫女がそう告げて御簾の奥から出ていってしまった。

『……かぐやよ。』

『はい。』

『その神尾 光をいつ呼ぶかは、巫女様の体長次第になる。それまでは、その者の監視と保護を命じる。』

『はい。承ります。』

『うむ、では早速行くがよい。』

『はい、それでは失礼致します。』

そのまま、部屋を出て行くかぐやと望。

部屋を出て暫くして、望が話しかける。

『良ろしかったのですか?』

主語は無かったが、監視の事だろう。

『かまいませんわ。命じられたのは、監視と保護ですから。報告は必要でしょうが、要するに側に居ろと言う事ですわ。』

『……そう、でしょうか?』

それは、ポジティブ過ぎるのでは?

そうは思うが、光の側に居るのは悪くない。泉流の事も分かるし、何よりあのサンタ君が気になっていた。

道場を出るときにすれ違った、あの巨大な熊のぬいぐるみ。

あれが、自分で動いているのだ。

光の側に居れば、間違いなくサンタ君も居る。

『モフモフ……。』

ニヤァと口角が上がる望。

『どうかしまして?』

『いえ、何でも有りません。学院に戻りましょう。』

いつもの無表情に戻り、答える望。

『??えぇ、戻りましょう。』

二人は学院に戻っていく。



武術部の部室である道場に渡 翔子がやって来た。

入り口に集まっていた光のファン?の生徒達は帰ってもらっている。

今、道場に居るのは武術部の面々だけだ。

『先生……、大丈夫なのですか?』

光一郎の葬儀の時の翔子を見ていた紗耶香が、翔子を心配している。

『えぇ、大丈夫よ。ありがとう、柳さん。』

力の無い笑顔で答える翔子。

全然、大丈夫じゃないよ……。

『あ、先生。武術部に新人二人入ったよ。』

妙子が光と楓を前に押し出す。

『……神尾 光です。宜しくお願いします。』

『北条 楓です~~~、宜しく~~~お願いします~~~。』

光が軽く頭を下げる。楓は深々と頭を下げていた。

『……顧問の渡 翔子です。』

『先生?』

表情の優れない翔子の様子に、妙子が気付いた様だ。

あぁ、やっぱり。全然大丈夫なんかじゃない。もしかしたら……。

『先生、ひょっとして学院辞める気ですか?』

『?!光様?』

突然の光の発言に紗耶香が声を上げる。他の皆も驚いている。

『え、えぇ。そうするかも知れません。』

『?!先生っ?』

何故分かったのか不思議そうに答える翔子。その返答に更に戸惑う妙子。

やっばり、そんな事じゃダメだよ翔子。

光は決意する。

『先生、手合わせお願い出来ますか?』

真剣な目で翔子を見る。

『ごめんなさい、そんな気分じゃないの。』

目を反らして答える翔子。

『勝負を挑まれて逃げるんですか?格闘王の名が泣きますよ?』

『なっ!』

『光ちゃん?!』

光の発言に絶句する翔子と驚く妙子。

紗耶香と楓はただ黙って事の成り行きを見守っている。

『格闘王は武術家の頂点です。逃げない、負けない、傲らない。そんな事も忘れたんですか?』

『なんで、それを……?』

光の今の発言は、かって光一郎が翔子に言った言葉だ。

光一郎は誰からの挑戦も快く受けていた。

その事を翔子が不思議に思って聞いた時にそう答えたのだ。

『受けて、くれますね?』

ひょっとしてこの子は、光一郎の関係者?

さっきは十分な気を練っていたようだし、私の知らない弟子がいたとでも……?

翔子は混乱する。

光一郎が格闘王になって直ぐに、翔子は光一郎に弟子入りしている。間違いなく自他共に認める一番弟子だ。

道場の有る泉家に住み込み、他の門下生達の指導もしていた。

当然、光一郎の弟子達は全て把握している。

有った事が無いのは、唯一泉流の道場に来た事がない、柳 蒼太だけだった。

『受けましょう。』

仮に泉流を使うのなら、手合わせすれば分かる事。

そう考え、翔子は光の申し出を受けた。



暫くして、二人の準備が整う。

翔子は更衣室に置いていた自分の胴着を着ている。

背中に大きく泉の文字が入っている。

光はいつものTシャツとスパッツだ。

道場の中心で向かい合う二人。

横の方で紗耶香、妙子、楓が並んで座っている。壁際で充電中のサンタ君の向きが微妙に変わっている。

どうやら紅葉もこの手合わせを見ている様だ。

緊迫した雰囲気が道場を支配している。

いつの間にか、追い返していたギャラリーが戻ってきているが、誰も気付いていない。

『行きますよ、本気で来ないと怪我しますよ。』

光の言葉に翔子の眉がピクリと動く。

仮にも格闘王に対していい度胸ね。知らない訳じゃ無いみたいだけど……。

両者が構えをとる。右足を引き左手を胸の高さで前に構える。

右手は腰の横に有る。

泉流の構えだった。

光の気が練り上がる。

キィーーーーーン!

光から息吹の音が響く。

?!息吹!そんな馬鹿な!道場の弟子達の中にも息吹を使えるのは自分を含めて三人しか居ないのに!

驚きながらも翔子も気を練る。

キィーーーーーン!

翔子からも息吹の音が響く。

それを待っていたかの様に、光が動く。

一瞬の間に間合いを詰め、右の掌底が翔子の胸を狙う。

光の速さに驚きながらも翔子は反応する。

迫り来る掌底を左手で外側から受け流し、光の右側に回り込む。

すかさず右の掌底を光の脇腹目掛けて放つ。

が、光の体がくるりと回る。

翔子の左から光の回し蹴りが迫る。

咄嗟に左腕でガードする。

衝撃で数歩飛ばされる翔子。

怪我をしている左腕が痛む。

だが、そんな事は言っていられない。

自分は格闘王なのだ。苦戦はしたが、世界一になったのだ。

まさか高校生に負けるわけにはいかない。

翔子が打って出る。

痛む腕を気にせず、左右の掌底を繰り出す。

翔子の左右の連打を光がかわす、かわす、かわす、かわせない掌底で迎え撃つ。

ダァーーーン!

轟音と共に突風が道場内を吹き荒れる。

二人の練り込まれた気が反発したのだ。

『ひやっ!』

『きゃぁっ。』

『……。』

横で見ている紗耶香達の所も突風に煽られる。

妙子と楓が目を反らす中、紗耶香だけは二人の挙動を見逃すまいと微動だにしない。

光と翔子は、再び構えをとって対峙する。

どちらかが弾かれたのではない。

お互いに弾かれていた。

それは、掌底に込められた力と気が同等だった事を意味する。

この子、強い……。

翔子は驚愕していた。

最初は光一郎が外で気まぐれに泉流を教えたのかも知れないと思っていた。

だが、そんなレベルではない。

十年近く光一郎の元で修行した自分と同等なのだ。

恐らく大会に出ていれば優勝すら狙える実力者だ。

驚愕しながらも、そんな強者と手合わせ出来る事に感動していた。

既に光一郎の死に落ち込んでいた弟子の姿はそこにはない。

翔子の雰囲気が変わっていた。

一武術家がそこにはいた。

翔子が再び動く。

左右の連打、かわされる、かわされる、かわされる。

幾重にも重ねる連打を光にかわされる。

『くっ。』

更に速度を上げる翔子。

かわしきれずに捌き出す光。

ダダダダダダダ……。

二人の掌底が高速でぶつかり合う。

今だ!

ぶつかる掌底の反動を利用して、翔子が上体を思いきり後ろに反らす。

右足が光の胸を目掛けて振り上げられる。

当たる!と確信した翔子だったが、振り上げた足にはさほど衝撃が来ない。

見れば翔子の足の上で倒立している光がいた。

光は翔子の蹴りを避けられないと判断し、両手で受け止め、その勢いを利用して頭上へと逃れていた。

翔子の足をから指先の力だけで飛び立つ光。

空中で一回転、二回転と回り出す。

翔子が慌てて体制を戻す。

光の踵落としが翔子の頭上に迫る。

両腕をクロスさせて何とか受け止める。

だが、あまりの威力に方膝を付いてしまう。

光が左足だけで、ふわりと着地した。

右足を戻そうとしたが、動かない。

?!

翔子が受け止めたまま光の右足を捕まえたいた。

ふらつきながらも立ち上がる翔子、光の足は離さない。

『泉流……旋嵐脚(センランキャク)!』

翔子が飛び上がり、光の足を回り込みながら、蹴りを放つ。

光に逃げ場は無い。

しかし、光に焦りは無い。

左足に気を込めてふわりと飛び上がり、そのまま左足で翔子の旋嵐脚を受け止めていた。

ぶつかる翔子の両足と光の左足。

ダァン!

弾かれ飛ぶ二人。

翔子は床に叩き付けられる。

光はくるりと回転して着地した。

そんな、馬鹿な……。

翔子は旋嵐脚に自信を持っていた。

多少の実力差が有る相手もこの技で仕留めてきた。

事実、世界大会の決勝でも旋嵐脚で優勝を決めたのだ。

相手の片手もしくは片足を決めた上体での蹴りだ、回避不能、防御不能の筈だった。

『翔子、貴女は甘いわ。どんなに威力が有る技でも、来る場所が分かれば対処出来る。何故顔を狙わないの?私が生徒だから?それとも女だから?』

光が真剣な眼差しで翔子に問いかける。

『それは……。』

どちらも、である。

答えあぐねる翔子の態度で光は答えを知る。

『何度も言ったでしょう?どんな理由でも対峙した以上全力を尽くせ。手加減は只の侮辱だ。』

?!な……ぜ?その言葉……を?

かって、光一郎によく言われていた言葉だった。

『ああぁぁぁぁぁっ!』

翔子の中で何かが弾けた。

無我夢中で光に打ち込む。

右掌、左掌、右足、左足、全てを駆使して光に挑む。

その攻撃は光の胸、腹、顔、所構わず襲いかかっていた。

光はその全てをかわし、捌く。

光の口許が緩む。

『そう、それでいい。それでこそ一番弟子だ。』

光の言葉が翔子に響く。

翔子の目に涙が浮かんでいた。

何故、気付かなかったのか?

この子の言動、技のクセ全てが光一郎と重なって見えていたのに……。

理由など分からない、だが、目の前の少女は光一郎だと翔子の全身が感じていた。

『どうした、どうした。格闘王の力、見せてみろ。』

光が楽しそうに口にする。

その口調は光一郎の口調だった。

『……はい!光一郎さん。』

涙を溢れさせながら、翔子の連打が速さを増す。

?!

『とっ、とっ。』

光に初めて焦りが見える。

捌く手が増える。かわす余裕が無くなってきた。

『ははっ。』

思わず笑いが溢れる光。

嬉しかった。自分が全てを仕込んだ最高の弟子の成長が。

だが、負けるわけにはいかない。

師が弟子に負けてしまえば、弟子の成長がそこで止まるかもしれない。

常に越えられない壁として目の前に聳え立つものなのだ。

光はタイミングを計る。

翔子の右の掌が下から斜め上に付き出される。

これだ!

光が翔子の腕を掴んでそのまま右上に引っ張る。

?!

翔子のバランスが崩れる。

慌てて立て直す翔子。

しかし、光は既に技に入っていた。

光の左掌が翔子の脇腹に当てられている。

『泉流奥義……猛虎双掌(モウコソウショウ)!』

気を込めた左掌に右掌が打ち込まれる。

咄嗟に体を捻ってかわそうとする翔子。

なんとか光の左掌と体の間に自らの掌を割り込ませる。

爆音と衝撃が道場を揺らす。

『わっぷ!』

妙子が衝撃に煽られる。

紗耶香は悠然と楓は必死で光達を注視している。

入り口に集まっているギャラリーからも悲鳴が上がる。

衝撃で飛ばされ、床の上を転がる翔子。

飛び起きて構えをとるが、コツンと後頭部に軽い衝撃を受ける。

光の右掌だった。

『一本、だな。』

ニコッと笑って宣言する光。

構えを解いて向き直る翔子。

『光一郎……さんなの?』

『やっと分かった?薄情は弟子ね?』

おずおずと訪ねる翔子に笑いかけながら答える光。

しゃべり方は光に戻っていたが、その笑顔は光一郎に被って見えた。

『光一郎さんっ、光一郎さん!』

泣きながら抱き付く翔子。

優しく頭を撫でる。

『強くなったわね。流石は一番弟子、安心したわ。』

光の言葉に顔を埋めたままで横に振る。

耳に付けたイヤリング揺れていた。

『良かった。これ、無事に受け取ってもらえたのね。良く似合ってるわ。』

翔子のイヤリングを触りながら光が言う。

そのイヤリングは光一郎の遺品だった。

光一郎が亡くなった時にポケットに入っていたものだ。

翔子の名にちなんだ、羽をモチーフにしたイヤリングだ。

メッセージカードが一緒に入っていた。

ーーー格闘王へ 優勝おめでとう、俺も鼻が高い。 格闘王よりーーー

そのメッセージカードと共に昨日翔子が受け取ったのだ。

中身は翔子だけしか見ていなかった。

いったい何がどうなっているのか、そんな事はどうでも良かった。

何と言っても光一郎なのだ。

何が起きていても不思議はない。

『光一郎さん、ありがとう。』

翔子の両手に力が入る。

光の翔子を抱き締める手にも力が入る。

道場の中央部で抱き合う二人。

どよめきと黄色い声が聞こえてきた。

入り口で見ていたギャラリーからだ。

『そろそろ、離れられても良いのではないでしょうか?』

いつの間にか、紗耶香が直ぐ側に来ていた。

何やら異様なオーラを感じて慌てて離れる光。

『そ、そうね。そろそろ、落ち着いたかな?』

翔子の様子を伺う光。

まだ、紗耶香がジト目で見ているが、敢えて無視する。

『え、えぇ。大丈夫よ。説明して貰えますよね?』

『えぇ、勿論よ。』

涙を拭いながら問いかける翔子と笑顔で答える光。

『お二人とも~~~、お疲れ様でした~~~。』

楓が二人にタオルを差し出す。

『ありがと、楓。』

受け取って汗を拭く。翔子も同様に汗を拭く。

入り口でギャラリーを応対をしていた妙子も合流する。

『いや~、いつの間に集まってくるのかね~。』

やれやれ、といった表情の妙子。

『本当にファンクラブ出来そうだよ~。』

ニヤけて光に話し掛ける。

『……勘弁して下さい……。』

肩を落とす光。

『へぇ?随分もてるんですね?光一郎さん?』

後ろから翔子が笑いかける。

悪寒を感じて振り向く光。

目が……怖い!

『ファンクラブ作るんですか?私達がこんなに苦労してるのに!』

光の肩に手を置く翔子。

ギリギリギリギリ!

『痛たたたっ!』

『随分、良い御身分ですね?』

ギリギリギリギリ!

『痛いっ、痛い痛いっ、ギブギブギブッ!』

ギリギリギリギリ!

『ダメです~~~、光さん、壊れちゃいます~~~。』

楓が翔子にすがり付く。

?!。

『あ、ゴメンなさい、つい。』

要約、落ち着く翔子。

開放された光を気遣う紗耶香と楓。

『アッハッハッ!光ちゃん~、バチが当たったんじゃないの~?』

妙子が楽しそうだ。

『何のバチですかっ、何の』

肩を押さえて光が叫ぶ。

妙子はニヤニヤしながら気にせずに続けた。

『でもさ、さっきの勝負良かったよね~。』

『はい~~~、格好良かったです~~~。』

『あぁ、なかなか見れる勝負じゃなかったな。』

二人も賛同する。

『そうだよ、お金取れたんじゃない?格闘王 VS 格闘王ってさ。』

『……そうなると光様が光一郎氏だと証明しなければならんぞ。』

『そっか~、あ、でもさ、だったら来年の大会に光ちゃんに出てもらってさ、格闘王になって貰えばいいんじゃない?』

『妙……、おまえな。』

乗ってこない紗耶香達に不満気の妙子。

『いいじゃん。光ちゃんなら余裕だよ。そしたらさ、武術部のいい目玉になるよ。』

得意気に話す。

『あら、いい考えね。でも、もっといい考えが有るわよ。』

妙子の後ろに再び笑顔の翔子。

『そうですね。格闘王に成ればいいんですよ。妙子さんが。』

光も笑顔で続く。

『えっ、いや、ほら、あたしはそんなに強くないし……。』

慌てて否定する妙子。

『大丈夫ですよ。私がみっちり鍛えますから。』

笑顔で光。

『あら、私は弟子も取ってないし弟子にしてあげるわよ。』

こちらも笑顔で翔子。

『ひっ!』

二人に言い寄られ逃げ出す妙子。

『紗耶香、サンタ君。』

光に呼ばれて、すかさず両側から妙子を捕まえる紗耶香とサンタ君。

『わ、わぁっ。離してよっ、紗耶っサンタ君までっ。』

ジタバタジタバタ。

暴れる妙子だが、二人に捕まり逃げられない。

『すまん、妙。師の指示だ、逆らえん。』

『ゴメンね、妙子お姉ちゃん。今、光お姉ちゃんに逆らっちゃヤバイ気がするんだ。』

『う~ら~ぎ~り~も~の~。』

妙子の嘆きが道場内に木霊した。



昼間だと言うのに薄暗い部屋で男が酒を飲んでいた。

グラスの酒を一気に飲み干し、テーブルに叩き付ける。

『ったく、あのおっさん使えねぇ。』

忌々しそうに呟く。

高山を妖魔化させた男だった。

まだ少年の様なその男は、真ん中から白と黒に分かれた長髪だった。

『あら、随分荒れてるわね。貴方の言った通り面白かったわよ?』

部屋の奧の更に暗くなった場所に、いつの間にか女が居た。

今日は着物を着ている。

両肩ははだけ、豊満な胸がかなり際どい所まで見えている。

『あぁ、あんたか。もっと面白くなる所立ったんだよ!』

男が荒々しく言い放つ。

『あらあら、私は充分に面白かったわよ。良い物も見れたしね。』

そう言って手に持っていたグラスを口にする。

『?そうかい?だが、まだまだだ。他にも手駒の候補は有るんだぜ。』

『それはいいけど、私との約束覚えてるわよね?』

『ん?あぁ、この町で俺が何をしようが邪魔をしない。その代わり山の神社と学校には手を出さないっだったな。』

そう言って、目の前に有ったブランデーのビンを取ろうとする。

キンッと音を立ててビンが真っ二つになる。

『その約束、二回程破ってるわね。三回目は無いわよ?』

女の方から凄まじい冷気が漂ってきた。

『わ、悪かった。あの学校には手を出さねぇよ。』

唾を飲み込み答える男。

何をされたか全然見えていなかった。

『そう?信じるわよ?』

『あ、あぁ。信じてくれ。』

男は必死で女に告げる。

分かっているのだ。自分より女の方が強いということを。

この女には逆らってはいけない、そう男の本能が訴えかけていた。

『そ、良かったわ。それじゃね。』

立ち上がり奧へ消えて行く女。

『やれやれ、それじゃ何か代案考えなきゃな。』

男も立ち上がり、闇の中へ消えていった。



桜花女学院内の道場に皆は集まっている。

光の両側に紗耶香と楓、向かいに翔子が座っている。

翔子の隣にサンタ君だ。

光は制服へ翔子はスーツへと着替えて居た。。

道場の片隅には妙子がへたりこんでいる。

光と翔子にみっちりとしごかれたのだ。

『……鬼だ……。鬼が……い……る。』

ゼェゼェと息をしながら何か呟いている。

頭には楓に掛けられたタオルが載っていた。

『そう。そんな事が有ったの……。』

光の説明を聞いた翔子が口を開く。

光はこれまでの事を全て話していた。

生まれ変わり、記憶が甦った事。

妖魔との戦い。

鬼刀院家との繋がりが有るかもしれない事。

紗耶香を弟子にした事等である。

紗耶香の話をした時、翔子は複雑な表情で紗耶香を見ていたが、光一郎は光一郎、光は光と何とか納得したようだ。

『それで、その……泉道場の方はどうなってますか?』

光がためらいがちに聞く。

『……そうですね。皆、一様に落ち込んでいますよ。中には光一郎さんが死ぬわけないって泣きじゃくる子もいました。』

『……そう。』

落ち込む光。

翔子は更に続ける。

『道場自体は私が代理で引き継ぐ事になりました。……出来れば、今の話をしたいのですが……。』

『それは……構いませんが、皆信じてくれるでしょうか?』

光は不安を口にする。

実際に手合わせすれば、翔子の様に信じてくれるかもしれないが……。

『大丈夫ですよ。皆、光一郎さんの滅茶苦茶振りは知ってますから。』

呆気なく答える翔子。

『え、でも、過去に戻って生まれ変わってるんですよ?』

光が戸惑いながら再度聞く。

『それでも、です。光一郎さんなら有り得るかと。』

知らなかった……、私ってそんな風に思われてたんだ……。

落ち込む光。

楓が心配そうに光の顔を除き混む。

『?光一郎氏は、それほど滅茶苦茶だったのですか?』

紗耶香が問う。

『それは、もう。貴女達も光一郎さんの都市伝説って聞いた事ないかしら?』

『あ、ビル破壊とか熊倒したとか、飛行機受け止めたとかでしょ?知ってるよ。』

妙子さん、もう復活したんだ?

いつの間にか、妙子が輪に加わる。

『えぇ、あれって殆んど事実よ。』

『『え?』』

翔子と光以外の全員が光を見て固まった。

『あは、ははは。まぁ、その我ながら無茶苦茶よね。』

苦笑いしながら皆を見渡す光。

『真実なのですか?』

紗耶香が代表して光に問い掛けた。

『えぇ、事実よ。』

光が認める。

妙子と楓は驚きで固まったままだ。

紗耶香は感動したのか目を輝かせている。

『そう言う事だから、弟子達は大丈夫です。ただ、梓ちゃんの事も有るし、一度は道場に来て欲しいのですが。』

翔子の発言に光は悩む。

自分がどう思われていたかはともかく、弟子達は大丈夫そうだ。

しかし、娘の梓はどうだろう?

父親が自分と同い年の女の子に生まれ変わっているなんて、受け入れられるだろうか?

『う~ん、梓には会いたいけど、信じてくれるかな?』

つい、口に出してしまった。

『な~に?天下の格闘王も娘には弱いのかな?』

妙子がニヤニヤしながら問い掛ける。

う、痛いところを……。

『一人娘には甘くもなりますよ!何か問題でも?』

ジロリと睨んでやる。

『な、何も問題有りません!』

ビシッと敬礼して答える妙子。

よしよし、さっきの扱きが効いてるみたい。

『まあ、明日には学校も始まるし、今度の週末までに決めといて下さい。』

翔子が告げた。

?!明日?そうだっけ?

光と楓か顔を見合わせる。

そう言えば、詳しい事は入寮してから説明が有ると聞いていたが、何も連絡が無かった事を思い出す。

『明日から、ですか?何も聞いてませんけど……。』

光がおずおずと申し出る。

翔子が驚いている。

紗耶香と妙子を見る。

妙子は他所を見て誤魔化している。

紗耶香は目を見開いて固まっていた。

『貴女達、説明していなかったの?同室の上級生が説明する事になってるでしょう?』

翔子が睨み付ける。

『申し訳有りません!その、妖魔との事等で色々有ったもので、忘れていました。』

紗耶香が光に頭を下げる。

『あ、気にしないで。本当に色々有ったもの。』

光が紗耶香を宥める。

『でも、妙子さん?妙子さんには話す余裕が有ったと思うんですけど?』

光がジト目で妙子を見る。

『あは、あはははは。忘れてた!ゴメン!』

手を合わせて謝る妙子。

顔を見合わせて溜め息をつく光と楓。

『しょうがないわね。』

翔子が説明を始める。

『明日の9時から入学式と始業式が有ります。』

『え?同時に有るんですか?』

『えぇ、桜花では一緒にしてるの。その前に張り出してあるクラス分けを確認しておいて。』

『はい、分かりました。』

光が答え、楓も頷いている。

『あ、でも北条さん。』

翔子が楓に呼び掛ける。

『はい~~~、何でしょう~~~?』

『貴女は主席入学だから挨拶が有るわよ。』

『あ、はい~~~。用意して有ります~~~。』

笑顔で楓が答える。

『?!ちょ、ちょっと待って!楓ちゃんって頭いいの?』

妙子が驚いて聞いてきた。

『そう言えば、紅葉君が本当は大学に行けたって言ってたわね。』

『うっそ~。』

更に驚く妙子。

『良かったな妙。これからは武術は二人の格闘王に、勉強は楓にとみっちりと教えてもらえるな。』

紗耶香が珍しくニヤリと笑う。

『そんなのヤ~ダ~。』

ジタバタと抗議する妙子。

やれやれと肩を竦める紗耶香。

他の皆は笑顔になる。

明日から、新しい日々が始まる……。

光は新しい日々に思いを馳せる。


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