6話 騒乱の終結
光とかぐやは山道を走る車の後部座席に乗っている。
望が鬼刀院家に連絡して手配してもらったのだ。
二人共、桜花女学院の赤い制服を来ている。
学院の正門を出る時に守衛に会うからだ。
守衛には鬼刀院家の用事で出かけると言ってあった。
『そろそろですわね。』
かぐやが口にすると同時に、前方に開けた場所が見えてきた。
展望台になっている無人のパーキングエリアだ。
紅葉が付近の地図と高山の進行ルートから、ここで迎え撃つのが良いと進言してきたのだ。
車が展望台に入る。
二人はどちらからともなく車を降りた。
かぐやがトランクから薙刀を取り出す、柄の部分が伸縮する様になっている様で、元の長さに戻している。
更にトランクから手袋を取りだし光に差し出す。
『光さん、これをお使いになって。』
皮製のグローブだった。
『何代か前の無手で闘う当主が使っていた物です。差し上げますわ。』
『え、良いの?大事なものじゃ?』
驚く光。元当主の持ち物なら鬼刀院家でも大事な物であろう。
『構いませんわ。今の鬼刀院家に無手の者は居ませんし、何よりも、貴女に持っていてほしいのですの。』
かぐやは真剣だ。その眼差しには光を気遣っている様子が浮かんでいる。
『わかったわ。ありがとう。使わせてもらうわね。』
受け取り早速手にはめる。
サイズはぴったりだった。
元の持ち主も女性だったのかもしれない。
二人共に上着を脱ぎ、後部席に置く。
光は白いブラウスに赤い紐状のリボン、かぐやはピンクのブラウスだ。
『では、お嬢。私は少し戻って道を封鎖しておきます。』
車の運転席から声が掛かる。
『ええ、頼みましたわ、平尾。誰も通さない様に。』
『はい、光様、お嬢を宜しくお願いします。』
『はい、分かりました。』
言葉を交わし、車が来た道を戻っていく。
『紅葉君、こっちは準備終わったわ。』
『オーケー、そろそろ現れる頃だよ。気を付けてね。』
静寂が辺りを支配する。さわさわと風が吹いた。
気持ちの良い風……。
ふと、視線を剃らす。展望台の先に夜景が広がっていた。
『綺麗ですわね。』
かぐやがしみじみと言う。
『ええ、とっても。』
だからこそ……。
『守りましょう。』
『えぇ、勿論ですわ。』
二人は頷き合う。
風が止んだ。
光が道の先を見つめる。
『来たわね。』
かぐやも気付いた様だ。薙刀を構える。
光の背筋がゾクッとした。
『上よ!』
言いながら飛び退く。かぐやも咄嗟に飛び退いた。
二人の居た場所に黒い影が降ってきた。
鈍い音と共にアスファルトが砕ける。
『ヴェアァァーーーー!』
黒い影が吠える、その姿は黒い甲羅を纏った異形の獣だった。
『高山ですの?』
かぐやが薙刀を構えて問いかける。
『違うわ!高山はあっちよ!』
光が道路の先を見ながら答えた。
パチパチパチと拍手をしながらゆっくりと人影が歩いてくる。
『いやいや、よくわかったなぁ、そう、俺が高山だ。』
人影が近付き告げる。
シルエットだけ見れば人にも見えるが、その体は全身をどす黒いワニ革の様な皮膚で覆われていた。
両肩、両肘、両膝からは歪なトゲが何本も飛び出している。
口は裂け、顔のあちこちにもトゲが生えている。
涎を垂らしながら喋るその姿は醜悪その物だった。
『?!喋った!光さん、気を付けて。こいつは下級妖魔ではなく、中級の妖魔ですわ。』
此処に来るまでの間に多少の説明を受けていた。
下級妖魔には知性は無い。獣その物だそうだ。強靭な体と人を遥かに越える力に気を付ければ、対魔術や気の力を使えれば一対一でも倒せる相手らしい。
中級妖魔になると下級妖魔を更に越える力を手に入れ、何よりも知性を取り戻す。但しその知性は欲望に忠実で有り、理性は無い。更に分身を生み出し、それを人や獣に取り憑かせ自らの眷属として使役する者が出てくる。
鬼刀院家の当主やその側近達位しか単独で倒す事は出来ないそうだ。
更に上の上級妖魔以上になると最早人では単独で対応する事すら出来ないとの事だ。
鬼刀院家が封印している鬼は、この上級でも特に力を持っていた鬼らしい。
光は高山に向かって構えを取る。かぐやの前には下級の妖魔が立ちふさがっている。此方には来れないだろう。
覚悟を決める。
キィィィーーーーーン!
光の息吹の音が響く。
高山がニヤァと笑う。
光が突進する。左右の掌底、かわされる。
悪寒が走る、慌てて身を反らす。
頭の有った所を高山の右手の爪が通り抜ける。
僅かにかすった髪がちぎれ飛ぶ。
?!強い!今までの誰よりも!
光の体に緊張が走る。
かぐやは妖魔に薙刀を振るう。
何度も何度も。
薙刀の刃は確実に妖魔を捉えている。
しかし、その刃は妖魔に傷一つ与えていない。
かぐやは焦っていた。
直ぐ目の前で光が中級の妖魔と戦っている。
光の強さは理解しているが、中級妖魔の強さも良く知っていた。
助けに行きたいのだが、下級妖魔が邪魔で行く事が出来ない。
その焦りが気の流れを乱し、妖魔にダメージを与えられないのだが、その事にも気付けないでいた。
クッ、こんな筈じゃ……、早く助けに行かないと。
かぐやは更に薙刀を振るう。
その頃、紗耶香はあけぼの館の玄関前に立っていた。
手には望に渡された真剣を持っている。
望は夕焼け館の方に行っていた。
どこの寮を狙われても対応出来る様に、二手に別れていた。
『紗耶香お姉ちゃん、光お姉ちゃん達が戦い始めたよ。』
通信機から紅葉の声がする。
『あっちに二体いるみたいだよ。』
『そうか、では此方には……。』
『うん、来ないと思うけど、用心しておいて。』
『そうだな、妖魔が二体だけとは限らない。警戒を続けよう。』
紗耶香は警戒を続けながら、光達の無事を祈っていた。
妙子と楓は自室に居る。窓から外を見下ろせば玄関前の紗耶香が見える。
先程紅葉から光達の様子が伝えられた。
それから楓は窓の前に立ち、ずっと光達の無事を祈っている。
『大丈夫だよ。光ちゃん達ならパパッとやっつけて、直ぐに帰ってくるよ。』
妙子が楓を元気付けているが、妙子自身がその言葉を信じられずに居た。
楓に並び、外を見る。
紗耶香が居る。すると、紗耶香が急に走り出し姿が見えなくなった。
『今、妖魔が侵入したよ。紗耶香お姉ちゃんと望お姉ちゃんに向かって貰ってる。』
紅葉から連絡が入る。
紅葉は桜花女学院の防犯カメラをずっとチェックしていた。
たった今、壁を越えて妖魔が侵入したのだ。
妙子が手を打ち付ける。
本当は紗耶香の所に応援に行きたい。
だが、自分の力では役に立たない事も分かっている、だからこそ歯痒かった。
ガシィッ!と言う音と共に光が吹き飛ばされる。
光は何とか体勢を立て直し地面に足を着けるが、靴底はアスファルトの上を滑って行く。
『くっ!』
重心を傾け回転して勢いを殺す。
今ガードした両手が痺れていた。
高山がニヤァと笑う。
『ギャハハハハ!良いのか?此処でのんびりしてて?今頃あの学校にも手下が着いてる頃だぜぇ?』
『何ですって?!』
二体だけじゃ無かったのか。
学院も気になる。しかし、目の前の高山が一番強敵なのは間違いない。今は紗耶香と望を信じて、高山を倒す事に集中する事にした。
再び構えを取る。呼吸を落ち着ける。
キィィィーーーーーン!
再び息吹の音が響いた。
『ギャハハハハ!学校はどうでもいいってか?いいぜぇ、掛かって来な。た~っぷり、可愛がってやるぜぇ!』
高山が下に下ろした両手を左右に広げる。
『来な。』
光は全力で高山に挑む。
高山の直前でフェイントをかけて横に回り込む。
高山は光の動きに付いてこれていない。
『お?』
光を見失った高山が声をあげる。
『泉流……双烈脚!』
光の左右ほぼ同時の蹴りが、高山の頭を前後から捕らえる。
よろける高山。
今だ!
高山の懐に飛び込む、同時に左手の掌底を高山の胸に当てる。
光の体が沈む、右腕は大きく開く。
『泉流奥義……猛虎双掌!!』
両手に籠められるだけの気を籠めて、右の掌底を左手の掌底に撃ち込む。
猛烈な風が光達を中心に巻き起こる。
やった?
光がそう思った直後。
ズシッ、と言う音と共に光の腹部に衝撃が走る。
高山の右拳が光の腹部に突き刺さっていた。
『ぐっ、がはっ!』
堪らず崩れ落ちそうになる光。
『効かねぇなぁ。』
高山がそう言って左手で光の首を掴む。そのまま片手で光を持ち上げる。
ギリギリと光を持つ手に力が入る。
『ぐっ!ぐぅっ!』
光が呻き声を出す。高山の手を振りほどこうとするが、ピクリとも動かない。
高山が右手の爪を光の肩に突き刺す。そして、肉を抉り取る。
『アァァーーーッ!』
悲鳴をあげる光。左手がだらりとぶら下がる。
高山が抉り取った肉を口にする。
クチャクチャと音を立てて光の肉を咀嚼する。
『うめぇ。いい味してるじゃねぇか。』
『あ……、あ……。』
高山は光を更に持ち上げ、地面に投げ付ける。
爪が引っ掛かり、光のブラウスが首もとから胸の辺りまでちぎれる。
地面に叩き付けられ、転がる光。
声も出せなくなっていた。
……恐い。
光は産まれて初めての痛みを味わっていた。
胃袋を掻き回されたような腹部の痛み、締め上げられた首の、抉られた肩の、地面に叩き付けられた全身の痛み。
どれも初めての経験だった。
光一郎の記憶に目覚めてからの光は、一度も相手の攻撃を受けていない。
光一郎は攻撃を受けた事も有るが、光はほんの数日前まで、武道とは関係の無い生活を送っていたのだ。
恐怖で動けなくなっていた。
紗耶香は走っていた。
紅葉からの連絡が来たのだ。
妖魔が学院の敷地に侵入した、と。
走りながら、周囲を確認する。
居た!
醜悪な黒い甲羅の用な物を全身に纏った異形の獣だ。
妖魔も紗耶香に気付いた様だ。
『ヴォォーーーー!』
妖魔が一吠えして向かって来る。
抜刀する紗耶香。
左から袈裟斬りにする。
『ガァァーーーーッ!』
手応えはあった、が妖魔に付けた傷は直ぐに治っていく。
妖魔が両手の爪を振り回す。
避ける、避ける、避けきれない、刀で受け流す。
体勢の崩れた妖魔に切りつける。
紗耶香の斬激は妖魔に幾重にも傷を付ける。
しかし、その傷は直ぐに治っていく。
『くっ!』
一度距離を取る紗耶香。
紗耶香の後ろから、人の近付く気配がした。
妖魔に気を配りながら、確認する。妙子達だ、望も居る。
『妙っ!何故来た!寮に戻れっ!』
紗耶香が叫ぶ。
『沙耶が心配だったんだよ!』
妙子が叫び返す。
気持ちは嬉しい。だが、紗耶香でも決定打を与えられない妖魔に、妙子では力不足だった。
『後は、私が。』
望がそう言って前に出る。
左手に数枚の呪符を持っていた。
一枚を右手の人指し指と中指で挟んで取り出す。
ゆっくりと軽く唇で噛み、横に滑らせる。
呪符に描かれた紋様が輝き出す。
そのまま右手を前に、呪符を付き出す。
『鬼刀院流対魔術……招雷!』
呪符から放たれた一筋の雷が妖魔を直撃する。
『ガァァーーーーッ!』
苦しむ妖魔。
使った呪符が灰になる。
妖魔は全身から煙を出しているが、倒れない。
別の呪符を取り出す。
同じ様に唇で噛み、前に付き出す。
『鬼刀院流対魔術……招炎!』
足元から立ち上がる炎に包まれる妖魔。
『グガァーーーー!』
もがき苦しむ妖魔。
効いている……、それに比べ私は……。
苦しむ妖魔を見ながら、紗耶香は自分の無力さに歯噛みする。
刀を持つ手に力が入る。
『良かった~、どうやら大丈夫みたいだね。』
妙子と楓が紗耶香に近付く。
『まだだ!近付くな!』
紗耶香が二人に向けて叫ぶ。
『あうっ!』
パシィッ!と言う音と共に望の持つ呪符が千切れ飛ぶ。
妖魔が望の対魔術を跳ね返したのだ。
炎に包まれたままの妖魔が飛び出した。
その進行方向には、妙子と楓が居た。
『え?!』
『ひっ!』
妙子と楓が妖魔の接近に気付く。
『妙っ、楓っ!』
紗耶香が妙子達に向け走り出す。
妙子が楓を庇う様に前に出る。が、妖魔の腕の一降りで吹き飛ばされた。
楓の目の前で立ち止まる妖魔。
『あ……あ……。』
楓は恐怖で動けない。妖魔が右手を高く上げ、楓に向け降り下ろした。
『楓ーーーー!』
紗耶香が走りながら絶叫する。
かぐやは妖魔に有効打を与えきれずにいる。
肩で息をしながら妖魔を睨み付ける。
その時、
『ギャッハハハハハッ!なんだ?もう終わりか?』
高山の笑い声が聞こえた。視線を送る。
地面に倒れる光を高山が踏みつけていた。
『!!光さんっ!』
かぐやの心臓が跳ね上がる。
光に向けて走り出す、が妖魔がそれを邪魔してくる。
『くっ、そこを……。』
薙刀を構える、その刃が淡い光を放っている。
『退きなさいっ!!』
一閃。腕でガードしようとする妖魔。
『グギャーーーッ!』
ガードごと真っ二つにされて、塵に帰る妖魔。
……出来た……。
刃に対魔の力を籠める、鬼刀院流の技だった。
!光っ!
視線を移す、高山が光を蹴飛ばしていた。
『光っ!』
走り出す。再び刃に光が灯る。
『鬼刀院流……雷光!』
光の奇跡を残し、刃が高山に向かう。
『あぁ?』
気付いた高山が右手で刃を受け止め様とする。
ザシュッ!
と音を立てて刃が高山の手を切り裂く。
腕の途中まで切り裂いた所で薙刀が止まる。
『ほう?』
切り裂いた腕が元通りに戻っていく。
薙刀を包み込んだままで……。
くっ、動かない。
かぐやは薙刀を抜こうとするが、ピクリとも動かない。
『へへへ、いい腕してるじゃねぇか?いいぜぇ、相手してやるよ。』
ニヤァと笑う高山が光を踏みつける。
『こいつも動かなくなってきたしなぁ!』
『き、貴様ぁっ!』
激昂するかぐや。刃の光が再び灯る。
刃を抜く事を止め、力任せに高山の腕を切り裂いた。
『ギャハハハハ!威勢がいいじゃねえか。』
切り裂いた腕が修復されていく。
だが、かぐやが違和感に気付く。
最初の傷は跡形も無く治っているが、今付けた傷は傷痕が残っていた。
いける。私がこいつを倒す。
光を見る、倒れ付したま起きる気配がない。
肩からは出血が続いている。
傷の具合を確かめたいが、高山がそれを許す訳がない。
光っ、待ってて下さい、こいつを倒して帰りましょう。
かぐやの斬激が高山を襲う、後ろに飛び退く高山。
追撃する。光から少しでも引き離したかった。
かぐやの正面で薙刀を高速回転させる。
『鬼刀院流……五月雨!』
高速回転させた薙刀を右に左に振り回しながら、高山に襲い掛かる。
光の奇跡が幾重にも高山を襲う。
重なる斬激の音。
顔の前でガードした高山の腕を切り裂いていく。
最後の斬激が高山の腕を大きく弾く。
かぐやが素早く薙刀を引く。
刃が一層輝き出す。
『鬼刀院流……春雷!』
輝く刃が真っ直ぐに高山の胸目掛けて繰り出される。
もらった!
かぐやは勝利を確信する。しかし……、
『カァァーーーーーーッ!』
高山が奇声と共に赤黒い衝撃波を放つ。
ぶつかる刃と衝撃波。
刃が砕け散った。
『な?!』
驚くかぐや。
『ほらよ!』
高山の蹴りがかぐやを捉える。
薙刀の柄で受けるが、吹き飛ばされる。
なんとか、バランスを取る。
足に何かが当たる。
光だった。
『あ、……ぐ……。』
光がうめき声をあげる。
光っ……、こんなに血が……、私が守らなければ!
『光っ、しっかりしなさい!』
『か……ぐや?』
光が顔を上げる。
『光、道路を戻れば乗ってきた車が居ますわ。それで学院に戻って下さいな。』
『そん……な、か……ぐや、は?』
『私は残りますわ。こいつを倒して後から戻ります。』
笑顔を見せるかぐや。
その笑顔は戦いの場に相応しくない、晴れ晴れとしたものだった。
高山に向き直るかぐや。
『私は……大丈夫ですわ。貴女は行って下さいな。』
かぐやは刃を失った薙刀を構えた。
妖魔の手が楓に降り下ろされる。
楓に抱かれていたサンタ君が腕を飛び出し妖魔に飛び掛かる。
バチンッ!
サンタ君から電撃が放たれた。
『ガァァーーーーッ!』
堪らずよろける妖魔。
サンタ君を捕まえ引きちぎる。
『やだ~~~、サンタ君~~~!』
楓が涙目で叫ぶ。
『此方だ!妖魔!』
追い付いた紗耶香が妖魔に斬り付ける。
ダメージは与えられないが妖魔には不快だった様だ。
妖魔が紗耶香に向き直る。
『鬼刀院流対魔術……風陣!』
妖魔を中心に竜巻が現れる。
紗耶香の後ろで、望が呪符を構えて居た。
『皆さん、避難して下さい。この妖魔は思ったより強敵です。』
望が告げる。
『望はどうするのだ?』
紗耶香が聞いた。
見た所、妖魔は竜巻に阻まれて身動きが取れない様になっているが、ダメージを受けている訳ではない。
『私は、このままかぐや様と光様を待ちます。』
淡々と告げる望。声も表情もいつもと変わらないが、凄い汗をかいている。
明らかに無理をしている。
『サンタ君、サンタ君~~~‼』
楓が泣きながら千切れたサンタ君を抱き締めている。
紗耶香の無線機に紅葉の声がする。
『紗耶香お姉ちゃん、聞こえてる?サンタ君が壊れたからもうすぐ無線機の中継も出来なくなるよ。その前に、思い出……て、光お姉……がなんて言って……。』
声が途切れた。
紗耶香が視線を走らせる。
妙子は妖魔に吹き飛ばされ、ふらついていた。
楓はサンタ君の残骸を抱えて泣いている。
望は汗だくになりながら、妖魔の動きを封じている。
私は……何をしている?
刀を持つ手に力が入る。
光様が言っていた事……?
あぁ、そうだ。光様は言っていた。
柳の剣術を信じろと、自分なら大丈夫だと。
師が、光様が信じてくれているのに、何をやっているのだ!
師の信頼に答えずに何が一番弟子だと言うのか!
紗耶香は刀を構える。
思い出せ!光様が息吹を使う姿を!
何度も見てきたではないか!
紗耶香の持つ刀が淡い光を放ち始めた。
『くっ、くぅっ!』
望が苦悶の表情をあげる。
手に持つ呪符が千切れかけている。
妖魔が風陣を破ろうと暴れているのだ。
キィィーーン!
先日聞いた音がする。泉の息吹だ。
音がする方を向く。
紗耶香だ。刀は光を放ち、溢れる気の奔流で長い黒髪がなびいている。
『望!いいぞ。』
そう言って妖魔に向けて走り出す。
望はその意図に気付き、風陣を解く。
紗耶香が刀を振り上げる。
一気に降り下ろす。
『ヴォォァァーーーー!』
妖魔が絶叫する。袈裟斬りに真っ二つにされ、塵に帰る。
『やった……、出来……たのか?』
肩で息をしながら声をだす紗耶香。
『お見事でした。』
望が声をかける。
『あぁ、望は大丈夫か?』
『はい、私は攻撃を受けていませんから。』
平然と言うが、大量の汗は隠せない。
楓を見る。
泣いている楓を妙子がなだめていた。
二人が妙子達に近付く。
『沙耶、やったじゃん。』
『あぁ、何とかな。』
パンッ!と手を合わせる紗耶香と妙子。
『お疲れ様でした~~~。』
涙目のままの楓が声を掛けてくる。
『あぁ。』
そう言って、楓の頭を撫でる。
『光さん~~~、大丈夫でしょうか~~~?』
楓が不安げに聞いてくる。
『光様なら大丈夫だ。信じよう。』
紗耶香は自分に言い聞かせるように口にする。
光様、ご無事で。
かぐやは刃を失った薙刀を構えている。
高山に向かう前に伝えておきたい事が有った。
『光、お友達になってくれて有り難う。嬉しかったですわ。』
それは、覚悟を決めたからこそ出た言葉だった。
せめて……貴女が逃げる時間は稼いで見せますわ。
高山に向かい突進する。
薙刀を振るう。弾かれる。それでも構わず振るい続ける。
光っ、早く!
そう、願いを込めて。
だが、光は動けずにいた。
恐怖では無い。
痛みでも無い。
先程のかぐやの言葉が耳に残っていた。
『私は……大丈夫ですわ。貴女は行って下さいな。』
ドクン、光の心臓が跳ねた。
光の脳裏に記憶が甦る。
光でも、光一郎のものでもない記憶……。
炎に包まれた建物の前に誰かが立っている。
傷だらけの体で立っているのもやっとの様だ。
その人物は笑顔を見せながら口にする。
『ーー様、俺は大丈夫だ。貴方は行ってくれ。』
ドクンッ!再び、心臓が跳ねる。
視線がかぐやを捉える。
高山に捕まっていた。
高山はかぐやの首を持ち掴み上げる。
又か!又なのか!
又、私の力不足で大切な人達を失うのか?
ダメだ!ダメだダメだダメだ!!
そんな事は絶対にさせない!
もっと、もっと力を!
気を練り込む。
もっと、もっとだ!
キィィーーーーーーン!
もっとだ、これじゃ足りない、もっと、もっとだ!
キィィーーン、キィィーーン、キィィーーン!!
もっとだ!皆を守れる力を!!!
キィィーーン、キィィーーン!キィィーーン!キィィーーン!
息吹の音が連続して起こる。
光は構わず更に気を練り込む。やがて……。
リリーーーン!
清んだ鈴の音が響いた。
光の体に溢れる程の力が沸いてきた。
高山が異変に気付く。
鳴り響く息吹の音に不快感を隠せない。
かぐやを投げ捨てる。
『げほっ、げほっ、ひか……る?』
かぐやが光の雰囲気の違いに気付く。
光は立ち上がっている。
髪の毛がふわりと浮き上がり揺らめいている。
胸の前で合わせた両手が光を放っていた。
光が閉じていた目を開く。
瞳の色が真紅に変わっていた。
突如、光の姿が消える。
『ゴボッ!』
高山の目の前に来た光が、光を放つ掌底を高山の腹部に撃ち込んでいた。
持ち上がる高山。一メートル程浮き上がっていた。
『泉流奥義……獅子連弾!』
落ちてくる高山に、光の左右の掌底が何度も何度も突き刺さる。
『ガッ!ゴッ!ゲボッ!』
掌底が撃ち込まれる度に再び浮き上がる高山。
やがて、光の体が横に回転する。落ちてきた高山の顔面に、光の回し蹴りが炸裂する。
『ブホッ!』
吹き飛ぶ高山。
光が構えをとる。
体の痛みは全く無かった。恐怖も微塵もない。
何より力が沸いてくる。
かぐやを見る。
キョトンとしていた。
ひどい怪我は無い様だ。
安心する。思わず笑顔になる。
『ガァァーーーーッ!許さんぞ、貴様ーーーー!』
高山が立ち上がり吠える。
光はすかさず動く。
左右の掌底、顔面に突き刺さる。
懐に飛び込み蹴り上げる。
『ゴッ!グホッ!ゲハァ!』
高山は五メートル程、上に蹴飛ばされていた。
高山が光の姿を探す。が、地上に光は居ない。
下を向いている高山の直ぐ後ろ、上空に光はいた。
驚愕に目を開く高山。
『泉流奥義……狼牙旋脚!』
回転しながら両脚で蹴りつける。
凄まじい勢いでアスファルトに叩きつけられる高山。
アスファルトにクレーターが出来ていた。
ふわり、と光が地上に降りる。
『ひか……る?』
かぐやがおそるおそる声をかける。
『かぐや!大丈夫?怪我は無い?』
いつもの光に戻っていた。
『え、えぇ。私は大丈夫ですわ。貴女こそ怪我が……?』
かぐやの言葉が途中で消える。
光の肩に有った肉を抉られた傷跡が消えていた。
『傷……、有りませんわね?』
『え?あ……本当だ。』
光は高山に抉られた肩を確かめるが、綺麗に傷が無くなっていた。
え?なんで?確かに有ったのに?
『ヴォァァーーーー!』
咆哮が聞こえる。
かぐやが光の後方、アスファルトに出来たクレーターから這い上がってくる高山に気付く。
『光っ!妖魔が!』
立ち上がろうとして、よろけるかぐや。
その体を光が受け止め支える。
『大丈夫?無理しないで。』
『で、でも妖魔が……。』
落ち着いて、抱き締める様にかぐや支える光。
高山が立ち上がる。
『何でだ?何で勝てねえ!』
一歩踏み出す、地面に下ろした脚に無数の亀裂が入る。
光はゆっくり振り替える。
『闇に帰りなさい、高山。』
『くっそーーーっ!』
亀裂は全身に走り、やがて全て砕け散り灰になった。
暫くその光景を見つめる二人。
抱き抱えられるかぐやの目に、顕になった光の胸元が入る。
胸の中央に紋様が痣のように浮かんでいた。
真円の中に稲妻らしき物が走り、二本の角の様な物が巻き付いている。
『これは……何ですの?』
『え?』
光が胸元を見る。
『え?何かしら、これ?』
見覚えの無いものだった。
首を傾げていると、少しずつ薄れていきやがて消えた。
『何だったのかな?』
『見た事有りませんの?』
『えぇ。始めて気付きました。』
二人揃って首を傾げていると、一台の車がやって来た。
此処に乗ってきた車だ。
運転席から男が出てくる。
『平尾……。』
かぐやが名を呼ぶ。
『お嬢、お疲れ様でした。学校の方も無事に片付いたみた……いで……。』
話しかけてきた平尾の言葉が途中で止まる。
???
不思議に思ったかぐやが平尾の視線を追う。
光の胸元だった。
慌てて隠す光。
『あ、貴方ははどこを見てますの!速く上着を持ってきなさい! 』
怒鳴るかぐやと慌てて上着を取りに行く平尾。
『まったく、殿方はこれだから……。』
『あはは……。』
良かった……。学院も無事だった。
『お待たせしました。はい、どうぞ。』
平尾が二人に上着を渡す。
上着を着る……が、ブレザーなので着たところで胸元は隠せない。
かぐやが自分の上着を光の胸にかける。
『さあ、学院に帰りましょう。』
『えぇ。』
二人が車に乗り込む。
車は静かに学院に向け走り出す。
紗耶香達は、あけぼの館の前で光達を待っている。
紗耶香は寮の前で仁王立ちしている。
光達が無事に帰ってくるまで、休む気は無い。
楓も紗耶香の隣で立っている。
気持ちは一緒だった。
妙子は部屋で待っててもいいんじゃないかな?と思いながらも付き合っている。
望が人数分の紅茶を用意している。
妙子が早速口にする。
『沙耶~、楓ちゃん~、紅茶位飲んでもいいんじゃないかな?』
紗耶香達に呼び掛ける。
『そうだな。楓、私に構わず貰ったらどうだ?』
紗耶香が楓に優しく促す。
プルプルと首を降る楓。
『光さんを~~~、待ちます~~~。』
『そうか。』
二人はそのまま前を見つめる。
妙子と望は顔を見合せ、寮の入り口に腰を降ろす。
暫くして、
『光様!』
『光さん~~~。』
紗耶香と楓が走り出した。
光とかぐやが歩いてきたのだ。
妙子と望も光達に気付き、立ち上がる。
走り出した。
『皆、ただいま。』
『ただいま戻りましたわ。』
『光さん~~~、お帰りなさい~~~。』
『光様、かぐや、御無事ですか?』
『かぐや様、光様、お疲れ様でした。』
『おかえり、お疲れ様。』
皆、思い思いに声をかける。
『光様!その格好は……』
紗耶香が光の破れたブラウスに気付いた。
平尾と別れた事で、かぐやの上着は返していたのだ。
再び胸元が顕になっている。
『かぐや~、もしかして二人きりだからって光ちゃんの事、襲っちゃった?』
妙子が茶化してくる。
『妙子さん!そんな事有るわけないでしょう!』
かぐやが妙子に反論する。
なんだか、二人のやり取りも見慣れてきたな。
そんな事を光は考えていた。
二人はその後も暫く言い合いを続ける。
『光様、ご無事で何よりです。』
紗耶香が光に向き直る。
楓は光にしがみつき、泣いていた。
『有り難う、紗耶香。聞いたわ、息吹を使えたそうね。』
車の中で平尾から学院の様子は聞かされていた。
何故知っているのかは分からないが……。
『は、はい。ご存知でしたか。何とか使う事が出来ました。』
『そう。おめでとう。私も嬉しいわ。』
『は、はい!ありがとうございます。』
紗耶香は嬉しかった。師の期待に応えられた事。その事を光が本当に嬉しそうに思ってくれている事。
充実した喜びが胸を埋め尽くしていた。
『さあ、皆、中に入りましょう。お風呂にも入りたいし。』
あ、しまった……。
『では、私が背中を流しましょう。』
すかさず紗耶香が告げる。
あ、やっぱり……。
『いいえ、此処は親友の私が洗って差し上げますわ。』
かぐやまで!
楓が光のスカートをギュッと握ってくる。
『えっと……、楓……も?』
コクコクと頷く楓。
『此処は、事態を収集する為に、第三者で有る私が洗いましょう。』
望も参戦してきた。
『えっと、あたしも参加した方がいいのかな?』
妙子が光に聞く。
『知りません!』
光の絶叫が響き渡った。
第一章本編終了です。
学園ものなのに、主人公はまだ入学もしてません!
ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。
第二章も若干春休みが続きます。
学院の事や鬼刀院家の事も書いていく予定です。
それでは、また。