初めの出会い
皆様、はじめまして。
広斗と言います。今回が初の投稿になります。
初めてだらけで、分からない事も多く、見苦しい所が有るかと思いますが、暖かい目で見ていただけると嬉しくおもいます。
ずっと違和感を持っていた…。
小さな頃から何かが違う、何かを忘れている、そんな思いがずっと続いていた。
窓辺に立ち星空を眺めながら少女は思う。肩に掛かる天然のウェーブの入った髪を弄りながら。
美しく気品を漂わせた少女は、ゆっくりと振り替えって深い溜め息をついた。
『まさか……、私が男だったなんて。』
少女の名前は【神尾 光】。ここ桜花女学園に入学する為に四月に入って早々に学生寮に越してきた所だった。
相部屋になった上級生は春休みで帰省して不在だった為に部屋で一人、茫然としていた。
昼過ぎに寮に着いた光はいつもの違和感を感じながら荷物を片付けていた。そして午後4時を過ぎた頃に粗方の片付けが終り、一休みしようとした時に、突然頭の中で何かが弾けた。
それは男として生きた35年間の記憶。
毎年行われている格闘技の世界大会で大会開催から10年間無敗を誇り殿堂入りした、格闘王の称号を持つ男。
【泉 光一郎】その男は幼き頃から様々な格闘技を学んでいた。世界中を巡り多くの好敵手達と技を競い、22才で泉流格闘術という新しい武術を築き上げた。
その後、世界大会で優勝したことにより世界中にその名前を知られる事になり、様々な伝説を語られる事になる。
曰く、飛んでくる銃弾を全て避けた。
曰く、巨大な熊を素手でねじ伏せた。
曰く、マフィアの組織を一人で壊滅させた。
曰く、一蹴りでビルを破壊した。
曰く、飛んできた飛行機を受け止めた。
等々、明らかに都市伝説も含まれるが大半は事実であった。
そんな男の生涯が一気に頭の中で蘇ったのだ。
『今のは……何?』
光の口から声が漏れる。
『私は神尾 光……。』
間違いない、とこれまでの自分を思い出しながら頷く。
『でも……、泉 光一郎でもある……?』
これも違和感なく納得出来ていた。寧ろ、今まで感じていた奇妙な違和感が綺麗に無くなっていた。
『どういう事?何で突然こんな事に?』
頭を振りながら呟いていると、ふと机に置いていたカレンダーが目に入った。4月1日。
『私(光一郎)が死んだ日だ……。』
光一郎の記憶を手繰る。
確かに4月1日だった。朝、家を出る時に娘にエイプリルフールだから騙されないように、と言われたので間違いない。
そして家に帰ろうとしていた時、正確には分からないが午後4時頃ではなかったか。
高速道路の高架下を歩いていた時に頭上から凄まじいクラッシュ音が響いた。
そして、落ちてくる2台の車。乗用車と大型のトラック。その下には音に驚いている十数人の子供達。
気付いた時には既に動いていた。
泉流の極意は気の運用にある。気を練り上げ体中に巡らせる事で大幅に身体能力を上げるのだ。子供達に向かって走りながら気を練り上げる。そして……。
『キィィィーーーーーーーン』
耳鳴りの様な音が辺りに響いた。その音は光一郎の口元から出ている。空手の息吹きをアレンジした泉流独特の呼吸方で体中に気が満ちた時に出る音だった。
落ちてくる車に気付いて僅か一~二秒で準備は終わった。
ーー子供の数が多すぎる、これじゃ全員連れ出すのは無理か?、だったら。ーー
先に落ちてきた乗用車が子供達に襲い掛かかる直前、
『せいっ!』
気合いと共に光一郎の蹴りが車体に突き刺さる。車はそのまま真横に飛んでいき高架下の金網に突き刺さる。
『次っ!』
言いながら、両手足に気を集中させトラックを受け止める。
再び轟音が響く、トラックの荷台が地面に激突して砕けたのだ。
しかし、子供達の真上に有る運転席は地面には落ちず浮いていた。その下には全身血塗れになってトラックを支えている光一郎。
子供達が今自分達に起こった事に要約気付き始めていた。
『よお、みんな怪我してねえか?動けるならちょっと離れてろ。』
光一郎は血を流しながら、笑顔で子供達に話しかける。
子供達はコクコクと頷きながらその場を離れる。
全員が離れたのを確認し、受け止めていたトラックを下ろす。
『…ちぃとばかり、無茶…だったかな?…悪いな…あず…さ…。』
ゆっくりとその場に倒れる光一郎。意識はそのまま闇に閉ざされていった。
『やっぱり、あの時に死んだのよね…。』
ゾクリ、光一郎の死の瞬間を思いだし身震いする。
震えている体を抱き締めるようにしながら光は考える。
長い思考の末に二つの仮説を立てた。
一つは死んだ光一郎の霊が自分に乗り移った可能性。
『でも、これだと私と光一郎の記憶の両方が有る説明にはならないわよね?』
そして、もう一つは死んだ光一郎が自分に生まれ変わった可能性。生まれ変わる際に時を遡る事が有るのかは分からないが、恐らくそうであろうと結論付ける。
同じ魂を持つ者が同時に存在していた。そして、片方が居なくなり存在が一つになった事で前世の記憶が蘇った?
確証は出来ないが、そういう事なのだろう。
『でも、私はあくまで光よね。』
自分に言い聞かせる様に言ってから窓の外を見た。
いつの間にかすっかりと暗くなっている。
自分の前世が男だった事とその記憶に悩ませられながらも、ゆっくりと窓から離れベッドに倒れ込む。
今日はもう寝てしまおう。相部屋の先輩はまだ数日帰ってこない。荷物はそれまでに片付けてしまえばいいや。何よりも頭が混乱している。
そう思いながら、眠りに落ちていった。
ふと、目が覚めた。時計は午前2時を指している。
ドアの外の気配にハッとなる。
『こんな時間に誰かしら?』
そもそも、昼間会った寮母さんの話だと春休みの今、殆どの生徒が帰省しているとの事だった。新入生もまだ光だけしか来ていない。
気になってドアの近くで外の様子を確かめる。
どうやら、少し歩いては立ち止まり、を繰り返している様だ。
ドアを開ける。
『誰か居るの?』
『ほえ~~~?』
光の問い掛けに間延びした声が答えた。声のした方を見る。
そこには巨大なぬいぐるみの熊が居た。
『…………え?』
一瞬戸惑ったが、良く見れば熊を抱き締めた少女が立っていた。
『あ~~、おはよ~ございます~~。』
『え、あ、おはよう…ございます…。』
間延びした眠そうな声に戸惑いながら答えた。
目の前の少女はふわふわの赤毛を耳元で切り揃えていた。背丈は光の胸元までしかない。随分と幼く可愛いらしい少女だが、寝間着を来て此に居る以上高校生なのだろう。
そんな少女が自分の背丈の半分は有るぬいぐるみを抱き締めて立っていた。
『え、と。この寮の方ですよね。こんな時間に何をされているのでしょうか?』
あり得ないと思うが、先輩の可能性も有るので丁寧に話してみる。
『ほえ~~~?何を~~~、してるんでしょう~~~???』
??寝ぼけてる???目もトローンって感じだし。
『自分のお部屋は分かりますか?』
こんな時間に寝ぼけてる子供(にしか見えない!)を放置も出来ずに聞いてみた。
『はぁ~~~、お部屋~~~、何処でしょう~~~???』
暫く考える様な仕草をして少女は答える。
駄目だ!完全に寝ぼけてる。どうしよう?こんな時間に一部屋ずつ聞いて行く訳にもいかないし。
少し眠ったとはいえ、光もまだ混乱から立ち直っていない。正直に言えば、あまり色々考えたくはなかった。
『いらっしゃい、今日はこの部屋で寝ましょう。』
有無を言わせず、部屋に引っ張り込んでベッドに連れていく。
『はわ、はわゎゎゎ~~~。』
何やら少女が喚いているが、気にしない。
ベッドに寝かし、自分も隣に潜り込んで眠る事にする。
『えへへ~~~、暖かいです~~~。』
少女がすり寄って来ながら笑顔で言う。
『そうね、暖かい。』
少女の頭を優しく撫でて答える。そして再び眠りに落ちていった。
光は気付いていない。少女は確かに廊下をうろうろしていたが、特に音を立てていた訳ではない。気配だけで廊下の外の少女に気付いた事に。
見た目は変わることなく光の変化はゆっくりと始まっていた。
ゆさゆさ。ゆさゆさ。
何やら、体を揺らされている。
『ん、もう少し…。』
寝ぼけて答える光。
…………ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ‼
『きゃっ、何、何??』
激しく体を揺らされ、慌てて飛び起きた。
『えへへ~~~、もう少し、揺さぶって見ました~~~。』
赤毛の少女が満面の笑顔で座っていた。
昨日の少女はいつの間にか私服に着替えて居た。フリルのだらけの可愛い服を着た少女はますます幼く見える。
『おはよう~~~ございます~~~。そろそろ~~~、食堂に行かないと~~~、閉まっちゃいますよ~~~。』
『あ、おはよう。もうこんな時間なのね。お越してくれてありがとう。』
時計を見て、相変わらず、トローンとした目でゆっくりと喋る少女に答える。どうやら、この少女は寝ぼけていなくても通常からこのテンポの様だ。
ひょっとしたら昨日の夜も寝ぼけてはいなかったのかもしれない。
身支度を整えながら、ベッドにチョコンと座った少女を見てそう思った。
『あ、そうだ。私は【神尾 光】。昨日、入寮した新入生よ。貴女は?』
『私は~~~、新入生の~~~、【北条 楓】と申します~~~。昨夜は~~~、ありがとうございました~~。』
立ち上がり、深々と頭を下げる楓。
『ううん、いいのよ。やっぱり、寝ぼけてた?』
『いいえ~~~、サンタ君を~~~、探してたんですよ~~~。』
???意味が分からない。
『えっと、サンタ君って?』
『サンタ君は~~~、この子ですよ~~~。』
光の問いに昨日から持ち歩いている熊のぬいぐるみを前に差し出してくる。
『その子がサンタ君?』
『はい~~~。』
『………見つかって良かったね。』
『はい~~~。』
寝ぼけてたんだ、間違いなく寝ぼけてたんだな、と納得する光。
『お待たせ、食堂に行こっか。』
『はい~~~。行きましょう~~~。』
二人は食堂に向かって歩き出す。
ここ、桜花女学院は山の中腹に有る。一学年はA~Dの4クラス有り全校生徒は360名。全員が寮住まいだ。
寮は学院に隣接しており、食堂を中心に東側に白を基調にしたあけぼの館、西に赤を基調にした夕焼け館、北に青を基調にした陽光館が有る。
光達が居たのがあけぼの館でもう一つの夕焼け館と共に一~二年生が相部屋で住む事になる。
三年生は陽光館で個室と相部屋が選べる様になっている。
因みに二年生は一年生の指導係として一年間を過ごす事になる。
各寮は三階建てになっており、それぞれに寮母さんと数名の職員が住み込みで雑務を行っている。
基本的に平日は敷地外に出ることは禁止されているが、休みの時は寮母さんへの報告と正門に有る警備員の詰所で出入記録を取れば外出出来る事になっている。
そして、今は春休み。生徒の殆どは残っておらず、人は少ない。
少ないのに、その少ない人の視線が痛い。視線の先は巨大な熊のぬいぐるみ。サンタ君だった。
光と楓の二人は同じテーブルで同じサンドイッチセットを食べていた。向かい合って座る二人、楓の横には同じ様に椅子に座っているサンタ君。
やっぱり、置いてこさせるべきだった、と後悔する光。
部屋を出るときに連れて行くのかと聞いたところ、
『はい~~~、もちろんです~~~。』
と、笑顔で言われ何も言えなかったのだ。
ひそひそと何やら言われている様だが、聞こえない事にする。
『そう言えば~~~、私の方の先輩は~~~、今日帰って来るそうですよ~~~。』
食事しながらの会話の中で、楓が思い出したように言い出した。
『そうなの?良い人だといいね。』
『はい~~~、光さんみたいに~~~、優しい人だと嬉しいです~~~。』
私が……優しい???
初めて言われた言葉だった。それ以前にこうして人と一緒に居る事自体、光にはあまり経験の無いことだった。常に感じていた違和感のせいで自分に自信が持てなかったのだ。
クラスメイトどころか家族にすら、一歩引いた距離感で接してきた。友達と呼べる相手もいない。
『私は……、優しくなんか、ないよ。』
戸惑いながら、答える光。だが、光の言葉はあっさりと否定される。
『光さんは~~~、優しいですよ~~~。昨日も助けてくれましたし~~~、今だって~~~、一緒に居てくれてます~~~。』
そんな事で?と更に戸惑う光。
『私って~~~、ノロマなんですよ~~~。皆さん、最初はそう言って~~~、笑ってるんですけど~~~、いつの間にか~~~、相手をしてくれなくなるんです~~~。』
そう言って笑う楓の笑顔はこれまで見せていた笑顔ではなく、悲しそうに見えた。
ああ、そうなのか。この子も私と同じで一人だったんだ。
光は自然と楓の手を取っていた。
『大丈夫よ、楓。私は絶対にそんな事しない、約束するわ。それとね、私と……友達になってくれる?』
光の言葉に大きく目を見開いて、その後にブンブンと頷く楓。
『はい、はい~~~。もちろんです~~~。宜しくお願いします~~~。』
『ええ、此方こそ宜しくね。』
楓の笑顔はこれ迄以上に嬉しそうだった。
食事を終えた二人は部屋へと戻る事にした。
話をしていて分かったが、楓の部屋は光の部屋の隣だった。
あけぼの館の二階、階段を登って一番奥が光の部屋、その手前が楓の部屋である。二人とも荷物の整理が終わっていないので、先ずは片付ける事にした。光は自分の荷物を片付けた後に楓の片付けを手伝う事にして楓の部屋の前で別れる。
『はわ、はわわわわ~~~。』
光が自分の部屋に入ろうとした直前、楓の部屋から声が聞こえた。
走り出す。
『楓。入るわよ。』
ノックもそこそこに部屋に入る光。
目に飛び込んできたのは、部屋の中央に此方を向いてちょこんと座り込んだ光だった。サンタ君を抱き締めている。
『楓?どうしたの?』
声を掛けて近づこうとした瞬間、後ろに人の気配を感じる。
『誰っ?』
即座に横に移動して振り向く。直後に今まで居た場所を人影が通り過ぎていく。
『わっ、とととっ!』
『はわわわわ~~~。』
通り過ぎた人影は止まりきれずに、そのまま楓に抱きついていた。バランスを崩したのか両膝をついて楓の抱き抱えているサンタ君に顔を突っ込んでいる。
『痛たたた、あ~、びっくりした。』
そう言いながら起き上がる人影。
桜花女学院の制服を来ていた。赤色のブレザーにチェックのスカートである。ショートカットの髪に白いハチマキをしている。ハチマキの正面に何か書いて有るが、前髪に隠れていて良く見えない。
『良く気づいたね~、避けられるとは思わなかったよ。』
頭を掻きながら笑いかけてくる。
『えっと、貴女は?』
問い掛ける光。
『あ、あたし?あたしは【遠山 妙子】この部屋の住人だよ。』
妙子の答えに食堂での会話を思い出す。そうだった、今日この部屋の先輩が帰って来ると聞いていた。
慌てて挨拶をする。
『すみません!私は隣の部屋に入りました、神尾 光です。』
『あ~、隣の子なんだ。じゃ、こっちがこの部屋の子だね。』と言いながら楓の頭を撫でている。
『はぅ~~~、北条 楓です~~~。』
目を閉じて、されるがままの楓も挨拶する。
『いや~、丁度今帰って来たんだよね。そしたら声が聞こえてきたからさ、脅かしてやろうかと思ったんだ。』
ああ、さっきの楓の声は驚かさせた声だっのね、と納得する光。
『そういやさ、光ちゃんって隣の部屋って言ってたよね。それって奥?手前?』
妙子が聞いてきた。
『一番奥の部屋ですよ。』
光が答えると妙子がニヤリと笑う。
『んじゃ、さやと一緒か~、んふふ~。』
『???どうかしたのですか?』
『ん?ちょっとね~。光ちゃんのパートナーってさ~、ちょ~っと変わってるんだよね。』
困惑しながら聞いてくる光に相変わらずニヤニヤしながら答える妙子。
『その子って【柳 紗耶香】って子なんだけど、ちょっと真面目でお堅いんだよね~。あ、悪い子じゃないからね。』
『……そう、なんですか?』
どんな人と相部屋になるのか不安になってくる光。そんな光を気にもせず、妙子は続けて話し掛けてくる。
『そういやさ、足りない物とか有るでしょ?何だったら麓の町案内しよっか?』
『え、良いのですか?今帰って来た所じゃ……。』
『あ~っ、いいって、いいって。こんな時しか気軽に外行けないしね~。楓ちゃんも良いでしょ?』
『ほえ~~~、そうですね~~~、お願いします~~~。』
楓が肯定したことで決定したようである。
『んじゃ、早速行こっか?二人とも制服に着替えて集合!』
『はい~~~。』
『はい、着替えてきます。』
答えて光は部屋に戻る、相部屋の先輩の事に多少の不安を感じながらも着替えを済ませ、再び楓の部屋に戻る。
『そういやさ、光ちゃんって何か武道やってる?』
楓の着替えを待ってる間に妙子が聞いてきた。
『え、いいえ、何もやってませんよ。』
答える光。事実、武道どころかスポーツもろくにやっていない。
『ふ~ん、そう?』
何やら納得がいかないような妙子。
どうしたのか聞こうとした時、楓の声に遮られる。
『お待たせしました~~~。』
『お、終わったかい?んじゃ、行こっか。』
出掛けようとして光は楓に問い掛ける。
『え~と、その子は?』
視線は楓の背中に向けている。熊がいる。
サンタ君程大きくはないが、30センチ程の熊を背中に担いでいた。
『あ~~~、この子は~~~、ヨシロー君です~~~。』
『ヨシロー君……。』
『この子は~~~、リュックに~~~、なってるんですよ~~~。』
そう言って笑顔で背中を見せてくる。
『にゃはは、楓は熊好きだね~。』
妙子が笑いかけてくる。確かに部屋を見渡せば、部屋に二つずつ有るベッドと机のうち、片方は熊のぬいぐるみだらけだった。
うん、まあ、しょうがないよね、似合ってるし。と光は納得する事にした。
『そう、可愛いわね。それじゃ一緒に行きましょうか。』
『はい~~~。』
三人は校外へ、山の麓に有る最寄りの町へと出掛けて行った。
学院から町までは一本道である。学院の正門前にバス停が有り駅前までそのまま着く。学院の職員達の貴重な足である。
三人は駅前までバスを使い、駅前の商店街で必要な物を買って行った。その間、妙子はもっぱら楓をからかい光がフォローしている。
楓も本気ではいやがっていないようで、終始楽しそうである。
この人となら楓も大丈夫だろうと光は安心する。
ちょっと振り回されそうだけどね、と付け加えながら。
そうこうするうちに、三人は銀行に来ていた。
光と楓はまだ余裕が有ったが、妙子がお金を使いきったと言うのだ。ここまでバス代しか使っていなかったはずたが……?
ATMが混んでいたので、光と楓は銀行内で待つ事にした。
椅子に座って楓に話し掛ける。
『大丈夫?疲れてない?』
『はい~~~、大丈夫ですよ~~~、ありがとうございます~~~。』
笑顔で答えてくる楓に安心する。
そのまま他愛もない会話を続けていた。
『きゃーーーーっ』
『うるせぇっ、静かにしろっ』
悲鳴と共にそんな声が銀行内に響く。
入り口のATMコーナーから覆面姿の男達が入ってくる。手にはそれぞれ刃物を持っている。
ATMコーナーに一人残り、近くのOLを捕まえ刃物を突きつけている。残りの三人が此方へ入ってきた。
一人がカウンターへ行き行員にバッグにお金を積める様に指示を出す。その男だけは拳銃を持っていた。
残り二人が客を奥に集めている。そのうち一人が近くの子供を人質に取った。
もう一人が楓を見ながら此方へ来た。楓も男の視線に気づき震えている。光は楓の前に出て楓を庇う。
男は暫く光を見回してそのまま光の腕を捕まえ引き寄せる。
後ろを向かせ、両手を後ろ手に回し左手で捕まえ首筋に刃物を突きつけてくる。
『動くなよ』
男が脅してくる。楓が心配そうに光を見ている、今にも泣き出しそうだ。楓に向けて大丈夫だと笑いかける光。視線を動かす。
ATMコーナーに残っている男の近くで妙子が男の隙を伺っていた。
マズイ、無茶をしなきゃいいけど、と光が思った矢先に妙子が男に襲いかかる。刃物を持った手を捻り上げていた。
『な、』
光を捕まえていた男がそれに気づき僅かに両手を押さえていた手が緩む。
光が動く。両手を振りほどき、僅かに腰を落としながら右手で刃物を固定、体を左に回し、そのまま左手で男の顎を突き上げる。
男は一メートル程浮き上がり、そのまま無言で後ろに倒れる。完全に白目を向いていた。光は速い、男が落ちてくる前に既にもう一人の男に向かっていた。左手で刃物を持った手を捕まえる。
驚愕に目を見開く男。光の右の掌底が男の顔面に突き刺さる。
『ふぎゃっ。』
何やら色々な液体を覆面の隙間から撒き散らしながら、男は倒れる。
『な、なんだ。』
カウンターの男がようやく此方に気づいた。
遅いっ、光は思う。既に男の目の前に迫っている。
慌てて光に銃を向ける。が、光の方が速かった。
光の左手が銃を掴み上に螺上げる、勢いをそのままに光の右の蹴りが男のみぞおちに突き刺さる。
『げぼっ。』
カウンター迄蹴り飛ばされた男はそのまま崩れ落ちて行った。
光が動き出して、僅か10秒に満たない時間で三人の男は制圧されていた。
『うわ~、容赦無いね~。』
妙子が気絶した男達を眺めながら歩いて来た。
ATMコーナーを見るとあちらに残っていた強盗ものびていた。
小さな子供がつついている。慌てて止める母親。
その様子を見て、ホッとする。しかし、妙子を見据えて口を開く。
『馬鹿っ!』
『うぇっ?!』
光の剣幕に首をすくめる妙子。
『刃物を持った人に向かっていくなんて。怪我でもしたらどうするんですか?』
『え、あ、うん。ごめん。』
最初は驚いていたが、自分を心配している様子に気付いて謝る妙子。
『にゃはは、後輩に怒鳴られるとは思わなかったよ。』
と、指で頬を掻きながら苦笑する妙子を見て光ははっと気づいた。
『すみません!私ったら先輩に対して、本当にすみません!』
慌てて頭を下げる。
『ん、いいよ、いいよ。心配してくれたんでしょ?』
と、笑いかける妙子。
その時、光に楓が抱きついてきた。
『光さ~~~ん、ごめんなさ~~~い。』
ボロボロに泣いている。
『大丈夫よ。気にしないで。』
優しく楓の頭を撫でる光。どうやら先程楓の代わりに強盗に捕まったのを気にしているようだ。
『それよりさ、そろそろ逃げない?ウチの学校って一応お嬢様学校だから、こんな騒ぎ起こすのはマズイかも……。』
騒ぎを起こした張本人が苦笑しながら言ってきた。
顔を見合わせる光と楓。どちらからともなく頷く。
『逃げましょう。』
『はい~~~。』
三人は同時に駆け出していた。
駅前のバスセンターに止まったバスに三人の姿が有る。
楓はシートに倒れ混み、肩で息をしている。光もシートに寄りかかり息を整えている。そんな中で妙子だけが平然としながら、二人を眺めていた。
バスが動き出した頃、光の息が整った。
ふと、妙子と目が合う。
今迄に無いほど真剣な目をしていた。
『光ちゃんさぁ、武道の経験無いって言ってたよね?』
真剣な目をしたまま聞いてくる。
『はい。そうですけど……。』
戸惑いながら答える光。妙子は続ける。
『さっきさぁ、あたしが一人片付ける間に三人共片付けちゃったよね。あれって、素人どころか武道かじった程度じゃ出来ない事じゃないかな?』
衝撃が走った。今更ながらさっきの事を思い出す。
自分は何をしたのか?武器を持った男達を素手で倒していなかったか?しかも考える事なく体が動いていた。
『え?え?え???』
考えがまとまらない。何故そんな事が自分にできたのか?
もしかして、光一郎の記憶のせい?
ようやくその事に気付いた頃、妙子が視線が緩んだ。
『ま、言えないなら別に問い詰めたりしないけどさ。いずれは教えて欲しいな。』
そう言って微笑む妙子。
『……すみません……。』
光はただ、そう言ってうつ向いていた。
『ほえ~~~。疲れました~~~。?どうかしたんですか~~~???』
突然、楓が話し掛けてきた。ようやく息切れが収まったようである。前の席から後ろを覗いてきた。
『ん~、何でもないよ。』
笑顔で楓の頭を撫でる妙子。
『はわわ~~~。光さん、さっきは~~~、ありがとうございました~~~。怪我とか~~~、してませんか~~~?』
妙子に頭を撫でられながら楓が聞いてくる。
『ううん、大丈夫よ、ありがとう。』
『えへへ~~~、光さん、かっこよかったですよ~~~。』
照れながら、上目遣いで此方を見てくる。気のせいか頬が赤くなっているような気がする。
うん、走ってきたからだよね、そうに違いない。光はそう思う事にした。
『う~ん、あたしも頑張ったんだけどな~。二人の熱い絆の間には割り込めないんだね~。』
『え?』
妙子がとんでもない事を言い出した。ニヤニヤしている。
『えへへ~~~。そんな事~~~、無いですよ~~~。』
照れる楓。いや、否定しようよ‼
突っ込みたかったが、そんな事を言えば楓が泣きそうなので堪えておく。バスを降りるまで妙子はニヤニヤしたままだった。
三人は学園に帰ってきた。正門を越え、寮に向かいながら歩く。
先頭に妙子、その後ろに光と楓が並ぶ。楓は光の手に抱きつくようにして歩いていた。
たまに目が合う。慌てて目を反らしうつ向く。暫くするとチラチラ見てくる。可愛いな、と思い笑いかける。
『そういやさ、光ちゃん。』
振り返り、後ろ向きに歩きながら妙子が話し掛けてきた。
『はい、何でしょう。』
『ん~、何て言うかさぁ。スカートの時はあたしみたいにスパッツ履いた方が良いんじゃないかな?って思ってさ。』
『???え?』
突然そんな事を言われて困惑する、が先程の銀行で強盗犯を蹴り飛ばしていた事を思い出す。
『ッ!……もしかして……、見えて……ました?』
恐る恐る聞いてみる。
妙子はニヤニヤして答えない。楓に視線を移す。目が合った。
『……えっと~~~、少~しだけ~~~。』
視線を反らしながら、答えてくる。
頭を抱えてしゃがみこむ。
見えてたんだ。それも、しっかり。この二人だけでなく、銀行員の人やお客さんの人達にも見られたかもしれない。
恥ずかしくて泣きたい気持ちだった。
『まぁ、まぁ、一瞬だったからさ。そんなに落ち込まないの。』
見かねた妙子が慰めてくれる。顔はニヤけているが……。
楓はオロオロしている……。
『う~~。スパッツ用意します……。』
ヨロヨロと立ち上がり、呟く光。
心配そうに楓が見上げてくる。何とか笑顔を作り頭を撫でる。
だいぶ、ひきつった笑顔だったかもしれない。
『にゃはは、そうしな。』
楽しそうな妙子。落ち込む光。心配そうな楓。
三人は各々の様相で寮に帰っていった。
三人で夕食を済ませた後、光は一人で自分の部屋でベッドに座っていた。
昼間の事を考える。銀行での事だ。三人の男を打ち倒していた。
考えてみれば、今迄人に暴力を振るった事はない。
ただ、何とかしなきゃと思ったら体が動いていたのだ。
意識はしっかりと有った。自分が何をしたのかも覚えている。
あれって、光一郎の技だよね……。私にも出来るんだ……。
立ち上がり泉流格闘術の型を思い出す。自然と体が動いていた。
瀞から動へ、動から瀞へ。掌が、脚が想像した通りに動く。
いつしか型に集中していった。
楓はお風呂に行こうと光を迎えに行く事にした。さっき夕食の時に約束していたのだ。
ドアをノックする。暫く待っても返事はない。
『光さん~~~?』
ドアノブを回してみる。鍵は空いていた。そっと中を覗く。
光が舞っていた。いや、武道の型をやっているのだが、武道に詳しくない楓には踊っているように見えた。
『光さん~~~、綺麗~~~。』
楓はいつの間にか後ろに立っている妙子にも気付かず、ただ見とれていた。
光の動きが止まる。一通りの型が終わったのだ。思ったより疲れた、肩で息をしている。
体力だけは元のままだなと思っていると、突然拍手が聞こえた。
ドアの方だ。視線を動かす。ドアの所に楓と妙子が立って拍手をしていた。
『光さん~~~、とっても~~~、綺麗です~~~。』
楓は感動したように、涙を流していた。
『うん、思ってた以上に見事だったよ。驚いた。』
妙子も感心したように拍手している。
『え、え?え?見てたんですか?』
慌てる光。
『まあね~、武道の経験、無いんだよね~?』
妙子がニヤリとしながら聞いてくる。
『あう、本当に……無いんですよ。』
バツが悪そうに答える光。
『ま、良いけどね。お風呂行かない?凄い汗だよ。』
言われて気付く、汗まみれになっていた。こんなに汗を掻いたのは久しぶりだった。
ボーッとした楓を促し、三人でお風呂に行く事にした。
お風呂の中でワイワイと騒いだ後(主に妙子が)、各々の部屋へ別れていった。余程疲れたのか楓はベッドに倒れ込み、そのまま眠ってしまった。
色々有ったしね、と思いながら楓に布団を掛ける妙子。スマホのバイブ音がする。妙子のスマホだ。
ベッドの上に置いていたスマホを手に取る。画面に着信の文字。
紗耶と表示されている。着信を受ける。
『もしもし、紗耶かい?』
『ああ、夜にすまないな。』
『ん、別にいいよ。それよりそっちは大変だったんじゃない?』
『そうだな。私はそれほどでもないが、父さんが、な。』
『だよね。あたしもさ、前に親父さんに話し聞いた事有るから、大丈夫かな?っておもってたんだ。』
『ああ、そうだったな。すまない、心配をかけたな。』
『いいって、いいって。それより先生どうだった?』
『相当落ち込んでいたな。2~3日あっちに残るらしい。』
『そっかぁ~、しょうがないね。暫くは部活も自主トレだね。』
『そうなるな。先生が戻る迄はこっちでしっかりとやっておこう。』
『そだね。ああ、そういやさ、あたしらの相部屋の子、入ってきたよ。』
『そうか、早かったな。変なちょっかい出してないだろうな?』
『酷いな~、してないよ。でもさ、ちょ~っと面白い子だよ。』
『ほう、面白い、か。』
『うん、何かの型やってるの見たんだけどさ、見とれちゃいそうだったよ。あの子、相当強いよ。』
『ほう、妙がそう言うのは珍しいな。』
『そりゃ、強盗やっつける位だしね。』
『……おい、夕方のニュースで言ってた強盗を捕まえた学生って、お前達の事か!』
『にゃはは、バレちゃった?』
『バレちゃった?、じゃない!余り無茶な事をするな。』
『ごめん、ごめん。でもさ、あたしが一人やっつけてる間にあの子が三人やっつけちゃったんだよ、凄いと思わない?』
『何?逆じゃないのか?』
『違うよ~。あたしが一人、あっちが三人。』
『それは、凄いな。』
『でしょ~。多分だけど、あたしより強いんじゃないかな?』
『そうか、一度手合わせしてみたいな。』
『あ~、それなんだけどさ、本人は武道の経験ないって言うんだよね。』
『……訳あり、か。』
『多分ね。ま、いづれ分かるんじゃないかな。』
『そうだな。その時を楽しみにしていよう。私は予定通り明日帰るよ。宜しく言っておいてくれ。』
『オッケー、待ってるよ。』
『ああ、頼んだよ。おやすみ。』
『おやすみ~。』
二人の通話が終わる。
起こさなかったよね、と心配になり隣のベッドを覗きこむ。
楓は熟睡している。
妙子は紗耶香と光が出会う明日が楽しみになってきた。
『面白くなりそうだね。』
小さく呟いてベッドに潜り込んだ。
暗い部屋に男が一人。荷造りをしている。
くそっ、くそっ、こんな筈じゃなかった!!
本当なら今頃用意していた隠れ家で金の山分けをしてた筈だ!!
男は銀行強盗の一人だった。銀行の前に車を止め仲間が金を奪って来るのを待っていたのだ。
しかし、仲間は出てくる事はなく、代わりに女子高生が三人出てきただけだった。その後は人混みが出来、聞こえてくる会話から仲間が皆気絶している事を知った。
警察が来る前に慌てて逃げ出し、逃亡の手配をしていた。
仲間が捕まった以上、自分の事がバレるのも時間の問題だ。警察が来る前に遠くへ逃げた方がいい。いいのだが。
あいつらさえ居なきゃ上手くいったんだ。あの時出て行った女子高生達。後で知ったがあの女子高生に仲間はやられたらしい。
馬鹿共が!油断するにも程がある。男は内心毒づきながら身支度を済ませる。
『あいつらには、思い知らせてやらなきゃな。』
醜く顔を歪めながら、男は電話を掛ける。強力な助っ人を雇う為に。逆恨みである事など欠片も思わず、男は復讐を誓う。そして夜の町に消えて行った。
いかがだったでしょうか。
お一人でも興味を持って頂けると嬉しいのですが……。
初めての投稿でいきなり長編は無謀かとも思いましたが、出来るだけしっかりと書きたかったので、この形にしました。
最後までお付き合い下さる方が居ることを祈ります。