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乙女の園の格闘王  作者: 海空大地
春休みの騒乱
5/10

5話 蠢く闇

四月四日、午前十一時。

桜花女学院の武術道場は静まり帰っていた。

道場の中央に二人、向かい合って立つ。

光とかぐやだ。光は無手、かぐやは練習用の薙刀を持っている。

共にTシャツとスパッツ姿だ。

壁際には望、紗耶香、妙子、楓、サンタ君の順で並んで座っている。

かぐやが薙刀を構える。刃は付いていない。光も構えをとる。

『行きますわよ。』

『はい。』

かぐやが宣言し、光が答える。

光の返事と共にかぐやが動く。

光に対し素早く突進し、薙刀を右下から左上へと振り抜く。

!速い。

光はに左へと動きそのまま間合いを詰める。

掌底を打とうとして、咄嗟に更に左へと回り込む。

直後、今光が居た場所を薙刀の柄の部分が突き抜ける。

更にかぐやが右に回りながら向き直り、左から薙刀を振り抜く。

光は後ろに飛び退き間合いをとる。

二人の動きが止まった。

『本気で来なさい。怪我をしますわよ。』

かぐやが忠告してきた。

この人、強い。

『分かりました。行きます。』

光は返事する。そして……。

キィィィーーーーン。

本日三度目の息吹の音が響いた。

かぐやの目が更に鋭くなる。

光が僅かに姿勢を落とす。

次の瞬間、かぐやの視界から光が消えていた。

『?!なっ!』

戸惑うかぐや、直感で左側を薙刀でガードする。

衝撃が襲う、ガード毎吹き飛ばされる。

二メートル程飛ばされ、体勢を立て直す。

光の右の掌底を受けていた。

なぎなたを持つ手が痺れている。

『くっ。』

構わず間合いを詰めるかぐや。

だが、二度、三度と繰り出す薙刀は光に当たらない。

光が僅かに動いただけで全てかわされていた。

当たらない!そんなバカな事……。

鬼刀院家の次期当主として、かぐやは幼少の頃から鬼刀院流武術を納めている。特に薙刀術には自信が有った。

ここまで、差が有るなんて……。

唇を噛み締める。

それなら!

かぐやが大きく一歩前に出る。薙刀の間合いには近すぎる。

が、構わずに胸の高さで左右に一閃する。光が屈んでかわす。

光の頭の上を薙刀が通り抜ける、直後下段を払ってきた。

?!速い!

光は驚きと共に飛び上がる。

『貰いましたわ!』

再び軌道を変える薙刀。空中に居る光目掛けて下段から振り上げる。

……が、空中の何処にも光の姿は無かった。

『え?』

戸惑うかぐや、後頭部を軽く突かれた。

『一本、ですね。』

光の声がする。かぐやが慌てて振り替える。

そこには付き出された光の掌底が有った。

もしも、最初にガードした時の勢いで掌底を出されていたら、今頃かぐやは吹き飛ばされて気を失っていただろう。

『私の……負けですわ。』

薙刀を降ろすかぐや。

歓声が上がる。壁際に居た四人と一匹?が駆け寄ってくる。

『光様、お見事です。』

『光ちゃん強いね~、良く見えなかったよ。』

『光さん~~~、お疲れ様でした~~~。』

声を掛けながら楓がタオルを渡してくる。

受け取って汗を拭う。結構な汗をかいていた。

『かぐや様……。』

望がかぐやに心配そうに声をかける。

『大丈夫ですわ。まだまだ私が未熟だっただけの事。これから精進するだけですわ。』

『……はい。僭越ながら、私もお手伝いさせて頂きます。』

二人で話していたかぐやが光へと向き直る。

『光さん、と仰いましたわね。お見事でした。約束通り、私の知る事はお話ししますわ。』

『鬼刀院先輩……。』

『かぐや、で結構ですわ。勝負に勝った以上、貴女の方が格上です。呼び捨てで構いません。』

『私の事も望とお呼び下さい。』

『え?でも、先輩ですし……』

『光様、かぐやの言う通りです。光一郎氏も私の父を呼び捨てでしたし……。』

紗耶香が割って入る。

ああ、そう言えば、そうだった。それに、私も蒼太ってずっと言っていたような……。

紗耶香を見る、目が合った。頷く紗耶香。

『分かりました。では、かぐや、望、今後も宜しくお願いします。』

そう言って頭を下げる。

『ええ、宜しくてよ。此方こそ宜しくお願いしますわ。』

『宜しくお願いします。』

かぐやと望も頭を下げる。

『ねえ、ねぇ、あのモヤの件は?』

妙子が尋ねる。

『あら、妙子さん、居たのですの?』

『居たよ!最初っから!見えなかったの?!』

かぐやの発言にうがーーっと吠える妙子。

『冗談ですわよ。』

『冗談って……、面白くないやい……。』

あ、いじけた……。

膝を抱えて人差し指で床をいじっている妙子。

楓とサンタ君が両側から慰めている。

かぐやは妙子を気にもせず光と紗耶香に向かって話始める。

『先程の映像に有ったモヤの事ですが、あれは邪気ですわ。』

『邪気……。』

『邪気は様々な生物の負のオーラと考えて頂ければ分かりやすいと思います。』

かぐやの発言を望が補足する。

『より集まった邪気は、邪心を持つ者に取り憑き、その者を魑魅魍魎へと転じます。』

『?!魑魅魍魎っ?!』

驚く光。

『そうですわ。あの様に全身に覆っていたなら、後数時間で人では無くなっていたでしょう。』

『では、あの高山は今頃は人では無くなっていると?』

紗耶香が質問する。

『いいえ、光さんの技で見事に邪気は祓われていましたわ。』

『当面は大丈夫だと思われます。』

『本来、あの様な邪気を祓うのも鬼刀院家の役目ですわ。私の留守中に学院内に現れるなんて、一歩間違っていれば大惨事になっていましたわ。光さん、今回の件、本当にありがとうございます。』

『ありがとうございます。』

かぐやと望が深々と頭を下げる。

『え、そんな、頭を上げて下さい。たまたま居合わせただけですから。』

恐縮する光。

『うわ~~~、かぐやが人に頭を下げてるの初めて見た……。』

あ、妙子さん復活してたんだ。

『そこっ!騒がしくてよ!』

キッと妙子を睨むかぐや。

『お~、怖っ。』

肩を竦める妙子。

『かぐや様は人に謝る事は有りませんが、感謝する時は素直に感謝されます。』

『望?!』

淡々と説明する望に驚くかぐや。

余計な事は言わなくて良いと言うかぐやと、自分にはかぐやの本当の姿を皆さまに理解してもらう義務が有ると譲らない望。

二人の攻防は暫く続く。

『しかし、光様が邪気を祓ったと言う事は、泉流が邪気に有効と言う事でしょうか?』

紗耶香が疑問を口にする。

『いえ、少なくとも光一郎は邪気を祓った事は有りませんが……。』

それに、かぐやは鬼刀院家が邪気を祓う役目だって言ってたし。

『もしかすると、気の力で邪気を祓えるのかも……。』

多分、鬼刀院家の武術も気の力を使っている。さっきのかぐやの動きは常人の物じゃなかったもん。

光が思案していると、望に根負けしたかぐやが向き直る。

『その通りですわ。邪気を祓うには気の力を使うしか有りません。』

『では、かぐやも気の力を使えるのか?』

かぐやの説明に紗耶香か質問した。

『当然ですわ。私を誰だと思っているのですの?鬼刀院家の次期当主ですわよ。』

『鬼刀院家では、当主を初め側近に至るまで、気の力の使い方を学びます。』

オーホッホッ、と高笑いするかぐやと説明する望。

『紗耶香さんも気の力を使えるのでは無くて?』

突然かぐやが紗耶香に質問した。

『ん?私は使えないぞ?使える様になりたいとは思っているが……。』

『そんな筈は有りませんわ。充分に気は練れてますわよ。だからこそ、ずっと声を掛けていたのですから。』

ふーむ?と首を傾げる紗耶香。

『紗耶香、貴女は蒼太から剣術を学んだのよね?』

『はい、幼少の頃より父に師事していました。』

光の質問に答える紗耶香。

『そうよね。蒼太は光一郎から気の力について学んでいます。その蒼太から学んだのなら、剣術の中に気の運用が含まれているのではないかしら?』

『では、知らない内に泉流を学んでいた、と言う事でしょうか?』

『そうね、泉流と言うか泉流剣術?的なものでしょうね。』

光の発言を受けて、自分の両手を握ったり開いたりしながら見つめる紗耶香。

自分の中の気の力を確かめているようだ。

『ちょっとお待ちなさい。先程の光一郎って、泉 光一郎の事ですの?』

かぐやが問いかけてくる。

『ええ、そうですよ。紗耶香の父親の柳 蒼太は泉 光一郎の最初の弟子なんですよ。』

『?!そうでしたの?』

『申し訳有りません、かぐや様。その事は鬼刀院家の情報網にも掛かっておりませんでした。』

驚くかぐやに謝る望。

『無理ないですよ。弟子って言っても十年程前に暫く教えていただけですから。知ってる人は殆どいないと思いますよ。』

光が説明する。

『そうなんですの……、どうりで……。』

かぐやが小さく呟いている。小さすぎて周りの誰にも聞こえては居なかった。

そんな時に、クゥ~~~、と可愛い音がした。

皆の視線が音のした方に集まる。楓だ。

『えへへ~~~、お腹、空いちゃいました~~~。』

そう言いながら、照れ笑いする楓。

ああ、とっくにお昼を過ぎてる。私もお腹空いてきたな。

『楓ちゃん、可愛い音出すね~。』

と、ニヤニヤしながら楓の頭に手を置いて、ワシワシと動かしている妙子。

撫でてるのかな?

楓は、はわわ~~~、とされるがままだ。

その時再び音がする。今度は遠慮なく。

グウ~~~~~キュルル~~~~~~。

妙子だった。

『貴女は豪快な音を出すのですわね。』

『しょうがないじゃん!お腹減ってるんだよ!お昼行こうよ!』

かぐやに突っ込まれ、うがーーっとまくし立てる妙子。

『あ、それじゃ皆さん先に行ってて下さい。私、シャワー浴びてから行きますから。』

光が皆に提案する。随分汗を掻いていたので、食事の前にさっぱりしておきたかった。

『あら、私もご一緒しますわ。』

かぐやが賛同してきた。かぐやも同じ気持ちだったのだろう。

結局二人がシャワーを浴びている間に、残りの者で簡単に道場を掃除する事にした。

道場内のシャワー室入って行く光とかぐや。後に続く紗耶香。

嫌な予感がする。

『……紗耶香。何の用かしら?』

ひきつる笑顔で紗耶香に問い掛ける光。

『無論、光様の御背中を流す為です。』

当然の様に答える紗耶香。

嘘だ!絶対に背中だけじゃ終わらない。昨日のお風呂の時みたいに全身洗おうとするに決まってる。

『いえ、昨日も言いましたが、結構ですから……。』

『そう言う訳にはいきません。師の身の回りの世話は一番弟子たる私の役目です。』

遠慮する光、譲る気の無い紗耶香。

ダメだ。このままじゃ昨日みたいに押しきられちゃう。

ふぅ、と息をつきゆっくりと息を吸う光。キッと真剣な表情になる。

『紗耶香!私がしなくてよいと言っているのです。分からないのですか!それに、他の皆は掃除をしているのでしょう?貴女も手伝って来なさい!』

紗耶香の目を見ながら、強目に言う光。

怒鳴ってはいない、怒鳴ってはいないが、初めて光に強目の口調で言われる紗耶香は完全に萎縮していた。

『もも、申し訳有りません!直ちに掃除を手伝って参ります。』

深々と頭を下げ、走り出す紗耶香。

その様子を見て光はふぅ、と息を吐く。

悪い事したかな?後でフォローした方が良いよね。

光がそんな事を思っていると、

『プッ、ククッ、アハハハハハ。』

爽快な笑い声が聞こえてきた。

見るとかぐやがお腹を抱えて、大笑いしている。目には涙も潤んでいる。

『プッ、わ、私、ククッ、一年間紗耶香さんを、クククッ、見てきましたが、プッ、あんなに取り乱した紗耶香さんは初めて見ましたわ。』

涙を指で拭いながら、かぐやが言う。

『だって、ああでも言わないと、全身洗おうとするんですよ。』

光の発言に再び笑い出すかぐや。

『ククッ、あの紗耶香さんが?ククッ、全身を?』

あ、余計な事言ったかも知れない。

ひとしきり大笑いしたかぐやがやっと落ち着いて来た。

『あ~、笑いましたわ。……光さん。』

『あ、はい。』

再び涙を拭って光を呼ぶかぐや。

『私、貴女の事気に入りましたわ。……その、お友達になって下さらないかしら?』

『え?お友達、ですか?』

『ええ、そうですわ。』

『……はい、私で良ければ。』

『決まりですわね。あ、これからは敬語も不用ですわ。お友達なんですからね。』

『えっと、……はい、じゃなくて、うん、分かったわ。宜しくねかぐや。』

『ええ、宜しくお願いしますわ。』

満面の笑顔で握手してくるかぐや。

何だか上級生に呼び捨てやタメ口の人が増えてるような……。

気のせいだよね、うん。



妙子達が道場の掃除が終わり、道具を片付けていると光達がシャワー室から出て来た。

二人に気付いた望が固まる。

それに気付いた妙子達も、光達を見て同様に動きが止まる。

『うわ……。』

『?!光様っ?!』

『あ~~~!』

かぐやが恋人の様に光の腕を抱き締め、頭を光の肩に預ける様にして歩いてくる。

『……え、と。かぐや、歩きにくいのだけど……。』

光が苦笑いしながら話しかける。

『ウフフ、気にする事有りませんわ。』

ニコニコしながら答えるかぐや。

いや、気になるって!

望が近付いてくる。

『かぐや様、これはいったい……。』

『あら、望。私、光さんと親友になりましたの。』

いつの間に?!知らない内にランクアップしてる!

望がクワッと目を開けて固まる。

『……かぐや様にご友人……?』

ギギギッと音をたてそうな感じで光に顔を向ける。

『え、あ、本当です。』

光が答えると望はボロボロと涙を流し始めた。

『グスッ、よもやかぐや様にご友人が出来る日が来るとは……』

『?!望?!』

突然泣き出した望に驚く一同。

『思えば、かぐや様は決して悪い人では有りませんが、我が儘で身勝手で唯我独尊で何でも自分が一番と言う困った人です。』

『望、貴女ね……。』

ギリギリと光の腕を掴む手に力が入るかぐや。先程までの笑顔がひきつっている。

『あの、かぐや?痛いです……。』

『ご、ご免なさい。失礼しましたわ。』

慌てて力を緩めるかぐや。

その様子に望が更に感動したようだ。

『あぁ、あのかぐや様がこんなに素直に人に謝るなんて。』

光の空いている左手をガシッと掴む望。

『主のご親友ならば、私にとって主も同然。以後、私の事は従者と思い、何なりとご命じ下さい。』

言いながら方膝をついて誓いを立てる望。

『待て待て。光様のお世話は一番弟子たる私の役目だ。こればかりは譲る訳にはいかん。』

『別に弟子になりたい訳では有りません。従者になりたいのです。』

『く、一番従者も私のものだ。』

一番従者?そんなの有ったんだ?

望と紗耶香の言い合いにそんな事を考える光。

とてとてと楓が歩いてくる。

左手に抱き付いてきた。

『楓?』

『私も~~~、光さんの~~~、親友です~~~。』

そう言ってちょっと涙目になっている。

『もちろんよ、当たり前じゃない。』

笑顔で楓に答える光。

楓が満面の笑顔になる。

妙子が両手を頭の後ろに組んで近付いてくる。

『光ちゃんさぁ、ひょっとして此処にハーレム作りに来たの?』

『違います!』

光の否定が道場響き渡っていた。



薄暗い部屋に人影が二つ。此処は先日、高山と小沢が居たスナックだ。昼間だと言うのに人の顔も判別出来ない程薄暗かった。

僅かなシルエットからその人影が男と女だと分かる。

『あらあら、見事に失敗したようね。』

女が楽しそうな声を出す。

『なぁに、失敗って程じゃないさ。まだまだやりようは有る。』

男がそう言ってワインボトルを口にする。

『そうかしら?折角育てた手駒は潰されたのでしょう?』

『あいつなら大丈夫だ。人押ししてやりゃ充分に使えるさ。』

『そう?それなら急いだ方がいいわよ。鬼刀院の連中が不在なのは後二~三日でしょう?』

『分かってるよ。それだけ有れば充分だ。』

『それじゃ、お手並み拝見。』

そう言ってグラスを掲げる。

『まぁ、見てな。面白くなるぜ。』

ワインボトルをグラスに軽く当てて再び口にする。

一気に中身を飲み干し、男は出ていく。

『……どちらにとって、面白い事になるのかしらね。』

女はそう言ってクスクスと笑ってグラスを口にする。

飲み干したグラスをテーブルに置く。

中の氷がカランと音をたてた。

女の姿は既に無い。

ただ、無人の闇が広がっていた。



病室に一人の男が寝ている。高山だ。

様々な機械を繋げられたその姿は、一目で重症だと分かる。

いつの間にか人影が増えたいた。

人影は高山に近づき口を開く。

『無様な格好だな。このまま何年も刑務所で暮らすのかい?』

高山がクワッと目を開く。

『本当なら今頃大金をてに入れて、海外で豪遊してた頃だろうに。いやいや、残念だな。』

高山の視線が人影を捉える。

何か言いたそうだが、口には呼吸用のチューブが通してあり、上手く声にならない。

人影は構わず続けた。

『もしも、まだやり直せるならどうするね?』

『?!ヴォ、ヴァヴォヴェ!』

『うんうん、そうだよな?まだこんな所で終われないよな?』

高山の返事を勝手に解釈して話を進める。

『女子高生に二度も邪魔されて病院送りだなんてな~。刑務所に言っても笑い者だろうしな。』

『ヴォ、ヴィヴァヴァヴァ!』

『うんうん、そう言ってくれると思ってたよ。だから、ね。』

人影の目が妖しく光る。右手を前に差し出した。

手の内には黒く光る不気味な玉が有った。

『これさえ有れば、もっと力を得られるぜ。あの女子高生なんて軽く倒せるかもよ?』

そう言って黒い玉を、高山の胸の辺りに押し付けた。

玉は妖しく明滅し高山の体に吸い込まれていく。

『ヴォァァーーーーーーッ!』

高山の体が何度も跳ねる。

『あ、そうそう。人に戻れなく成るけど、今さら気にしないよな?』

人影は気軽にそう言ってニヤリと笑う。

『もう、聞こえてねえか。ま、頑張りな。』

その言葉を最後に人影は消える。

高山は何度も跳ね回り、絶叫している。

『なんだ!いったいどうした!』

警官が二名ドアを開けて入ってくる。

二人が目にしたのは高山ではなく、異形の生物だった。



光達は部屋に戻って来ていた。

既に時刻は五時を回っている。

皆でカードゲームをやっていた。

面子は光、紗耶香、妙子、楓、かぐや、望、サンタ君である。

今やっているのは大富豪だ。

サンタ君はぬいぐるみの指の無い手で器用にカードを持っている。

あれ、どうなってるのかな?

疑問である。

『ところで、ずっと気になって居たのですけど……。』

かぐやが光に向けて話し出した。

かぐやがサンタ君を指差す。

『これ、どうなってますの?』

『何故、ぬいぐるみが動いているのでしょうか?』

かぐやの疑問に望が続く。

って、今頃?

『遅いよ!もう、四~五時間は一緒にいるよね?』

たまらず、妙子が突っ込む。

『僕は紅葉。楓姉さんの弟だよ。で、此方は僕が作ったサンタ君、ロボットだよ。』

コンコンと自分の頭をつつきながら説明するサンタ君、と言うか紅葉。

『ロボット……。』

『どう見ても、ぬいぐるみですわよね?』

ツンツンとサンタ君をつつく楓と望。

突然、着信音が響く。

『あ、私だ。』

光が自分のスマホを取りだし、モニターを見る。

小沢、と表示されていた。

なんだろう?

そう思いながら、電話にでる。

『もしもし、小沢さん?』

『あ、(アネ)さんですかい?』

『ええ、どうかしましたか?』

『いやね、まだ未確認なんですが、ちょっと不味い事になってるもんで連絡したんでさぁ。』

『不味い事、ですか?』

『まだ、マスコミも掴んでない情報なんですが、警察病院から高山が消えやした。』

『?!高山が!』

『ええ、ねちっこい奴の事でさぁ、もしかしたら復讐なんざ考えてるかもしれやせん。』

『そんな……。』

『光ちゃん、どうしたのさ?』

光の様子がおかしい事に気付いた妙子が聞いてくる。

『……高山が、警察病院から逃げ出したそうです。』

『嘘っ?!』

皆一様に驚いている。

『小沢さん、連絡有難うございます。』

『いやいや、何か分かったら又連絡しやす。お気をつけて。』

『ええ、ありがとう。小沢さんも気をつけて下さい。』

電話を切る。

皆が光を見ている。

『高山が逃げ出したのですか?』

紗耶香が口を切った。

『ええ、もしかしたら復讐に来るかも知れないそうです。』

皆、驚いている。

楓が光の腕にしがみついてくる。

楓の頭を撫でてやる。少し笑顔が戻る。

『ちょっといいかな?これ、見てくれる?』

サンタ君が立ち上がり、壁に映像を映し出す。

病院の外の防犯カメラの映像だ、画面右側に建物が三階の辺りまで映っている。

突如、画面の右上から黒い塊が落ちてくる。

一緒に落ちてきた瓦礫の中、ゆっくりと立ち上がり人形になる。

両手を広げ胸を張り、上空に向けて何かしら吼えた後、画面の左側へと飛び去っていった。

『今のは、……高山、ですか?』

紗耶香が疑問の声を上げる。

画面が黒い塊が立ち上がった所に巻き戻り停止する。

人影がクローズアップされた。

先日見た時はモヤが全身を覆っていたが、今は既にモヤとは言えない様になっていた。

全身に黒い甲羅のような、鎧のような物を纏った異形の生物がそこに居た。

『これは、既に妖魔に転じてますね。』

望が淡々と発言する。

『有り得ませんわ!邪気は光さんが完全に払っていたでは有りませんの。こんな短時間に妖魔に堕ちるなんて!』

『ですが、実際に此処に映っているのは妖魔です。』

『それは、そうですけど……。』

かぐやが否定するが、事実は変えられない。

『此方も見てくれる?』

サンタ君が次々と映像を切り替える。

あちこちの防犯カメラや携帯のカメラで撮った映像だ。

どれも黒い異形の生物が画面を横切っていた。

『それで、これなんだけど。』

画面が更に変わる。コンビニの防犯カメラの様だ。店の入り口から外の様子を映している。

そこには異形の生物が二体横切っていた。

『これ……、増えてる……よね?』

紅葉が皆に声を掛ける。

『そんな馬鹿な!早すぎですわ!』

かぐやが声を上げる。

『かぐや、どういう事?』

光がかぐやに説明を求める。

『……そうですわね。少し、妖魔について話しておきましょう。』

かぐやと望が目を合わせて頷き合う。

『通常、邪気に取り憑かれ妖魔に堕ちるには、一週間程掛かります。』

『妖魔墜ちした者が異形の力を使いこなすのは、更に一週間程掛かると言われてますわ。』

望とかぐやが皆に説明を始めた。

『じゃ、さ。この二体に増えてるのって……。』

『恐らく、分身体だと思われます。本体よりは力が劣りますが、これも妖魔です。』

妙子の質問に望が答えた。

『出来た、ちょっといいかな?』

紅葉が声を上げる。画面が切り替わり地図が表示される。

画面右下に警察病院が有りバッテンが付いている。そこから中央に向けて赤い点が次々に付いていく。

『これさ、高山の目撃情報を地図に合わせてみたんだ。……まっすぐそこに向かってるよね?』

『このままなら、麓の街を通って学院に繋がるな。』

地図を見ながら紗耶香が呟く。

『あの~~~、こういう時って~~~、鬼刀院家は動かないのでしょうか~~~?』

楓が疑問を口にする。

ああ、そう言えば、鬼刀院家は邪気を祓うって言ってた。妖魔はどうなんだろ?

『……本来なら、鬼刀院家の仕事ですわ……。』

『ですが、鬼刀院家の主力の皆さんは全員北海道に行っています。』

かぐやが悔しそうに述べ、望が淡々と続けた。

『こんな時に何でさ?』

妙子が聞く。

『仕方有りませんの。北海道で上級の妖魔が複数暴れて居たのです。』

『丁度、こちらの方では目立った妖魔や邪気の活動は報告されていません。ですから全力で事態の早期解決に当たる事になったのです。』

悔しそうに説明するかぐや、望がかぐやを気にしながら説明を受け継ぐ。

『かぐやは行かなかったの?』

更に妙子が聞く。

『くっ、……私には、……実戦は早いと言われましたわ……。』

『かぐや様は留守の事を任されています。又、現在の鬼刀院家の戦力は、私達と封印の守り手だけとなります。』

両手を握りしめ、声を絞り出すかぐやをフォローしつつ、説明を続ける望。

『……封印の守り手は神社を離れられませんわ。実質、こちらの戦力は私達だけです。』

そう言ってかぐやが立ち上がる。

『望、行きますわよ。街に入る前に先手を打ちます。』

『……はい。』

望もかぐやに続いて立ち上がり、二人で部屋を出て行こうとする。

『ちょっと、かぐや!二人だけで行くつもりなの?』

光が二人を引き留める。

『仕方有りませんわ。これも、次期当主としての勤めですの。』

笑顔を見せるかぐや。しかし、その笑顔には力が無い。

かぐや……、そんなに無理して……。

光はそんなかぐやを見て決意する。

『私も行きます。』

『光さん?!』

『光様?!』

かぐやと紗耶香が同時に声を上げる。

『高山の目的が復讐なら、狙いは私でしょう?私は学院に居ない方が良いいわ。』

『光さん……、よろしいの?』

かぐやがおそるおそる聞いてきた。

『もちろんよ。妖魔にも気の力は有効なのよね?』

『はい、妖魔には対魔の術か気の力のみが有効な手段です。』

望が答える。その答えに光は頷く。

かぐやの表情が崩れていく。

ボロボロと涙を溢して光の手をとる。

『光さん、ありがとう。』

かぐや……、やっぱり、無理してたのね。

『光様、それならば私も。』

紗耶香が告げる。しかし、光は首を振る。

『紗耶香、貴女は望と此処に残って。出向くのは私とかぐやの二人で行きます。』

紗耶香も望も反対するが、光は受け付けない。

そもそも、高山が街を通らず学院に来る可能性も有る。

鬼刀院家の二人は二手に別れてもらう必要が有った。

『私達の方に来るとは思うけど、もしも、学院に来た時は紗耶香、望、頼むわね。』

光が二人を見つめる。有無を言わせない真剣な表情だった。

『……分かりました。光様、御武運を。』

『かぐや様を宜しくお願いします。』

ようやく納得してくれた様だ。

光は紗耶香の手を取る。

『光様?』

紗耶香が困惑する。

『紗耶香、自分を、柳の剣術を信じて。貴女なら必ず出来るわ。』

両手を取り、紗耶香の目を見つめながら光が言う。

『!分かりました。こちらの事はお任せ下さい。』

光の真意に気付いた紗耶香が、頷き答える。

『妙子さん、楓、貴女達は部屋を出ないで。もしもの時は生徒達を避難させて下さい。』

『うん、光ちゃん、気を付けてね。』

『光さん~~~、ちゃんと、帰って来てくださいね~~~。』

妙子も珍しく真剣だ。楓は涙目になっている。

『もちろんよ。必ず帰って来るわ。』

絵顔で二人に答える。

『光お姉ちゃん、これ持って行ってよ。』

サンタ君がリュック方のヨシロー君からイヤホンを二つ取り出して渡してくる。

『イヤホン?』

受け取りながら呟く光。イヤホンにしては少し大きい。補聴器に似ていた。

『無線機だよ。耳に着けて普通に話してくれれば僕に伝わるから、二人とも着けてね。』

『こう、かしら?』

一つをかぐやに渡し、一つを左耳に着ける。

『うん、大丈夫、ちゃんと聞こえるよ。』

サンタ君は更に四つ取り出して皆に配る。

全員が耳に着ける。

『それじゃ、行きましょう。』

光の発言に皆が頷いた。

夕焼けに染まるなか、高山との決戦に向けて事態は動いていく。



いよいよ第一章のクライマックスに入ります。

次話で第一章終了予定です。

お楽しみに。

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