6
ノーティアが、燃えていた。
優しかった皆が、歩くだけでワクワクした町の建物が、炎に包まれて灰になっていく。
私はただ、それを見ていることしかできない。周囲には私の盾になって倒れていった兵士さん達。
それでも日本軍の侵攻は止まらず、ついに私の前にも鉄の体を持つ人が現れた。
「……!」
銃声。私の足を貫いた銃弾は地面に赤を飛び散らせる。それに覆いかぶさるように倒れる私。
背中に重い物が乗った。きっと鉄の体を持つ人に踏まれたのだろう。とても力強くて、起き上がることができない。
「気分はどうだい。姫様」
私を踏むその人、顔は見えないけど、分かる。彼は笑っている。彼らに表情なんてないはずなのに、その人は笑っている。
私は悲しかった。彼が戦争で喜ぶことが堪らなかった。だから、精いっぱいの声を出した。
「あなた達は、どうして。どうしてそんな楽しそうに! 人を殺せるんですか!」
私を踏みながら、彼が答える。
「殺せば殺すほど、満たされるんだ。僕が博士から貰ったこの感情が。ヒトの姫様には分からないだろう。与えられた感情が無ければ生きられない僕達兵器の気持ちなんて」
「与えられた感情……!?」
「ま、僕も詳しくは知らないんだけどねぇ」
無機質な笑い声が聞こえる。ノーティアと日本軍の戦争が終わり、この人は満たされている?
そのためにノーティアの皆が死んでいった。そんなの、絶対に間違ってる。
「許せない……!」
「おっと」
残った力を振り絞り放ったアイスマス。しかし魔力の無い魔法に速さは無く、簡単に避けられてしまった。
「姫様、いやアミリア。君は何もかも間違ったんだ。そのせいで国を失って、民を失って、一之瀬君を失った」
「……」
魔力切れ、喉に力が入らなくて何も喋れない。そんな私から少し距離を取り、拳銃を構える彼。
「もし天国という場所があるのなら、君は全員に謝らなきゃいけないねぇ。もっとも、行けたらの話だけど。君と一之瀬君はきっと地獄送りだろうし」
再び、銃声。どこを撃たれたんだろう。不思議と痛みは無かった。ただ、眠い。
最後に見えたのは、炎の前で私を見下ろす彼の姿だった。
「さようなら、アミリア」
遠ざかっていく足音。代わりにパチパチと火の音がすぐ傍に聞こえる。
悔しかった。私のせいで、私みたいなのがノーティアの王女だから。皆の犠牲が無駄になってしまった。
火は勢いを増し、やがて私の体に燃え移る。少し時間も経てば、後には何も残らなかった。
この日、人口千人足らずのノーティアは、ただの一人も残さず全滅した。
「――はぁっ、はぁっ」
生まれて初めてだった、こんなに目覚めの悪い朝は。
魚が跳ねるように上半身だけを起こした私は、周囲を見る。
ふかふかのベッド、私が寝ていたものだ。あとは、部屋中に置かれた可愛いヌイグルミ。
全部大切な、皆からの貰い物だ。となると、ここは私の部屋に違いない。
「なんで……?」
いつの間に帰ってきたのだろうか。そもそも、今まで何をしていたのか。
記憶がゴチャゴチャしている。酷い悪夢のせいだ。いや、あれは悪夢なんかじゃない。
私が見たのは、これから起こりうる未来。とても悲しいノーティアの最期だった。
「アミ姫、起きたのか? 入るぞー」
すると聞き覚えのある声と共に、返事を待たずに部屋のドアが開かれた。
入ってきた人物は上下黒の服に、髪まで黒い男。細い体つきだが割と筋肉質で、腰の左右にロングソードを帯刀している。忘れもしない、この人は。
「ロイさん」
名前を呼ぶと、ノーティアの二大将軍の一人、ロイさんは床の上に胡坐をかいて座った。
二十九とまだ若いはずなのに、どこかおじさん臭い彼は私の顔を見るや否や一言。
「顔色悪っ」
「そ、そうですか?」
「どーせまたヘッポコ予知でもしたんだろ? 前は何だったか。確か、食後のプリンを野良犬に取られたんだっけか?」
「違います! それは前々回で、前回はキッチン大爆発……あぁもう、そうじゃなくて大変なんです! ノーティアが……」
「?」
言いかけて、ハッと口を閉じた。
私の予知は今まで一度も外れたことは無い。これまでどんなに対策をしても、必ずいつかは起きてしまった。
それはもう皆知っていることで、とてもノーティアが滅ぶ予知を見たなんて口にはできるわけがない。
しかし、何か違う嘘で誤魔化そうと必死に頭を回しても何も思い浮かばず、結局黙りこんでしまう。
「……言わんならまぁいいが。それより、アミ姫」
察したものがあったのか、ロイさんも深くは追及してこなかった。
一難去ったと安堵の息を吐いていた私だったが、彼は突然私の頭に手を乗せたかと思うと。
「森で倒れてたって報告で聞いたが、今までどこに行ってたんだ~っ!」
「痛、痛いです! あああ!」
撫でるなんて優しいものじゃない。思い切り頭を擦られた。
まるで夢の中で踏まれていた時のような痛みに、今までの記憶が呼び起こされてくる。
「思い出しました! 思い出しましたから離してください!」
「よーし言ってみろ」
「予知の中で、一人で日本軍に忍び込めって誰かに言われたんです!」
ようやく地獄の頭擦りが終わったかと思ったら、私の言葉に再びロイさんの手が私の頭に置かれる。
後は言うまでも無い。地獄は二度やってくる。
「そんなもん信じたのか~!」
「止め、ちょ、止めて……アイスマス!」
「ぎゃああっ!?」
堪らず魔法を撃ってしまった。
ロイさんに命中したアイスマスは弾け、その下半身を氷漬けにする。
必死に氷の拘束を解こうと暴れるロイさん。しかし中々氷は壊れない。
「……?」
久しぶりにアイスマスを正しい使い方で撃った気がする。
決してアイスマスは人を吹き飛ばしたり、人を吹き飛ばして地面に着地したりするものでは……あれ?
「あの、私の他にもう一人いませんでしたか!?」
「他? あぁ、アイツか。アミ姫の隣で転がってたからついでに持って帰ってきたって言ってたな」
どうして忘れていたんだろう。私の命の恩人、私を基地から逃がすために死んでしまった一之瀬さんのことを。
本当なら生まれ故郷に帰してあげたいけれど、それは出来ない。このノーティアの地で眠ることを彼は許してくれるだろうか。
「一之瀬さんはは私のせいで……ロイさん、お願いがあります。弔いの儀は私にやらせてください」
「へ?」
ロイさんは唖然としていた。無理も無い。敵国の兵士を王女が弔うなんて、前代未聞だ。
それでも私がやらなきゃ。私が出来る、せめてもの彼への償いなのだから。
「できれば早い方が良いですね。明々後日あたりに」
「ちょっと待った。アミ姫、何言ってるんだ?」
「? ですから、一之瀬さんの弔いの儀を……」
「待て、ストップ!」
再度私が説明しようとすると、彼はそれを遮ってくる。どうしたのだろうか。
下半身を凍らせながら溜息を吐くロイさん。そして、驚愕の一言を放った。
「ひっでぇ勘違いだな。ソイツなら生きてるぞ。さっきも元気そうに朝飯食ってたし」
「……え」
「何なら今から会いに行くか? 向こうもアミ姫のこと心配……って、おい。アミ姫?」
後日談だけど、ロイさんの言葉を理解した私の叫びは凄まじく、それこそ国民全員を起こすのに使う魔法ラッパ並のものだったらしい。